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音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
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音のないプロポーズ 55

 

 本当に幸せなのか?

 世間はそう言って、斗南みたいな結婚を咎めると思っていた。相手に失礼だ。女はいいよな。結局、結婚に逃げればいいのだから。そういう軽蔑を含む問いを、斗南も耳にしたことがある。

 そして春直も――そう訊いた。

 残酷な現実に立ち向かう彼には、斗南の神経が理解できないのかもしれない。逃げることは赦さない。前を向けないなら友達ではいられない。そう言う意味の問いならば、もう斗南には縋りつく余地すらないということだ。

 だけど、斗南には何もないのだ。幸せなんて考えてもわからない。これでも少しは立ち止まった。自分がどうしたいかも考えた。けれど答えは出ない。なら、母が喜ぶ道でいいかなと思った。安易だ。わかっているけど、他にどうしようもなかった。

 斗南は抱えたスマホを見た。


――ホッシーの幸せは何?


 たったひとつだけ、小さな答えがある。こんなこと言っても、綺麗ごとだと余計に失望されるかもしれない。でも、それを言わなくたって、もう今日限り会えないかもしれない。

 ゆっくり、指をスライドさせる。もしこのメッセージで最後になったとしても、この答えさえ叶っていれば、きっと明日も笑顔を作れるはずだ。



 春直は狼狽えていた。やっぱり、訊くべきでなかったのだろうか。

 怒っているのか、傷つけてしまったのかもわからない。ただその幸せを応援したいだけなのに、斗南はどうして教えてくれないのだろう。

 この前、応援しないと言ってしまったから? それが尾を引いているのだろうか。でも、お見合いも結婚も、斗南の幸せに繋がっているようには見えなかった。そんな道じゃなくて、斗南の幸せが応援したいのだ。それをどう言えば伝えられるのだろう。

 応援させてください、だろうか? でも、それもなんだかおこがましい。あんなに何でも分かり合えたのに、肝心なことだけがどうしてこうも伝わらない。春直自身が考えて見つけるしかないのだろうか。それとも、頼りにならないから教えたくないという意味? 斗南がそんな風に考えるとは……。と言ったって、実際、春直に何ができるわけでもない。

 とにかく謝ろうと思った。それから、自分の気持ちを言えるだけ伝えて、ダメならもっと力を付ける他ない。こんな文字で書いてるから伝わらないのだろうか。声が出ていたらな、とすぐ過ぎってしまう。

 ああ、こういう弱いところが、信用してもらえないのかな……。

 その時、斗南からメッセージが届く。



――私は、春ちゃんと影ちゃんが幸せでいてくれることが、幸せです。


 春直は一瞬、目を疑った。

 これは本当に斗南から来たメッセージなのか、思わず確かめた。だって、春直が思ったこととまるで…まるで同じ。俺の幸せが、ホッシーの幸せ…? 斗南の背を見た。振り返らない。肩が震えている。あのか細い肩が、スマホを握ったまま小刻みに揺れていた。

 その瞬間、春直の心で何かが弾け、飛んだ。


――右足は治りません。

――引け目を感じずに、彼女と暮らしていける?

――ホッシーとの結婚は、ホッシーを犠牲にすることだから。

――ホッシーを幸せにする。それを俺の目標にしよう。


 あんなに固く決めたはずなのに、目標はもう心に残っていなかった。

 遠慮もすべて消えた。ただ、斗南が欲しい。自分だけのものにしたい。誰にも渡さない。彼女の幸せより、犠牲より、自分の気持ちだけがあった。身勝手と思っても止まらない。ただどうしようもなく、


――好き。


 気付けば送っていた。あんなに抵抗していたはずのメールの文字で、斗南に届けていた。画面を見た斗南が固まっている。

 立ち上がった。不自由な足がまどろっこしいけど、障壁にはならない。音に気付いて斗南が振り返った。杖を捨て、その両肩に手を置いた。

――好き。ホッシー、大好き。

 斗南は目を丸くした。やっと、こっちを見てくれた。春直は音にならない声で何度も言った。

 ホッシーが好きだ。誰よりも。何よりも。

 斗南はびっくりしているのか、口がぱくぱくしている。でも返事はいらなかった。ただ春直自身が好きなのだ。どうしようもなく、斗南が好き。それだけを伝え続けていたかった。

 斗南は途中からまた目を逸らした。でも、顔は背けなかった。うん、と小さく言った声が、春直の耳に届いていた。



 (つづく)

 

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