第六章 09 帰還
09
息をひそめ、大広間の、氷竜の左斜め後ろにある脇道にユージナとヴァルルシャが向かう。リユルは二人と反対方向に進み、氷竜の右斜め後ろあたりの岩陰に隠れる。
ユージナは脇道に入り、足元に開いた穴を腹ばいになって進み、壁の上の方に開いた穴を目指す。ヴァルルシャは脇道に隠れ、ユージナが上の穴に着いたら、その下に移動する。
穴の上からユージナは手を伸ばして振り、下のヴァルルシャに合図する。無言で手を振ってヴァルルシャも応える。
氷竜は三人の動きに気づいていない。ユージナは穴から少し下がり、助走をつけて氷竜に向かって駆け出した。
「風よ!」
穴から飛び出したユージナの背を、ヴァルルシャの魔法が押す。
それに気づき、氷竜は振り返るがその時にはすでにユージナが氷竜の背に乗っている。
「くらえ!」
氷竜が戦闘態勢に入る前に、ユージナの刀が氷竜の左目に深々と突き刺さった。
「グアーーーーーッ!!!!」
氷竜は頭を振って暴れる。ユージナは振り落とされる前に自分で飛び降りる。
「岩の鎧よ!」
地面に着地する前のユージナをリユルの魔法が包み、衝撃を吸収する。
鎧は砕けるが、ユージナが無事に立ち上がるころには、ヴァルルシャの魔法の準備が整う。
「雷よ!!」
ヴァルルシャの雷が氷竜の目に向けて降り注ぐ。それはユージナの刀を通して、氷竜の体内も貫いた。
「ギャーーーーーッ!!!!」
氷竜はのたうち回って暴れる。内側からの衝撃で、体を覆っていたうろこがどんどん剥がれていく。
「決まった!」
氷竜の正面で、ユージナが言う。
「でも、まだまだ……」
ユージナの右の方で、雷を成功させたヴァルルシャが言う。
「岩よ!!」
ユージナの左の方で、リユルが魔法を発動させる。
リユルが現した岩の塊は、うろこの剥がれた氷竜の体に思い切りぶつかった。
「効いてる! かなり効いてるよ!」
そう言うリユルを氷竜は残った右目でにらみつけ、牙をむき出しにするが、その隙にヴァルルシャがもう一度魔法を発動させる。
「雷よ!!」
ユージナの刀を通して雷が氷竜の体を駆け巡る。二発の電撃を食らった氷竜の体からは、半分以上のうろこが剥がれ落ちた。
うめきながら氷竜は池に沈めていた下半身も水の上に出した。それは蛇の尾のように胴がだんだんと細くなっている形だった。尾の先を絡めて氷竜は目に突き刺さったユージナの刀を抜き、洞窟の床に投げ飛ばした。
ユージナは刀を拾いに行こうと走る。氷竜は口を開け、「氷よ!!」と叫ぼうとしたようだったが、雷のダメージのせいか、うなり声のようなものが出るだけで、明確な言葉にならなかった。
魔法は発動されたものの、先ほどのような威力のあるつららではなく、雹よりも小さいあられのような氷の粒だった。
「弱っとる!! 行ける! 行けるよ!!」
刀に向かって走るユージナは、手であられを振り払いながら叫んだ。リユルとヴァルルシャにもあられは降りそそぎ、二人も氷竜の弱まりを実感する。
「岩よ!」
「炎よ!」
うろこの剥がれた氷竜を、二人が攻撃魔法で狙う。氷竜はうろこを修復する余裕もなさそうだ。牙で噛みつこうとしたり、尾を振り回して攻撃してくるが、その動きもずいぶん鈍ってきている。ユージナも刀を拾い上げ、氷竜に切りつける。
三人も疲労が激しかったが、氷竜も消耗が激しい。もうすぐ、勝負がつくはずだ。
刀で攻撃するユージナは、最も氷竜に近い場所にいた。
氷竜は最後の力を振り絞るかのように、大きな口を開けて、ユージナに噛みつこうとした。
「岩の鎧よ!!」
それを見たリユルが、ユージナを岩の鎧で包む。氷竜の牙は岩の鎧に阻まれ、砕けた。
「炎の刃よ!!」
ヴァルルシャの魔法が、ユージナの刀を包む。
二人の協力を得て、ユージナは全力を振り絞って氷竜に飛び込んでいった。
「くらえ!!」
炎をまとったユージナの刀は、氷竜の喉の奥に深々と突き刺さった。氷竜は悲鳴を上げることもできず、目を見開いて体を震わせる。
ユージナの手から、刀を突き刺した手ごたえが消えていく。
