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[COORDINATE 0043] Dinner with Chancellor Selna

[COORDINATE 0043] Dinner with Chancellor Selna


# Rinaldo’s_Feelings:


俺は並べられた料理に手をつけながら、店内を見渡した。


街の一等地にあるにもかかわらず、広い庭園が宿と街を隔てていて、外の喧騒がほとんど聞こえてこない。

しかもここは最上階の五階だ。

四方向に設けられた窓の向こうには、静かな星空と、少し離れた位置にそびえる本庁の無骨な輪郭だけが見えていた。


俺たちの席以外に客がいないせいで、仕切りのない薄暗い空間は異様に広く感じられる。

中央の長いカウンターの向こうには、見たこともない形の容器がずらりと並んでいた。

書かれている文字を見るに、あれはすべて酒なのだろうか。共和国の酒場は、酒そのものもずいぶん多様らしい。


突如決まった統領との会談だ。

警備を二人でやれと言われたベルナールさんの苦肉の策なのだろう。

確かにここなら、人払いさえしてしまえば、あとは唯一の入口を固めるだけで済む。


有能な人なんだなあと俺は思いながら、壁際で警備に立つベルナールさんを見た。

もう一人の護衛は、通路の先か階段のあたりを固めているのだろうか。


ベルナールさんの顔色は、気のせいでなく悪い。

それでも姿勢には一欠片の歪みもない。


俺はかなり同情していたので、街を去る前に何かいい酒でも贈ろうかと本気で考え始めていた。


少し欠けたアズールを眺めながら、俺は隣のルナリアへ声をかけた。


「なあ、ルナリア。俺たち必要だったか?」


相変わらず俺と同じ料理をもきゅもきゅと食べていたルナリアは、頬をわずかに膨らませたまま咀嚼し、きちんと飲み込んでから答えた。


「フェリスちゃんって寂しがり屋だから、一人は嫌だったんじゃない?」


フェリスは寂しがり屋なのか。知らなかったなと思いながら、俺は料理に手をつけた。

とても美味しい。味わいながら、向かい合って座るフェリスとセルナ統領へ目を向ける。


「なぜ連絡をしなかった、義姉さん。探したのだぞ」

「……ん。いや、その、すまない」


珍しいな。

本当に珍しい。フェリスが押されている。


俺は隣のルナリアへそっと耳打ちした。

彼女はくすぐったそうにしながら、俺の口元へ手を伸ばした。

口元についたソースを布で拭いながら答えた。


「おお、フェリスが押されてるぞ。初めて見るかもしれん」

「本当だ。珍しいねえ。いつもわたしたちのお姉ちゃんみたいなのに」


セルナ統領は、この後も仕事をするつもりなのだろう。

酒は飲まず、茶に口をつけていた。

「リナルドが亡くなった後、自暴自棄になってしまったのは理解した。気持ちはわかる。私も方向は違ったが、同じようなものだ。しかし、十年だぞ。私の名前くらい、どこかで聞こえてきただろう」


少し申し訳なさそうに眉尻を下げたフェリスは、酒を口にしながら答えた。

「……統領の名前は聞いていたが……まさか、お前だとは思わなかった。……いや、これは仕方ないだろう。婚約者を殺されたからといって、革命を起こしているとは思わない」


料理へ手をつけてから、セルナ統領は続けた。

「む。確かに、想像しづらいかもしれんな」

「……リナルドの仇を討ちたかったのか? あいつの名誉を回復してくれたのも、お前なんだろう? ……ありがとう」


セルナ統領はフェリスへ視線を向けて答えた。

「いや、礼はいらない。彼は私の男だ。それに、革命を起こした理由はそれだけじゃない。もちろん、皇帝を八つ裂きにしてやりたかったのもある。だが、なにより私は腹が立ったのだ。リナルドにな」

「……あいつに? 自分より同族を選んだからか? ……あ、いや、すまない。失言だ」


フェリスは途中で言葉を止めた。


最後まで聞いたセルナ統領は、目元を鋭くしてフェリスを見た。だが、すぐに表情を戻し、ふっと微笑んだ。

少し昔を思い出すように、セルナ統領は杯を置いて続けた。


「そんな乙女のような理由なら、まだ可愛げもあるだろうが、そうではない。皇帝の出した、あんな条件が守られるはずがない。同族を救いたいなら、彼は障害を排除すべきだった、そう思ったんだ」


