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 王都への帰還は、ひっそりと行われた。セルマは既に一度狙われているので、その対策ということもあっただろうし、


「罪人になるかもしれない人間を派手派手しく迎えたりしないのでしょう」


 というセルマの鋭すぎる正論的な意味も、確かにあったのだろう。


「はあ……」


 その『罪人』に自分も含まれていると知ったルーリスの心境は複雑だ。馬車の周囲を併走するのは全員、王都からやってきた騎士たちだ。彼らの役目は王女の護衛だが、セルマが言うような裏の役目があるとするなら、罪人の護送、あるいは監視のために送られてきたことになる。


(ということは……へたすると、この人たち全員が敵になることも……あるかも?)


 ラミドアに向かうとき同様に、ルーリスはセルマと同じ馬車に乗っている。あの時よりも護衛の数も多いが、下手をした場合には単に敵の数が増えただけだ。セルマによれば、送られた騎士は、王太子の近衛騎士団を中心に国王派で固められているので、道中、いきなり寝返ることはないとのことだが。


(……コノリゼ騎士団の人がいたら、少しは安心だったんだけど)


 ユトーラ公は王都までコノリゼ騎士団に送らせるとを申し出たのだが、国王側から断られたそうだ。領境までは、コノリゼ騎士団が付いてきてくれたが、彼らが戻ってからは談笑の一つも聞こえなくなり、ひたすら王都を目指すだけの旅となった。


(騎士団、まだ評判は悪いのかなあ……悪いんだろうなあ……そういえば結局、厨房の人見つけられなかったし、それに……ううん、そんなことよりこの辺で襲われたら……えーとこの辺の地形ってどうだっけ……)


「ルーリス?」

「え? あ、はい? なんでしょう、殿下」


 領境を越えた先の地図は、なかなか思い出せなかった。丘があって河があってと、記憶を辿っていたので、セルマの呼びかけに反応が遅れてしまった。


「急に窓の外を睨みだしたから、何かあったのかしらと思ったのだけど」

「……睨んでました?」

「とっても」


 ルーリスは顔を擦って笑顔を作った。


「すみません、ちょっと考え事をしてました」

「あら、例えばどんな?」


 珍しいとでも言いたげなセルマの表情に、ルーリスは多少なりとも傷ついた。


「だからですね、例えば、また襲われたらどうしようかなとか!」

「山賊の類いなら、これだけの騎士の数を見ただけで怖じ気づくでしょう。騎士たちの寝返りも、ないでしょうね。今となっては時期が悪すぎるわ」


 そんなことだと思ったとばかりに、セルマ。ルーリスの考えていることなどお見通しというわけだ。


「時期が悪い、とは?」

「陛下も王太子も帰還しているし、ベリオル侯爵の味方となっていた貴族たちもあらかた処罰を下されているわ。ここで私の命を奪っても、王家への嫌がらせくらいにしかならないじゃない」


 嫌がらせで命を奪われるのも問題だとルーリスは思う。思うだけでなく言ってみたが、セルマは優美に笑い飛ばした。


「安心なさい、王家に嫌がらせなんて、それなりの権力が必要よ。今の叔父様には嫌がらせをする力も無いわ」

「はあ……それならいいんですけど……」


 嫌がらせをする権力なんて必要なのだろうか。やっぱり高貴な人が考えていることはよくわからない。


「考えていたのはそれだけ?」

「そうですね……あとは、コノリゼ騎士団のこととか……」


 セルマは少しだけ考え込んでから言った。


「今はそのことは忘れておきなさい。できるだけの手は打ってあるし、王都でなすべき事を終えてからでも遅くはないわ」

「わかりました」


 セルマがそう言うなら、ルーリスが考えることは何もない。今はこれからのことを考えておくべきだ。例えば――


「……それで殿下、やっぱりお披露目は……」

「するに決まっているわ。大丈夫よ、衣装は先に用意させているから」

「ありがとうございます……」


 襲撃に遭ってラミドアに引き返すことにならないかな――ルーリスの一縷の望みは叶わず、セルマは予定通り王都へ帰還を果たした。


***


「――長く留守にしてしましたが、ようやく戻れました。皆、変わりはありませんか? 私に叔父様を諫める力があれば、皆に不自由な思いをさせなかったのですが」

「姫様……セルマ王女殿下……そのようなもったいないお言葉……それだけで、私たちは充分でございます」


 懐かしの王女宮に戻ったセルマを、女官と侍女が勢揃いで出迎えた。玄関ホールでの感激の再会の一幕をルーリスに見せているのは、王女宮を取り仕切るヘディ女官長だ。ルーリスの祖母と言ってもおかしくない年齢の女官長は、うっすらと涙を浮かべ、セルマの無事を心から喜んでくれていた。


「女官長、こちらが私の精霊騎士のルーリスよ。王宮のことは何も知らないのだけど、ずっと私を支えてくれた大切な人なの。これから私同様に面倒を見てくださると嬉しいわ」

「もちろんでございます、殿下」


 へディ女官長は恭しく礼をして、それから改めてルーリスに向き直る。


「初めてお目にかかります、精霊騎士殿。私はこの王女宮を取り仕切る女官長の役目を仰せつかっております。どうぞお見知りおきを」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 ルーリスも覚え立ての騎士の礼を取り、神妙に挨拶を返した。


