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[COORDINATE 0080] The Town of Leeds 1

# Monsters_on_the_Road_to_Leeds:


 巨大な猪が俺に向かって突進してきた。

 迫りくる魔物を、俺の前に立ったカタリナさんが騎士剣で両断する。

 後ろで束ねられた赤みがかった髪が、慣性に引かれてふわりと横へ流れた。


 彼女の纏う精悍な真紅の剣士服が、長い裾を靡かせ、剣士として動けるよう深く入ったスリットから、すらりと伸びる脚が僅かに覗いた。


「アルス殿、あまり前に出るな」

「はい。ありがとうございます。それにしても多いな……」


 俺は右手で握っていた星切を下げ、前方に視線を向けた。


 業火の剣を流れるように振るうルナリアが、大量の下級魔物を切り刻んでいる。

 ユーリはルナリアに付き従うように、彼女の周りで黄金の剣閃を走らせていた。

 ルナリアの殲滅を逃れた魔物が、こちらに向かおうとするのを、次々に屠って押し留めていた。


 俺の鼻腔を、甘い汗の匂いが掠めた。

 そちらに振り向くと、フェリスが長い水色の髪を後ろへ流しながら軽やかに着地していた。


「……街へ向かおうとしていた魔物はすべて倒してきた。……残りは、あいつらだけだ」

「分かった。支援魔法を更新するから、ユーリの援護をしてやってくれ」


 俺たちは今、ヘラス平原の端にあるリーズの街にほど近い街道で、魔物の大量発生に遭遇していた。

 近隣にある森林から下級魔物が溢れ出てきていたのだ。


 頷いたフェリスに、俺は左手をかざした。

 目を見開いたフェリスが何か言おうとしたが、すでに俺の支援魔法は展開されていた。

 身体を流れる甘い刺激を堪えるようにしてから、フェリスが口を開いた。


「……ま……まて……んぁっ……人がいるときに、いきなり魔法をかけるな……あんっ!」


 肩を震わせるフェリスの速度を引き上げた光が、淡く散るように消えていった。

 無言で瑠璃色の瞳を俺に向け、優しく俺の腹を叩いたあと、フェリスは地を蹴って戦いに加わった。


 フェリスの一撃は、子犬を撫でるような優しさだったが、支援魔法が乗っていたせいで、俺は悶絶してうずくまっていた。


 思わず回復魔法を自分へかけて痛みを散らした。


「い、痛え……」

「なぜ、ルナリア殿とフェリス殿だけ、あのような効果になるのだ」


 戦闘中にもかかわらず、普段通りのやり取りをする俺たちを少し呆れた目で見つつ、カタリナさんが言った。

 俺は憧れの女騎士の前で、格好悪いところは見せたくないので、なんとか立ち上がった。


「いてて……お、俺にも分からないんですよね。あまり、ルナリア以外とパーティーを組んだことがなかったので」


「ふむ。強化幅にも個人差があるようだ。……ああ、そういうことか? だとすれば、アルス殿は知らない方がよいな」


 どういうことだろうか。


 みんな、そういう誤魔化し方をする。


 カタリナさんは俺の疑問には答えず、口元にうすく笑みを浮かべただけだった。

 彼女は表情を正すと、俺と馬たちを守るように騎士剣を構え直した。


 ルナリアとフェリス、それにユーリが剣を振るう斬撃音と魔物の断末魔が続く。

 しばらくの間、戦闘音は続き、やがて周囲に静寂が訪れた。


 大量の魔物を殲滅しきった俺たちは、軽く身を清めてから街道を進み、リーズの街へ足を踏み入れた。


 門をくぐると、石畳の道に沿って立派な石造りの建物が並び、荷馬車や旅人たちが行き交っていた。

 通りの脇には露店が軒先を連ね、焼いた肉や香草の匂いが、冬の冷たい空気の中に漂う。

 遠くには小さな鐘楼と、貴族の館らしき尖塔を備えた建物が見えた。


 あの館に住む貴族が、この辺り一帯を治めている子爵であるらしかった。


 馬から降りたカタリナさんが、俺に告げた。


「アルス殿、私は先ほどの魔物の件も含め、領主殿に挨拶をしてくる。ここを統治しているベルンハルト卿には懇意にしていただいている。館へ泊まるよう勧められるやもしれないので、宿はまだ取らないでくれ」


