第34話 緻密なる清算
【東京・霞が関 国税庁本庁舎・特別合同捜査本部】
深夜の霞が関。国税庁の広大な会議室には、無数の段ボール箱と書類の山が築かれ、異様な熱気に包まれていた。
ここに集められているのは、国税庁査察部、東京地検特捜部、そして金融庁の精鋭官僚たちからなる極秘の特別合同タスクフォースである。
ホワイトボードには、前政権の親中派政治家、彼らに連なるダミー企業、そして「非武装・無抵抗」を声高に叫んでいた一部のメディア幹部や有識者たちの相関図が、びっしりと書き込まれていた。
「……見事なものですね。中国の国有企業から、東南アジアのペーパーカンパニーを経由し、複数のコンサルタント名目で彼らの個人口座へと金が流れている」
特捜部の検事が、フローチャートを指しながら冷笑した。
「国家反逆罪や外患誘致罪といった大仰な法律は必要ありません」
国税庁の査察課長が、分厚いファイルに次々と「差押」の赤いスタンプを押しならが淡々と応じた。
「我々には『脱税』『外為法違反』『資金洗浄防止法』という、極めて事務的で完璧な武器があります。彼らが国を売って得た金は、すべてこれらの法律で完全に凍結・没収できる。アル・カポネを牢にぶち込んだのも税務署です」
日本人は、裏切り者に対してギロチンを用意したり、広場で公開処刑を行ったりはしない。
その代わり、世界で最も緻密で容赦のない「事務手続き」によって、裏切り者たちの経済的・社会的な息の根を完全に、そして合法的に止めるのだ。
「明日午前8時を以て、リストにある全口座を一斉凍結。同時に、関連企業150社へ一斉に強制調査(ガサ入れ)に入ります。法と手続きに則り、1円の逃げ道も残すな」
査察課長の静かな号令に、ワイシャツ姿の官僚たちが無言で頷き、一斉にキーボードを叩き始めた。
【東京・某大手テレビ局 役員応接室】
同じ頃、都内の大手テレビ局の最上階。
かつて報道番組で「自衛隊の解体こそが平和への第一歩だ」「中国軍が来ても抵抗せず、対話で解決すべきだ」と声高に主張していた放送局の社長は、青ざめた顔で頭を抱えていた。
「どういうことだ! なぜメガバンクが一斉に我が社への融資を打ち切るんだ!」
「『コンプライアンス上の懸念』としか……」
財務担当の役員が、震える声で報告書を差し出した。
「それだけではありません。総務省から、我が局の『外資規制比率』に関する重大な違反があるとして、放送法に基づく免許取り消しを含めた厳格な監査が入るという通知が来ました。さらに……」
「さらに何だ!」
「主要スポンサーである国内自動車メーカーや食品メーカー数十社から、番組への提供を今月いっぱいで【一斉に降板する】との通達が来ています。理由はすべて『社内規定の見直し』という建前ですが……」
社長は絶望のあまり、ソファーに崩れ落ちた。
これが、日本の社会が持つ最大の牙「村八分」であった。
誰も彼らを直接殴りはしない。誰も大声で罵倒しない。ただ、社会全体が阿吽の呼吸で「あそこは反社会的である(国を売ろうとした)」と認識した瞬間、銀行も、役所も、民間企業も、まるで潮が引くように一斉に取引を停止する。
「空気が……変わってしまった……」
社長は虚ろな目で窓の外の夜景を見つめた。
法という網と、社会の同調圧力という見えない壁。かつては前政権が日本を縛るために利用したその強大なシステムが、今度は裏切り者たちを完全に社会から「消去」するために機能し始めていた。
【東京・首相官邸 救国暫定内閣・閣議室】
「特捜部と国税、金融庁の動きは順調です。前政権に連なる売国ネットワークの資金源は、今週末には完全に干上がるでしょう」
官邸の円卓で、官僚出身の暫定閣僚が報告を行った。
暫定内閣の代表は静かに頷き、手元の資料を一枚めくった。
「内部の『清算』は、極めて事務的かつ粛々と進めればいい。我々が急ぐべきは、解体された盾の再構築だ」
代表は、円卓を囲む実務家たちを見渡した。
「自衛隊は解体され、隊員たちは民間や他省庁に散った。だが、先の危機において、彼らは自発的なネットワークでこの国を守り抜いてみせた。彼らの誇りと能力は、いささかも失われていない」
防衛省から出向している暫定防衛相(元防衛事務次官)が口を開いた。
「旧自衛隊法を復活させるのではなく、まったく新しい法案を提出します。名目は『国家防衛隊(National Defense Force)』。従来のポジティブリスト(法律に書いてあることしかできない)から、ネガティブリスト(国際法に反しない限り、必要な防衛行動はすべて許可される)へと、法体系を根本から転換させます」
「議会の承認は得られるか?」
代表の問いに、元議員である閣僚たちが一斉に不敵な笑みを浮かべた。
「現在の議会で、それに反対できる勢力はすでに『経済的・社会的に存在を抹消』されつつあります。それに、有権者の目も完全に覚めている。野党も、地方の支持母体からの突き上げで賛成に回らざるを得ません」
代表は深く息を吸い込み、力強く宣言した。
「よろしい。手続きを最速で進めろ。我々は二度と、法を盾にして国を危機に晒すような愚を犯してはならない。法は、国と国民を守るための剣でなければならないのだ」
静かなる粛清と、冷徹なまでの行政処理。
日本中枢の歯車は、かつてないほど強固な「防衛国家」を創り上げるために、一糸乱れぬ完璧な精度で噛み合い、回り始めていた。




