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[COORDINATE 0093] Sage’s Labyrinth ver. Celestia 7

# The_Skyborne_Beast:


 俺は椅子の上で腕を組み、まっ平らな天井へ視線を向けつつ考えた。

 整然とした四角形が延々と並び、無機質な灯りが鈍く光をはね返している。


 俺は何を聞き忘れているのだろうか。


 今回の叡智の魔法の肝だったと思われる魔物の事については、おおよそ理解した。

 ユーリのおかげで、ある程度の気持ちの落としどころも見つけることができた。


 これまで見た光景からは、旧人類の魔物化は自業自得だという印象を抱く。

 だが、俺はそこまで馬鹿ではない。

 これはジークの抱いていた感情に引きずられていると感じていた。

 だから一概に決めつけることはできないし、するべきではないだろう。


(……けど、俺が引っかかっているのはそこじゃないな)


 銀色の髪を揺蕩わせる、美しい少女の姿を思い浮かべた。

 夢の中で会う彼女はいつも寂しそうで、叡智の光景の中で見た彼女は強い神秘性を帯びていた。


 誰もいなくなった世界樹で、今でもリゼット様は願いを叶え続けている。

 彼女を世界樹に縛ったのは賢者で、その在り方は地球だとかいう異世界に住む人々の命令によるものらしい。


 そして、彼女のやり方が歪んでいて極端なのは、六千年の孤独のせいだとジークは考えていた。


(……そうか。気になっているのはこれだ。そもそも、誰が彼女を孤独にしたんだ。賢者なのか、それとも地球とかいう世界の住人だろうか。……いや、どちらも違和感がある。語られた内容に抜けがある気がする)


 そこまで考えたが、どうしようもないので俺は諦めた。

 俺が考えたところで、話が補完されるわけでもないしな。


 まあ、このあとは世界樹に行くのだ。

 リゼット様に直接聞けばいいだろう。


 俺は不思議なくらい、叡智で見た彼女の姿に強く惹かれていた。

 女神様は可愛くておっぱいが大きくて、寂しがっている。

 それだけ分かってればいいや。


 結論を出すのを諦めた俺は、案内人とユーリが話し始めた様子だったので、そちらへ顔を向けた。


「まず、ユリウス・アーサー・セレスティア。君はひとつ目の叡智を受け止めた。世界樹へ至るため、力の一端を授ける。君は指導者の血筋である。それ故、神器も所有しているな。よって、女神様の奇跡により新たな魔法を与える。それでよいか」


「はい。お願いします」


 硝子板の猫で遊んでいたルナリアが顔を上げ、口を挟んだ。


「あ、そうだ。ユーリ君、貰うのは別のものにしてもらった方がいいよ」


「そうですか? まあ、僕は迷宮に来たかっただけなので、何でもいいですけど。なぜでしょう」


 ルナリアは遊ぶのをやめ、硝子板を仕舞いながら表情を正した。


「ユーリ君、きみはこれからぐんぐん成長すると思うの。だから、神器魔法は増やさない方がいいよ。それに慣れちゃうと、ある程度で伸び悩んじゃうと思う。神器はただの強い武器だからいいけど、本当はエクスカリバーも実力が伴うまでは使わない方がいいね」


 おお、これは賢い時のルナリアだ。


 それにしても、ルナリアは結構ユーリの実力を買っているんだな。

 いや、元々こいつは意外と誰に対しても面倒見がよかった。

 ただ規格外すぎて、彼女の助言に応えられるやつがいなかっただけだ。

 例外は、フェリスくらいだな。


 ユーリは小さな身体で腕を組み、頷いていた。

 腕を組む動作が気に入ったのだろうか、柔らかな黒髪がふわふわ揺れている。

 また、カタリナさんに俺が怒られる気がした。


「さすがルナリアさんです。では、そうしましょう。覚えていると使ってしまいますしね。案内人、別のものは可能ですか」


 案内人はユーリの言葉に答えた。


「無論だ。賢者に相応しき素晴らしい向上心である。では、勇者アルスたちが得ているものと同じ、女神の加護を授ける。付与を希望する装飾品があれば提示せよ。なければ、こちらで作成する」