 それから、カタリナさんはユーリに顔を向け、口を開いた。


「申し訳ありませんが、殿下は、アルス殿とお待ちください。殿下がいらっしゃると少し複雑になりますので」


「わかりました。お願いします。先生、ちょっと露店を見に行きましょうよ。僕、買い物ができるようになったんですよ!」


 俺は話をあまり聞いていなさそうなユーリの頭を撫でながら、カタリナさんに頷いて答えた。

 カタリナさんは苦笑を浮かべてから軍馬にまたがり、子爵邸へ向かった。

 それを見送ってから、俺は隣に立っていたルナリアに声をかけた。


「あれ? なんか、ベルンハルトって名前には少しだけ聞き覚えがあるな」


「きみは興味のないことはすぐ忘れるのに、気になることに関しては、本当によく覚えてるね。アルスが勲章を授与されたときに、声をかけてくれた子爵様だよ。ゲオルグ・ベルンハルト子爵。思い出した?」


 ルナリアにそう言われ、俺は思案するように腕を組んで視線を頭上に向けた。

 ふと、整えられた白い髭が印象的な、武人然とした老紳士の姿を思い出した。


「ああ! あのじいちゃん似の人か! いや、一度会っただけなのに、ルナリアこそよく覚えていたな」


「え? 当然だよ。わたしは、きみとの思い出はぜんぶ完璧に記憶しているもの」


 ユーリが、ルナリアの言葉を聞いて頷くようにしていた。


「さすがルナリアさんです。僕も見習わなくては。あ、そうだ。フェリスさん。僕、先生と露店に行きたいので馬車の番をしていてもらえませんか」


「……調子に乗るな、少年。一緒に行くのは私だ」


 カタリナさんは明言はしていなかったが、会話の流れはここで待っていてくれというものだった。

 それなのに、浮かれた俺たちは一時預かりの厩舎に馬と馬車を預け、露店街の方へ四人で向かった。


 みんなで店先を冷やかしたり、ユーリの買い物風景を眺めているうちに、気がつけば結構な時間が経っていた。

 厩舎で俺たちの行き先を聞き、露店街まで探しに来たカタリナさんは、はしゃいでいる俺たちを見てため息をついた。


 つかつかと革靴の足音を石畳に響かせながら、カタリナさんが俺たちのそばへ歩み寄った。彼女は呆れつつも、子爵の返答を教えてくれた。


 どうやら、ゲオルグ子爵は俺のことを覚えていたらしく、ぜひ館へ滞在してほしいと申し出てくれたそうだ。

 馬と馬車はのちほど使用人が移動させてくれるとのことなので、俺たちは館へ向かい始めた。



# Georg_Bernhardt:


 ベルンハルト邸へ向かう道中、俺だけがカタリナさんにくどくどと説教されていた。


「まったく。アルス殿が移動すれば、三人ともついて来るに決まっているだろう」

「いや、いつもはですね。ルナリアかフェリスのどちらかは残るんですよ」


 肩が触れるような距離を歩くルナリアが、申し訳なさそうに口を開いた。

 伏せるようにした目元を、長いまつげが半分隠していた。


「ご、ごめんなさい。ちょっと童心にかえったというか……。でも、きみが止めれば残ったよ!」


「……ん。少年ばかり、常に構われていてずるい」


 少し後ろを歩くフェリスが、珍しく表情に不満を滲ませていた。

 発している言葉の中身は、子どものようだ。


 ユーリは、カタリナさんの説教をさして気にした様子はない。

 こういうところは子どものままで、俺の手を引いて、あちこちに興味を示していた。


 前を歩くカタリナさんの、後ろで縛られて尻尾のように垂れた髪がゆらゆらと揺れていた。

 彼女は小さく息を吐いた様子を見せてから俺に言った。


「アルス殿は殿下に少し甘すぎだ。今晩は子爵様との会談で時間がないだろう。明日にでも少し話をする。いいな」


「はーい」


 明日も俺はカタリナさんに説教されるようだった。

 だが、彼女の切れ長の目に見つめられながら説教されるのは、嬉しいので気にならなかった。

 真紅の剣士服に浮かぶ尻の丸みを見ながら、俺はそんなことを考えていた。


 しばらく街の道を歩き、小高い丘の上に建つ立派な館の前についた。

 石造りの館は外壁も庭木も隅々まで手入れが行き届いており、小綺麗で落ち着いた佇まいをしていた。

 門や窓枠には歴史を感じる古びた意匠が残り、長くこの地を治めてきた子爵家の館なのだと感じた。


 威厳ある佇まいの門を前にしたカタリナさんが、こちらへ振り向いた。

 旅のあいだは少し優しさを覗かせていた彼女は、表情を正し、怜悧な騎士としての顔に戻った。


 カタリナさんがユーリへ視線を向け、口を開いた。


「ユリウス殿下。不敬ではありますが、建前として、殿下はアルス殿のパーティーメンバー、戦士見習いという扱いになります。館内では、私もそのように接します。よろしいでしょうか」


