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[COORDINATE 0050] The Defense of Valerion

# Lunaria_and_Ferris’s_Souls_Nature:


俺は軽い目眩と重心の変化に戸惑い、少しふらついた。

立っている場所が急に変わったからだろうか。

額に手を当てて落ち着こうとする。

両脚に手をついて血の巡りを意識し、込み上げてくる吐き気を堪えた。


「瞬間移動ってこういう感じか……。うえっ、ちょっと気持ち悪くなるな」


「そうだね。変な感じだった。ぐいんってしたよ」

「……ん。引っ張られるようだった。……しかし、移動可能な範囲が広すぎる。……瞬間移動とはまた違うな」


同意してくれてはいるが、二人はそれほど気にした素振りを見せていない。

吐き気を堪える俺を気遣う余裕すらあった。


俺はルナリアに背をさすられながら、周りの様子を見ていたフェリスへ視線を向けた。

柔らかな太陽の光が、フェリスの真っ直ぐな水色の髪を照らしていた。


今は昼頃か。


そんなことを考えていると、フェリスの長い耳がぴくりと動いた。


「……? ……! アルス、戦闘だ」


フェリスが俺にそう告げた直後、空気を揺るがすような轟音が霊園の裏手、崖の向こうにある平原から鳴り響いた。

続けて、閃光が昼の明るい霊園をまばゆく照らした。


ヴァレリオンの街の中心地からは、その轟音に反応するかのように、大勢の怒鳴り声が伝わってきた。

俺は気持ちを切り替え、ひとまず姿勢を正して深呼吸をする。


ここからは街の中心地が一望できるはずだ。そう思って街の方を見やった。

大勢の人が中央通りを本庁の方へ移動しているのが見えた。

国軍が誘導しているのが確認できる。あれは……避難誘導か。


――じゃあ、あっちの轟音は。


俺たちは、先ほどの音の発生源を確認するべく霊園の裏手へ駆け出す。

その間も、魔法の爆発音と戦闘の怒号が聞こえてきた。


この霊園は少し高台にあるから、端まで行けば平原で何が起きているかわかるはずだ。

俺たちは白く塗装された鉄柵を乗り越え、見渡しの良い崖際までたどり着いた。


首都ヴァレリオンの外壁、その少し先の平原には二体の魔物がいた。

その強大な魔物を、百を超える兵士が取り囲んでいた。

魔物が振るう巨大な爪と、人類では不可能な規模の魔法が、その兵士たちを圧倒していた。


大空では、長大な青黒い魔物が飛翔している。

兵士たちの上空を、魔法の息吹を放ちながら旋回していた。


隊列を組んだ兵士たちの正面には、地面を揺るがしながら歩く、焦げたような茶色の魔物がいた。

後衛を守るように動く国軍前線の兵士たちへ、巨大な腕と爪を振り下ろしている。


どちらも鈍く光る鱗に覆われ、瞳は赤黒く、高い知性を宿しているように見えた。

背には鱗が突き出し、鋭い棘がずらりと並んでいた。

戦闘の合間に咆哮を上げる口からは、巨大な牙が覗く。


首は長く、鋭く前へ尖った頭部を持ち、ごつごつとした硬質な鱗に覆われた胴は太い。

尾には鋭利な鱗が逆立っており、それ自体が生命を刈り取る武器だ。


青黒い飛行型の魔物は、その巨体に負けず劣らずの翼を持っている。

大地を踏み鳴らす、焦げ茶の魔物の四肢は太く、異常な膂力を感じさせた。


ときおり、兵士の剣や魔法が地上の魔物へ届く。

しかし、すべての攻撃は魔物の鱗の防御を突破できていない。


