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音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
13/60

音のないプロポーズ 13

 

 思わず突っ込みになってしまい、斗南と氷影が苦笑した。

 してから、一気に脱力し、そうしたら本当に笑いがこみ上げてきた。心配して損した、などと言える状況ではない。でも、一瞬それくらいの安堵が生まれたのは、春直にとって嬉しいことだった。


――二人とも、会社は?

 子供が調子に乗るようなノリで、春直はまた文字を書いた。すかさず氷影が答える。

「桃ノ木さんが気い回して帰らせてくれたの! サボってないから!」

――あ、サボりじゃなかったか。

「ないわ!」

 三人で笑った。春直も笑った。今度は本当の笑顔だ。佳之は唖然としている。当然だろう。直永にも、何だかさっぱりわからない。だが、シンクロするように笑ってみた。笑い始めると、楽しさに気付くように、気分が明るくなっていった。


 そうだ、「実崎春直」には、斗南と氷影という大親友が存在する。春直の求めた答えは、たぶんそういうものだった。だからその時、雲は晴れたような気がした。

 この先色々大変なのかもしれないけど、二人がいてくれれば、最終的にはきっと何とかなる。両親がついていてくれるのも、いくつになっても心強かった。

 何よりも、だ。

 四人の身に何かあるより、断然、自分で良かった。四人が無事である限り、守られている限り、光は差している。

 春直は心からそう思った。


  ◇


 斗南と氷影は、面会時間いっぱいまで、六時間近くいてくれた。

 途中、二人は親子の時間を独占し続けていることに忍びなさを感じ、何度か帰る気配を窺わせたのだが、それを悟ると春直の方が遠まわしに引き止める。今、二人と離れるのは不安だった。自分が何かを書き始めれば、二人は動きを止めてくれる。

 そうして拒否する仕草で察したのだろう、終いには直永の方が「久しぶりに母さんと食事をしてくるから」と佳之を連れ出し、斗南たちに留守を任せてくれた。佳之はさすがに不服そうではあったが、春直が両手を前で合わせて謝ると、わがままを認めてくれた。

 だが、夜になると、いよいよ喧嘩になった。佳之は今日も泊まるつもりだったのに、直永が帰ろうと言い出したせいだ。

「だって母さん。春直だって休まにゃならんのだし、命に関わるわけでもないのに親に泊まられたら、恥ずかしいだろう」

「何言ってんのよ。まだこの子、一人で自由に動けるわけじゃないのよ! 親のあたしたちが補助しないでどうするの。やれることは自分たちでやる、それが常識ってものでしょう」

 二人はそれなりに声を張った口論になっていて、斗南と氷影はいささかうろたえた。春直が言わなければ、止めに入っていたかもしれない。けれど、春直からしてみればこんなのはほとんど日常会話だった。むしろ、帰省したお正月以来の光景が懐かしく、笑みがこぼれるほどだ。

――全然ヘーキ。今日なんか大人しいくらい。

 氷影はそれを見て、目を丸くしていた。氷影の両親は何でも緩い性格だけに、多少頼りがいに欠けるが、喧嘩はしない。大人がこんなに言い合う姿を見たことがなかったのだ。

 けれど、口論とは不思議なもので、「深刻なものにはなりません」と安心してから見ると、その日常とは異なる速度で紡がれる言葉の数々やら、だんだんむちゃくちゃになる理屈、言いがかりのようなささいな罵倒まで、どれもが笑いを誘い始めてくる。

 佳之の放った「無責任ジジイ」も、直永の返す「いつまでも居座る気か、この地縛霊っ」も、全部ネタに聞こえてしまうのだ。終いには看護師に怒鳴り込まれて、二人同時に「そうは言っても」と揃ったくだりが、完全に観客三人のツボにハマった。


 声が出せなくても、耳は聴こえて良かったと春直は思っていた。言いたいことは文字でも伝えられるが、みんなのやり取りはそれでは聞けない。必要なことは書いてくれるかもしれないが、ちょっとしたネタやニュアンスは筆記しきれないだろう。

 同じ音を聴いていられれば、斗南たちと同じ時間を生きていられる。そう感じていた。


 だが、夜が訪れると、春直には多くの試練があった。その筆頭は、静寂だった。




 (つづく)

 

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