第六章 08 決意
08
「何とか戻ってこれたあ~……」
リユルが小声でそう言い、壁にもたれる。
「一息付けますね。一安心するには早いですが」
ヴァルルシャがそう言いながら大広間の氷竜をうかがう。氷竜は相変わらずこちらに背を向けている。小声で会話したぐらいでは三人が移動したことには気づかないようだ。
「スプレーの効果かな。あいたちがまだあっちにいると思ってるんだね」
「スプレーが効いているうちに静かに移動すれば、洞窟を出て、町まで帰ることもできそうですね」
リユルとヴァルルシャはそう言い、ゆっくりと大広間に背を向けて歩き始めるが、ユージナは立ち止ったままだった。
「どうしたの?」
リユルが尋ねる。ユージナは、ゆっくりと答えた。
「……ねえ、もう一回戦ってみん?」
リユルとヴァルルシャは足を止める。
「ですが、これ以上戦っても勝てるかどうかは……」
「そうだよ。ここまで来て帰るのがくやしいのはわかるけどさ、勝ち目のない敵に戦いを挑むのは勇気ではなく無謀、みたいなセリフってよくあるじゃない。あいたち今そういう状況なんだよ」
「勝ち目は、ある! ……かも」
ユージナはそう言った。リユルとヴァルルシャは黙ってその続きを促した。
「うちら今、スプレーで氷竜に気づかれんように移動できたでしょ? てことは、スプレーが効いとる間なら、あいつにこっそり近づいて、奇襲をかけることもできると思わん?」
「……確かに先制攻撃はできるかもしれませんが、それで倒せるほどのダメージを与えられるでしょうか」
「それに、あいつは池の真ん中にいるよ。魔法ならともかく、ユージナの刀は、あいつが岸に顔を近づけてこないと攻撃が届かないでしょ?」
「それで、さっきの穴だよ。氷竜の真横ぐらいに開いとった穴! しかも氷竜の上の方にあったし、あそこからうちが跳べば奴の背中に乗れんかな? 普通のジャンプじゃ届かんかもしれんけど、ヴァルルシャの風の魔法で後押ししてもらえば、届かん距離じゃないと思うんだ」
ユージナに見つめられ、ヴァルルシャは答える。
「岩の鎧無しで素早さアップの魔法を使うか、風の風呂敷でユージナさんの背中を押すようにすれば、できなくはないと思いますが……」
「でも、魔物よけスプレーを使ってても、魔法を発動させたら氷竜はあいたちに気づくでしょ」
リユルの言葉に、ユージナはうなずく。
「うん。でも、隙はできると思うんだ。あいつが岸に身を乗り出しとる時は攻撃の最中だから反撃されるのもわかっとると思うけど、ああしてうちらを見張っとるつもりの時に飛びかかられたらびっくりするよね。
その隙に、目か口を狙うんだよ。あいつの防御力が高いのは、氷のうろこによるものっぽいでしょ? うろこが剥がれたら普通に魔法が効いとるみたいだし、目と口にはうろこは見当たらんでしょ?
魔物は動物じゃないで、胃とか腸とかの消化器官があるかどうかはわからんけど、氷よ!って言葉を出して魔法を使っとるんだで、発声器官はあるはずだよね。だで、体の内側に、のどみたいな柔らかい部分があると考えられるでしょ。そこに、うちの刀を思いっきり突き立ててやるの」
「確かに、口の中か目なら、魔法剣でなくても刀が刺さりそうな気はしますが……」
「その一撃で致命傷になるかって言うと……ねえ?」
そう言いながらも、ヴァルルシャとリユルの表情には、勝てるなら戦いたい、という気持ちが強くなってきているように見えた。ユージナは続ける。
「そこで、魔法剣じゃなくて、普通に魔法を使うんだよ。ヴァルルシャの雷の魔法を! うちの刀は金属でしょ。氷竜に深々と突き刺したうちの刀を狙って雷の魔法を使ってもらえば、うろこのない、あいつの体の内側部分に、思いっきり電撃が流れるんと違う? これで結構なダメージを与えられんかな? そこで弱ったところを、うちらで総攻撃すればあいつを倒せるんじゃない?」
ユージナの作戦を聞いて、二人は考え込む。
「確かに、かなり効きそうな攻撃ではありますが……」
「あいたちの体力が、あとどれだけ持つかだよね……」
皆、引き返したくない気持ちはあるのだ。ただ、あれこれ考えて動けないだけで。ユージナはそんな二人の背中を、そして、自分自身の背中を押すために、言った。
「ねえ、うちらって、魔王を倒すことを目標にしとったでしょ。ちょっと強い魔物が出たからってすぐに引き返しとったら、魔王なんて倒せる? レベルアップするために強い魔物を探しに来たんでしょ?