飛翔している方の魔物が、巨大な翼を広げながら空へ向かって響くような咆哮を上げた。その叫びは、戦場から離れた俺たちの周囲の空気までびりびりと震わせた。


俺は思わず言葉をこぼす。

「おいおい。ドラゴンが二体かよ……」


国軍が隊列を素早く組み替えていく。


焦げ茶のドラゴンの重い攻撃を、前線の兵士があえて誘ったようだった。

その中にいた十人あまりの兵士が武器を掲げる。

魔法の結界が展開され、ドラゴンの一撃を受け止めた。


国軍の魔法使いが展開した結界は、竜のその一撃で破壊された。

だがそれは作戦だったのだろう。

腕を振り切って無防備な隙を晒したドラゴンへ、反撃を命じる指揮官の重厚でよく通る声が響いた。


「遠距離系魔法部隊、掃射準備! ……一斉掃射!」


聞こえてくるのは途切れ途切れだが……間違いない。クロードさんだ。

後方で控えていた数十人の魔法使いが、未知の力を引き寄せる。

彼らの願いによって発生した炎と雷の魔法が、槍となり刃となって一斉にドラゴンへ襲いかかった。


焦げ茶のドラゴンは嘲笑うかのように、赤黒い瞳で魔法の豪雨を捉えたまま防御も回避もしない。


旋回しながら様子を伺っていた、青黒いドラゴンが巨大なあぎとを開いて咆哮を上げた。それは、人類では到達不可能な速度で魔力の奔流を引き起こした。


その魔力は、飛翔するドラゴンから地上のドラゴンへ向かって収束した。

青白く光る球体の膜が、地上のドラゴンを包んでいく。


轟音とともに、雨のように降り注ぐ人類の魔法は、そのすべてが球体の膜に弾かれていく。竜の防御魔法は強靭で、魔法を防ぎきってなお青白く輝いていた。


最大火力を無効化され、浮足立った国軍へ向かって、地上のドラゴンが大きくあぎとを開いた。


竜の口腔へ未知の力が収束していく。

収束した光り輝く魔力を、竜は高温の息吹へと変換した。


青白く燃える炎の息吹が兵士たちを、ことごとく焼き尽くさんと迫る。


隊列の中央にいた、ひときわ豪奢な軍装に身を包んだ将が、茶褐色の髪を揺らしながら綺羅びやかな盾を掲げた。


凛とした鋭い声が、戦場の轟音も距離をものともせず、はっきりとここまで聞こえてきた。平原に響き渡るその声は、聞き覚えのある女性の声だった。


「我が名は、ヴィクトリア・セルナ! 信念と正義のもと、正道を歩む者。勇猛なる戦女神よ! 顕現せよ、厄災を阻む不可侵の盾!」


神秘的な光を放つ巨大な魔法の盾が、軍勢すべてを覆うように顕現した。

白く透き通ったその盾が、吹き荒れる竜の息吹を跳ね除けていく。


魔法の盾によって散らされた竜の息吹が、周囲に暴風を巻き起こした。



――俺はその光景を見て、崖を駆け下りた。


雑草や木々が鬱蒼と生い茂る崖を、一目散に駆け下りる。

ここ最近の訓練のおかげか、足場が悪いにもかかわらず、俺の脚は思う通りに動いてくれていた。


セルナ統領が前線にいる。

後がない防衛戦の可能性が高い。


戦場からは、爆発音と鋼の音が響き続けている。

戦況は互角に見えたが、実際はかなりの劣勢だと俺は感じていた。


どちらの竜も大魔法を発動していない。

魔物特有の遊びで、かろうじて戦闘の形を保てているだけだ。


ルナリアとフェリスが、走る俺の側へ軽やかに飛び降りてきた。


ぴったりと並走している彼女たちへ伝える。

「二人とも、このまま支援魔法をかける。近づいてくれ」


俺に視線だけを向けてフェリスが言った。

木漏れ日が、彼女の透き通るような水色の髪に落ちては流れていく。


「……なら、まず私に速度上昇をかけてくれ。……先行する」

