第十一話 少年
お久しぶりです!前回の更新からかなり時間が経ってしまい申し訳ない…m(__)m 話は変わりますが、メッセージを下さった方、どうもありがとうございます!!携帯でのメッセージ返信の仕方がわからなかったのでこの場を借りてお礼申し上げます。
その身を朱く、朱く、ひたすら朱く染め上げた青年は暫く辺りを見渡していたが、ゆっくりとした足取りでジルギスとメリッサのいる馬車の前―――正確には馬車の前に築かれた岩壁の前まで、歩いて来た。
血まみれで平然としている青年――イクス――と、その青年の作り出した光景に恐怖するジルギスとメリッサ。
その岩壁は、まるで『通常』と『異常』を隔てる境界線みたいだ、と、イクスはぼんやりと思った。
疲れた笑みを見せて、イクスはジルギスとメリッサに話しかけた。
「大丈夫?怪我とかは…してない?ごめんね…。こんな光景見せる羽目になっちゃって…」
その普段と代わり映えの無い声を聞いて驚きを隠せないジルギスだったが、何とか返答する事が出来た。
「お、おぅよ。イクスのお陰で、おれっちもメリッサも無傷で済んだ。それよりイクス。おめぇさん血だらけじゃ…」
「あぁ、うん。全部俺の血じゃないから大丈夫だよ」
全て見ていたにも関わらず、ジルギスにはそれが信じられ無かった。
(あれだけの数と戦って…無傷…。バケモンかよ…)
ジルギスがそんな事を考えているとは露知らず、イクスは馬車に近付くか近付かまいか迷っていると、ヨハンとルーが低く嘶いた。
「あぁ…。血の臭いがイヤなんだね…。ジルギス、此処を迂回して先に進んでくれ。俺は川とかでこの血をどうにかしてから追いつくからさ」
「後で追いつくってよぉ、どうやって…」
イクスは血がこびりついた手を血の付着してない場所で拭くと、ポケットに手を入れその中で『ディメンション・マジック』を使い、あるものを取り出した。
「これだよ。ほら」
イクスが緩く投げた物体は放射線を描いてジルギスの手元に向かって来た。
ジルギスは慌ててそれを掴み、まじまじと見た。それは琥珀色の透明な石だった。
「これは…?」
「縁石って言ってね、対になる縁石が近くにあると琥珀色に、遠ければ青色になっていく『マジックストーン』だよ。だからおおよその方角さえ分かれば、あとはこの石が導いてくれるって訳」
ジルギスは色々な角度から縁石を見ていたが、暫くして何か考え込んでしまった。
「…もし、その、あれなら…その辺に棄てても構わないよ」
力無く笑うイクスを見てメリッサ、ジルギス共に、イクスに対し恐怖心を抱いている事を看破されているのだとジルギスは気が付いた。
「いや、そんなつもりは…」
口篭るジルギス。
「いや、良いんだ。普通の神経をした人間なら誰だってそう思う筈だよ」
何時も通りの柔和な笑みを浮かべてイクスは言う。 そして辺りを見回し、その表情が少しだけ険しい物になる。
「ジルギス、とにかく此処から早く離れた方がいいよ。血を撒き過ぎた。他のモンスターが此処に来る可能性が高い。どの程度の数が集まるか、どのランクのモンスターが来るか分からない」
その言葉を聞いてジルギスの顏が一気に青くなる。
「おめぇは…」
「自分の身だけなら何とでもなるさ。さっきみたいな数が集まったら、守りきる自信は…無いね。だから早く!!」
イクスに急かされたジルギスはもう一度イクスの顏を見て、手綱を振るって馬を歩かせ始めた。
「イクス!!ここから西に暫く行った所に村がある!そこで…待ってるからな!」
そう叫んだジルギスは手綱をしっかと握り、馬を走らせた。
メリッサは…………終始無言のままだった。
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イクスは馬車が見えなくなるまで見送り続けた。そして姿形が完全に視界から消えた途端、その表情が険しくなった。
「…出て来い。居るのは判ってるんだ」
イクスは振り返り、何も無い場所を見つめた。