「ありがとうございます。装飾品は身に付けていないので、作成をお願いします」


 いつもに比べて、案内人に気合が入っている様子がうかがえる。


「承知した。君に相応しき女神の装飾品を造り出そう」


 すっと右手を頭上へ掲げた案内人が、詠唱を紡ぎ始めた。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried. Create a crown worthy of the pilgrim, and bestow upon it the Blessing of the Goddess.」


 案内人は右腕をユーリへ向け、魔法を行使する。


「Goddess's Blessing Granted: Sage's Crown / Owner: Julius Arthur Celestia」


 ユーリの身体を、女神の祝福が光となって包み込む。

 やがて光が粒子となって消えていくと、ユーリの美しい黒髪の上に、洗練された煌びやかな王冠が乗っていた。


 ユーリの頭上に載った、似合いすぎている王冠を見て俺は吹き出した。

 あまりにも不器用過ぎる案内人の行動に、思わず汚い言葉が漏れ出てしまった。


「あほか! 王冠なんぞにしたら、内紛が起きるだろ! ……案内人、気合を入れすぎだ。そんなに嬉しかったのか」


「駄目か。とても良く似合っているが」


 俺は椅子に肘をついて、指でとんとん膝を叩きながら、小さく息を吐いた。


「駄目に決まってるだろ。女神の祝福で賜った王冠なんぞをユーリが受け取ったら、継承権がめちゃくちゃになるわ。馬鹿たれ。指輪も駄目だ。危ない。ネックレスだな。ネックレスにしろ」


「ははは……。そうですね。それでお願いします」

「……承知した」


 少し不満そうな雰囲気を滲ませつつも、案内人は再び魔法を詠唱し始めた。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried. Refashion the crown into a necklace, and preserve within it the Blessing of the Goddess.」


「Goddess's Blessing Granted: Sage's Necklace / Owner: Julius Arthur Celestia」


 魔法がユーリの頭上の王冠を光の粒子へと変えていく。

 光の粒子は彼の胸元に収束していき、強く輝いた後、やがて消えた。


 そういえば、王国の賢者の迷宮は挑戦者すら数十年いなかったのだ。

 この迷宮は厳しすぎるし、俺たちが初めて踏破した可能性すらある。

 そしてその踏破者の一人は、俺たちと違って、案内人が待ち望んでいた本物の賢者候補だ。


 ……舞い上がるのも仕方ないか。


 俺はもう一度ため息をつき、苦笑しつつ案内人に顔を向けた。


「まあ、そう不満げにするなよ。またユーリを連れて遊びにくるからさ。こいつが国王にでもなったら、賢者になれないぞ。それは嫌だろ」


「む。確かにその通りだ。助言、感謝する。では、勇者アルス、並びにルナリア・アストライア、フェリス。全ての叡智を受け止めし君たちには、これより世界樹へ至るための騎獣を授ける」


 少し冷静になった案内人が姿勢を正し、こちらに向き直った。

 俺は言葉の意味が分からず、眉を上げて聞き返した。


「騎獣って何?」

「空駆ける獣だ。君たちを乗せ、世界樹へ導いてくれる」


 今度は俺が顔をしかめる番だった。


「ええ、空を飛ぶのは嫌なんだけど……。ルナリアはもともと魔法で飛べるしさ。世界樹までは歩いていくよ」


「君がそれを選ぶのであれば、もちろん構わない。ただ、聖都から世界樹までは距離にして数百キロメートルある。……いや、すまない。そうだな、王都と聖都の間の数倍の距離がある。大森林の中、君たちはその距離を踏破できるか」


 驚いた俺は頬杖をやめ、顔を上げた。


「そ、そんなに遠いのか。……聖都からも世界樹は見えているのに?」


「御座は、君の想像を絶する巨大さなのだ。また、ルナリア・アストライアの飛行魔法を私は知らないが、通常の飛行魔法は魔物の敵視を強く引く。騎獣は私と同じ存在である。であるから、魔物に気付かれる可能性が低い。そして、速度も高度も魔法とは比較にならない」