「…相手はドラゴンだ。上位種ともなれば、魔族にも比肩する力を持つと聞いた。一人で先行するのは危険だ」


フェリスは目元を細め、やわらかな微笑を浮かべた。

「……お前は、誰も死なせたくないんだろう? ……なら、私かルナリア、どちらかが先行するべきだ」


確かにフェリスが先行するのが一番いい。

ルナリアには、俺を抱えて戦場まで跳んでもらわないといけない。


……だが。


「相手はドラゴンだ。フェリス一人では危険すぎる。俺は、お前たちに一番怪我をしてほしくない」

「……ふふ。まあ、心配するな。今の私なら大丈夫だ」


俺は走りながら、フェリスの方へ顔を向けた。

俺を捉えていたフェリスの瑠璃色の瞳と、視線が交差する。

彼女の静謐な瞳には、美しい星がはっきりと宿っていた。


フェリスの言葉を信じようと俺は思った。


「……わかった。絶対、無理はしないでくれ」


俺は左手をフェリスにかざし、速度上昇属性の支援魔法を付与した。


「……あっ、ぁぁん! ちょっと……んぁ! ……信頼してくれたのは嬉しい。だが、突然やるな」

「本当に、大丈夫なんだな?」


[ System : Ferris Reason_Gauge -10 ]


フェリスは少し上気した顔を前へ向けた。

そして、外套にしまっていた真っ直ぐな髪へ両手を差し込み、するっと外へ流す。

きらきらと輝く水色の髪が、後ろへ流れた。


俺の方をちらりと見て告げた。


「……ああ。しっかりと私を見ていろ」


それだけ言うと、強く地面を踏み込んだ。

加速したフェリスは風を斬るように走り抜けていく。


「ルナリア」

「うん」


俺は速度を殺すため、近くの木に手を伸ばして掴んだ。さらに軸足を強く踏み込んで立ち止まる。

ルナリアは体幹の制御だけで停止し、ふわりと俺の前へ回り込んだ。

濃紺の布に覆われた胸元が、慣性に引かれてぶるんっと揺れた。


そのまま彼女は、左腕だけで俺を優しく抱き上げた。

俺の胸板の下あたりに、彼女のFカップの膨らみが、むにゅりと形を変えながら密着した。


ルナリアから感じる体温と甘い匂いで、俺はなんとか平静を保とうとする。


くそ、跳ぶのは怖い。

本当は高いところは嫌だ。

いや、大丈夫、俺は大丈夫だ。


空高く飛び上がるのにも少しは慣れてきた。

根源的な恐怖は消えないが、ルナリアに密着していれば、なんとか涙を堪えられると思っていた。


俺は、ルナリアの跳躍による移動に備えて心の準備をしていた。

しかし彼女の口にした言葉は、予想だにしないものだった。


「飛ぶから、しっかり掴まっててね」


……は?


ルナリアは左腕で俺を抱きかかえたまま、右手で流れるような動作でアストライアの剣を鞘から引き抜いた。

器用なものだなあ、と俺は少し現実逃避気味のことを考えていた。


ルナリアは銀の剣を頭上へ掲げる。

太陽に照らされて、彼女の神器の刃がきらりと光を反射した。


――ルナリアは、それはもう躊躇なく詠唱した。


「わたしはルナリア・アストライア! わたしはアルスの剣! 我が心身は所有者たるアルスの為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を竜と化せ!」


未知の力がアストライアの剣を介してルナリアへ流れ込む。

彼女は鮮やかな赤光を放った。

炎の赤ではない。眩く光る赤は、立ち上る魔力によってわずかに風を起こし、彼女のウェーブがかった金糸の髪をふわりと持ち上げた。


……え? ……今の恥ずかしい言葉はなに?