(うわー、何か大変そうなおばちゃんだ……)


 何が大変かというと、この女官長はセルマの絶対的な信者に違いないだからだ。ルーリスに対して恭しく挨拶をした女官長の目は、『私の大切なお姫様に何かあったら容赦しません』と脅しつけている。何かされたのは自分の方なのだが、きっと信じてもらえまい。


「連絡したとおり、ルーリスもしばらくは王女宮に詰めてもらうから、皆もよろしくお願いするわね」

「かしこまりました」


 女官と侍女たちの全員が一斉にお辞儀をする。どの顔も、セルマの再会を喜んでいる一方で、ルーリスに向ける視線は冷たいと言ってもいい。これは人気無いの所で取り囲まれるパターンかもしれない。男相手と違って力ずくで包囲を破るのが難しいだけに、なるべくセルマにくっついていようと決心する。いっそユーダミラウを呼び出しておくのもいいかもしれない。すこし、情けなくなってきた。


(……砦に帰りたいなあ……)


 隊長に怒鳴られている毎日の方がましに思えてきたルーリスだった。


「さあ、それでは殿下、まずはお部屋へ。以前のままにしてありますから、おくつろぎください」


 女官長はいそいそと先に立って案内を始める。セルマの私室に向かう道すがら、簡単に案内を受けたが、しばらくは迷子になるだろうと確信した。


(道しるべとかつけてくれないかしら……)


 この先玄関、とか看板をつけることを是非とも提案したい。しかしそれには女官と侍女たちともっと仲良くならないと無理だろう。


(仲良く……なれるのかしら……)


 現時点では目標到達はとうてい無理だと思われる。


「ルーリスの部屋はどこになるのかしら」


 看板のことを考えているうちにセルマの私室に着いていた。思っていた以上に広く、そして思っていた以上に地味だった。必要最低限の物しかないように見える。


(って、ここ、殿下の部屋の玄関みたいな部屋だっけ……)


 いくつかの続き部屋が全てセルマの私室であり、寝室、談話室、書斎と言ったように分かれていると女官長は言っていた。


「殿下のお望み通り、こちら側の続き部屋を精霊騎士殿のお部屋にいたしました」


 女官長はいつのまにか室内の扉の前にいた。


「だそうよ、ルーリス。気に入ってもらえるといいのだけど」

「はい、ありがとうございます」


 気に入らないなんて言ったら容赦しないと目で語る女官長の横を通り過ぎて、ルーリスは室内に入った。ベッドやタンスといった、一通り必要なものは全て揃っている。置いてある物の値段なんて考えたら触れないので考えない。花瓶に小さな花が一輪だけ飾られている。名前も知らないが、可愛いピンクの花だった。近寄って見つめていたら、冷たい視線の事なんてどうでもよくなった。


「とても素敵な部屋です。あんなに可愛い花も初めて見ました。今まで、お城で暮らしたことなんかない私に、よくしてくださってありがとうございます」


 素直な感想を伝えると、女官長は一瞬だけ驚いたような顔になった。


「……お気に召しましたのであればようございました。何か必要なものがございましたらすぐにお言いつけください」

「へディ女官長、立て続けで申し訳ないのだけど、もう一つのお願いはどうなりました?」


 セルマの問いに、女官長は僅かに胸を張ったように見えた。


「用意は整っております。ただ、城内に入れるわけには参りませんでしたので、城下の宿に逗留願っております」

「それは仕方ないわね。私は少しルーリスと話があるから、お茶の用意をおねがいするわ」

「かしこまりました。――中へ」


 女官長が一声掛けると、既に控えていた侍女たちがティーセットを持って入ってきた。テーブルクロスを掛け、カップを置き、菓子を並べて椅子を引いて待つ。その椅子にセルマが優雅に腰を下ろすまでが、お芝居の一幕を見ているかのようだった。


「あとはルーリスにやってもらうから、下がってて良いわ」

「かしこまりました」

「……」


 退室する侍女たち全員から不審者を見る目で見られたルーリスは、最後に扉が閉まる音でほっと息を吐いた。セルマと二人きりになって心安らぐ日が来るとは思わなかった。


「ルーリス、こちらに」


 呼ばれて、セルマの向かいに腰を下ろす。お茶はルーリスの分まで用意してあった。お茶以外の物が入れられていないだろうかと、ちょっぴり疑ってしまう。


「着いたばかりで慌ただしいけど、あなたにはこれから行って欲しい場所があるの」

「どこでも行きますが、具体的に何をしたらいいのか教えてください」

「そんなに難しいことじゃないわ。あなたのお母様と弟君を王都に呼んであるから、話してきてちょうだい」

「……はい?」

「夕食時には戻ってきて。もっとゆっくりさせて上げたいけれど、他に時間が取れなかったの」

「あの、殿下……お母様って、あたしの母さんですか?」

「他人の母親を呼んでどうするつもりなの、あなたは」


 呆れたように言って、セルマはお茶を一口飲んだ。そのままカップの底を見つめる。


「……明日から私たちの『罪』について査問会が始まるわ。勝算はあるけれど、何か間違いがあれば、あなたは二度と城から出られないわ」


 最後になるかもしれないから会っておけ、ということか。

 ルーリスもお茶を飲んだ。おかしな味はしなかった。むしろ美味しかった。調子に乗ってに焼き菓子もつまんだ。こちらも美味しかった。もう一口お茶を飲んでから、ルーリスは言った。