氷竜の体の色が薄れ、実体が無くなっていく。先ほどまで暴れていた大きなものが、目の前から消えていく。
氷竜は光になり、三人の蓄光石に吸い込まれていった。
「た……お……した……」
刀の抵抗がなくなったユージナは、その場にへたり込んだ。
「倒し……ましたね……」
「倒した……ね……」
ヴァルルシャとリユルも、ふらふらしながらユージナのそばにやってくる。
三人はゆっくりと顔を見合わせる。
「倒したぁぁぁぁ!!!!」
三人は手を取り合った。
「勝てた! うちら勝てたよ!!」
「うん! 引き返さなくってよかった~!!」
「ユージナさんの考えた作戦のおかげですね!!」
「ううん、二人がおってくれたで、やれたんだよ!! きみらじゃなかったら勝てんかったって!!」
三人は喜びつつ、疲労で洞窟の床に座り込む。リユルが自分の蓄光石を確認する。
「ここに吸い込まれたんだから確実に倒してるよね。あれだけ強い魔物だもん、結構な額だよね」
蓄光石は金色になっていたが、具体的にいくらなのかは今は分からない。
「お金もですけど、経験値もたくさん入った感じがしますよね。我々はゲームみたいなわかりやすいレベルアップはしませんけど……魔法の発動のさせ方とか、戦い方とか、応用が利くようになってきましたよね」
少し呼吸を整えて、ユージナが言った。
「うちもさ、町に帰った方がいいかもしれんって気持ちはあったんだ。自分だけならともかく、みんなも危険な目に遭うわけだしさ。うちの作戦やってみても駄目そうなら、走って逃げようって言おうかって……。最初から言うと士気が、きみらのじゃなくて自分の気持ちが盛り下がると思って言わんかったけど。
でも、氷竜の正面におったときの状態で、『帰り道をふさがれて倒さざるを得ないから必死に倒す』じゃなくて、『引き返せる道はあるけど、戦おうって意志を持って倒しに行く』ってことを、やりたいと思ったんだ。それができれば、うちらは成長できる、魔王退治に一歩近づける……って」
そこまで言って、ユージナは深く息を吐いた。
「……そうだね。あいたちは、追いつめられて戦ったわけじゃなく、勝算があるから戦いに戻ったんだもんね」
「無謀な戦いを挑んだのではなく、勇気をもって、作戦を立てて強敵に挑み、そして勝ったんですよね」
三人に、誇らしい気持ちが浮かび上がってくる。皆、しばらく無言でその満足な気持ちに浸っていた。
洞窟の天井の穴から入る日差しが、優しく三人を包む。
「……ん? ねえ、この日差し、オレンジ色になってきてない?」
リユルがそれに気づく。
「確かに……ということは、夕方になってきているということですよね」
「ここで満足しとる場合じゃなかったわ。日が暮れる前に町まで帰らんといかんね」
三人は立ち上がった。ゆっくりしていたことで少しは疲れが取れたようだ。もう一度念入りに魔物よけスプレーを使い、光池たいまつを使って洞窟の外を目指す。
洞窟の外に出ると、夕焼けがズーミー湖に反射してキラキラ輝いていた。美しいがのんびり眺めてはいられない。三人は速足で湖の南を目指した。これ以上魔物と戦うのは無理だが、歩く体力ぐらいは残っている。日が落ちるまでには何とか森を抜けることができた。
森を出て、川沿いに町へと歩くころにはあたりが暗くなっていたが、光池たいまつを点けて町までの道を行く。森の中ではないので、あまり大きくない光だがそれほどの不便は感じなかった。やがて町の明かりが近づいてきて、三人は町まで帰りついた。
「無事に帰ってこれたー!」
町に足を踏み入れ、ユージナが安堵の声を出す。
「いくら魔物よけスプレーがあっても、森の中で夜を迎えるのは危険ですからね」
「町に着いたらもう安心できるね」
ヴァルルシャとリユルも言う。
町の建物には明かりがともり、飲食する人々でにぎわっていた。
この時間にはもう鑑定屋は閉まっているだろう。何より疲れたので、三人は店に入って食事をし、早めに宿に戻ってゆっくりと休んだ。