「えへへ。ちょっと恥ずかしいけど、これは詠唱だから仕方ないの! アルス、しっかり掴まっててね!」


俺は強烈に嫌な予感がした。


ルナリアは、とんっと軽く跳躍し、――空を飛んだ。


比喩ではない。


彼女は初めて行使する魔法を確かめるように、ゆっくりと上昇していく。

周囲の木々より高い位置くらいまで飛翔し、中空で完全に静止した。


やがて、彼女は高度を保ったまま、徐々に加速して前方へ飛翔し始めた。


高いところが怖いとか、ルナリアの恥ずかしい詠唱とかは頭のどこかへ吹き飛んでしまった。


……ルナリアが空を飛べるようになってしまった。


飛翔の速度はそれほど速くないにもかかわらず、先行していたフェリスに追いついた。空を飛んでいるのだから当然だ。


高度はまだそれほどではないから、フェリスの顔に驚いた表情が浮かんだのが見えた。


そりゃそうだよな、と俺は思った。


俺はやけっぱちになっていたので、ルナリアに抱きかかえられた情けない格好のままフェリスに手を振ってみた。

そんな俺たちをみて、フェリスは薄い唇ににやりとした笑みを浮かべた。


フェリスの目元は平素通り涼やかなまま、瞳には強い熱が宿っていた。


「……ん。……飛行魔法か。さすがルナリアだ。だが、このままだと、私の見せ場がなくなる」


地上を駆ける彼女の声が聞こえた。

少しずつ遠ざかるフェリスは、大地を踏み込んで前方へ大きく跳躍した。

彼女の強烈な踏み込みは大地を円形に陥没させた。


身体を捻るように飛び上がり、深緑のニーハイに覆われた脚の線を陽光に晒す。

きらきらと陽光を反射する瑠璃色の瞳で俺を捉えたまま、彼女は中空でくるりと横回転した。


遠心力で、彼女の浅緑のミニワンピースが大きく翻る。

白い太もものその上まで見えそうになり、俺の視線が引き寄せられた。ぎりぎり見えないところで、ワンピースの裾はめくれ上がるのをやめた。

悪戯めいた視線を俺に向けたまま、フェリスがシルフの短剣を頭上へ掲げた。


――俺をからかうように脚を見せたフェリスが詠唱した。


「……私はフェリス! 私はアルスの翼! 私は彼のすべてを赦し肯定する為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を風の妖精と化せ!」


