第六章 05 早起きして遠出
05
三人の部屋で、それぞれ目覚まし時計のベルが鳴る。
朝の五刻、ユージナ、リユル、ヴァルルシャは目を覚まし、身支度を始めた。紙を詰めた靴は乾いていた。客室は狭いのでゴミ箱は無いが、宿屋の廊下には共用の物が置いてあるので、水を吸った紙はそこに捨てる。
宿の外に出ると青空が広がっていたが、石畳にはまだ水たまりが残っている。
昨日のうちに、近所の飲食店で営業時間を尋ねておいた。現代日本のような二十四時間営業の飲食店は無いが、朝早くから昼過ぎまで開店する店、夕方から夜まで開店する店など、町にいろいろな営業時間の店があり、人々の食事の需要がいつでも満たせる仕組みになっていた。少し宿から離れるが、早朝に弁当を買える店もあった。宿屋の値段は立地に左右されるというのは、大通りだと便利な店が近くにたくさんある、という意味もあるのかもしれない。
開いている店で朝食を食べ、昼の弁当を買い、支度を済ませて三人が宿を出たのは朝の六刻ごろだった。
現代日本で言う朝の七時半ぐらいに、キヨゥラ川に沿って北へ行き、森を目指す。地面はまだぬかるんでいるが、空は晴れ、さわやかな空気が広がっていた。
「早起きするのも気持ちいいね」
ユージナが、地下足袋で道を歩きながら言った。
「そうだね。それに、あいたち以外にもこんな時間から森へ行く人はいるんだね」
リユルがあたりを見回して言う。少し離れたところにちらほらと、他の魔物狩り屋が森を目指して歩いているのが見えた。
「朝が早いと一日を長く使えますからね。森で夜を迎えるのは結構危険でしょうし。森にいる時間を長くしようと思ったら、早起きが一番手っ取り早いですものね。だからこの時間帯に営業する飲食店も多いんでしょうね」
そんな話をしながら、三人は森へたどり着いた。
昨日の雨のせいか、森は少し白くぼやけていた。
「かすみ? 霧? もやだっけ? こういうのって」
リユルが言い、ユージナとヴァルルシャも首をひねる。
「なんか、定義はあるんだよね。よく覚えとらんけど」
「なんにしても、小さな水の粒ですよね。でも、先が見えないほどではないですね」
ヴァルルシャの言う通り、その水蒸気はあまり濃くなく、そのうち消えていきそうに思われた。地面も濡れているが歩けないほどではない。
「雨のせいか、川がちょっと増水しとるよね。てことは、水の魔物が強くなったり活気づいたりするんかな?」
町から森まで川沿いを歩いてきたが、川の水位は昨日より高いようだ。
「森でない場所ならともかく、普段から魔物が出る場所では警戒した方がいいかもしれませんね」
「湖に着く前から水獅子とか出るかもしれないよね。いつもならいいけど、今日は遠くまで行きたいからなるべく戦闘は避けたいなあ」
「そうですよね。ではちょっと川から離れて歩きましょうか」
三人はそう話し、川から少し離れて、北にある湖を目指して森の中を歩き出した。
川の流れる音は聞こえるが、川から突然魔物が飛び出してもすぐには襲い掛かれない程度の距離を保ち、森の中を進む。
すると川ではなく森の茂みの方から、うなり声のような物が聞こえた。
「魔物!?」
ユージナが刀の柄に手をかけて身構えると、森の茂みの中から、オーガが現れた。
「オーガだ! こんな時にもう~!」
「倒すしかありませんね」
リユルもヴァルルシャも身構える。オーガは今にも飛びかかってきそうな雰囲気で三人をにらんでいた。
オーガが棍棒を振りかぶって走り出すのを、リユルが迎え撃つ。
「氷よ!」
オーガの顔面に、雹が降り注ぐ。オーガは防御力が高いので刃の形にした氷を投げつけてもあまり効果が無く、氷の粒を降らせた方が効果的だとわかったのだ。
オーガが目を閉じた隙に、ユージナの構えた刀にヴァルルシャが魔法を宿らせる。
「雷よ!」
ユージナの刀を雷が包む。雷は刀身のみを覆い、ユージナが感電することはないが、髪は静電気を受けたように逆立つ。
「くらえ!」
ユージナは駆け出し、オーガに切りつけた。雷と斬撃の両方のダメージが与えられる。
刀に氷の魔法を乗せると、攻撃力と共に重さも上がるので、風の魔法で素早さを上げないといけなかった。雷なら、ユージナが少し痺れるとはいえ刀の重量は変わらず、すぐに魔物を攻撃することができる。
それでも一撃でオーガを倒すことはできない。ダメージを受け、ユージナに反撃しようとするオーガに、リユルがもう一度氷の魔法を使った。
「氷よ!」
