00――プロローグ
新連載です、カクヨムコン11に応募していた作品の加筆修正版になります。
日本に史上初のダンジョンが自然発生したのは、東京の渋谷だった。
きっかけは一匹の巨大な魔物がスクランブル交差点に突然現れて、横断歩道を歩いている人々を惨殺しはじめたのだ。
それは虐殺という言葉すら生ぬるく思うぐらい地獄に等しい光景で、多くの犠牲者を出しながらも最終的には自衛隊が出動して魔物をなんとか倒し、日本国内は一時的な落ち着きを取り戻した。
しかしそれははじまりに過ぎず警察と自衛隊が周辺を捜索したところ、地下街にこれまで存在しなかったさらに地下へと下りることができる階段が発見された。テナントひとつ程の横幅の入口と、それと同程度の幅がある階段。明らかに大勢、もしくは大型の何かがこの下から這い上ってくることを想定している作りであったという。
発見されて50年以上経つ現在でも完全には攻略されていない、地下に100層ほど階層があるといわれている渋谷ダンジョンのはじまりである。
最初は自衛隊や警察がダンジョン内に潜って攻略を進めていたが、魔物やトラップなどが進行を邪魔して攻略スピードは遅々としていた。そこで国はダンジョンを探索できる人手をさらに増やすために、運動神経に優れたプロスポーツ選手や戦いに慣れた格闘技の選手などを広く募集し、彼らの手を借りつつ地道にダンジョンを攻略していった。
もちろんダンジョン内には様々な魔物たちが存在し、それらと戦いながらも慎重に探索を続ける彼らのことを、人々はいつからか探索者と呼ぶようになっていった。
ただ人類への恩恵も多くあり、ダンジョンからは宝石や未知の金属やエネルギー物質が含まれた鉱石などが持ち帰られた。それらを研究することにより新エネルギーが開発され、化石燃料の枯渇や環境汚染への不安と新たなクリーンエネルギーの誕生を望んでいた世界は大歓喜し、ダンジョンバブルと呼ばれる好景気が起こった。
しかしこの時点において全世界の中でダンジョンが明確に発見されたのが日本だけであったため、他国は自国にもダンジョンが発生していないかと大捜索しつつもそれと同時進行で日本を侵略するスキを狙っていた。図らずも各国が同じ思惑だったために互いに牽制し合うハメになり、目立った行動を起こすこともできずに現在も八方睨みの膠着状態が続いているのだが。
世界がそのような状況になってしばらく経ち、なんと大阪にて世界で2番目の発見となるダンジョンが見つかった。
渋谷ダンジョンは渋谷という人の目が多い繁華街だったために入口の発見も早かったのだが、大阪の場合は千早赤阪村という府内で一番人口が少ない村の山中に発生していた。もしかしたら渋谷ダンジョンと同時期に誕生していたのかもしれないが、普段人が立ち入らない山中だったために真偽は今も不明である。
ただ山中で土地が潤沢に余っていたために大阪府一丸となってダンジョン周辺を開拓し、探索者を目指す者たちが集まる新しい街が作られて人気のスポットとなった。
大阪人の持つ東京へのライバル心も手伝い、新たなダンジョンからは貴重なアイテム類がたくさん持ち帰られ、結果的に日本はさらに潤った。その分他国から侵略される危険性もグンと上がったのだが、先述の状態のために未だ日本で暮らす人々は平和な時を過ごしている。
それから国内には新たに1つ、エジプトやアフリカ大陸などに新ダンジョンが4つ。世界には合計で7つのダンジョンが存在し、日本のみが狙われていた他国からの侵略の目は、複数国に分散して少し落ち着きを見せていた。
それからは新しいダンジョンが誕生したという話は聞こえてこないが、ダンジョンが存在しない頃と現在をくらべると人々の暮らしも一変した。ダンジョンネイティブと呼ばれる渋谷大虐殺事件と名付けられたあの惨劇よりも後に生まれた者たちにとっては、あまりそういう実感はなくダンジョン産のモノが存在して当たり前のように思われているようだ。
ただ自動車などの燃料費がかなり下がったとかありえないぐらいに頑丈な建材ができたとか、ゲームの中にしか存在しなかったミスリルやオリハルコンといったファンタジー金属が作られるようになったりと旧世代からすると大改革といった変化が起こったのは紛れもない事実だった。
――――日本の、とある田舎町。
「……子供の頃に着てた服とか、物置にしまってないかなぁ。もしあったとしても古いし保存状態も悪いだろうから、シミや汚れだらけになっていそうだけど」
蒼みがかった銀髪を背中の中ほどまで伸ばした少女が鈴を鳴らすようなかわいい声でそんなひとりごとをボソボソと呟きながら、古びた物置の前に立った。明らかにサイズの合っていないブカブカのシャツと、裾を何度も何度も折り曲げてなんとか足首から下の部分を出しているスウェットのズボン。
こちらもウエストのサイズが大きすぎるのか、ヒモを腰の部分にグルグル巻きにしてなんとかずり落ちないようにしているようだ。
西洋人っぽい顔立ちをベースに、日本人らしい柔らかい雰囲気も持ち合わせている少女だった。こんな片田舎にいるのは明らかに場違いに思えるぐらいの美少女だ。小学校3年生ぐらいだろうか? なにやら疲れているのかノロノロとした動きで引き戸の持ち手に白くて小さな手を伸ばし、建付けの悪い引き戸を必死に開けようとしている。
子供の力でもなんとか引き戸が開かれ、少女の記憶通りであればいらない物が放り込まれた雑多で雑然とした光景が広がっているはずだった。
「……なんだ、これ?」
しかし物置の中には物は存在せず、石造りの階段が地下へと続いている。
大人3人が横並びになって通れるぐらいの幅だろうか。
この物置には地下室などないはずなのに、この階段は一体なんのために存在しているのか。少女は混乱から意味もなく周りにキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「これ、もしかして……ダンジョン、か?」
少女にとっては己の身に本日起こったことだけでもすでに理解不能な状況なのだが、目の前に現れたさらなる厄介事にキャパシティが完全にオーバーしてしまって頭をクラクラとさせていた。
この日を境に少女の人生はこれまでとはまったく違った、様々な出会いと厄介事が雨あられと降り掛かってくる忙しない日々を過ごすことなるのだが、当の少女はまだ知る由もなかった。