フェリスからも、凄まじく恥ずかしい詠唱が聞こえてきた。

即座に、彼女の周囲に鮮やかな緑の風が舞う。


それと同時に彼女はその場から掻き消えた。

俺たちの進行方向から、旋風が巻き起こるような鋭い風の音が聞こえた。


そちらへ俺は顔を向けた。


フェリスがそこにいた。


彼女は再び大地を蹴って跳躍した。


再び、彼女の周囲に魔法の風が舞い、鋭い風の音とともに距離を無視するように国軍の方へ出現した。


……フェリスが瞬間移動できるようになってしまった。



# The_Dragon_Slaying_Maidens:


俺は、恐怖と恥ずかしい詠唱でかき乱された思考を落ち着かせるように深呼吸した。

秋晴れの心地よい空気とともに、ルナリアの金糸の髪から甘い匂いが漂ってくる。


彼女の髪が風になびいて、きらきらと輝いている。

飛行魔法で空を進んでいると思えないほど、髪が流れる様は穏やかだった。

俺に当たる風も、これまでの激しい跳躍に比べればずっと柔らかい。


魔法が風を抑えてくれているのだろうか。

よし。思考が戻ってきたな。


「ルナリア、俺に遠慮しないでいいから、高度を上げろ。まず、リュックを探す」

「リュック君ね。わかった」


ルナリアは俺を抱く腕に少し力を入れて、しっかりと抱きしめたあと、ぐんと高度を上げた。

彼女は上空で静止しながら視線を配る。

俺には豆粒にしか見えなかったが、ルナリアが驚異的な視力でリュックを見つけた。


「いたよ! セルナ統領のそばにいるね」

「同じところにいるのか。好都合だ。よし、そこへ向かってくれ。……っ。……ぐっ」


空へ飛び上がるより、下降するほうが恐ろしいことを俺は初めて知った。


飛行魔法の移動速度は圧倒的で、ルナリアは一瞬で目的地へ達した。

砂煙を立てて着地する。


ルナリアは俺を丁寧に地面へおろした。


俺は溢れていた涙を拭いながら、周囲を確認する。

フェリスは、すでに地上のドラゴンと戦闘を開始していた。


飛翔している青黒のドラゴンが、こちらの様子を窺いながら、旋回範囲を徐々に狭めていた。


……攻撃に移ろうとしているな。


宝石のような赤い瞳で俺を見つめ続けるルナリアに、魔法攻撃力向上の支援魔法を展開しつつ指示を出した。

「ルナリア、俺は怪我人を治す。その間、上空のドラゴンを牽制してくれ」

「あぁん! んぁ……っ。んぅぅ……。……ま、任せて! フェリスちゃんだけじゃなくてわたしも見ててね!」


ルナリアは戦場に似つかわしくない、にこりとした笑顔を浮かべると、銀の剣を右下へ下ろした。

燃え盛る紅蓮の炎が、アストライアの剣を覆い始めた。


そして、ルナリアが空高く跳躍した。

中空で激しく赤い光を放ち、先ほどまでとは比べものにならない速度で上空のドラゴンへ飛翔した。


やはり、俺に遠慮していたのか。


その光景を見て、兵士たちの一部から歓声が上がった。

先日の魔族戦にいた兵士たちだろう。彼らはルナリアの戦闘に魅せられていたからな。


凄まじい速度で青黒いドラゴンへ肉薄したルナリアが、業火の剣を上段へ構えた。

振り下ろされたアストライアの剣がドラゴンへ迫る。

ドラゴンは咆哮を上げ、魔法の結界を張った。

激しい閃光とともに、ルナリアの業火の剣がその結界を叩き割る。


それを見たドラゴンは、その一瞬で距離を取り、ルナリアへ魔法の息吹を放った。

ルナリアはさらに加速し、その攻撃を回避した。


俺はルナリアが戦闘を開始したのを確認した後、周囲を見渡した。

突然の俺たちの乱入に騒然としていた周囲を制するように、セルナ統領が前へ進み出た。


彼女は不要な言葉をすべて省き、必要な情報だけを俺に伝えてくれた。


「アルス。クロードの報告では、ドラゴンはこの二体のみ。さらに三体の上位魔物が首都へ迫ってきている」

「わかりました。ルナリアとフェリスが時間を稼いでいる間に重症者を治癒します。集めてください」


セルナ統領は、俺の発言にわずかに目を見開いた。だが、すぐに平素の毅然とした表情を取り戻した。


「……そうか。よし、任せろ勇者殿」

「まだ候補ですよ」


彼女は俺の軽口に、ほんの少しだけ笑みを浮かべると、すぐに戦場全域へ響き渡る号令を発した。

「これより勇者殿が奇跡を行使する! 重症者を本陣中央へ集めよ!この戦場で起こる奇跡の他言を禁ずる! これを違える愚か者は、私がすべて断罪する!」


彼女の号令により、国軍がにわかに騒然となった。

初めは俺を好奇の目で見る者もいたが、すぐに統率の取れた行動へ移った。

ここにいる兵士たちは、それぞれが一流の軍人なのだろう。


俺は軍が動き出すのを確認し、様子を伺っている少年兵へ声をかけた。

「リュック! こっちに来てくれ! 動けないやつの情報を集めたい」