数秒経って、その空間が縦に薄く割け、赤銅色の髪に金の瞳を持つ小柄な少年が現れた。
「あれれ?おかしいですね〜。マナは完璧に隠した筈だったのですが〜…。ボクをどうやって感知したんですか〜?」
ニコニコと笑う少年に冷ややかな視線を向け、イクスが口を開く。
「…万物にはどんな物にでも微量のマナが存在する。だが、お前のいた場所にはマナが存在しなかった。誰かが居なくてなにがいると言うんだ?」
「はは〜あ。なるほど〜。だからですか〜…。今度からはほんの少しだけマナを残しとく様に注意しますね〜。助言してくださってありがとです〜」
相槌を打ち、バツの悪そうな顏をして笑う少年。
その少年があ、と何かに気付いた様に声を上げ、
ばちゅん、と音を立てて、彼の左目が潰れた。
更にその数瞬後、ブチブチと筋繊維の千切れる音とバキバキと骨が砕ける音が響き、彼の左腕の肘から下が独りでに捩じ切れた。
辺り一面を血の海に変える程バイソンウルフを殺したイクスがこんな事を思うのは恐らく筋違いと嘲笑されるだろうが、その光景は吐き気を催すのに十分過ぎた。
イクスが込み上げる吐き気を抑えながら少年を見ると、彼は相変わらずへらへらと笑っていた。
「うわぁ〜…。危なかったです〜。『反動』が脳に行ってたら即死でしたよ〜」
「反…動…?」
「そうです〜。メインのモンスターを操り、間接的にあれだけ操って『反動』がこれだけで済んでラッキーでした〜」
という事は、まさかとは思うが、こんな子供ががこれだけの数を操っていた!?
「じゃあ…バイソンウルフを操っていたのは…お前か?」
少年は屈託無く笑う。
「そうです〜。まさか全滅させられるなんて思って無かったですけどね〜。お兄さんはお強いんですね〜」
イクスは『ディメンション・マジック』を起動させた。
「お前は…何者だ?」
「……人に名を聞く時はまず自分から、じゃないですか〜?」
「…名乗る必要性が無い」
イクスがそう返すと少年は頬を膨らませて横を向く。
「じゃあボクも名乗りませんよ〜だ!!べ〜」
舌を出して下瞼を引き下げた少年。どうも一連の行動の意図が読めない。
イクスが質問を切り替えようと口を開きかけるより早く、少年が口を開いた。
「あぁ〜…。フラフラしますぅ〜…。血を流し過ぎたんでしょうか〜?操ってたモンスターがまさか全滅するとは思って無かったので〜、『スペア』を持って来なかったのは失敗でしたね〜。お兄さん、ボク帰りますね〜?死にそうなんで〜」
そう言って捩切れた腕からおびただしい量の血をぼたぼたと垂らしながら少年は踵を返し、おぼつかない足取りで歩き始めた。
「…逃がすと思ってるのか?」
イクスは背後からバスタードソードを少年の首筋に当てた。
(さっきから観察してるが…コイツ全く痛がって無い。無痛症か?それにモンスターを操っていた理由位は聞き出しとかないとな…)
イクスは威嚇ではなく本気だと解らせる為に、少年の首に軽く刃を食い込ませた。浅く斬られた場所から血が滲む。
「いや〜…。困りましたね〜?」
恐れも痛がりもせず、少年の首だけが180度回転して、背を向けたまま頭だけが振り返った。その動作で切傷は真横に流れ、首半分が血で赤く染まったが、相変わらず少年は平然としている。
「お前…痛みが…」
恐怖心、と言うよりは言い知れぬ不快感を感じたイクスは少年の首から剣を離すと、素早く2歩下がって構えた。
首はそのままに、身体を振り返らせた少年は首から流れる血を触って確認し、溜め息をついた。
「まずいですね〜。事態は一刻を争いますよ〜?あぁ、痛みですか〜?うふふ〜。内緒ですよ〜。
それより帰りたいのですが〜、何だか簡単に逃げさせてはくれそうに無いですね〜?」
少年の目が一瞬鋭くなる。しかしイクスは構えを解かない。
「…そうですか〜。じゃあ仕方ないですね〜?」
少年はいつの間にか持っていた杖を地面に突き立てて、詠唱を始めた。
(なっ…!?コイツ今何処から杖を!?まさか…俺以外にも『ディメンション・マジック』を使える奴がいるとでも…??)