 俺は胸の前で腕を組み、不満げに言った。


「お前に乗って移動するの? なんというか、嫌だな」

「……勇者アルス。本当に君は聞いていた通りの人物だな。存在定義が同じだけで、見た目は同じではない。騎獣は巨大な隼だ」


 彼の言葉を反芻しながら、俺は考えた。


 案内人が言う距離感をいまいち理解できない。

 彼は、道が曲がっているという当たり前のことを無視したような伝え方をしている。

 つまり、俺が彼の言葉から受け取った印象よりは近いのだ。


 だが、たとえ本当の距離が俺の印象の半分であったとしても、厳しいことに違いはなかった。なにせ、大森林だ。


 そもそも、大森林の中を真っ直ぐ進むことだって不可能だ。

 あの地の起伏の激しさによる旅路の困難さは、街道が曲がっている程度とは、比較にならない。


「さすがにその距離を走破するのは無理だな。我慢して飛ぶよ。じゃあ、騎獣で頼む。あ、俺のはどっちでもいいけど、ルナリアとフェリスのは雌にしてくれ」


「……君は、先ほど私のことを馬鹿と言ったが。それは、人のことを言えた発言ではない。私たちに性差はない。安心しろ」


 椅子に腰掛けたままのルナリアが、少し呆れたような様子を浮かべて俺を見た。


「もうっ。……最近、アルスってちょっとあれだね」


 ルナリアの横に立って硝子板の猫を見ていたフェリスが、俺にじとっとした視線を向けた。


「……私も、今の発言はどうかと思う。……ルナリア、お前が甘やかしすぎなんだ」


 彼女たちは顔を見合わせ、そのまま別の話題に逸れていった。


「ええ、絶対にわたしのせいだけじゃないよっ。むしろ、最近はフェリスちゃんの方がひどいよ!」

「……いいや、私は理性が飛んだ時だけだ。……え? もしかして、普段からそうか?」


 少しずつ、俺たちの雰囲気に流され始めていた案内人が姿勢を正した。


「話を戻す。では、天駆ける騎獣を授ける。腕輪に封じるゆえ、使用する場合には名を呼べ」

「はーい。なあ、落ちたりしないよな」


 案内人がゆっくりとこちらへ顔を向けた。


「……騎乗時は魔法で縛られる。墜落するときは、乗ったまま君が死んだときだけだ」


 だんだん、案内人の言葉がぞんざいになってきた。

 彼が、俺のことを面倒くさがり始めた雰囲気を感じたので、それで納得することにした。


 案内人が右手を掲げ、詠唱を紡ぎ始めた。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried. Summon the skyborne beasts of the Goddess, bind them to bracelets, and guide the pilgrims to the World Tree.」


 それから、彼は順番に俺たちへ魔法を行使していく。


「Goddess's Skybeast Granted / Owner: Ars」

「Goddess's Skybeast Granted / Owner: Lunaria Astraea」

「Goddess's Skybeast Granted / Owner: Ferris」


 俺の左腕に光の粒子が集まり、徐々に腕輪の形を取っていく。

 強い白の輝きを放った後、光は消え、俺の腕には清廉な装飾が施された金の腕輪がはまっていた。


 俺の脳裏に、騎獣の名が浮かんだ。


* * *


『ルクス』

特性:人工精霊・騎乗・重力制御


* * *


 俺は、その清廉な装飾の腕輪をつついてくるりと回す。

 美しい金の腕輪が、無機質な天井の光を返してきらりと光った。


 不思議なことに、すでに俺は騎乗の仕方まで理解できていた。



# Communication_Lost:


 俺は椅子の縁に手をかけ、立ち上がるとぐっと背筋を伸ばした。

 身体をほぐすように捻りながら案内人に声をかける。


「よし、こんなところか。色々とありがとうな、案内人」

「勇者アルス。旅立つ前に、審判の板の件を頼む」


 俺は椅子の脇に立てかけていた星切を手に取り、腰紐に差しながら首を傾げた。

 振り返ると、案内人が黒い眼帯で目元を覆った顔を、真っ直ぐ俺に向けている。


 その様子を見て、俺は彼に頼まれていたことを思い出した。


「ああ。そうだった。わるいわるい」


 俺は革靴で床を叩いて靴の位置を整えると、入ってきた戸の方へ向かった。


 案内人が、俺のすぐ後ろについて歩き始める。

 ルナリアとフェリスが会話しながら続く。

 ユーリは少し部屋の光景を眺めていたが、距離が離れたことに気付くと、駆け足で俺の方へ走り寄ってきた。


 俺は仲間の様子を、視界の端で捉えつつ硝子板に手を置く。

 乾いた音が鳴り……審判の進行を表す数字が浮かんだ。


"Scanning... 10%... 20%... 30%"


 あれ? なんで普通に古代文字が浮かんだんだ。

 教国のときは、この進行状態を示す数字は出ていなかった気がする。

 手を置いた瞬間に、俺のことを勇者と断定していたよな。


"Scanning... 80%... 90%... 100%"

"Scan complete."