さっきだってうちらの攻撃は効いとったんだしさ、絶対に倒せん敵ではないと思うよ。倒せる見込みがあるんだったら、やってみようよ」
「……そうですよね……。大迷宮というほどでもない洞窟の奥のボスも倒せないようでは、いつまでたっても魔王なんて倒せるようになりませんよね……」
「……確かに、あのぐらいの強さの魔物でも、いつかは倒せるようにならなきゃ魔王なんて倒せないよね。勝ち目が無いとまではいえないわけだし、ここで投げ出してたら、魔王を倒す段階まで行くのにどれだけかかるか……。そうやって時間がかかりすぎるなら、また物語自体が投げ出されて放置される、なんてことが起こるかもしれないよね……」
ユージナはリユルとヴァルルシャの手をとった。
「そうだよ。とにかく一つ、大きな山を乗り越えようよ。ここのボスを倒そうよ。
うちらは、物語や設定を書き途中のまま放置されとったでしょ。それが嫌で、自分らで動き出そうって決めたんでしょ。
作者は作家を夢見とって、でも、他にもっとうまい人がいるとか、作家になれる人間なんて一握りだとか思って、やる気を無くして書くのをやめちゃったでしょ。
うちが作者と直接話ができるとしたら、こう言ってやりたい。
『職業として、作家になれなくてもいいんだよ。出来が悪くても何でも、物語を最後まで書き続けることが大事なんだよ』って。
書き途中のまま放置されるのはうちらだって嫌だし、作者だってずっと心残りだったからこそ、うちらのことをずっと忘れられんかったんでしょ。
魔王退治って目標を達成するためには、ここのボスぐらい倒せんと話が進んでいかんよ。だで、ここで全力を尽くして戦ってみよう? まだ試しとらん方法があるのに、その前に帰ったらうちらは成長できんよ」
リユルもヴァルルシャも黙って考え込んだ。やがて、ヴァルルシャが口を開く。
「……そうですね。未熟でもなんでも、物語を投げ出さずに、最後まで書いてほしかったです。
物語として面白いかとか、他の人間からの評価とか、そういうことよりも大事なのは、最後まで完結させることですよね。
日記のようなものですし、その時にしか描けないものですから……」
「……そうだよね。他の誰にも描けない、世界に一つしかない物語なんだもんね。あいだって、設定だけで終わらずに話を書いてくれていたら、どんな世界が広がっていたことか……。今そんなこと言ったってしょうがないけど……。
過去に放置された物語は、その時と同じ姿で続きを書くのは難しいかもしれないけど、あいたちには、今の、この世界があるんだもんね。この世界で、新しくあいたちの物語を進めることはできるもんね」
リユルはユージナの手を握り返す。
「ここらで強い敵を倒しておかないと、魔王退治って目標には届かないよね」
ヴァルルシャもユージナの手を握り返す。
「やれることは全部やってみましょう」
ユージナは二人に微笑み返す。
「じゃあ、うちの考えた作戦で、一緒に戦ってくれる?」
「ええ。絶対に倒せない敵ではないように思えてきました」
「それに、ここで引き返して強くなって戻ってこようとしても、その前に他の魔物狩り屋があいつを退治しちゃうかもしれないもんね。それじゃ悔しいもの」
三人はうなずきあった。
「じゃあ、ヴァルルシャに聞きたいんだけど、うちがあの高い穴から氷竜に飛び乗るのを風でサポートしてもらうのって、同じところにおらんと駄目? 穴の下から風を使うのってできる?」
「穴は高さ四、五メートルぐらいですよね……。そのぐらいなら、穴の下からでもできなくはないと思います。すぐに雷の魔法も準備しなければなりませんし、氷竜の近くに移動できるように、下にいた方がいいですよね」
「ユージナは氷竜に飛び乗って、目か口を狙うんだよね。でも、刀を刺した後はどうするの? 氷竜の背に乗ったままじゃ、暴れて振り落とされるだろうし……」
「池に飛び込むよ。結構深さがあるで、大丈夫じゃない?」
「でも岩でごつごつしてるし、氷竜の体は水の中にもあるんだから、変なところにぶつかったら大変じゃない? あいの岩の鎧って、氷竜の体当たりを吸収してたよね。だったら、ユージナが陸に向かって飛び降りるときにあいが岩の鎧でユージナを包めば、地面にぶつかったときの衝撃も鎧がガードしてくれるんじゃない?」
「それができそうならお願いしたいけど……。きみら、魔法あと何発ぐらい使えるん?」
リユルとヴァルルシャは顔を見合わせた。
「おやつ食べて休憩したからかな。さっきより頑張れそうな気がする」
「ええ。ユージナさんへの補助魔法と、直接の攻撃魔法と、ある程度は行えそうな気がしてきました」
三人は輪になってうなずきあった。
「じゃあ、行こう」
ユージナが大広間を振り返る。氷竜は相変わらずこちらに背を向けている。
三人はもう一度大広間に向かった。




