第75話:吊り橋の試練、再び
翌朝、一行はテントを片付け、拠点としていた地を発った。
朝といってもそれは時刻上のもので、辺りは薄暗い闇夜を真っ赤な月が禍々しく照らす不気味な風景のままだった。
昨日一日でかなりの距離を進むことができた。
だが逆にいえば、それは入口から離れ、ダンジョンの最奥に近付いているということだ。ゆえにモンスターも強くなっていた。特に顕著なのは〝素早い屍〟だ。
これはのろまな生ける屍を、そのまま素早くしたようなモンスターである。アンデッドには痛覚がないため、腕を斬り落とそうが、足をもごうが、急所に攻撃を当てない限り延々と付き纏ってくる。
しかし、このパーティ、そんな敵ごときに苦戦を強いられるほどやわな訓練はしていない。先日、誠が召喚び出したエルダーリッチやエルダースパルトイに比べれば、それは雑魚敵の範疇だった。
そんな調子で、その日も一行は朝から順調に順路を進んだ。
すると途中で渓谷が見えた。
そこには橋がかかっていたが、目が3つある髑髏の石像が行く手を完全にはばんでいた。
誠の経験からしてこの手のオブジェは、いかなる手段でも破壊できない。ためしに白金で斬ってみたがガキンと見えない壁のように剣は弾かれてしまったのだった。
石像の台座には皮製の紙が貼られていた。そこには、こんなことが書かれている。誠はそれを音読した。
〝ようこそいらっしゃいましたお客様。ワタクシの名はモルティーノ、当劇場の死配人を務めております〟
〝今宵は皆様がお楽しみいただけますよう、ちょっとした謎かけを御用意しました〟
〝力を合わせて御挑みください。なお興醒めとなりますので、外部知性の使用はなるべくお控えくさだいませ。それでは皆様、良い探索を〟
驚いたことに、それはペルボリアスの文字ではなく、整った「日本語」で書かれていた。モルティーノ――それが、このダンジョンのラスボスなのだろうか?
(確か過去の探索の記録では、このダンジョンのラスボスはエルダーリッチだったはず)
思った誠はドローンカメラの越しの陽菜に聞く。
「陽菜ちゃん、モルティーノって奴の名前はネットで出て来る?」
『ううん、出てこない。イタリアンレストランとかサッカーチームの名前がヒットするだけ』
ドローンの高度を下げた陽菜はそう言った。となると、そいつは全く未知の敵ということになるのだろうか?
(でも日本語が使えるなんてありえるか? 知性を持った敵ってことか?)
にしても態度が道化ている。
「外部知性ってなんスかね?」
「インターネットや生成AIのことではないでしょうか?」
「は? こいつマジで舐めてるし。ンなものなくても解けるっつうの」
石像の台座には文章が彫られていた。もちろん、これも日本語である。
〝其れは暁を告げるもの〟
〝其れは宵闇を告げるもの〟
〝二つを合わせたるものを此の像に捧げよ〟
〝さすれば汝の道は拓けん〟
誠たちは皆、小首を傾げた。
暁を告げるものと宵闇を告げるもの。一体、どういう意味だろう?
「暁って朝のことッスよね? じゃあニワトリじゃないッスか?」
「もしも前者が鳥ならば後者もその可能性が高いです」
「夜行性の鳥っていうとフクロウとかかな?」
「宵闇は夜になる直前の時間のことです。なのでカラスではないかと」
小鈴の言葉を聞いた誠は、ああ、なるほど、と感心した。
夕方に鳴くといえば真っ先にカラスが思い浮かぶ。とはいえ1つ問題があった。
「ニワトリとカラス、持ってる人いる?」
誠が聞くと皆は首を振った。
そりゃそうだ。
こんなところに鳥なんていないし、そんなものを持ち運ぶ者もいるはずない。
「物真似とか?」
絵麻が何気なしにそんなことを言う。
「なるほど。2人同時にコケコッコーとカアカアを言うのか。誰がやる?」
聞くと、無言になる一同。
「言い出しっぺの法則ですよ」
「は? 絶対にやらないし」
とはいえ、やらないわけにもいかない。
そこで公平にジャンケンで「生贄」を決めることにした。
最初はグーの掛け声とともに3つのチョキと2つのパーが繰り出される。パーを出したのは誠と朝香だ。「ウチ、汚れ役ばっかりッス!」と彼女は嘆きを口にした。
「しょうがない朝香、攻略のためだ。コケコッコーは俺がやる。朝香はカアカアをお願いするよ」
「ま、誠さんとならいいスけど、1回だけしかしないッスよ」
「せーので行こうか。じゃあ、せーの」
「コケコッコー!」「カアカア!」と2人の声がさびれた森に木霊した。
数秒待つが何も起きない。
さらに数秒待ってみるが、それでも何も起こらなかった。
「ぷぷっ、リアリティが足りてないんじゃないの?」
「こ、この、チビ大人ぁ! だったら手本を見せるッス!」
「あーしは絶対しないから」
「そんなのズルいッス! 不公平ッス!」
朝香と絵麻が喧嘩を始める。
こりゃ駄目だなと思った誠は陽菜に救援を要請した。
「降参だ。ChatGPTはなんて言ってる?」
『金星だってさ。明けの明星と宵の明星を合わせるそうだよ』
「……金星のモノマネってどうやるんだろう?」
『キンキンキ~ン、とかじゃない?』
冗談交じりに答える陽菜だが、最新のAIにすら解けない謎となると、いよいよお手上げといわざるを得ない。
と、ふいに今まで黙っていた麗亜が小さく手を挙げた。
誠が「どうぞ」と発言を許すと彼女は、こほん、と咳払いする。
「難しく考えすぎなんじゃないかしら。暁を告げるものは太陽で、宵闇を告げるものは月なんじゃない?」
「だから、どうやって物真似するんスか、それ!」
「物真似からいったん離れなさいよっ」
麗亜の冷静な意見を聞いて、確かにな、と誠は思った。
曙を告げるものがニワトリなのは自然だが、宵闇を告げるものがカラスなのは少しこじつけ感がある。相手が日本語の話者なことを考えるなら、言葉遊びも日本語の可能性が高い。
太陽と月、これら2つを合わせると……
「よし、わかったぞ」
言うと誠は地上の陽菜にドローンのライトを点けるよう指示をした。彼はドローンを抱え上げ、それで三眼の石像を照らす。
するとゴゴゴと音がして、石像が横にスライドした。
「え、ちょ、どういうことッスか!? なんでライトで開いたんスか!?」
「明かりだよ」
「あかり?」
「漢字で日と月を書いて合わせると〝明〟って文字になるだろう? つまり供物は光そのものだ」
誠がやさしく教えると「あっ!」という声をみんなが上げる。
「めっちゃシンプルな、なぞなぞでした」
「こいつは一本取られたッス!」
「さっすが、マコト!」
「師匠、見事だわ」
仲間たちはこぞって誠を褒めた。
コメント欄にも、
〝さすがトーマス!〟
〝俺たちにできない事を平気でやってのけるッ!〟
〝そこにシビれるッ!〟
〝あこがれるゥ!〟
などと称賛コメントがどんどん集まる。
誠は頬掻きながら、しかし当惑を強めていた。
この問題は日本語の話者で、かつ漢字の成り立ちまで理解している者でなければ作れない。ダンジョンの〝死配人〟を名乗る謎の存在、モルティーノ……一体、何者なのだろう?
謎は深まるばかりである。
だが躊躇しても仕方ない。
こうして誠たち一行は吊り橋の先へ進むことになった。