 しばらくして、審判の板に浮かんだのは懐かしの不合格の文字だった。


* * *


あなたの賢者適性は30%です。

適性基準値95%未満のため、資格無しと判断します。


固有名:アルス

管理番号:H0584-000381

種族:人類


判定理由:

コアドライブの性質が極めて俗物的であるため、賢者の叡智を授かる資格は認められませんでした。


Your Sage Aptitude is 30%.

As this falls below the required threshold of 95%,

you have been judged unqualified.


Proper Name: Ars

Management Code: H0584-000381

Race: Human


Reason for Judgment:

The nature of your Core Drive is excessively worldly and vulgar.

You are therefore deemed unfit to receive the wisdom of the Sage.


* * *


 星切の柄に左手を乗せて、俺はその懐かしい腹の立つ文字を見ていた。

 俺は顔を上げ、案内人の方を向いた。


「教国のときと違うけど、これでいいのか? 初めて共和国でやったときと同じ内容だ。……誰が俗物的な魂だ」


「こいつは、先生のことが分かっていませんね! 僕が賢者になったら全部作り変えましょう!」


 俺の横で憤慨するユーリの黒髪を、ぽんぽん撫でて宥める。

 案内人がじっと審判の板を見ていた。


「……君の測定は、女神リゼット様が直々に行うはずだ。こんな啓示はありえない。勇者アルス、手を離し、もう一度行ってくれ」


「うん? やっぱり、リゼット様が勝手に俺を勇者扱いしていたのか。分かった。最初の表示に戻ってからやればいいよな」


 隣で俺の顔を見上げたユーリが、苦笑しつつ口を開いた。


「女神様が下された啓示を、勝手な扱いとは言いませんよ。それって先生が本物の勇者だってことじゃないですか」

「いいや、違う。俺は神官だ。ユーリは真の賢者だったわけだし、もうお前が勇者でいいだろ」


 ユーリと軽口をたたき合いながら少し待っていると、すぐに審判の板が初めの状態へ戻る。

 それを見て、俺はもう一度試してみたが、それでも結果は変わらない。


 変化のない審判の板の内容を見て、案内人が居住まいを正した。


「勇者アルス、しばし待て」

「あ、ああ」


 俺たちの様子がおかしいことに気づいたルナリアとフェリスが、こちらへ歩み寄ってきた。


「どうしたの?」

「……ん。何かあったのか」


 彼女たちへ答えようと俺が口を開きかけたところで、案内人が少し上ずった声を出した。


「……おかしい。リゼット様へ通信が届かない」

「ええと、通信ってなんだ?」


 審判の板を覗き込んでいたフェリスが、顔を上げた。

 水色の髪がさらりと肩から流れ、きらきらと光を零すように灯りを返す。


「……察するに、遠距離で会話する方法のことだろう。以前から、案内人は女神と会話している節があった。……共和国の少年兵の使っていた通話魔法、あれの強力なものではないか」


