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10、HYDRA CHRYSALIS ―ASCENSION― ―境界を越えた時、世界は神話になる―第5章 原初帰還   作者: Nao9999


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第104話 最後の観測室

墓は、死者のために作られる。


そう教えられてきた。


けれど——


世界で最初の墓は、生者が二度と忘れないために建てられた。

AQUA-7の最深部。


使われていないはずの扉が、ひとりでに開いた。


管理体は足を止める。


扉の上には、古い文字。


《OBSERVATION ROOM 00》


数字だけが異様に鮮明だった。


「ゼロ……。」


誰にも聞かれない声で呟く。


一歩。


また一歩。


奥へ進む。



部屋の中央に、古い観測装置があった。


画面は消えている。


電源も繋がっていない。


それなのに。


一つだけ赤いランプが点滅していた。


点。


消える。


点。


消える。


管理体は机の上へ手を置く。


指先が震えた。


「ここは閉鎖したはずだ。」


背後。


何もない。


それでも。


椅子が一脚だけ引かれた。


誰かが座るように。


管理体は座らない。


その代わり、画面へ近づく。


突然。


画面が点いた。



《観測対象:地球》


《観測開始:記録不能》


《最初の生命:記録不能》


《最初の意識:記録不能》


《最初の名前:――》


そこで画面が止まる。


管理体の顔から血の気が引く。


「最初の名前……。」


その文字の下に。


一つだけ新しい項目が追加された。


《観測対象:玲司》


管理体は息を止める。


「どうして今……。」


画面が切り替わる。


映し出されたのは。


海だった。


名のない海。


ASTRAEA号。


そして、その甲板に立つ玲司とアヤ。


映像は今この瞬間を映している。


管理体は理解した。


ここは過去を記録する場所ではない。


未来を観測している。



名のない海。


玲司は目の前に立つ青年を見つめていた。


姿はもうない。


それでも声だけが残っている。


『次は、君が俺を思い出す番だ。』


「……何なんだよ。」


誰に言うでもなく呟く。


アヤが隣へ立つ。


「分からなくてもいい。」


玲司は顔を上げる。


「いいのか?」


「うん。」


アヤは静かに笑った。


「でも、一人で抱えないで。」


その言葉に。


玲司は少しだけ救われた気がした。



ASTRAEAの船底。


再び。


コン。


コン。


コン。


玲司とアヤが同時に振り向く。


三回。


しばらく沈黙。


二回。


そして。


一回。


玲司の顔色が変わる。


「これ……。」


アヤが聞く。


「知ってるの?」


「昔、悠真と使ってた。」


「何の合図?」


玲司は答えられない。


記憶がない。


ただ。


身体だけが知っている。


玲司は船底へ指で同じ音を返した。


三回。


二回。


一回。


静寂。


そして。


返事。


三回。


二回。


一回。


アヤが息を呑む。


「向こうに誰かいる。」


玲司は首を横に振る。


「人じゃない。」



船底の板がゆっくり割れる。


その隙間から蒼い光が漏れる。


階段。


今まで存在しなかった。


地下へ続いている。


アヤが玲司を見る。


「行く?」


玲司は迷う。


ほんの一瞬だけ。


それでも。


一人ではないことを確かめるように、彼女の手を握る。


「行こう。」


二人は階段を下りる。


一段。


二段。


三段。


海の音が遠くなる。


代わりに。


誰かの寝息が聞こえた。



階段の終点。


小さな部屋。


中央に椅子が一つ。


その上に。


白い布が掛けられている。


玲司が近づく。


布へ手を伸ばす。


止まる。


なぜか怖い。


アヤが背中へ手を添える。


「大丈夫。」


玲司は頷く。


布を取る。


そこにあったのは。


人形だった。


古い。


小さな人形。


胸の中央に蒼い石が埋め込まれている。


その石を見た瞬間。


玲司の視界が崩れる。



海辺。


幼い玲司。


そして。


隣に立つ誰か。


手を繋いでいる。


顔はまだ見えない。


でも声だけは聞こえる。


『忘れないでね。』


幼い玲司が笑う。


『うん。』


『どんなに世界が変わっても?』


『うん。』


指切り。


小さな約束。


その直後。


幼い玲司はもう一度だけ言う。


『名前は?』


隣の誰かが答える。


その瞬間。


世界が真っ暗になる。


名前だけが聞こえない。



現実。


玲司は人形を抱えていた。


頬に涙が流れている。


「……なんで。」


アヤは何も聞かなかった。


ただ隣に立つ。


その時。


人形の胸の蒼い石が光る。


小さな音声が流れた。


ノイズ。


そして。


榊悠真の声。


『玲司。』


玲司の身体が固まる。


『もし、この記録が再生されたなら——』


一瞬の沈黙。


『俺は、もういない。』


それでも悠真の声は穏やかだった。


『だから、最後に一つだけ伝える。』


ノイズが増える。


『お前が探しているのは、過去じゃない。』


『お前自身の中にある——』


そこで音声が途切れる。


玲司は息を呑む。


人形の胸の石が割れる。


中から小さな紙片が落ちる。


開く。


そこには。


一つの名前だけが書かれていた。


玲司が読む。


声にはならなかった。


その瞬間。


海の向こうで。


世界樹が大きく揺れた。

第102話「世界最初の墓標」を読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、頭蓋骨の島の正体が「世界最初の墓」であること、そして榊悠真と水城澪が交わした“名前を刻まない約束”を描きました。


ラストで現れたのは、子どもではなく玲司と同じ顔を持つ青年。


第89話から続いていた“もう一人の玲司”が、ついに姿を持って現れました。


【進行報告】

・現在:第5章「原初帰還」第102話

・残り8話で第5章完結

・第110話は映画一本分のクライマックスとして設計しています。


次話では、「もう一人の玲司」が初めて自らの意思で語り始めます。


引き続き『HYDRA CHRYSALIS ―REBIRTH―』をよろしくお願いします。

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