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 王都で行われる最も大きな祭りは、精霊祭だ。初代王との契約に基づいて永く国を守護する精霊たちへの感謝を捧げる儀式でもある。王都の精霊祭は春と秋の二回行われるのだが、単に精霊祭というと、一般的には秋の精霊祭を指す。春の精霊祭は新年の祭で、地域によっては行われないこともあるし、収穫期の祭の方が規模も大きいからだ。


「王都の精霊祭は見たことないんです」


 今年はベリオル侯爵の反乱によって、開催できるかどうか危ぶまれていたが、無事に進められそうだと町中が浮かれ始めている。町中だけではない。王宮も、王女宮も、だ。侍女たちは少しの空き時間を見つけては、祭りをどう過ごすか、当番はどうなるのかと情報交換に余念が無い。祭りは三日間行われるので、全員がどこかで参加できるのは間違いないが、どこで参加できるのかによって都合が変わるようだ。

 何の都合か、なんて聞くだけ野暮だ。祭と言えば、恋愛物語に事欠かない時期である。ルーリスだって、王都に出てきた当初はいろいろ想像して一人で盛り上がっていた。祭で出会う男女の話はお芝居にもたくさんあった。きっと自分にもそんなことが――とか思っていたのに。


「実家の収穫を手伝わないといけなくて。村でも祭りがあるからその手伝いもしないといけないし。結局毎年、実家の村のお祭しか見たことないんです」


 ルーリスの父は早くに亡くなっている。母が一人で畑を切り盛りして育ててくれたことはとてもありがたく思っているが、やっぱり王都の精霊祭には未練があった。毎年、友人に愚痴をこぼして帰った記憶がある。


「それは残念でしたわね。物がたくさんある時期ですから、とても賑やかになりますわ」


 大きく請け負ったのは、王女宮の侍女の一人、清掃担当のウィナリアだ。少し前までは仮の劇団長も務めていた。今は劇団は解散して、団員はそれぞれの職務に戻っている。ルーリスは正しく精霊騎士になり、ウィナリアは王女宮の清掃に余念が無い。そんな二人が並んで話しているのは、ルーリスが暫定的に清掃係に志願しているからだ。ウィナリアから借りた侍女用の服を着ていると、エプラン城での日々が思い出される。ロビナは元気だろうか。


「王宮がこんなに飾り立ててることも知らなかったし」

「精霊祭は、精霊と契約してくださった初代王陛下への感謝の意もありますから」

「あ、それは殿下にも教えてもらいました」


 精霊騎士になったとは言え、つい先日まで庶民だったルーリスには知らないことばかりだ。精霊祭は、精霊にお祈りしたらおいしいものを食べて夜遅くまで騒いでもいい日、としか認識していなかった。正直にそう言ったら、セルマから直々に精霊祭の起源と王宮が行う祭礼の手順をみっちりと教え込まれた。今年の祭は、また違う意味で愚痴をこぼせそうだ。

 それはともかく、ルーリスも今年は王都の祭を見ることができる。セルマの精霊騎士として、厳粛な儀式と、王宮で開催される祝宴に強制参加なのである。賑やかな町の中を見ることは無いだろうから、少しも楽しくない。出かける予定のある侍女たちの話にため息を吐く毎日だ。高貴の人が絡むとこれだからと、しばらく拗ねていたのだが、昨日、王女宮用として届けられた飾りの山に、気分は急上昇した。


「これ、全部飾ったら凄いんでしょうねー」

「それはもう、華やかの一言ですわね」


 再び、ウィナリアは大きく請け負った。

 ルーリスとウィナリアがいるのは、使用人たちが作業に使う大部屋だ。大きな家具を入れ替えるときに一時保管したり、壊れた物を修理したりする場所である。両手を広げた成人男性が五、六人は並んで立てるほど広い部屋の床の大半を、祭用の飾りが埋め尽くしている。

 飾り、と言っても、飾る場所は宮殿内全部だから、材質も形状も様々だ。ルーリスの位置から一番近くにあるのは絵画で、女性でも運びやすいようにと小ぶりな物が揃っている。すべて精霊と王家を題材として描かれているそうだが、半分くらいはセルマの肖像画だった。自分の顔がずらりと並んでいるのは勘弁して欲しいと思うが、セルマくらいの美貌の持ち主だと冷静に眺められるのだろうか。

 絵画の隣にあるのは置物だ。棚に置いたり、吊して飾ると教えてもらった。これらは全部花をあしらった飾りで、一つずつ全部違うそうだ。その奥にはタペストリーがあり、その横には綺麗な布とリボンが山と積まれていて――市場に来た気分で、一日中、籠もっていたい。


「王宮全体を飾りますけど、やっぱり王女宮が一番華やかになるんですよ」


 それはそうだろうと、ルーリスも思う。なにしろそこの主が一番の華なのだから。


「楽しみです! でも、せっかく飾っても三日で外しちゃうのは、もったいないですね……って、あれ、ということは三日後にはまた大掃除ですか!? また手伝いますね!」


 これらは精霊祭の間だけ、王女宮を飾る物だ。そして飾るには当然ながら、物の配置を換えることにもなる。よって、まずは掃除から始まる。

 それでなくとも承認式典の練習で侍女たちの時間を奪っていることを申し訳なくも嬉しく思っていたルーリスは、この作業に率先して参加を表明した。もちろん、セルマにも許可は貰ってある。騎士としての訓練と修練と勉強の日課をきちんとこなすことが条件だった。結果としてはかなり厳しい毎日となってしまったが、こうしてウィナリアや他の侍女たちとおしゃべりを楽しむこともできるのだから問題ない。