言葉は苛烈なのに、そこには怒りだけではない痛みがあった。


「頭に血がのぼっていた私は、勝手に先に逝ってしまった彼に見せつけてやろうと思った。彼と、その同族を虐げてきた国を潰す。だから革命を起こした」

「……そうか。お前は凄い。……閉じこもっていた自分が恥ずかしい」


いや、そうだろうか。

いくらなんでも、極端すぎるのではないだろうか。

俺はそう思ったが、もちろん口には出さない。


少し目線を落としたフェリスを気遣ったのか、セルナ統領は杯の縁をなぞりながら言った。

それにしても、この透明の杯はなんなんだろうか。

中の酒の茶色が透けて見えている。

俺は料理をつつく手を止めて、酒を飲み始めた。


セルナ統領がフェリスに薄く笑みを向けた。

「……だが、最近はリナルドのやりたかったことが理解できてきた気がしている。やはり彼は凄かったんだ。甘かったのは私かもしれないと思っている。大事なのは国を潰すことではなかったようだ」

「……私には、お前の行いは素晴らしいと思うが」


窓の向こうを見やったセルナ統領は続けた。

「マアトの件があっただろう。国の名前を変えても、法律を変えても、住んでいる人間は変わらない。大事なのは、人々の意識を変えることだ。彼はそれが分かっていたんだろうな」

「……あいつは、根っこが夢想家だったからな」


フェリスも懐かしそうに、欠けた月へ目を向けた。

そんなフェリスを見ながら、セルナ統領は口元に哀しげな笑みを浮かべて言った。


「だから、リナルドが同族を救いたくて戦争へ参加したのも、最近はわかる気がする。彼はそれをしたかったんだろう。帝国が足を引っ張らなければ、それが可能な力もあった」

「……私は、今でもお前を選んで、好きな道を行くべきだったと思っている」


リナルドさんは凄い人だったんだな、と俺は本当に思った。

彼と出会えていたら楽しかっただろうな、と考えつつ酒をあおる。


なんだろう、この茶色の酒。めちゃくちゃ美味い。

それでいて、喉がかっと熱くなる。

その熱はすぐに腹の底へ落ちて、じわりと全身へ広がっていった。


俺は知らず知らずのうちに、かなり酔いが回っていた。


二人の会話が少し途切れたので、俺はフェリスの話を聞いてからずっと思っていたことを口にした。


「俺は思うんだけど、リナルドさんは同族のために戦争へ行ったんじゃないと思う。……思います」

「……お前、酒が弱いな。まあいい。気持ち悪いから変な敬語を使うな。話しやすい口調で話せ」


俺はぽわぽわした頭で、これまで考えていたことを話し出した。


「やっぱり、結婚するなら、男としては奥さんには幸せになってほしいじゃないか。祝福される結婚式にしたかったんじゃないか? 人族とエルフ族の結婚を、祝福されるものにしたかったんだ」