氷の粒がオーガの顔に降り注ぎ、オーガは目を閉じてそれを防ぐ。この場合、ヴァルルシャの風の風呂敷でオーガを抑え込むのと同じで、氷はダメージというより目くらましや足止めに使うのだ。オーガはピクシーのように素早くなく、的が大きいので当てやすい。
その間にもう一度ヴァルルシャが雷の魔法をユージナの刀に宿らせ、ユージナがオーガに切りかかる。
ここ数日で確立したオーガの倒し方だった。
ハーピーのように炎を吹き飛ばされる心配はないから刀に宿らせるのは雷でなく炎でも良いのだが、そうすると足止めのための氷の魔法が、炎の魔法と打ち消し合って効果が弱まってしまう。だから自分たちの所持する魔法だと、この組み合わせが一番いいのだという結論が出た。
雹で目くらまし、その間に雷の魔法剣で攻撃。それを繰り返し、やがてオーガは倒れた。
「ふうっ。終了~!」
リユルが息を吐く。三人の蓄光石に光が吸い込まれていく。
お互いの体調を確認し、また北を目指して歩き出す。
するとしばらくして、また森の中からオーガが現れた。
「また出た!」
ユージナがそう叫ぶ間にオーガが襲い掛かってくるので、三人は体勢を整え、同じようにしてオーガを倒す。
「一日探してもオーガが出ない日だってあるのに、なんで今日は連続なの~?」
二匹目を倒し、肩を落としてリユルが言う。
「確かに。魔物が出るとしても、ピクシーやハーピーでもおかしくないですよね」
「なんでオーガばっかり……。あっもしかして! 雨の後でじめっとしとるで、飛ぶ魔物は羽が重くて動きが鈍るで、魔物が羽の無いオーガの形になって生まれてくるんと違う?」
ユージナの説には一理あると他の二人は思った。
「魔物って言っても、動物みたいに森の中でずっと生息してるわけじゃなく、あいたち人間が精霊の力を使うことでそのストレスが形になるんだもんね」
「精霊の負のエネルギーが、その日の森の状況に適した形をとってこの世に現れる、ということですか……」
「さすが、うちら人間を攻撃するためだけに生まれてくる存在だよね。いや、うちらが精霊の力をつかっとる代償なんだで、出てくるのはいいんだけどさ。お金にもなるし」
三人はそう話し、また北を目指した。やがて、ズーミー湖が見えてくる。その頃には、森の中に立ち込めていたもやも、ほとんど消えていた。
湖の北側、三人が今いる場所の対岸は、陸が隆起し、山の始まりになっているような部分もあった。あのあたりまで行けばもっと強い魔物が現れるかもしれない。
湖に近づきすぎると水獅子が飛び出してくるかもしれないので、三人は湖から距離を取り、湖の北側を目指す。時々、遠くの岸で他の魔物狩り屋が戦っているのが見えた。
湖の円周を四分の一ほど歩き、湖の西側に着くと、森が少し開けたところがある。そこには平たい石や切り株があり、公衆トイレも設置されているので自然と魔物狩り屋の休憩場所になっていた。トイレは四基、使用料金は30テニエル。
まだ昼より前の時刻と思われたが、朝が早いこともあり、三人はそこで昼食と休憩をとることにした。
三人がそこに着いたとき、他の魔物狩り屋のパーティーがトイレ休憩をしに来ているところだった。食事はしないようで、全員がトイレを済ませたらまた湖に向かって歩き出して行ったが、三人がすれ違う時、一行がこんな話をしているのが耳に入った。
「思わせぶりな洞窟があったけど、何にもなかったもんな」
「わざわざ遠くまで行くより、この辺で水獅子を張ってる方がいいよね」
「特に今日は雨の後だからよく出るもんね」
そんな会話をしながら、他のパーティーが遠ざかっていく。
「洞窟があるんだ。どこのことを言っとるんだろ」
ユージナが彼らを振り返る。しかし初対面の相手にいきなり質問するのもどうかと思ったし、何よりすでに遠くに行ってしまった。
「空洞ができるってことは、周りに土かなんかで壁があるってことだから、山みたいに盛り上がってるところじゃない?」
リユルがそう推測する。
「ということは湖の北のあたりの話でしょうか? でも、何もないとは……」
そう言うヴァルルシャを、ユージナがはげました。
「大丈夫! 向こうはそん時たまたまタイミングが悪かっただけで、うちらが行ったらなんかに出くわすかもしれんし! そもそも全然違うところの話かもしれんしさ!」
「……そうですね。何にしても、行ってみないことには話になりませんね。しっかり休憩して、これからに備えましょう!」
ヴァルルシャの言葉にユージナもリユルもうなずき、昼食をとり、十分に体を休めた。




