第4話 太平洋の向こう側
【アメリカ・ワシントンD.C.(ホワイトハウス・シチュエーションルーム)】
2026年6月20日 03:00(現地時間 19日 14:00)
ホワイトハウスの地下深く、シチュエーションルームの空気は極限まで張り詰めていた。大統領を囲むように、ペンタゴン、国務省、そして情報機関のトップが勢揃いし、緊急ブリーフィングが続けられている。
大型モニターに表示された台湾の被害状況は、時間の経過とともに赤く染まっていく。第一波の攻撃による通信麻痺と主要拠点の破壊は、米側の予測を超える速度で進行していた。
「開戦から3時間。台湾の防空網は半壊状態です」
統合参謀本部の将官が、電子ポインターで地図を指しながら説明する。
「問題は、我が方の戦力展開です。繰り返しますが、日本が日米安保を破棄し、自衛隊を解体した影響がここにきて決定的な打撃となっています。第七艦隊の主力はフィリピン海を北上中ですが、日本の領海および領空がすべて中国軍の『安全圏』として機能しているため、接近ルートが極めて限定されています」
「国務省としての見解を述べさせてください」
国務長官が身を乗り出した。
「現時点で日本領土にある在日中国軍基地を攻撃することは、絶対に避けるべきです。現在の東京の連中は、自衛隊を違憲として解体し、完全な『非武装平和国家』を自称しています。もし我が国が沖縄の基地を叩けば、中国と日本は即座に『平和国家に対する不当な侵略行為』として国際社会に訴え出るでしょう。欧州の同盟国も、これに巻き込まれることを嫌って完全に離反します」
「では、台湾を見殺しにしろと言うのか!」
国防長官が激昂して机を叩いた。
「横須賀も、佐世保も、嘉手納もない。この状況で台湾海峡の制空権・制海権を中国に完全に握られれば、数日以内に台北は陥落する。そうなれば、不沈空母となった台湾と日本列島という巨大な防壁により、アメリカは西太平洋から完全に締め出されるのだぞ!」
国務長官も退かずに言い返す。
「介入の度合いを慎重に見極めるべきだと言っているのです。ウクライナと中東への長期にわたる支援で、我が国の弾薬備蓄、特に長距離精密誘導ミサイルは枯渇気味です。この状態で中国との全面戦争に突入すれば、我が国自体が持ちこたえられなくなる」
「議論はそこまでだ」
大統領が低く重い声で二人の議論を制した。ペンをデスクに置く音が、部屋に響く。
「アメリカが弱体化したからではない。日本が裏切ったから、この泥沼が生まれたのだ」
大統領は冷徹な眼差しで、モニターに映る無抵抗の日本列島を見つめた。
「第七艦隊およびハワイのインド太平洋軍に命じる。台湾周辺への展開は予定通り進めよ。ただし、日本の出方を試す。東京の首脳陣が、自らの領土から放たれる火の粉にどこまで耐えられるか、じっくりと見せてもらおう」
【東京・首相官邸】
2026年6月20日 03:30
ワシントンで激論が交わされている頃、東京の官邸では、総理大臣がソファーに深く腰掛け、目の前のテレビ画面を凝視していた。
画面に映っているのは、アメリカの主要ニュース番組だ。キャスターが厳しい表情で、日本の対応を痛烈に批判している。画面の下部には『日本の裏切り』『非武装の盾となる東京』といった過激なテロップが躍っていた。
「総理、アメリカ側から公式の抗議文すら届いていません」
外務大臣が、困惑した表情で報告する。
「これは不気味です。通常であれば、即座に非難声明や、我が国の領空通過に関する拒否権の行使を求めてくるはずですが……完全な無視、あるいは絶交の構えです」
「ふん、帝国主義の驕りだ」
総理大臣は鼻で笑った。
「アメリカは今まで、日本を都合の良い前線基地としか見ていなかった。我が国が軍事力を放棄し、日中安保という新たな平和の枠組みを選択したことが気に入らないのだろう。我々は一切の戦争に加担しない。それだけだ」
その時、官邸の窓ガラスが、微かにビリビリと振動した。
「……何の音だ?」
総理大臣が不審げに窓の外を見る。
「総理、内閣情報調査室からです」
官房長官が携帯端末を手に、青ざめた顔で駆け込んできた。
「北朝鮮が先ほど、日本海に向けて複数の短距離弾道ミサイルを発射しました」
「何だと!? 日朝軍事同盟を結んだばかりではないか!」
総理大臣が立ち上がる。
「我が国を狙ったものではありません」
官房長官は首を振った。
「ミサイルは韓国の領海近く、および日本海の公海上に着弾しています。北朝鮮側からは『日中朝の平和体制を脅かす米韓の軍事的挑発に対する、正当な警告行動である』との声明が出されました。つまり……」
「我が国を守るための、陽動作戦、ということか……」
総理大臣は力なくソファーに座り直した。
平和の同盟を結んだはずの国々が、日本の意志とは無関係に、巨大な軍事の歯車を回し始めている。その中心で、日本はただ立ち尽くすことしかできなかった。極東の夜はさらに深まり、戦火の渦は確実にその大きさを広げていた。