俺は話すうちに、きっとそうだと自分でも思い始め、続けた。


「顔もわからない同族のために、自分を捨てられるとは思えない。だから俺は、リナルドさんは、言ってみれば自分のために同族を救いたかったんじゃないかと、そう思うんだ」


俺は本心から言っていた。

伝えたいことを伝え、うんうんと頷いていた。


なぜかルナリアが、椅子ごと俺へ身を寄せてきた。

密着したルナリアの体温と、石鹸の香りが酔った俺の鼻腔を刺激する。

薄い濃紺のバトルドレス越しに、腕へ柔らかさがじかに伝わってきた。


規格外の双丘が少しだけ俺の二の腕に触れ、自然と視線が彼女の胸元へ向いた。

金糸のウェーブがかった髪が、薄暗い照明の中で胸元の上にふわふわと揺れている。

俺はそのまま酒に口をつけた。


言いたいことだけ口にして、ルナリアの胸を凝視している俺を見て、セルナ統領は呆れたように言った。


「リナルドと似た背格好だとは思っていたが、中身は全然違うな。おい、話をしている時は人の目を見ろ。女の胸を凝視しているんじゃない」

「あ、はい。すいません、つい」


やがてセルナ統領が眉根を上げて口を開く。


「いいか、アルス。彼はそんな器量の狭い男ではない。優しく、気高い男だった。本気で、顔も知らない同族を救うつもりだっただろう」

「すいません。自分を基準にして考えました」


そこでようやく、茶色の酒が凄い勢いで俺を酔わせていることに気がついた。

駄目だ。頭がふわふわする。


セルナ統領は、酔いに耐えようとする俺を見て、口元にかすかな苦笑を浮かべた。


「誠意のある勘違いだ。許す。しかし、ひどく独善的な考え方をするやつだな。面白くはあるが。義姉さんはこういう男が好みなんだな」

「……ん。可愛いだろう。出会った頃はリナルドに似た雰囲気だと思っていたが、根幹は全然違う。あいつよりよっぽどいい男だ。やらんぞ」


フェリスはそう言って、酒杯を傾けながら、ほんのわずかに俺へ流し目を寄こした。

瑠璃色の瞳が薄い照明の中でもはっきりと俺を捉えているのが分かった。

水色の真っ直ぐな髪が、さらりと肩からこぼれ落ちる。


フェリスのそんな様子を見ながら、セルナ統領は茶を口にして答えた。


「ふん。リナルドの方がいい男だ。いらん」


セルナ統領は茶を置き、フェリスへ視線を向けた。

安心したような薄い笑みを浮かべた後、今度は俺を見る。


「まあ、彼以外の男に興味などない。私のやることは、あいつの理想を私のやり方で実現するだけだ。おい、アルス」

「はい。なんでしょうか、閣下」


俺の雑な返答に顔をしかめたセルナ統領を見て、俺は酔いを軽減するべく自分に回復魔法をかけた。

淡い光が俺を包み、一瞬で酔いが軽減される。

だが、全部は回復させなかった。もったいないからだ。


あ、やってしまった。

その場にいる全員が唖然として俺を見ていた。


「えーと、はい。酔いは軽減しましたので、続きをどうぞ。セルナ統領」


眉間に指を当て、眉根を寄せたセルナ統領が言う。

「今のは魔法だな? ……はぁ。義姉さん、こいつ馬鹿なのか?」

「……違う。賢い。たまに可愛いだけだ」



# A_Republic_Without_a_Future:


少し怒ったセルナ統領に、俺は説教されていた。


「いいか、お前たち、いや、お前がなにかしら異常な奇跡を行使しているであろうことは分かっている」

「はい。あ、いえ、そんなことはないですよ」


鋭い目で俺を捉えたまま、彼女は続けた。

「クロードは、かつてのリナルドに重ねてお前を見ている。あいつは後悔があるんだ。だからお前のことを庇っていた。私はあいつを尊重し、お前の奇跡のことは詮索しないことにした。なのにお前がぶち壊してどうする」

「はい。すいません。違うんです。酒が悪いんです」


珍しく、ルナリアもフェリスも庇ってくれない。


フェリスは呆れた表情で俺を見ていた。


ルナリアは何か別のことを考えながら、茶色の酒を見ていた。

こいつ、二人きりのときにこの酒を俺に飲ませる気だな。


眉間に手を置いたまま、大きく息を吐いたセルナ統領が続けた。

「はあ。まあ、ちょうどいい。普通に頼むつもりだったが、取引にしてやる。アルス、諸々は黙っていてやる。詮索もしない。その代わり、私の依頼を受けろ。――おい、ベルナール。大丈夫だな?」

「はっ。閣下。人払いは万全であります」


取引と言っているが、共和国の指導者の依頼を断れるわけがない。

つまり、黙っていてくれると言っているだけだ。


俺はセルナ統領の温情に感謝して、背筋を伸ばして答えた。

「依頼ですか? ええ、構いません。賢者の迷宮へ行く前に対応した方がいいですか?」

「いや、依頼は賢者の迷宮内での探索だ。神器製作に関する情報を探ってくれ。発見してもしなくても報告しろ」


俺は意味がわからず、聞き返した。

「神器製作、ですか? 神器って造れるんですか?」


言ってから、質問に質問で返したので怒られるかもしれないと思ってセルナ統領を見た。

しかしそれは杞憂で、彼女は思案するように目元を細め、少し下を見た後、視線を俺へ戻した。

その動きに合わせて、肩の上で切り揃えられた茶褐色の髪が揺れた。


「造れる。だが、現在の共和国では製作できない。我が国は長い時間をかけて神器の数を減らし、いずれは他国に呑み込まれるだろう。魔法がなければ戦争には勝てない。魔法に代わる兵器も開発しているが、分が悪い」

