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「レイリー、親方が呼んでるぞ」
「えー、なんだろ」
何をやらかしたんだという同僚の揶揄を背中に、レイリーは親方がいる監督小屋へと向かった。
王都から三日ほど行った先の小さな農村の生まれだったレイリーは、領主館の外壁補修工事にやってきたラセッタ親方に世話になったのをきっかけに、以後は正式に工作夫として親方と共に各地の工事に出向くようになった。
今、レイリーが働いているのは王都から歩いて十日以上もかかる、片田舎の川縁だ。田舎とは言え、立派なネイワーズ王国の領土であり、隣国との境界にも近い緊張感漂う土地である――とレイリーは親方から教わった。しかしレイリーの仕事と言えば、河が荒れても水が出ないように、毎日土を掘ったり盛ったり石を置いたりするだけの肉体労働である。緊張感があるとしたら、積んだ土嚢が崩れないかどうか確認するときくらいだ。ちなみにこれが崩れたら最初からやり直しのうえに親方の説教がもれなくついてくる。
「親方、何か用ですか」
ノックと同時に監督小屋――ただの掘っ立て小屋とも言う――の扉を開けて、レイリーは固まった。
「あ……すんません、お客さんでしたか」
「オレの客じゃない。お前の客だ、レイリー」
回れ右で出て行こうとしてレイリーを親方が呼び止める。
「おれに?」
「――君が、レイリー・マーロウか?」
答えたのは親方ではなく、親方の前に座っていた生真面目そうな中年の男だ。その真面目振りは、一筋の乱れも許さないとばかりに短くまとめられた深緑色の髪にも現れている。着ている物は洗濯も繕いも皺の付き方まで行き届いているが、着古しているのは一目瞭然だ。貴族のようであるが、身分は高くなさそうだ。
はあ、と生返事をするレイリーを、男は立ち上がって手招いた。
「扉を閉めて、こちらへ」
言われたとおりに戸を閉めて、レイリーは男の前に立った。
(どっかのお役人かな)
座るようにと促されて、レイリーは空いている椅子に座った。人に命じ慣れている様子と身なりから判断するに、下級貴族の役人だろうか。しかしそんな人物からの用向きが思いつかない。
「じゃあ、オレはこれで失礼しますよ」
腰を浮かせた親方のことも、男は引き留めた。
「いや、ラセッタ親方にも一緒に話を聞いて欲しい。少々……込み入った話なので」
そういうことなら、と親方は座り直した。
「自己紹介がまだだったね。私はハルム・ニザントア男爵だ。王都からある方の使いで来た。君は、レイリー・マーロウで間違いないね?」
「はい」
ハルムは立て続けに家族の名前、生まれ育った村の名前やこれまでの経歴などを尋ねてきた。何でこんな事を聞かれているのか、疑問に思い始めたころ、親方が手を上げた。
「男爵様、話に割り込んで悪いと思いますが、なんでそんなにこいつのことを根掘り葉掘り訊くんですかい」
ハルムは気を悪くした様子もなく、穏やかに言った。
「いきなりすまなかったね。人違いをしては申し訳ないと思ったもので」
申し訳ないと思う相手がレイリーでないのは明らかだった。親方は顔をしかめた。
「ある方のお使いってのは人捜しですか」
「ああ。親方も、セルマ王女殿下が新しく王位継承者になられたことは知っているだろう?」
「ええ、まあ、みんな話してますからね」
いきなり王女の話を出されて、親方は少なからず動揺した。同意を求められて、レイリーも頷く。
ベリオル侯爵による王城占領事件の際に、国の将来を憂えた末の王女が危険を顧みずに王位継承者として立ち上がった、というのが最近の民衆の話の種だった。
「もうすぐ、お城に戻ってこられるんでしたよね」
立ち上がったものの、身の危険を案じたユトーラ公が王女の身柄を保護した。その後、城は帰還した国王と王太子の手によって取り戻されたので、改めて王女を王位継承者として迎え入れることにした――こんな王都から離れた護岸工事現場でも、それなりに世情は伝わってくる。
「そうだ。新たな王位継承者として国民に周知するというの国王陛下のご意向により、近く継承式が行われるのだが……」
「が?」
「いずれ皆が知ることだとは思うが……お二人にはよく聞いてもらいたい。特に、レイリー、君に大きく関わることだ」
「おれに?」
ハルムのただならぬ様子に、レイリーは身を固くした。一人前に働いているとは言え、もうじき十五になるくらいの人生しか歩んでいない。貴族から秘密めいた話を聞かされるなんて、生まれて初めての経験だ。