『■■■■■■■』
数瞬の思考。たったそれだけの時間で目の前の少年は詠唱を終えていた。
しかもその詠唱はイクスの聞いた事の無い言語だった。
イクスは様々な国を渡り歩いて来たので、共用語やその国独自の言葉等、様々な国の言語を耳にし、又は片言ではあるが話せたりもする。
イクス自身、シャムガイア大陸の言語は入念に調べていたのでシャムガイアで使用される言語の8割を習得し、残りの2割は話せずとも理解する程度なら出来る程に知識を集めたと自負していた。いや、そもそも旅の目的がバラム王国に来る事だったので、隣国の使用言語を習得するのは当然と言えよう。
そんなイクスですら全く聞いた事の無い詠唱魔法だ。何が起こるかなど予想出来無い。
(とにかく、回避しないと…!)
わけも分からずイクスは真横に跳んだ。がしかし、何も起こらない。
(なんだ…不発?)
イクスが少年を見ると、少年は己の傷口に指を突っ込んでいた。そして血の付着した指でイクスを指す。
「ど〜ん!!」
少年が声高に叫んだ瞬間、事は起こった。
ばちゅん、と音がして、イクスの左目が潰れた。
「……………え?」
そしてその数瞬後に、イクスの左腕が独りでに捩じれ始め、終いには肘から下が捩じ切れた。
そう、その少年と全く同じ様に。
「う…があああぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
膝から崩れ落ち、右手で左腕を掴みながらイクスは痛みにのたうち回った。
それを見て少年は猛禽類的な笑みを浮かべると、辺りを見回して何かを探し始めた。
「うぅ〜ん、悉く首を撥ねられてる訳じゃないんですね〜?。…………あ、これと、これはギリギリ使えそうですね〜」
イクスが狩ったバイソンウルフの死骸を見ながら呟く少年の目にはもうイクスは映っていない。
イクスは痛みに耐えながら、少年を見た。
「お前…がっ…………何を…?」
少年はポケットから馬車のミニチュア…だろうか?精巧な造りをした小物を取り出しながら振り返る。
「痛いですか〜?今の魔法はボクの身体に受けた傷を相手に与える魔法なんですよ〜?」
「馬鹿な…………そんな魔法ある……筈が………」
少年は驚愕を露にするイクスの顏を暫く眺め、唇の端を吊り上げた。
「あれ?知らないんですか〜…。知識が無いのは不幸ですよね〜?
ではボクはそろそろお暇しますね〜?」
「待っ………………っ!!」
イクスは立ち去ろうとする少年の服を『掴んだ』。いや、掴んだという表現は少々おかしいかもしれない。何故なら
捩じ切れて肘から先の無い筈の左手で、少年の服を掴んだのだから。
「……は?」
イクスは痛みを忘れて己の左腕を見た。やはり肘から先は地面に転がっており、手がそこに『在る』感覚は全く無く、捩じ切れた部分から血が滴る感覚しか無い。
服を掴むなど不可能な筈だ。だが、今も『掴んでいる』し、服を掴んでいる感触もある。肘から先は無い筈なのに。
…何が、起こったのだろうか?
