第六章 06 洞窟
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昼食後、三人はまた北を目指して歩き出したが、その間にゴブリン、葉獣と遭遇した。
水の魔物は水辺に近寄らないことで遭遇を回避できるが、ゴブリンや葉獣は森の中に出るし、三人が歩いている場所は周り全てが森だ。オーガほど強くないとはいえ複数で出られると倒すのに少し手間がかかる。
それでも、昼過ぎぐらいの時刻には湖の北側にたどり着くことができた。
湖の周辺は、今まで歩いてきた部分は多少の隆起はあっても平坦で、土と草木に覆われていたが、湖の北は山の端が岸まで迫ってきている部分がある。その辺りは岩肌がむき出しになっていた。
「洞窟ってあれかあ」
リユルが言った。茂みを抜けてその場所まで視界が開ければ、少し離れたところからでもそこにあるのが洞窟だと一目でわかる。三人の今いる側、岩肌の西側にそれはあり、横に広く口を開け、その口の半分は湖に浸かっていた。
三人はその前まで近づいてみる。横幅は人間が肩を並べて十人分ぐらいだろうか。湖に浸かっている部分は穴の高さが低いが、そこから少しずつ天井が高くなり、陸側の穴の端は人間が余裕をもって通れるほどの高さがあった。
部分的に植物に覆われてはいるが、ごつごつした岩肌が黒い口を開けていて、奥からひんやりと湿った空気が漂ってきている。
「なんか、RPGのダンジョンって感じでワクワクするね!」
ユージナが弾んだ声で言い、リユルとヴァルルシャもうなずく。
「ダンジョンだと宝箱とかあったりするけど、他の人だってここは探索してるだろうし、そういうのはあったとしても取りつくされちゃってるだろうね」
「お宝はともかく、珍しい魔物とか、普段と違う物に遭遇できるといいですよね」
「そもそもダンジョンに宝箱があるのって何でだろ? 誰が設置しとるん?」
「……誰かの落し物をゲーム画面で分かりやすく宝箱のアイコンで表示してる、とかですかね」
そんな会話をしながら、三人は洞窟の中を覗きこんだ。
「真っ暗だね……あっそうだ! あいたち、あれを買ったじゃない?」
リユルに言われ、二人もそれに思い当たる。それぞれのカバンからそれを取り出す。
「さっそく役に立ちましたね。この『光池たいまつ』」
道具屋・ニコウドで買ったペンライトのような品だ。すでに光池は入っているので、ガラス部分の根元の輪を回せば明かりがともるはずだ。
「でもあんまり大きくないで、三人分使ってもそんなに明るくなるかな?」
ユージナが首をひねる。たいまつといっても手のひらサイズだ。洞窟の中は広く、小さな光では奥まで届かないようにと思われた。
「とにかく、やってみようよ」
リユルが言い、三人は洞窟の入り口でそれぞれの光池たいまつのスイッチをひねる。ペンライトサイズの光が三つ現れる。
すると、それに呼応するように、洞窟の中に光が現れた。ピンポン玉ぐらいの光の玉が、闇の中に無数に浮かび上がり、ゆっくりと浮遊するものもある。
何!? と驚く三人が洞窟の中に目を凝らすと、目が闇に慣れるにつれ、少しずつその正体が見えてきた。
「コウモリ……ですかね」
ヴァルルシャの言う通り、それは無数のコウモリらしき生物だった。
「でも、光っとるよ。ホタルみたいに」
ユージナの言う通り、そのコウモリには丸い玉のようなしっぽがあり、それがホタルのように光っていた。
「てことは、この世界オリジナルの生物、ホタルみたいに光るコウモリ……『ホタルコウモリ』とでも呼べばいいの?」
リユルの言う通りだ、とでも言うように、その生物は何匹かが三人のそばまで飛んできた。そして光池たいまつを気にするように周りを飛び、洞窟の壁に張り付いた。ぶら下がりはせず、しっぽを揺らしてホタルのように光を点滅させる。
「この光池たいまつが気になるみたいですね。仲間だと思っているんでしょうか」
「確か、ホタルは光で仲間とコミュニケーションしてるんだっけ。じゃあ、このコウモリもそのつもりなのかもしれないね」
リユルはそう言って、近くの壁にいるその『ホタルコウモリ』に光池たいまつの光を近づけてみる。コウモリは光るしっぽを振り、ふわふわと飛んで別の壁に移動した。
「魔物みたいに襲い掛かってこんで、普通の、こういう生物なんだろうね。害は無さそう、っていうかむしろ洞窟の中が良く見えるで、ありがたいかも」
「そうですね。これなら足元も見やすいですし。……じゃあ、進んでみますか」
三人はうなずき、洞窟の中に足を踏み入れた。
洞窟は、内部も半分、湖に浸かっていた。水の無いところを歩きながら、三人は奥を目指す。天井や壁をホタルコウモリが光りながら飛ぶので、観光用にライトアップされた鍾乳洞とまではいかないが、それなりに明るかった。
山の端は湖に食い込んでいて、湖から離れるにつれだんだん山が高くなっている。なので、洞窟の天井も少しずつ高くなっていく。壁にはところどころ穴が開いており、横道もあるようだが、戻れなくなっては困るので、湖とつながった水の満ちている場所のそばを歩いていくことにした。