「セルマ王女殿下が王位継承者となられたことで、同時に殿下の護衛者たる精霊騎士に就任した者がいる」
王位継承者には護衛たる精霊騎士がつく。ハルムにわざわざ言われなくても、ネイワーズ王国の民であれば子どもでも知っていることだ。
「そんな顔をしないでくれ。君たちが知らないと思っているわけではない。ただ、今回ばかりは君たちが知っているような精霊騎士ではなかったのだ」
親方とレイリーは顔を見合わせた。ハルムが何を言いたいのか、さっぱりわからない。
「王城ではまだ議論の余地を残しているようだが、精霊宮殿は早々にその精霊騎士の誕生を承認した。故に反論は許されない」
「で、その精霊騎士ってのはどういうお人なんですか」
もったいぶらずにさっさと教えやがれと、日頃の親方ならそう言っただろう。だが相手は曲がりなりにも貴族で、王城からの使いのようだったから、親方の訊き方も控えめだった。
「それなのだが……レイリー、よく聞いてくれ」
大事なことだからと、ハルムは繰り返し言った。レイリーは頷くだけだ。
「この度、精霊騎士に就任されたのは女性だ。王位継承者になられたのが王女殿下だということなので、予想範囲ともいえる。予想外だったのは、就任者が騎士ではなかったことだ」
「騎士じゃない……?」
言われても、ぴんとこなかった。騎士ではないものが騎士になれるのかという疑問がわいてくる間に、ハルムは言った。
「新しい精霊騎士の名は、ルーリス・マーロウどの。王城で働いていた平民の女性だ」
「ルーリス……マーロウ……!?」
思わずレイリーは立ち上がった。できれば今すぐ駆けだして、本人に確かめに行きたい。
そんなレイリーをハルムは押しとどめるように椅子に座らせた。
「気持ちはわかるが、落ち着いてくれたまえ。そうだ。新しい精霊騎士は、君のお姉さんだ」
「はあ!? こいつの姉さん!?」
今度は親方が声を上げた。静かにするようにとハルムに叱責されて、縮こまる。
「これでわかったかな。それではレイリー、早速で済まないが一緒に来て欲しい。私は君を迎えに来たんだ。王女殿下が帰還されればすぐに継承式となる。君にも一応参加する権利がある」
「け、継承式って……でも、おれ、まだ仕事が」
「わかっていとも。だからラセッタ親方にも同席してもらったのだ。親方、レイリーをしばらく王都に連れていくことを許可してくれるね?」
ハルムは同意を求めているが、内容は命令も同じだ。親方に拒否権は無い。声も出せないまま頷いた親方は、「これは夢か何かか?」とでも言うような顔でレイリーを見た。
(おれも同じ気持ちです、親方!)
当然、レイリーにも拒否権は無かった。
こうしてレイリーは生まれて初めて王都に足を踏み入れた。半分以上は自分の意思とは無関係に馬車で運ばれてきたので、人に自慢できるような話ではない。
「本来なら然るべき場所に招くべきなのだが、式典の間はこちらに逗留して欲しい」
ハルムが案内してくれたのは王都内の立派な屋敷だった。と思ったら実は高級宿だと聞かされて、レイリーが真っ先に考えたのは宿泊代のことである。宿代は前払いで支払い済みと宿の主人も言ってくれたので、安心して先に来ていた母エルウェと再会できた。
「母さん! 元気そうで良かった」
「レイリーも。また大きくなったみたい」
ごく一般的な再会の挨拶をした後は、まだ現れない姉の話になった。なにしろここまでずっと、ルーリス本人から何も聞かされていないのだ。
「あの子ね、ラミドアで仕事を見つけたから心配ないって、代読者付きの手紙が来たときから何かおかしいとは思ってたけど……まさか王女様と一緒だったとは思わなかったわ」
手紙の代読者は、普通は手紙と共に周囲の村を回って歩く。しかしエルウェの元を訪れた代読者は、ルーリスの手紙だけを持って現れたのだという。まさか身売りでもしたのかとエルウェは気を揉んでいたが、直接ラミドアに行って確かめる余裕はなかったため、毎晩守護精霊に祈りを捧げていたという。
「ある意味、守護精霊様は母さんの祈りを聞き届けてくれてたよね……」
本当にルーリスが精霊騎士になったのなら、専属の守護精霊がついているわけなので、結果だけ見るなら心強いことこの上ない。
「早くあの子に聞いてみたいわ……」
基本的に外出は控えて欲しいとのことだったので、レイリーは母と二人で宿に引きこもって過ごした。といっても、毎日それなりに忙しかった。王城での式典にも末席とはいえ席が用意されているので身支度から礼儀作法まで、短期間に詰め込む必要があった。礼儀作法はごく基本的なことだけで済んだが、衣装屋は入れ替わりに来て身体のあちこちを測り、流行の生地や飾りを見せて希望を聞いてくる。支払いは城で持つということだったが、着の身着のままで生活しているレイリーには「お任せします」としか言えなかった。