「そんなわけないです。出られます。もちろん、殿下も一緒に。だって、まだソネチアの荒れ地の女王様になってないじゃないですか」


 セルマは微笑んだ。


「わかってるならいいのよ。案内は呼んであるそうだから、あとはへディ女官長に聞きなさい」

「はい。いってまいります。ユード、あとお願いね」

「りょーかい」


 やる気の無い声だけが天井付近から降ってきた。

 ルーリスは急いで部屋から出ると、廊下の突き当たりに女官長を見つけた。


「女官長様、あの、殿下から――」

「こちらです」


 最後まで言わせずに、女官長は先に立って歩き出す。どこをどう来たのかさっぱりわからないが、入ってきたところとは違う扉から外に出た。裏庭、だろうか。


「この者が案内します。帰り道も案内しますのでご安心を」


 出てすぐの所に、一人の女性が立っていた。ルーリスより年上だろうか。黒髪の、ぱっと見、いい所のお嬢さん、といった風体だった。女性は名乗らず、女官長とルーリスに一礼したのみだ。


「わかりました。いってきます」


 ルーリスは女性のあとに従って裏庭を抜け、小さな木戸から王女宮の外に出た。とはいえ、まだここは城内だ。女性は慣れた足取りで進んでいく。ルーリスも遅れないように歩いた。女性は人目に付かない道を選んでいるようで、誰にも見とがめられずに城外へと出られた。


(母さんたち、宿にいるんだっけ)


 ルールスは王都から約三日離れた所にある、小さな村の出身だ。父親を早くに亡くしたが、母と弟と三人で頑張って暮らしてきた。ルーリスが村の友人たちと共に王都に働きに出たあと、弟も村の外に働きに出た。確か今は、どこかの川縁で工事をしているとか聞いていたが、当時はよくわからなかった。読み書きできない一家だったので人づてに元気でやっていると、噂を聞くくらいしか近況を知る術がないのである。

 母は故郷の村で今も一人、元気で暮らしているはずだ。毎年、祭の時期には帰ってお互いの無事を確かめあっていた。そろそろ嫁に行く準備をしなさいと、去年の祭の時は半分以上が説教だったのを思い出して、暗い気分になる。やっぱり今日は会うのを止めて、帰ろうか。


「こちらです」


 回れ右する前に、到着してしまったようだ。ルーリスは母と弟が泊まっているという宿を見上げて、硬直した。


「……ここ?」


 どうみても、立派なお屋敷にしか見えない。本当に宿だとしても、一般庶民が泊まれるような宿には見えない。


「ここです」


 呆然とするルーリスを置いて、女性は玄関をノックした。扉はすぐに開き、女性が一言二言話すと、満面の笑みで迎えられた。


「こちらです」

「あ、はい!」


 今は宿代のことは考えないでおこう――ルーリスは母と弟のことだけを考えることにした。最後に会ってから、一年以上経っているはずだ。手紙は書いても二人とも読めないので、新しい仕事に就いたことと、今はラミドアにいることだけを代読者付きで知らせてある。


(精霊騎士になりましたっていっても、信じてもらえないだろうし)


 例えば弟が精霊騎士になりましたと言われたら、ルーリスは信じない。本人に会って聞いても、騙されて後ろ暗い仕事に就いたのではと疑ってかかる。


(剣を見せたら信じてくれるかなあ……どうせならユードを呼んじゃうとか)


 守護精霊使いが荒いと、ユーダミラウがこの場にいたら文句を言われそうだ。


「こちらでございます」」


 母と弟が泊まっているのは最上階の特別室だそうだ。ここまで案内してくれた女性は階下で待つと言い、ルーリスの案内は宿の主人に引き継がれた。宿の主人はルーリスを案内すると丁寧にお辞儀をして戻っていった。

 ルーリスは深呼吸してから、ノックした。


「どちらさま?」


 懐かしい声がして、扉が開いた。ルーリスと同じダークブラウンの髪を結い上げた、小柄な女性がでてきた――母だ。


「ルーリス?」


 びっくりしたように口を開く。この仕草もかわらない。


「ただいま、母さん。家じゃないのに、ただいまって言うのも変だけど」


 なんだか気恥ずかしくて早口に言うと、抱きしめられた。


「おかえり、ルーリス。家じゃないけど、待っていたわ」


 やっぱりただいまで合っていたんだなと、母に抱きしめられながらそんなことを考えていた。


お読みくださいましてありがとうございます。

えー、随分と間が空いてしまいましたが、なんとか少しずつペースを取り戻していきたいと思います。

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