「もちろんです。子爵と僕の双方への配慮であることは理解しています。見習いなのは気に入りませんが」


 胸の前に手を当て、カタリナさんがユーリに礼を取る。

 それから、少し表情を和らげルナリアの方を見て続けた。


「ルナリア殿の家名の件だが、そちらには触れないように伝えた。自己紹介の際、家名を名乗らないでくれ。名乗られると、子爵としても触れざるを得ないのだ」


「なんのことか分かりませんが、分かりました。ありがとうございます」


 ルナリアの返事に笑みを返すと、カタリナさんは最後に、俺とフェリスに向き直って言った。


「子爵は武人ゆえ、私同様に獣族やエルフ族と剣を並べることもある。故に、他種族への偏見は少ない。だが、知らずに無礼を働くこともあるやもしれぬ。その際は、どうか容赦願いたい」


 俺は星切の柄に手を添えたまま、気軽に答えた。


「大丈夫ですよ。おじいちゃんに悪い人はいないんで」

「……私はアルスがいれば、なんでもいい」


 カタリナさんは、俺とフェリスの答えに少し不安そうな、曖昧な表情を浮かべた。

 だが、小さく息を吐くと、騎士らしい凛とした雰囲気に戻り、館の門を開けた。


 庭園を横切り、重厚な館の戸をくぐる。


 カタリナさんを先頭に足を踏み入れると、使用人が数人待機していた。

 彼らに案内され、通された応接室は華美ではないが手入れの行き届いた部屋で、木製のテーブルと革張りの椅子が並んでいた。


 俺とルナリア、カタリナさんが席につき、フェリスとユーリは起立していた。

 ユーリを立たせて自分が座ることに抵抗を示したカタリナさんだったが、ユーリに「僕は見習いでしょう?」とからかわれ、やむを得ず席についた。


 見習い扱いが、よほど嫌だったらしい。


 子どもか。

 子どもだった。


 ほどなくして扉が開き、整えられた白い髭が印象的な老紳士が姿を現した。

 背筋は真っ直ぐに伸び、穏やかな目元の奥には、武人らしい鋭さが静かに宿っていた。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださった。アルス殿」


 俺たちは席を立ち、ゲオルグ子爵に礼をして挨拶した。


「お久しぶりです。ゲオルグ子爵。その節は、声をかけていただきありがとうございました。今日は、僕のパーティーメンバーも一緒にお邪魔させていただいています。順に紹介しますね。ルナリア」


 ルナリアが金糸の髪を揺らしながら、真っ直ぐに頭を下げた。


「ルナリアです。お久しぶりです、子爵様」

「はい。お久しぶりです、ルナリア殿。相変わらずお美しい。アルス殿も鼻が高いことでしょう」


 ゲオルグ子爵は、やはりルナリアの心を掴むのが上手かった。

 俺を引き合いに出されたルナリアは、花が咲いたような、にこにこした笑顔を浮かべていた。


 俺は続けて、ルナリアの隣に立つフェリスへ視線を向けた。

 フェリスはいつもの静謐な雰囲気のまま、端的に言った。


「……フェリスだ。世話になる」

「フェリス殿、その立ちふるまいからして、さぞ素晴らしい戦士とお見受けします。アルス殿も、頼りにされていることでしょうな」


 フェリスの眉がぴくりと動いた。

 俺とルナリアくらいしか気づけないほどの笑みが、口元に浮かんでいた。


「……ん。それほどでもない」


 フェリスの無礼な口調にも動じない類の人だろう、とは思っていたが予想以上だった。ゲオルグ子爵は、凄いおじいちゃんだな。

 年の功だろうか。


 俺は多少不安になりながら、最後にユーリへ視線を向け、挨拶するよう促した。

 カタリナさんの隣に立っていたユーリが、ぴょこんと姿勢を正し、心底楽しそうに言った。


「ユーリです! 子爵、ご無沙汰ですね!」


 慌てた様子で、カタリナさんがユーリの耳元に口を寄せた。


(殿下、ゲオルグ子爵か、子爵様です。爵位だけを呼び捨てにしてはいけません。あと、ご無沙汰ではなく、はじめましてです。殿下は駆け出しの見習い戦士です)


 それを頷きながら聞いたユーリが、元気に声を上げた。


「失礼しました。はじめまして! 戦士のユーリです!」


 ユーリは、見習いの部分は無視した。


 ゲオルグ子爵は顎髭をさすりながら、微笑ましそうにユーリの様子を見て、口を開いた。


「これはどうもご丁寧に、ユーリ殿。元気がよく、利発そうな戦士ですな。……おや? 本当に強くなられましたか。殿下……あ、いや、ユーリ殿。明日にでもひとつ手合わせしましょうか」