「ありがとうございます。必要なら……いえ、是非おいでください、と言った方がよろしいかもしれませんね」

「?」

「飾り付けは大変なのですが、終わったときにはまた別の楽しみもあるんですよ」

「楽しみ?」


 というと?――ルーリスの疑問たっぷりの視線に、ウィナリアは周囲を確認した上で声を潜める。


「ここにある飾りは、後ほど街で希望者に配るのです。王宮で守護精霊の祝福を受けた飾りを家に飾ると幸せが来るって言う言い伝えがありますから」

「あー、聞いたことあるかも」

「それでですね、王女殿下のお計らいで、ここに勤める人は配る前に一つもらえることになっています」

「えっ!?」


 ルーリスは背後に詰まれた飾りの山を振り返る。つまり、選ばれた職人による王室への献上品を一般庶民が手にできる奇跡の瞬間ということか。しかもここにあるのは乙女心をくすぐる品揃えとあれば――ここ数日、侍女たちがキビキビと働く理由がわかった気がした。


(いいなあ……お祭の間だけ侍女にしてくれないかな……ダメか)


 小さくため息を吐いて視線を戻すと、訳知り顔をしたウィナリアと目が合った。


「ルーリス様も良ければ一つお選びください」

「え? いいの!?」


 と言いつつ、すでに視線は飾りの山に戻っているルーリスである。置物も可愛い、いやいや、リボンの方が実用性が高くて良いかもしれない――品定めを始めたルーリスの背中に、ウィナリアの苦笑交じりの声が掛かる。


「お手伝いいただくのですから、当然です。ルーリス様はすでに守護精霊の祝福をお持ちですけど、飾って眺める物ではありませんし、ね」


 ルーリスはウィナリアの手を取ると、熱を込めていった。


「あたし、お掃除、頑張ります! もちろん片付けの時も!」

「期待しております。それでは私は玄関の方に参りますから、ルーリス様は西側の廊下をお願いしますね。先にカナリハたちが行ってると思いますので」

「わかりました!」


 気合い十分に部屋から出ようとしたとき、ユーダミラウの声がした。


「ルーリスはこんなのが欲しいの?」

「!?」


 振り返ると、姿を現したユーダミラウが、不機嫌そうに置物をのぞき込んでいた。先に出ていたウィナリアが気づいて、会釈して立ち去る。ルーリスですら未だに驚くのに、ここの侍女たちはよくできた人たちだ。


「こんなのって失礼でしょ。お祭用にって一生懸命作ってくれた物なんだから」

「三日しか使わないんだから、もっと減らしてもいいってセルマは言ってたよ。特にこれとか」


 ユーダミラウが指したのは何枚ものセルマの肖像画である。


「うん、それはあたしも微妙だと思った。でも他は、町の人たちにも配るんだから一杯あっても良いと思う」


 祭用の飾りを作らせる予算が町の人たちの税金だとは思いもよらないルーリスだった。


「で、ルーリスはどれが欲しいの? どれでも良いけど、部屋の見栄えを良くするくらいの効果しかないと思うけど」


 ここでルーリスはピンときた。


「まだ決めてないけど、部屋に置いておくならこういうのがいいかなって。ユードがくれた剣の方が綺麗だけど、部屋を飾る物じゃないでしょ」

「……そりゃあ、まあ、ね」


 綺麗、の言葉に気を良くしたのか、ユーダミラウは目に見えて機嫌が良くなった。単純な奴め――自分のことは盛大に棚にあげるルーリスだった。


「あれはルーリスとセルマのためにある物だからね。うん、そうだね、部屋に見栄えを良くするだけならこういう物でも役に立つのかもね。あ、でもルーリスには僕の祝福があるんだから、これを飾ってもこれ以上の幸福はないと思うよ?」

「そう……」


 幸福って何だろう――哲学思想に嵌まりかけたルーリスを、ユーダミラウの物騒な一言が引き上げた。


「まあ、邪精霊の眷属を避けるくらいのことはできるかなあ」

「え、王都にもそんなの出るの!?」


 これまで出会った化け物たちはみんな町の外だった。だから町の中には出てこないのだと思っていた。 


「はあ? そんなの出るに決まってるじゃん」

「決まってるの!?」

「決まってるよ。むしろ人がいるところに出てこない方がおかしいよ」

「えええ……」


 それはどういうことなのか。訊きたくないと思いながらも、ルーリスはその意味を訊くしかない。王都に邪精霊の眷属が現れるというなら、セルマから遠ざけるのがルーリスの役目だ。


「だって王都って、陛下の守護精霊がいるんでしょ? 精霊宮殿だってすぐそこなのに」

「確かにここは他より護りは強いけど、ね。でも――」

「――ルーリス様! いらっしゃいますか!」


 遠くから、呼ぶ声がした。


「は、はい!? ここにいます!」


 慌てて部屋から出ると、名前を覚えていない年下の侍女が小走りに近寄ってきた。


「よかった……すみません、大きな声を出してしまって」

「ううん、気にしないで。何かありましたか?」

「殿下がお呼びです。急いでおいでください」

「わかったわ、ありがとう」


 なぜかイヤな予感がした。

 ルーリスがユーダミラウを振り返ったとき、部屋の中には誰もいなかった。

お読みくださってありがとうございます。

お久しぶりになってしまいました。すみません。

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