第44話 初値は祭りの値段
【お知らせとお詫び】
いつも本作をお読みいただき、ありがとうございます。
このたび、第二部(第27話以降)の本文を、構成から全面的に作り直しました。
すでに読み進めてくださっていた読者の皆様には、途中で内容が大きく変わる形となってしまい、本当に申し訳ありません。
当初の想定よりもずっと多くの方に読んでいただけていることを受けて、第二部を改めて見直し、より楽しんでいただけるよう構成から作り直した次第です。
第27話以降は、新しい本文に差し替えております。
お手数をおかけしますが、もしよろしければ第二部、27話から改めてお読みいただけると幸いです。
また、改めて、たくさんの方にお読みいただき、本当にありがとうございます。
とても励みになっております。引き続き、よろしくお願いいたします。
アルテガ競売所の大板に、新しい品目名が増えた。
蒼晶。蒼海の岩場でしか採れない青い結晶で、武具の強化素材になるという。初日の値は1個900ゼルまで駆け上がった。
《査定》をかけても参考値が出ない。前例のない品には、まだ値段の物差しがない。900は品物の値段じゃなく、珍しさの値段だ。そして珍しさをここまで持ち上げたのは、蒼海帰りの膨れた財布だ。インフレは、初値まで膨らませる。
見覚えのある形だった。大狩猟祭の討伐部位が、祭りの熱で高く回って、2日目の夜のレート下方修正で半値になった。理由の細部は違っても、形は同じだ。支えのない高値は、支えの正体が知れた日に剥がれる。剥がれたあとに残るのが、使い道の値段だ。
だから初日には買わない。俺が知りたいのは、剥がれたあとの床の高さだった。
大板の前では、900で買った剣士が仲間と笑っていた。悪いとは言わない。記念の買い物なら、それも立派な使い道だ。ただ、記念の値段で商売はできない。
スターディアのテツジンの工房に寄った。聞きたいことは一つ。蒼晶は、鍛冶の材料として本当に使い物になるのか。
「なる」テツジンは炉の前で即答した。「新しい鋼に混ぜると、硬さが一段変わる。ただし混ぜられる量には上限がある。欲しがるのは俺ら工房だけだ。記念に買ってる連中の分は、じきに剥がれるぞ」
試作の予定表を見せてもらって、俺のほうで数えた。工房ひとつで週に20個。うちの契約工房13軒で週260個。大陸中の工房を足せば、需要の床は週に千個を下らない。買う理由のある買い手が、毎週それだけいる。
「値が落ち着いたら、まとめて安く回してくれ」とテツジンは言った。注文までもらった。張る前から売り先がある張りは、張りのうちでいちばん硬い。
読みのとおり、値は崩れた。採り場と採り方が攻略サイトに載って、供給が一気に増えたからだ。900は10日で500になり、300を割り、260で下げ止まりの気配が出た。
掲示板には《900で買った俺、無事死亡》《飾りにしとけ。輝きは値下がりしない》と並んだ。珍しさに張った金が、剥がれた分だけ消えていく。
競売所では売り注文が減って、代わりに工房の買い注文が並び始めた。珍しさが剥がれ切って、使い道が値段を支え始めた印だ。
底の見分け方は、買いの並び方だ。工房の買いは、毎週決まった曜日に、決まった量だけ入る。祭りの買いは、値が跳ねた日にまとめて入って、翌日は消える。3日並び方を見て、残っている買い手が工房だけになったのを確かめた。
店のコウにも同じ売り買いの表を見せた。「珍しさの買いと、使い道の買い、どっちが残ってる」「……使い道です。買いの量が、毎日そろってます」。番頭の目も同じ答えを出した。読みは、二人で確かめると硬くなる。
ここで張る。ただし、規模と引き際を先に決める。
手元の現金は29万。張りの上限は手元の1割5分と決めてあるから、4万3500まで。1個260なら167個買えるが、切りのいい150個にする。仕入れは3万9000。
引き際は220。そこを割ったら読み違いと認めて、全部売って損を確定する。損の上限は150個で6000。呑める額かどうかを先に確かめてから、買い注文を入れた。
値は240まで一度揺れた。決めた引き際までまだ20ある。読みの根拠——工房の実需——は崩れていないから、持つ。
それから値は戻り始めた。工房が毎週きっちり買っていくからだ。10日で370まで戻った。
売り先は競売所じゃなく、契約工房への直売にした。競売所で370をつけても、手数料の2割を引かれて手取りは296。それなら最初から契約先に350で回すほうがいい。こっちの手取りは板より増えて、向こうは市場より20安く仕入れられる。
150個、締めて5万2500。仕入れの3万9000を引いて、利は1万3500。競らせず、両方が得する値段で捌く。硫黄石のときに島の5人と作った形と、同じ形だ。
テツジンからは、その場で来月分の注文も入った。値は競売所の相場から20引き。相場が動けば、引き幅ごと連動させる。一回の張りの利より、毎週入る口銭のほうが、最後は太い。張りを定期の商いに育てて、初めて上がりだ。
夜、店の帳場でレンが唐揚げの包みを広げた。蒼海帰りの土産だという。
「向こう、景気がやばい。な、前に言った通りだろ。こっちで1日数百ゼルだった連中が、数千持って帰ってくる。港の飯屋がどんどん強気になってた」
「その膨らんだ財布が、こっちの値札も書き換えてる。インフレはまだ続くよ」
「で、相場師どのは今月いくら勝ったの」
「蒼晶で1万3500」
レンは唐揚げを落としかけた。それから、しみじみと言った。
「なあ。それ、現実の金になればなあ」
「ならない。規約で換えられない。現実の金との売り買いは、見つかった時点で口座ごと消される」
「夢がねえ」
「あるよ」俺は帳面を閉じた。「この金は、この世界の中でしか使えない。だから、この世界でいちばん高い買い物に使う。来春の、アルテガの一等地だ」
124万に負けた秋から、目標は変わっていない。レンは「言うようになったねえ」と笑って、唐揚げを一個くれた。土産の唐揚げも、前より少し高くなったらしい。
「けどさ、換えられない金をそんなに貯めて、虚しくならないの」
「使い道が決まってる金は、虚しくならない。虚しいのは、使い道のない金だけだ」
「深いんだか浅いんだか」
浅くていい。使い道の決まっている金は、貯まるのも速い。
蒼晶は、来月からの定期供給で口銭が週2000。それに張りの利が1万3500。枠代と店の実入りを足して、名目97万。
値札板。塩11、串焼き2本で10、宿代56。
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【行商人の帳面 その44】
・初値は祭りの値段。珍しさは供給が増えた日に剥がれ、使い道の値段だけが残る。
・張る前に三つ決める。誰が最後まで買うか。いくらまで張るか。いくらで逃げるか。
・手取りが同じなら、相手の得が大きいほうへ売る。次も売れるからだ。
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