俺に呼ばれたリュックが走ってきた。

さすがに、セルナ統領との会話に割って入ることはしなかったようだ。


くすんだ灰色の髪を揺らしながら近づいてきたリュックに伝える。

「アルス様、登場の仕方が格好良すぎでしょう。わかりました。クロード閣下に魔法を繋いでいます」


リュックの肩へ手を置いてすぐにクロードさんに向かって話しかけた。


< クロード閣下、アルスです! 動けない重症者がいたら教えて下さい。回復魔法を使います >

< アルス殿。 ……やはり君だったか。わかった。すぐに対応する >


クロードさんの重厚な声が戦場に響き渡った。

さらにセルナ統領の号令により、各所から兵士たちが重症者を運んできた。


俺は彼らを危険域から脱するところまで癒やし、すぐにリュックから届く、移動不可能な重症者のもとへ走り出した。


ドラゴンと戦闘を続けるフェリスが、視界の端をよぎった。


* * *


私は、自分の水色の髪を風が流すのを感じながら、自分の詠唱のことを考えていた。


薄々感じてはいたが、私の魂の性質とやらは随分と強烈だったな。

自分のことながらおかしくなって、戦闘中にもかかわらず思わず笑みが漏れた。

ルナリアとは、一晩ゆっくり飲み明かさなければ。


眼前では、強大な竜が凄まじい速度で腕を振り下ろしてきている。

焦げたような黒ずんだ茶色の鱗に覆われた腕の先には、鈍く光る巨大な爪が生えていた。


私は身体を捻るように飛び上がり、その一撃を回避した。

利き手である右手にシルフの短剣を、左手には紫の短剣を、逆手で握る。


中空で、私は腕を引き絞る。

竜が振り抜いた腕へ向かって、その力を解き放つ。

回転する二つの刃が、緑と紫の軌跡を描いて竜の腕を切り裂いた。

赤い鮮血がほとばしった。


焦げ茶の竜が、強い憎悪を込めた目で私を睨んだ。


「……そうだ。私を憎め。殺し合いに、遠慮などいらん」


竜が私へ向けて大きくあぎとを開いた。

魔力が収束していく。

次の瞬間、吐き出された息吹が広範囲を焼き払いながら、中空の私を呑み込まんと迫った。


私は風を纏い、竜の逆側へ瞬間移動した。

短剣を順手に返し、背を晒した竜へ斬りかかる。

交差する剣閃が、十字を描いた。


私はそのまま、振り抜いた双手の短剣を逆手に戻し、右を薙ぐ。

軸足を強く踏みしめ、反転して左を振り抜いた。


「グオアアアアア!!!」


迸る鮮血とともに、竜が悲鳴を上げた。


風の魔法で巻き起こる旋風が、私のワンピースの裾を持ち上げた。


アルス以外にも大人数がいるからな。

あまり肌を晒したくないが。まあ、ある程度は仕方ない。


私は地を踏みしめ飛び上がった。

双手を順手にし、二本合わせて振り上げる。

縦に回転しながら刃を立てる。二筋の剣閃が竜の角を切り飛ばした。


凄まじい万能感が身体中に駆け巡っていた。


私は直感していた。

この急激な戦闘能力の向上は、魔法とは関係ない。


与えられた魔法は、妖精化。

一定時間、瞬間移動が可能になる魔法だけだ。


ちらりと、遠方で走り回っているアルスに目を向けた。

この戦場の中でもあいつのいるところは、すぐに分かった。


あいつはそこかしこで淡い柔らかな光を発しながら移動していた。

ふふ。回復魔法は、ばれないようにしていたのではなかったのか。


竜が轟音を立てながら跳躍して右腕を振りかぶった。

その質量と巨体で、私の逃げ道を塞ぐつもりだろうか。


私は風の妖精となり、そのすべてを無効化して上空へ移動した。


引き絞った腕を解き放ち、回転するように竜の頭部へ斬りかかる。

そのまま独楽のように回り続け、頭部から尾の先までを斬り刻んだ。


竜は絶叫を上げて仰け反った。


賢者の迷宮で、アルスを胸元に抱きしめた時。

いや、それ以前から少しずつ届きかけていたのだろう。

あれは最後の一押しに過ぎなかったのだと思う。


――私は、彼の隣に立つものとして覚醒したのだと自覚していた。


* * *


俺は、一箇所に集められた重症者の治癒をひとまず終えた。

その後はリュックとともに、身体を動かすのが危険、あるいは不可能な怪我人のもとへ駆け回っていた。


ルナリアとフェリスは、それぞれ一人で完全にドラゴンを抑えていた。


青黒いドラゴンはかなり強固な防御結界を用いているようだった。

ルナリアは燃え盛る銀の剣で、その結界を一太刀ごとに叩き割っていた。

国軍の魔法を全て塞ぎきった魔法を、だ。


相性的には、ルナリアにとって最悪の相手だ。

それでも、地力の差だけで互角に渡り合っていた。


フェリスの方は圧倒的だった。

相性がいいのだろうか。


……いや、待て。フェリスは強くなりすぎてないか?