「おお、なるほど。……え? 大丈夫なのか。リゼット様に何かあったのか」


 案内人は誰もいない壁へ顔を向けた。

 俺もつられてそちらを見るが、そこには無機質な壁と、縦に走る真っ直ぐな継ぎ目しかない。


「分からない。他の迷宮の兄弟たちにも繋がらない」


 彼の見ている方向に、他の国の賢者の迷宮があるんだろうか。

 いや、それは今はどうでもいい。


 俺は心を落ち着けるために、ゆっくりと深呼吸をした。


 こういうときは慌ててはいけない。

 まず、状況を把握するためにひとつ聞いておくべきことがある。


「案内人。お前が、前回リゼット様と会話したのはいつだ」

「君が教国で賢者の迷宮を踏破し、旅立った直後だ」


 あの時は冬の只中だったな。


 今はもう春先を過ぎている。

 つまり、案内人は数ヶ月間、女神様と会話をしていない。


 俺はフェリスへ視線を向けた。


「俺は、あの世界樹に立ち昇っている光の柱のせいだと思う。どうだ」

「……断定は出来ない。だが、可能性は高い」


 案内人は目元を眼帯で覆っていて、呼吸をしている様子もない。

 そのせいで、普段は表情が分からないのだが、今は焦りのせいか、動作が大きく感情の揺れがよく分かった。


 彼からは、焦燥と不安が感じられた。


 それはそうだろう。

 正直言って俺も焦っている。


 だが、いくつかは答えてもらわなければ状況がわからない。


「案内人。焦っているだろうが、現状を理解するために必要な事だ。正確に答えてくれ。まず、教国の迷宮へは転送できなくなったのか?」


「その通りだ。迷宮間の転送は、行き先にいる兄弟との連携が必要なのだ。現在、私が行えるのは管理地域である王国内への転送のみである」


 俺は言葉を選びながら質問を続ける。


「それと……大事なことだ。俺はこの異変はジークのせいじゃないかと疑っている。だが、そもそもジークがリゼット様をどうこうできるものなのか?」


「御身は世界樹に縛られてはいるが、全知全能である。直接危害を加えることは不可能だ。また、賢者であれば命令を捻じ曲げる事は可能だが、ジークフリートはすでに賢者ではない」


 案内人の言葉を踏まえ、俺は思考を巡らせた。

 俺はあの光の柱が発生した後でも、夢で何度かリゼット様に会っているのだ。

 彼の発言と俺の夢から推察するに、リゼット様自身は無事だと思えた。


「お前の兄弟や、賢者の迷宮に対してはどうだ」


「ジークフリートが真っ当に迷宮を進み、最奥まで至れば武力での兄弟の排除は可能である。だが、迷宮そのものを外から消滅させることは出来ない。迷宮は入口以外は外部と断絶している」