呆然とその『現象』を見つめるイクスを見た少年は一瞬苦い顏をして、イクスの『手』を振り払った。そして、先程までいじっていた心臓を貫かれて絶命している2匹のバイソンウルフに杖を向けた。
「起きろ屍。我が命に従う見返りに、仮初の命を与えん」
少年がそう呟いて杖を横一閃すると、殺した筈の2匹がゆっくりと起き上がった。
(なっ!?死霊術だと!?…あり得ない!!数百年前に危険魔法指定を受けて関連書物は1つも残って無い筈だぞ!?)
イクスが驚愕している中、イクスに背を向けた少年は何かを地面に放り投げた。
ソレは放物線を描きながらミシミシと空間を捩じ曲げる奇怪な音を辺りに響かせ、轟音と共に着地し一面に砂埃が舞った。
砂埃をダイレクトに浴びたイクスが目を擦りながら薄く目を開くと、其所には豪奢な馬車が。少年は手早く綱を『蘇った』バイソンウルフ2匹に引っ掛けると、馬車のドアを開けた。
「それではご機嫌よう。お馬鹿なお兄さん♪」
恭しく礼をして、少年は馬車に乗り込む。
「待て!!お前は………」
イクスが最後まで言い終わる前に、馬車は走り出してしまった。馬より遥かに速いバイソンウルフが馬車を引いているのだ、今のイクスでは追い付くなど不可能だろう。
「……チッ………。まぁ今はいい。それより…」
イクスは捩じ切れて肘から先の無い左腕を見た。
肘から先は足元に落ちているのだから当然手を握ったり開いたりは出来ない。だが先程、間違い無く少年の服を『掴んだ』。ならば…。
「頼む……当たっててくれよ?………」
イクスは震える右手をゆっくりと腕のあった部分に近付け…………………………………………『触れた』。
「あ……」
イクスは違和感を感じると共にほっと安堵した。
今、イクスの左腕は捩じ切れた場所から血が滴る感覚がある。そして右手は、『腕を掴んでいる』感覚がある。視覚的には、虚空を掴んでいるが。
感覚のズレ。普通の人間なら頭がおかしくなったのかと思うかもしれないが、今のイクスにとってはこの異常がありがたかった。
イクスは立ち上がり、腕が在る感覚を確かめながら、先程まで少年が立っていた辺りを入念に調べ始めた。
「…!!あった!!」
バイソンウルフの血で出来た血溜りの中に、魔法陣が2つ。その陣を見ながら、イクスの顏が怒りに歪む。
「『ファントムペイン』と『ミラージュ』か。忘れてた…。クソッ、填められた!!」
『ディメンション』で右手に剣を持つと、2つの陣を斬った。陣が破壊された事でその効力を失い、イクスの左腕が現れる。足元を見て、イクスの左腕だった物を見ると、バイソンウルフの前足だった。無論、潰れた左目ももう見える。
『幻想の痛覚』。
名の通り幻想の痛みを相手に与える『無属性』魔法である。やり方によっては相手をショック死させる事も不可能ではないが、相手の精神状態によって痛みの度合いが大きく左右されるので、不意打ちや元々無傷では威力はゼロに等しい。加えてマナ消費も意外に大きいので、使い手の殆ど居ないマイナー魔法である。
次に『幻惑の蜃気楼』。蜃気楼によって視覚異常を起こす『火属性』の初級魔法である。
(陣を設置したタイミングはあの聞いた事の無い詠唱の時か。…って事はあの詠唱や傷口に指を突っ込む動作は俺に不安を抱かせる為のフェイク?………いや、あの詠唱は何らかの効果があった筈だ。とすると…あの詠唱が死霊術か!?)
もしそうならあの少年は同時に3つの魔法を発動させた事になる。一体どれだけマナを保有しているのだろうか?
それを想像したイクスの背中に冷や汗が流れる。
「あのガキ……本当に何者だ?………」
答えを持つ少年は、既に居ない。
地味にPV20000超え、ユニーク5000超えました(笑)。ユニーク1万目指して頑張ります!