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天翔雲流  作者: NOISE
プロローグ
3/1865

鬼

 何も無いと思われた荒野に佇む、一本の大樹……。

 不思議と懐かしい。

 これが、安堵と言うモノか……。

 まるで、お館様に、手を差し伸べられた日の様な、不思議な思い。

 自然と、涙が零れてくる。

 涙と痛みで、霞む目を擦り、人影を確認する。

 老人が二人……?

 碁盤を囲い、囲碁の最中だ。

 この、何もない荒野で……。

 近づくにつれて、老人の、透き通った声が聞こえてくる。

「ひょひょひょ。これで、一万二十一勝、儂の、一勝勝ち越しじゃ」

 白髪に気の良さそうな老人が、手を叩いて笑う。

「なにを、すぐに追い越してやる」

 対面に座る、浅黒い老人が、悔しそうに唸っていた。

 声をかけようとして、口を開くが、喉がかすれて、声が出ない。

 歩きながら、必死に手を伸ばす。

「あ、ああ……」

 振り絞る様に、声を出す。

 手を伸ばし、やっと……。

 やっと……。

「北斗よ、待ち人が来た様じゃぞ?」

「ああ?儂等の、待ち人では無いだろう?南斗よ」

 白髪の老人が、南斗……。

 浅黒い老人が、北斗……。

 待ち人とは何だ?

 そんな事より、俺は今まで、戦場に居たんだぞ?

 何を、安堵しているんだ?

 途端に、警戒色を高める!

 北斗に南斗……。

 明の伝承の、生と死を司る仙人……!

 違う!

 俺は、戻らなくちゃならないんだ!!

「ひょひょひょ。そう警戒せんでも良い。此処には、主の倒さなくては為らない敵はおらんよ」

 そんな俺の不安に気付いたのか、南斗は、優し気な笑みを湛え、再び、手招きをする。

 あまりに、飄々としたもの言いに、毒気が抜かれ、ゆっくりと歩きだしていた。

 一陣の風が吹く。

 まるで、老人と俺の間に、見えない壁が隔ててあるかの様な、間合いが生まれる。

 言葉を交わすだけであれば、十分な距離だ。

 歩みを止めて、老人達に目をやる。

 そして、擦れた声を、振り絞る。

「して、老人此処は?」

 分かっている……。

 分かっているが、聞かずにはいられない。

 南斗は、美しい髭を摩りながら、

「もう、気付いておろう?ここは、生と死の狭間にある無限の荒野じゃ……。死した者が、49日彷徨い歩く、そう言った場所じゃよ」

 やはり……。

 ここは、彼岸。

 なれば、まだ!!

 俺は、目を見開き、元来た道を、凝視する!

 何処だ?

 何処に向かえば、俺は、帰る事が出来ると言うんだ?

 源三郎様が、まだ一人で、闘っているかもしれない!!

 戻らなくては!!

「もう、お主の倒す敵は、おらんと言っておろう……。お主の、最後の父は、生きておるよ。お主と同じでな」

「最後の父……。源三郎様の事か!?」

 俺は、南斗の肩を掴み、その身を揺らす!

 南斗は、微笑を崩さず、

「大丈夫じゃよ……。お主は、歴史を変えたのじゃ……」

「歴史を変えた……?源三郎様は、生きているのか……?」

 何を言っているのか分からない……。

 分からないが……。

「源三郎様が、生きてる……」

 俺は、膝から崩れ落ちて、涙した。

 子供の様に泣きじゃくり、

「本当だな?本当に、生きておられるのだな?」

「ああ、生きておるよ。お主が、最後に放った、龍(ロン)によって、武田の軍勢は、総崩れじゃ」

「龍……?」

「そうじゃ……。龍とは、人間の体内に宿る、気の事じゃよ……」

「本来、あんなに、強大な力として、解放される事は無いのだがな……」

 北斗は、訝し気に眉を顰め、俺の体を確認する様に触る。

「人に身でありながらのう……。やはり、鬼の血が混じっておるか……」

 まるで、懐かしき思い出を語る様に、北斗は語る。

「古の者じゃ……。もう、存在しては居るまいと思っていたのだがのう……」

 北斗は、感慨深く思い、ため息を吐く。

「鬼とは……?」

 鬼子と呼ばれた。俺は、自分の半生を思い起こし、北斗に聞き返す。

「鬼とは、悪しき者として語られているが、実際は、古の神々の事じゃ……。遥か昔、まだこの世が若かりし頃、人々に変わり、この世を支配しておった。大地を、海を、その偉大な力で、管理し、育んでおった」

「人々が、繁栄し始めると、人間は、山を崩し、森を切り開き、古き神々を、追いやりおった……」

 北斗に続き、南斗が語る。

「古の神々は、大いに怒り、人間を駆逐しようとした……」

「じゃがのう……。海を渡りし来たる、大陸の神々が、それに異を唱え、人々に救いの手を差し伸べた。やがて、日乃本の古の神々は、鬼へと転じて、逆に居場所を失い、封印されてしもうたのだ……」

 南斗と北斗の瞳に、影を落とす。

「儂等も、大陸から来たものじゃ……」

「ただ純粋に、自然を愛し、慈しんでいた日乃本の神々に、後ろめたさがある……」

 やがて南斗は、俺の頬を優しく撫で、慈しむように、目を細める。

「邪聖よ……。汝は、半神半人なんじゃよ。ぬしの体に宿る、鬼の血脈、誇りに思うがよい……」

「儂等も若かった……。今でも考える。何故あの時、分かり合うのではなく、打ち負かすことを選んでしまったのかを……」

 北斗は遠き日を思い、空を見上げる。

 星一つ無い、彼岸の空は、まるで今の、南斗と北斗の心を映し出すようだった。

「ぬしの魂は、真に、強く眩しいものじゃのう……」

「あの日、儂等と対峙し、尚も、気高く散っていった古の神々の様じゃ……」

 自らの命のルーツを知り、俺は苦笑する。

 古の神々か……。

 やはり、俺は……。

 北斗と南斗に倣い、空を見上げる。

―人であれ……―

 不意に、玄海師匠の声が聞こえたように思えた。

 俺は、目を閉じ、静かに笑う。

「俺は、人の子、邪聖だ……。俺を捨てた、母の事は遠に忘れたが、誇れる三人の父がいる」

 開いた二つの眼で、北斗達を見つめる。

 神でも無ければ、鬼でも無い。

 人の子、邪聖……!

 それが、俺だ。

 太陽も無い、混沌とした世界に、温かな風が吹く。

 お館様の手……。

 俺は目を細め、今一度、空を見上げた……。


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