相手は魔物の中でも、頂点に位置する竜種だ。それも、見るからに近接特化型だぞ。

以前のフェリスでは荷が重かったはずだ。


地上の焦げ茶のドラゴンが、その巨体からは想像もつかない高さまで跳び上がり、右手を振り上げた。

フェリスはそれを魔法で回避し、鋭く回転しながらそのドラゴンを切り刻んでいく。


フェリスが飛び上がって追撃を入れようとした。


――その瞬間、青白い膜が焦げ茶のドラゴンを覆った。


攻撃を弾かれて体勢を崩したフェリスへ、尾の一撃が迫る。

彼女は中空で身を捻り、辛うじて回避した。


上空の青黒いドラゴンが、結界魔法を展開したのだ。

俺は上空を見上げた。あちらを先にどうにかしなければならない。


ルナリアは燃え盛る紅蓮の剣を鋭く振るい、防御結界を容易く切り裂いている。

だが、剣がその身まで届いていない。


――おかしい。


ルナリアの剣技はあんなものではないはずだ。

いや、俺にあいつの剣閃なんか見えないが、いつもはもっと美しくて縦横無尽だ。


「おかしい。ルナリアは本調子じゃないのか?」

「ルナリアの、あの飛行魔法は賢者の迷宮で手にしたのか?」


声のした方へ振り向くと、セルナ統領が俺へ視線を向けていた。


「はい。そうです。最奥で叡智とともに授かりました」

「……そうか。元から飛べたわけではないんだな。ならば、そのせいだ。気剣体一致。地を踏み込めなければ、剣は振るえない。それでも、初めて空を飛びながら竜と互角に渡り合う彼女の才気は異常だ。だが、本来の力は出せていないのだろう」


俺は自分の拙い剣の訓練を思い出した。

そういうことか。


俺は、赤い軌跡を描きながら飛翔し、紅蓮の炎を巻き起こすルナリアを見た。

なら、ドラゴンを地面に落としてやる。


「リュック、魔法準備をしておいてくれ」

「はい。アルス様。繋ぐのはルナリア様でいいですね?」


俺は頷き、ローディングを開始した。


――キンッ!!


周囲の雑音が遠ざかっていく。


[ System : Universal_Truth_Load ...10% ...20% ...30% ]


俺は、自分の神器を初めて手にした、あの瞬間に気づいたことがあった。

神器は、魔法の力が辿る道筋を補助するためのものに過ぎない。


その力は俺がすでに知っているものだった。

ローディングが手を伸ばす先にあるもの。


――真理だ。


俺の身体を、神威を感じさせる柔らかな光が包み始めた。

天から降り注ぐそれが俺を祝福する。


荘厳な讃美歌が徐々に聞こえてきた。


[ System : Universal_Truth_Load ...40% ...50% ...60% ]


俺は神器がなくても、始めからそこへ手が届いていた。

だが、一度神器を手にしたことで、俺の魂と真理を繋ぐ道筋が鮮明に理解できた。


俺が手にしたのは魔法ではない。


――奇跡だ。


[ System : Universal_Truth_Load ...70% ...80% ...90% ]

[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]


「リュック繋げ」

「はい!」


俺はルナリアへ向けて通話を飛ばした。


< ルナリア。三秒後、俺がドラゴンの防御結界を消し飛ばす。叩き落とせ >

< 任せて! >


[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 ]


