生き残った者の役目
「辛気臭い奴じゃ」
不意に、北斗が、毒を吐く。
辛気臭いって……。
お館様が死に、玄海様が死んだ今、明るくなんて出来よう筈が無い。
それに……。
「死人に、笑顔は、似合わぬであろう?」
彼岸を彷徨う俺は、最早……。
「だああああ!お主は、人の話を聞いている様で、まったく聞いて居らん!お主は、生きているんじゃ!!」
「は?」
確かに、全身、痛みを感じている。
しかし、死人に成ったのは、初めての事だから、こんなものだろうと……。
南斗は苦笑し、北斗は、頭を掻きむしる。
俺、生きてんの?
だったら……!
「俺が生者なら、さっさと、水無月に戻してくれ!!源三郎様が心配だ!」
「駄目じゃ!!」
南斗、一喝!
されど、引く訳にはいかない!
俺も、歯を剥き出しにし、
「何が、駄目だと言うんだ!?」
「お主が、現世に戻れば、死人が増える!!それに……。お主の、親父殿達の願いじゃ!」
「俺の死が、お館様達の願い……?」
「違う!!」
何が、違うと言うんだ……?
俺は、怒りと悲しみで、押し潰されそうになる。
肩で息をし、童の様に涙する。
南斗と北斗は、顔を見合わせ、ため息をつく。
南斗は、あやす様に、
「良く聞きなさい、邪聖……。お主の、父達の願いじゃ……」
「願い……?」
「そうじゃ……。一人は、民草の安寧と、ぬしの自由な生を」
「一人は、民草の平安と、ぬしの雄々しき生を」
「一人は、民草の繁栄と、ぬしの潔癖な生を」
南斗と北斗は、声を合わせて、歌うように語る。
俺は、それを黙って聞き、静かに涙した。
お館様達は、俺に生きろと……?
ならば……。
ならばこそ……!
「だったら、俺を現世に……!」
「何度も言わすな!為らん!!主が、何と言い張ろうと、最早、人では無い!!主の力は、日ノ本を……。世界さえも、滅ぼしかねん!」
「そうじゃ、邪聖……。口惜しいだろうが、ここは耐えてくれ……。主の案ずる水無月為らば、北条に守られ、一足早く、戦無き世に成る」
「北条が……?為らば、天下は、北条の手に……?」
「いいや、天下を獲るは、豊臣じゃ」
「豊臣?聞かぬ名だな」
「未だ生まれてもおらぬ……。それに、その者は、農民の出じゃよ」
北斗の答えに、目を見開く。
「農民……。農民が天下を取るのか?下剋上もここに極まりだな」
誠、愉快な話だ。血筋など関係ない。その者が、どの様に成り上がるのか、見てみたいものだ。
最早、叶わぬ事であるが、農民の天下人と、酒を交わし、語りおうて見たいものだ。
「しかし、ぬしらは、ちと頑張りすぎた。本来、扇谷上杉の滅亡は、もう少し後じゃ」
「何度も言うが、ぬしらは、歴史を変えてしまった様じゃな」
北斗は、心底面倒くさそうに、頭をかいて、俺を睨む。
「うむ。武田も、この敗戦を機に、信虎を追放しおった……」
「これより生まれる、三人の傑物の成長が、急がされる。神々も、天手古舞よ」
三人の傑物とは、だれを指すのか解らない。
しかし、運命に翻弄されるのではなく、運命を打ち破り、この乱世を駆け抜けていたことを知り、俺は、大いに笑った。
水無月は滅びたが、民草は、根強く生き続ける。
それだけ知る事が出来て、最早、心残りは無い。
「さて、俺が向かうは、地獄か修羅道か……」
晴れ渡る心に、自然と笑みが零れる。
そんな俺を、一筋の光明が照らす。
「何度も言わすな!お主は生きておる!あの世に逝くのではなく、異世界に行くのじゃ!」
「異世界……?」
「そうじゃ、異世界じゃ!あちらの神が、お主に、痛く御執心でのう……。どうしても、お主の事を、招き入れたいそうじゃ」
悪鬼を招き入れたい神か……。
とんだ、酔狂だな……。
まあ、何でも良い。
俺は、父達の願いを聞き遂げるまで!
けど……。
「ああ。玄海様と、酒を交わす約束をしていたんだがな……」
そんな俺を見て、南斗が肩を叩く。
「ぬしの父達は、天へと上ったよ……。戦は政じゃ。許される事ではないが、彼らは、多くの善行を積んできた。輪廻の輪に帰ったんじゃ」
止めどなく流れる涙を拭き、南斗達の方へ向き直る。
「話は付いたか?なればさっさと、片を付けるぞ……」
北斗は、ぶっきらぼうに言い、南斗の方を見る。
南斗は頷くと、北斗の横に立ち、碁盤を囲い、おもむろに呪文を唱え始める。すると、碁盤の盤上が青く輝きだす。
「五行が転じて、大地となる。
大地が転じて、天へと変わる。
天は転じて、異界と交わる。
異界と交わり、五行の理を知る。
異界招門・来来転生」
南斗達の呪文に反応して、青い光は、輝きを増していく。
やがて、南斗達が、呪文を唱え終わると碁盤の光が、青い粒子の帯となり、螺旋を描く。
そしてそれは、一つの光の束になり、扉が召喚された。
「それ、道は開かれた」
「ぬしを、必要とする世界へと、行くがよい」
南斗達は、扉を指さし、道を示す。
俺は頷き、促されるまま、扉へと歩みを進めた……。