水や岩陰から何か飛び出してくるかと三人は身構えていたが、特にそのようなことは起こらなかった。ホタルコウモリが穏やかに光りつつ飛ぶだけだった。
しばらく進んでいくと、洞窟の先が少し明るくなっているように見えた。出口だろうか。三人は気を引き締めながらそこに向かうが、そこは出口ではなかった。
今歩いてきた場所を廊下とするなら、そこは大広間のような空間だった。
何十人かがダンスできそうな広さと、開放感のある円天井。そんな連想が浮かびそうな、広い空間だった。
地面は広く深く沈んでいて、湖からの水はそこにつながり、池になっている。
洞窟の天井には大きな穴が開き、光が差し込んでいる。まるで大広間の中央にスポットライトが降り注いでいるようだった。光が差し込む先には池があり、水面がキラキラと輝いている。
ホタルコウモリは日光は好まないのだろう、大広間の手前の暗い廊下にとどまって静かにしている。
三人は光池たいまつの光を消し、大広間に出る。照明器具やホタルコウモリの光がなくても、その場所は明るさに満ちていた。
「いかにも、なにか出てきそうな雰囲気ですね」
ヴァルルシャが辺りを警戒しながら言う。大広間の中央は大きくくぼんで池になっていたが、その周りは平らで歩ける部分も多かった。大広間の真ん中に、池という絨毯を設置したような形になっていた。
「この池から何か飛び出してきそうだけど……今のところ、そんな気配ないね」
リユルが池を覗き込むが、その水面はなだらかだった。澄んだ水を透かして、洞窟の岩肌が池の中にも続いているのが見える。池は深く、岩が折り重なっているので先までは見通せないが、地中深くまで続いているようだった。
「この池、地下で湖ともつながっとるかもしれんね」
ユージナも池のそばに来て言う。洞窟の入り口から細く水がつながっているというよりは、地下にもっと大きな空洞があり、目の前の池とズーミー湖は同一のものという感じがした。
「横道もいくつかあるようですが……ちょっと探索してみましょうか」
ヴァルルシャが促す。大広間の壁にはところどころ穴があり、まだ奥があるように見えた。
しかし進んでみると、すぐに行き止まりになっている物、道が続いていると思ったら同じ大広間に出てしまう物など、先へ進めない物ばかりだった。
「やっぱりこの洞窟の最深部はここ、ってことなのかなあ」
通れそうなところはすべて探索を終え、大広間に戻ってきて壁の周りを歩きながら、リユルが言った。
やってきた通路のちょうど反対側にある道が最も長く先へ続いてはいたが、それでもしばらく進むと行き止まりになっていた。
「やっぱりこの洞窟には魔物は出てこんのかもしれんね。いかにも何か出てきそうだけど……」
ユージナがもう一度、池を覗き込む。そこには、魚すら見当たらなかった。
「人間には神秘的に見える場所ですが、魔物が生息場所に選ぶとは限らないということでしょうか。いや、『生息』ではなく、『発生』ですかね?」
ヴァルルシャが言い、リユル、ユージナもそばに来て話し合う。
「そうだね。あのコウモリは洞窟の中に住んでて、餌をとったり子孫を残したりしてるんだろうけど、魔物はそうやって『生息』してるわけじゃないんだもんね」
「うちらこないだ水獅子のオスメス二匹と戦ったけど、親兄弟やカップルって風には見えんかったもんね。オスメスって言ってもたてがみの有無だけで全身は水の塊だし、たてがみだって体の大きさの個体差みたいなもんだよね」
「人間が精霊の力を使うのに応じて、魔物はそれぞれが独立して生まれてくる、ということなんでしょうね。森や川などの、ひと気のない場所、人間の領域でない場所で人知れず発生するという原則はあるのでしょうが、その中のどこに発生してどこに腰を落ち着けるかは魔物次第ということでしょうか」
「じゃああいたちがこの洞窟は魔物出そう!って思っても、魔物にその気が無いと駄目ってことかあ。せっかくここまで来たのにね。どうしよう、ここまで来るのに結構時間かかっちゃったし、そろそろ帰る?」
そうだね、そろそろ帰ろうか……。そんな風に話がまとまりかけた時、波が岸に打ち寄せる音がした。
三人は池を振り向く。天井に穴が開いているとはいえ、洞窟内に風は無い。しかし、さっきまでなだらかだった池の水面は、生きているように揺らめいている。
「何? なんか出てくんの!?」
ユージナが刀の柄に手をかける。
「水獅子? でも、そんな感じじゃ……」
リユルが池と距離を取りつつ身構える。
「もっと大きそうですよね……」
ヴァルルシャが警戒しながら見つめる水面は、大きなものが動く衝撃で激しく揺れている。
やがて、水の底から、それは現れた。
透明な水底の隙間にその一部が見えたと思う間に、一気にそれは水の中を移動し、水面を突き破って空気の中にその身を現した。




