第1話:目覚めたらそこは日本でした
「こうして俺は15年間、異世界ペルボリアスで冒険をしてたんだ」
場所は閑静な病室の中。
頭に包帯を巻いたおじさん、藤増誠は熱心な口調で姪に語った。
一方、そんな彼の前でしゃりしゃりとりんごの皮を剥いている陽菜は、まるで何事もなかったみたいに、うさぎの形にカットしたそれを叔父に渡してやる。
「はい、おじさん。無理せずゆっくり食べてね」
「お、うさちゃんりんごか。かわいいね」
誠はりんごを受け取ると、皿の上に乗せたそれをしゃくしゃくと食べ始める。
病室の窓からは陽が差し込み、時折、遠くで踏切の音と電車がガタゴト進む音がする。
「それでね陽菜ちゃん、続きなんだけど。この世界で昏睡状態だった俺の魂は、こうして15年間もの間、異世界ペルボリアスで冒険をしてたんだ」
「うん、その話、さっきも聞いた」
「どんな冒険をしてたか聞かないのかい?」
「あー、えっと、興味ない」
「まあ、そう言うなって。それはもう壮大な冒険だったよ。向こうに〝召喚〟された人は俺以外にもいたんだけど、その人たちのほとんどはスローライフを選んだらしくてね。唯一、俺だけが仲間たちとともに魔王ディアブロシアを討ち取るために各地で世直しの旅を続けてたんだ」
「だから興味ないってば」
「それでな、陽菜ちゃん、聞いてくれ。最後に俺が剣をディアブロシアに突き立てると、そいつは口から血を吐きながらこう言ったんだ。〝これで終わったと思うでないぞ! 貴様が召喚された折、我は貴様の世界に呪いをかけた! 元の世界に戻ったとて貴様に安息の日々は訪れぬ!〟ってね」
頭に包帯を巻いたおじさんは口元にニヤリと笑いを浮かべた。
それを完全に無視した陽菜はファイルから紙を取り出して見せ、
「ん、なんだこれ? 脳診断の再検査のお知らせだって?」
「そ、明日。お母さんも来るよ」
「大げさだな。俺にはどこにも異常はないのに」
肩をすくめたおじさんを、彼女は非常に憐れな顔で見た。
この叔父が軽トラックに撥ねられたのは15年、2011年のこと。
その間、彼は昏睡状態にあった。
それは誠が高1の時で、当時の陽菜は1才だった。
脳に異常はありませんが、何か長い夢を見ているようです。
医者の説明は、そんなものだった。
そんな彼が目を覚ましたのはつい先日のこと。
以来、陽菜は毎日この憐れな叔父を見舞っているが、彼の病状はよくならなかった。妄想はどこまでも加速して、ついには異世界召喚されて魔王を倒す旅に出ていたというような趣旨のことを真顔で語るに至ったのである。
これから、どうするつもりなのか?
高校を卒業できなかった誠は、当然のごとく中卒の状態だ。
「なあ、陽菜ちゃん。君、もしかして信じてないだろ?」
「……信じてるよ」
「嘘だな。そういう目じゃないよ。ちょっと魔法を使ってみせるから見てろ。〝エルラン・パルラン・ナイアル・パロラン〟……ん? あれ、おかしいな? 発動しないぞ? もっぺんやってみる〝エルラン・パルラン・エルロン・パロリン〟」
「もういい」
「〝エルラン・パルロン〟……」
「だ~っ、だからっ! もういいってばっ! おじさんは頭をぶつけたのっ! それで今、こんな状態になってるのっ!」
「〝風の精霊よ。我に従わん〟」
「…………え?」
直後である。
皿の上にあるうさぎのりんごがふわふわと宙に漂い始めた。
誠はドヤッという顔をする。
ショックが大きかったのか、陽菜は血の気が引いた表情で彼から数歩、遠ざかる。
「ああ、なるほど。こっちじゃ、日本語で命令するのか」
「ちょ、ちょっと待って、おじさん! そ、それ魔法!?」
「魔法だよ。他にも、たくさん色々できるぞ。たとえば、こういう感じとか」
誠は手から炎を出すと、それでりんごを炙り始めた。
焼きりんごと化したそれを美味しそうに、誠はむしゃむしゃとほおばり始める。
「ほ、ほんとなの!? おじさん、ほんとに異世界行ってたの!?」
「だから言っただろ。そうだって」
「で、でも、そんなの……」
「これで信じたろ?」
陽菜は何かを言いかけたが、拳をぷるぷる震わせて言葉をぐっと飲み込んだ。
「……だとすれば、これ、チャンスかも」
「チャンス?」
「おじさん、ダンジョン配信やろう! 絶対数字伸びるから!」
ダンジョン配信とはいかに?
誠は首を傾げてみせる。
「あのね、おじさん聞いて。今、この世界にはダンジョンって呼ばれる構造物が世界各地に出現してるの」
「え、こっちにもダンジョンがあるのか?」
「おじさんの方の世界にもあったの?」
「あったも何も、洞窟みたいな場所に入ったら、大抵、そこはダンジョンだったよ」
「今では日本もそういう感じ。15年前に急に各地に出て来たの。世間ではこれを〝現代ダンジョン〟なんてふうに呼んでる」
陽菜はスマホを取り出すと、それで何やら画像やら動画やらの検索結果を見せる。
彼女曰く、現在、ここは政府の管理下にあるが、許可を出された一般市民は自由に立ち入ることができるらしい。
そこにはモンスターや罠、宝箱など、様々な危険が待ち受けている。しかし危険に見合うだけの収穫が見込めるのだという。
そして、また、そんな冒険の様子をカメラを使って外部に発信する文化も強く根付いているらしい。
「あのね、おじさん。わたしダンジョン配信系のYewTuberになりたかったの。でも実力がないせいで、わたしだけではできなかったんだ」
「ああ、なるほど。わかったぞ。それで俺に探索をやれってことだな?」
「できる、おじさん?」
「俺を誰だと思ってるんだ。魔王を倒した勇者だよ?」
誠は自信満々に言った。
「とりあえず、脳検査はキャンセルでいいかな?」
「わかった。お母さんに伝えとく」
かくして彼らは即席でパーティを組むことになったのだった。
【作者コメント】
今日から朝7:21に毎日投稿していきます! 完結までストックしてありますので、よろしければぜひお付き合いください!