俺は両腕を、飛翔する青黒いドラゴンへ向けた。

両手のひらを開き、視界の中央で捉える。


ルナリアは任せてと言った。


だから俺は、彼女の剣が届く世界を三秒後に作り出す。

それだけでいい。


三……。


ルナリアが青黒いドラゴンの魔法の息吹を、その燃え盛る銀の剣で斬り裂く。


二……。


ルナリアが上段へアストライアの剣を振り上げた。


一……。


青黒いドラゴンが、迫りくる死の刃に抵抗するために青白い結界を展開した。


「――神性結界!」


星空の遥か上から、すっと神の光が落ちた。

それは奔流ではない。静かな、真っ白な一本の柱だった。


――はじめに光ありき。


青黒い竜を包んでいた魔法結界が、砕けることすらなく薄れていく。

まるで、神の真似事をする愚か者を裁くように、その力は光の内側で押し流される。


――俺のルナリアが、紅蓮の炎の剣を振り下ろした。


戦場を震わせる轟音とともに、ルナリアの剣が青黒い竜へ叩き込まれる。


凄まじい衝撃で、青黒いドラゴンは身を捩らせながら墜ちていく。

次の瞬間、青黒い巨体が地響きを立てて地面に叩きつけられた。


ルナリアが流星のように、そこへ突撃していく。


青黒いドラゴンは、自分の結界と、飛行による安全地帯の両方を失った。

竜はこの後に及んで、ようやくルナリアが自分を殺す存在だと理解した。


青黒いドラゴンが人類には理解できない言語を紡ぎ出した。


「I, a nameless sovereign of the azure heavens, manifest the absolute calamity that annihilates the lowly wretches crawling upon the earth.」


< ルナリア! 大魔法がくる! 回避を―― >

< 安心してアルス。こんな魔法、わたしには届かないよ。きみの剣の格好いい所、ちゃんと見ててね >


遥か上空にいるルナリアが、優しく目元を細めたのが確かに見えた。


「Absolute Calamity That Shatters the Heavens !!」


天空を焼き焦がすような圧倒的な熱線が、ドラゴンのあぎとから放たれた。

ルナリアへ真っ直ぐに、吐き出された灼熱の奔流が迫った。


ルナリアは、紅蓮の剣を両手でしっかりと握り左へ引き絞った。

突進の勢いを乗せて、風を斬り裂くように横へ回転し、力を解放する。


鋭く水平に走った燃え盛る剣閃が、ドラゴンの大魔法を二つに裂く。

彼女は、裂けていく大魔法の狭間を突き抜け、ドラゴンの眼前へ降り立った。


力強く大地を踏みしめ、業火を纏う銀の剣を上段へ構えた。


彼女の赤い瞳は、炎を反射してまるで宝石のようだった。

美しい金糸の髪が熱波に煽られて、陽光を反射しながら揺れる。


汗でべったりと張り付いた濃紺の布が、豊かな胸元の輪郭をそのまま浮かび上がらせている。


ルナリアが紅蓮の炎を宿したアストライアの剣を、一直線に振り下ろす。

強く地を踏み込んだその一撃は、俺が幾度となく見てきたルナリアの流麗な剣技そのものだった。

灼熱の炎の剣が青黒いドラゴンを真っ二つに断ち切り、そのまま大地を真っ直ぐに抉った。


青黒いドラゴンは、断末魔すらあげることもできず地に伏した。



――残った焦げ茶のドラゴンが咆哮を上げた。


己の上位種が両断され、焦ったのだろう。

大魔法を紡ごうと、人間には理解できない言葉を口にした。


「I, a nameless seeker of...」


だがその隙だらけの詠唱は、当然ながら途中で止まる。

眼前に風の妖精が、疾風となって出現したからだ。


鮮やかな青い外套を翻し、深緑のニーハイに覆われた脚を、竜の眉間へ振り下ろした。鈍く硬質な、なにかが砕ける音がした。


フェリスはその踏みつけた反動を利用して跳び上がった。

天地を逆さにするように脚を天へ向ける。

重力に引かれ、浅緑のワンピースがひらりと落ち始めた。


フェリスはいつもより早く、その双手の短剣を振り抜いた。

二筋の剣閃がドラゴンの首筋を深く斬り裂き、焦げ茶の首が大地へ落ちた。


巨大なドラゴンの頭部が地面に落ち、平原を揺るがすような轟音が響いた。



ワンピースの裾から太ももが覗くより早く、フェリスは体を捻って着地した。

ルナリアが、俺のいる方へてこてこと歩いてくるのが見えた。


――二人は赤と瑠璃の瞳を俺へ向け、可愛い女の子らしい笑顔を見せた。



二体の強大な竜は討たれた。

それを理解した皆から、戦場に割れんばかりの歓声が上がった。


遅れて現れた三体の上位魔物も、勇者の登場に勢いづいた国軍によって次々と討ち取られていく。


こうして、俺たちは首都ヴァレリオンを救った英雄となった。



# COORDINATE 0050 END

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