「レイリー、こっちにしてみればよかったのに」
その点、母はちゃっかり好みのものを揃えたようで、夕食時にはやたらと機嫌が良かった。
(母さんも変なとこで度胸あるよな……)
まだ会えない姉も、同じことをしているような気がしてならない。夕食はテーブルの上から皿がはみ出しそうなくらいに並んでいたが、内容は日頃食べ慣れた物の豪華版だった。王女の計らいだと食事を運んできた宿の人間は恩着せがましく言ってきたが、確かに見たことの無いものばかり出されても受け付けなかったと思う。環境がいつもと大きく違うときは、特に。
「あたしたちのことも気に掛けてくれるなんて王女様って、お美しいだけの方じゃないのねえ」
第五王女セルマは現王家の中でも飛び抜けた美貌の持ち主であるというのは、庶民の間でもよく知られている。レイリーだって年頃の男の子なので、そんな美人に会ってみたいとは思う。
(……式典の時に見られるかな)
ルーリスがこの場にいたら、全力で引き留めるだろうとは思ってもみなかったレイリーだった。
「どうかな。王女様がおれたちみたいな人間にそんなに気を遣ってくれるかな。姉さんが教えたんじゃないの」
大人ぶっていってみたが、母の意見は現実的だった。
「あの子がここまで気が効くとは思えないわ」
「……」
そんな気が効かない人間が王女様の傍に付いていて大丈夫なのだろうか。姉の将来がものすごく不安だ。
(そもそも姉さんはどうして精霊騎士なんかになったんだよ……?)
いくら母と話し合っても、ルーリスと精霊騎士が結びつかない。もしかしたら精霊騎士の身代わりか、あるいは精霊騎士と言うのはただの王女の側付きの呼称なのでは、と言うのが、今のところの有力説である。
「それにしたって、あのこと王女様が結びつかないわ」
ラミドアに行く前、ルーリスは王城の厨房の仕事が見つかったと連絡してきたばかりだった。そこまではレイリーも聞いている。
「最近の王女様は厨房に出入りするのかしらね」
「だとしても姉さんなんかに話しかけたりしないだろ」
いくら考えても疑問しか出てこない。
そんな不毛な会話に終止符を打てる人間――ルーリスがやってきたのは、王都に逗留してから五日目のことだった。
「ただいま、母さん。家じゃないのに、ただいまって言うのも変だけど」
早口に言うルーリスを、エルウェはしっかりと抱きしめた。
「おかえり、ルーリス。家じゃないけど、待っていたわ」
レイリーは母のように動けなかった。
久しぶりに会う姉は、着ている物こそ上物に変わっていたけれど、レイリーが覚えている姉と変わらなかった。
それなのに、どこかが変わってしまったいるように見えた。よく知っている姉の中に、全く知らない何かがいるような、説明のできない感覚に囚われていた。
「レイリー?」
ルーリスに呼びかけられても、レイリーは動けなかった。どうにか動かせた口で、何とか声を出した。
「姉さん……ほんとに精霊騎士に、なったの?」
問いかけたのは自分なのに、答えを聞くのが怖かった。
けれども耳を塞ぐ前に、姉の声は飛び込んできてしまった。
「うん、自分でもびっくりしてるんだけど、なっちゃったの」
似合わないよねと照れたように笑って、ルーリスは片手を上げて見せた。
「ほんとなんだよ。ほら、見て。これ、ユード……じゃない、守護精霊もらったんだ」
何も持っていなかったはずの手に、一振りの見事な宝剣が現れた。その輝きに憧れると同時に、レイリーは恐怖を覚えた。
「……なんで……だって姉さん、剣なんか使えないくせに……」
刃物と言ったら調理道具しか手にしたことのない姉が、剣を持っている。自分だってナイフくらいしか持ったことがないのに――恐怖なのか嫉妬なのか、最後はよくわからなくなった。
「うん、あたしも最初はそう思ってたんだけどね」
ルーリスは剣を眺めながらしみじみと言った。
「……でもこれ、やっぱりあたしの剣なんだよね」
応えるように宝剣が一瞬光ったことを、レイリーはこの後ずっと覚えていた。
久しぶりの更新となりました。
お読みくださってありがとうございます。
昨年は思うように更新できませんでしたが、今年はもう少し頻度を上げていきたいと思います。
良ければまたお寄りくださいませ。
遅れましたが、新年明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。