「ぜひお願いします! ふふふ、僕は結構強くなりましたよ。負けませんからね」


 ユーリが柔らかな黒髪を揺らしながら答えた。

 それを見届けて、カタリナさんが胸に拳を当て、軽く頭を下げた。


「ベルンハルト卿、本日はお招きいただき感謝する」


 カタリナさんの挨拶に頷いて答えたゲオルグ子爵に促され、俺たちは腰を下ろした。


「あまり客人の多い屋敷ではなくてね。席が足りず申し訳ない」


 立ったままのフェリスとユーリが、それぞれ答えた。


「……私は、気にしない」

「戦士なので大丈夫です!」


 ゲオルグ子爵は俺に顔を向け、好々爺のようだった表情を正して口を開いた。


「では、改めて。私はゲオルグ・ベルンハルト。陛下よりこの地を預かる子爵です。カタリナ殿によれば、この街に迫っていた魔物を討伐してくださったとか。まずは、アルス殿、並びにパーティーメンバーの皆様に礼を言わせていただきたい」


「いえ、冒険者は助け合うものなので、気にしないでください」


 俺の答えを聞いて、ゲオルグ子爵は少し嬉しそうな表情を浮かべた。


「そうですか。アルス殿は相変わらず冒険者としては珍しい丁寧な方だ。昔の友を思い出します。授与式以降も、アルス殿たちの活躍は聞き及んでいます。魔族をも打ち倒したとか」


「倒したのはルナリアとフェリスですよ。俺は後ろで支援していただけで、何もしていません」


 それまで、にこにこ笑顔を浮かべていたルナリアが、少し不満げにして赤い瞳を俺に向けた。

 それ以上にご立腹のフェリスが、場の空気を無視して俺の頭をはたいた。


「……それをやめろと言っているだろう。……なんだ? どれだけお前が凄いか、毎晩耳元で囁き続けてやろうか」


「いえ、ごめんなさい。あと、それはやめてください」


 俺たちのやり取りを眺めていたゲオルグ子爵が、少し相好を崩し、可笑しそうに笑った。


「はっはっは。アルス殿は大物になりそうだ。ユーリ殿、彼についていくのは大変だぞ。頑張りたまえ」


「任せてください。先生は勇者ですからね、もとより大変なのは覚悟しています!」


 なぜ、俺が勇者になっているんだ。


 ルナリアが勇者なのが俺とお前の共通見解だったじゃないか。

 というところまで考えて、そういえば魔王戦や賢者の迷宮でのやり取りを、すべて話したことを思い出した。


 俺がリゼット様や魔王に、勇者呼ばわりされていることは黙っておけばよかった……。


 ユーリの話を聞いたゲオルグ子爵の表情に、強い興味が浮かんだ。


「ほう、アルス殿は勇者なのですか。これまた面白そうな話だ。この席では、アルス殿の武勇を聞こうと思っていたのだが。それは夕食のときに取っておくとして、その話を聞いてもよろしいですかな」


 俺は視線で、少し浮かれすぎているユーリに釘を刺した。

 ユーリは自分が口を滑らせたことを理解してしょんぼりしていた。


 まあ、別にいいか。

 俺は決して子どもに甘いわけではないぞ。


 興味深そうな表情を浮かべたゲオルグ子爵に、俺はひとまず魔王と邂逅したときの話をすることにした。

 叡智で知った内容はもちろん、賢者の迷宮についての話も控えておくべきだろう。


 大森林へ向かった理由は勇者候補の件に絡めて誤魔化した。


 落ち着いた老紳士だと思っていたゲオルグ子爵は、思いのほか、少年の心を持ったままだったようで、大森林の話からすでに相当ぐいぐい来ており、気がつけば、魔王の話に入る前に、子爵は次の予定へ向かわなければならない時間になっていた。


「むう。こんなことなら、すべての予定をずらしておくべきだった。アルス殿、多少は街に滞在できますかな」


「俺……僕も子爵と話をするのは楽しいので、少しくらいなら大丈夫です。事情があって、あまり長くはいられませんが」


 子爵は使用人を呼び、何事かを伝えると口を開いた。


「では、数日でも構いませんので、ぜひ我が屋敷にご滞在ください。いま、部屋へ案内させましょう」


 俺たちは、リーズの街にあるベルンハルト邸に数日間滞在することとなった。

 ユーリが俺と同室を希望したが、それはカタリナさんに却下されていた。



# COORDINATE 0080 END

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