第5話 道連れ
男は、家まで、私を連れて歩いた。撒きもせず、追い払いもせず。
摂取場を出てから、ずっと。私は半歩うしろを、ついていく。怯えた顔を、崩さないまま。
夜の街は静かすぎる。
凪いだ顔の人影が誰とも目を合わせず、すれ違っていく。怒鳴る者も、奪い合う者もいない。薬で、波を均された街だ。
人気のない角まで来て、男が、ふいに足を止めた。
振り返る。フードの奥の目が、私を捉える。
「何が、目的だ」
——やっと、聞いてくれた。
私は怯えた顔を、もう作らない。すっと、肩の力を抜く。
この男に、その芝居はもう要らない。最初から、見抜かれている。
ずっと前から、私も知っていた。
同じ番号、同じ列。週に一度、あの白い場所で、この男は薬を飲むふりをして、手のなかへ隠す。私と、同じように。
欲に呑まれた者ばかりのこの街で、ただ一人、飲まずに"自分"を手放さない男。誰より欲が深いのに、誰より、正気だった。
——こいつだ、と、あのとき思った。
欲の深い者ほど、管理の縁から、外へ零れていく。番人の検問を欲に引かれて越えていけるのは、こういう男だけ。私みたいな"普通"の顔には、できないこと。
だから、あのエレベーターに、私から乗り込んだ。伸びてきた手首を掴み返したのも、私。——ぜんぶ、選んだことだ。
「外へ、行きたいの」と、私は言った。
嘘はついていない。ただ、ぜんぶは、言わない。
その先で、私が何を追っているのか。何を、知りたいのか。——それは、私自身にも、まだ、わからないのだから。
男はしばらく黙って、それから、言った。
「お前の、ぜんぶが知りたい」
ああ、と思った。
この男は私を、欲しがっている。知って、見て、手に入れて、独り占めにしたいのだ。
——なら、容易い。
餌が、目の前にあるかぎり。この男はどこまでも、ついてくる。
この男は、自分が私を捕まえた、と思っている。
私は、この男を使っている、と知っている。
どちらでもいい。向かう先が、同じなら。
「まずは、三区へ」
壁がある。検問がある。番人が、いる。"普通"の人間は外へは出られない。
けれど、欲を抱えたこの足なら、管理の網の、どこかのほつれを、見つけられるかもしれない。
男が、歩き出す。
私は半歩うしろを、ついていく。
——いいえ。違う。私が、この男を、連れている。
静かすぎる街を、二人で抜けていく。凪いだ顔の群れは誰も、私たちを見ない。見ようとも、しない。
欲を隠したこの二人だけが、この街で、たぶん、生きていた。
外には、何があるのだろう。
あの影が。私の、欲しいものが。私が、何者なのかの、答えが。
それを知るまでは——この男を、手放さない。