 俺は、聞いた内容を元に考えを整理する。


 時期的なものも考慮すると、やはりジークが原因である可能性が一番高そうだ。

 そして、あいつがわざわざ賢者の迷宮を踏破するはずがない。

 今のあいつの目的は、世界樹で俺を殺す事だけだという妙な確信がある。

 だから、他の迷宮の案内人は無事だろう。


 なら、なぜ会話が出来ないのか。

 やはりそれは、今も世界樹を覆う青白い光のせいじゃないだろうか。


「案内人。今、外では青白い光が世界樹を覆い続けているんだ。これがジークの凄い魔法で、お前のその……通信? 通信を抵抗? 何と言えばいいかな」


 あやふやな俺の言葉を、ルナリアが補足してくれた。


「えと、アルスが言いたいのは、魔王が魔法で案内人さんの通信を妨害しているんじゃないかって事だよね。世界樹の光はその魔法光じゃないかってことかな」


 俺はルナリアの方へ顔を向けた。

 宝石のような赤い瞳で俺を見つめるルナリアが、にっこりと笑みを浮かべた。


 凄いなお前。


「どうだ、案内人。ありえるか?」

「極めて高出力の魔法を行使できれば可能だ。……なら、皆は無事なのだろうか」


 少し天井を見上げ、それから俺は案内人に顔を向けた。

 俺の立てた予想はつぎはぎだらけだ。

 それでも、俺は彼に向かって、にっと笑ってみせた。


「ああ。俺の予想する通りならきっと無事だ。心配はいらないさ」


 心配なら俺はそこへ行けばいいし、行くことができる。

 だが、彼はここから離れられないのではないかと思ったのだ。

 だから、少しでも安心させてやりたかった。


 それに、希望的観測だけというわけでもない。

 妙な話だが俺はジークを信頼している。


 あいつが虐殺を始めるのは、俺を殺した後だ。


 俺は首に手を添え、ぐっと回してほぐすと彼に伝えた。


「大丈夫。魔王を倒せば万事解決だ。任せておけ。勇者アルスが女神様を助けに行ってやるよ。王国内からでも、騎獣に乗れば、ひとっ飛びなんだろ?」


「……頼む。……世界樹になるべく近い位置に転送する。そこからなら、騎獣なら数日で着くはずだ」


 俺は、静かに話を聞いていたユーリに顔を向けた。


「そういう訳だ。俺たちは急いで世界樹へ行ってくる。ばたばたして悪いな、ユーリ」


「いえ。楽しかったです。ありがとうございました。世界樹の冒険が終わったら、今度は最初に王都に来てくださいよ」


 以前の別れの時は泣きじゃくるユーリを宥めるように、しゃがみ込んで抱き寄せていた。

 だが、俺は以前とは違い立ったままユーリへ笑いかけた。


「今日は泣かないんだな」

「僕はもう子どもではありません!」


 俺は口元に笑みを浮かべて彼に言った。


「そうだな。冒険の間も、さっき俺に説教していた時も、お前はずっと立派な戦士だった」


「や、やめてくださいよ。わざと泣かせようとしているでしょう。ルナリアさんもフェリスさんも、ありがとうございました」


 ルナリアが優しく微笑みかけながら口を開いた。


「じゃあまた今度ね、ユーリ君。訓練はさぼっちゃだめだよ! カタリナさんにもよろしくね」


 フェリスが、精悍な目元を細めて言った。


「……ん。……さっきのアルスへの喝はよかった。ユーリ、また共に冒険しよう。次は、パイオニアか」


 フェリスがユーリの名前を呼んだ。


 そのことに驚いたユーリがフェリスの方を向き、目元に涙を浮かべた。


「はい! うぅ……フェリスさんもわざとですよね……。今言うのはずるいですよ」

「……ん。元々、決めていた。泣かせてやろうと思ってな」


 少し涙ぐみ始めたユーリを見ないようにして、ルナリアへ尋ねた。


「ルナリア、茶葉は大丈夫だったよな」

「うん。今朝、一緒に飲んだじゃない。お茶の葉って燻ると美味しくなることもあるんだね」


 俺はルナリアからそれを受け取り、案内人に手渡した。


「結構美味かったから、待ってる間が暇ならそれでも飲んでろよ。イフリート茶だ。少しは気持ちが落ち着くだろ。今度、ユーリと一緒に来る時に別のやつを持ってくるよ」


「……ありがとう、勇者アルス」


 俺と案内人は視線を交わした。

 彼は表情を変えることはあまりないが、わずかに笑みを浮かべた気がした。


「よし。じゃあ案内人、飛ばしてくれ。あ、そうだ、ユーリ。俺たちが行ったら、一人になるからって遊んでないで、すぐにカタリナさんのところへ転送してもらえよ。心配してるだろうからな」


「うぅ……ぐすっ……ひっく。……で、ですから、僕は子どもじゃないです!」


 案内人は姿勢を正し、右腕を頭上へ真っ直ぐ伸ばす。

 彼の願いに呼応し、未知の力が収束していく。


 この力も、すべて宇宙の膜とやらから、生み出されているのだろうか。


 そういえば叡智の光景でリゼット様が言っていた。

 アズールが、皆の願いを叶える方法を考えていると。


 じゃあ、夜じゃないと見えないだけで、月はずっと空に浮かんでるんだな。

 星もそうなのかな。


 変なの。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried.

Transfer the party of Hero Ars to the designated destination.」


「Coordinate Shift: Hero Ars and Party / X:35.66 Y:139.89」


 淡い青白い光が足元から立ち昇り、俺たちを覆っていく。

 涙ぐんだユーリと、魔法を使う案内人の姿が青みがかって見えた。


 そして、意識とともにその景色が一瞬黒に染まる。


 次の瞬間には、俺たちは大山脈の峰のど真ん中に立っていた。


 先日見たばかりの高原の景色が、眼下に広がっていた。


 あれはスプートニク高原だ。

 じゃあ、あちらか。


 俺は逆方向へ顔を向けた。

 そちらには広大なソプクウ平原が広がっている。


 そして、その遥か先。

 地平線の向こう、未だ空を縦に引き裂いている光の柱。


 俺は星切の柄に左手を添え、その光の柱を見ていた。



# COORDINATE 0093 END

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