「え? あの、そんな話を俺にしていいんですか」


セルナ統領は薄く笑みを浮かべて答えた。

「ふん。同族より結婚式の方が大事なやつが、くだらない戦争なんぞに関わらんだろ。お前は王国の貴族制度と神器についてどの程度知っている?」

「神器が、王国貴族の証し……ですよね。武功を立てたり、大きな功績を挙げた者に、爵位とともに下賜されると聞いています」


そう答えてから俺は気がついた。

そうか、与えるばかりだと数が減っていく。

使用者が魔物に負けて行方不明になることだってあるはずだ。


つまり王家は神器を手に入れる手段があるっていうことか?


俺の様子を見て、セルナ統領が続けた。

「気がついたか。そうだ。皇家の資料によると、王家や皇家、あるいは教国の教皇。太古から続く指導者たちは、戴冠と同時に女神からひとつ魔法を授かるらしい」

「なるほど。それが神器製作ですか?」


セルナ統領は、表情のあまり変わらない彼女にしては珍しく、薄い笑みを浮かべた。

「なんだ、賢いじゃないか。お前は酒をやめろ。そうだ。神器製作魔法の行使条件は二つ。血族が産まれた場合、もしくは偉大な貢献をした者が現れた場合」

「合理的ですね。国家も安泰だ」


楽しそうにセルナ統領は続けた。

「気に食わない帝国を私は打倒したがな。皇帝は処刑した。一族も放逐され、結果として製作魔法が途絶えてしまった。事実に気がついたのは共和国誕生後、半年経ってからだったのだ」

「それで、賢者の迷宮で何か別の方法を探れということですか」


少し月へ顔を向けて、考える素振りをしたセルナ統領が口にした。

「お前、戦士なんかやめて私の部下になれ。依頼は撤回しよう」

「嫌ですよ。僕は冒険者をやめません。依頼はわかりました。見つかるかはわかりませんが、調査自体は任せてください」


それほど気にした様子もなく、セルナ統領は木杯を手に取った。

茶で喉を潤してから、彼女は続けた。


「そうか。では依頼の方は頼む。共和国の賢者の迷宮はダイアナ渓谷の壁面にある。警備などはいない。何故なら、常人のたどり着ける場所ではないからだ」


――ダイアナ渓谷にある迷宮


それを聞いた俺とルナリアは顔を見合わせた。

彼女の宝石のような赤い瞳がきらきら輝いていた。


「おい、ルナリア。それってあそこの洞穴じゃないか?」

「そうだね。さすがアルスだね。教えてもらう前に見つけてたんだ! 凄い!」


セルナ統領が俺たちの様子を見て言った。


「ほう。知っているのか。ならば話は早いな」


迷宮に至るまでの困難さをセルナ統領が説明してくれた。


「渓谷は人が降りられるものではないし、谷底の森の上には上位魔物も多数飛行している。渓谷の端から、浅い場所を探し、そこから谷底を進んでいかなければならない。しかし森は深いし、魔族もいると予想される」


そう言って彼女は俺を見た。


「はっきり言って到達は不可能だ。私は国軍を派遣することすら検討していない。アルス、勇者なら行けるのか?」


セルナ統領は少し挑発的な笑みを浮かべた。

それは侮りではなく、物語を求めるような期待を帯びた挑発だった。


「まだ候補ですけどね」

俺はセルナ統領の挑発に軽口で答えながら、具体的な方法を検討していた。


あの時見た渓谷の洞窟か。

あんな森をじっくり攻略していく必要はないかもしれない。


俺はルナリアとフェリスへ問う。

「お前ら、あそこを飛び降りられるか?」


俺とセルナ統領のやり取りを楽しげに見ていたフェリスは、酒を飲みながら答えた。

「……ん? ああ、アルスの祝福があれば、私は一人なら下まで飛び降りられる」


ベルナールさんから茶色の酒を購入していたルナリアは、平然と答えた。

「わたしは、アルスを抱えてても簡単だよ」


その答えを聞いた瞬間、頭の中で作戦が一本に繋がった。


「なら、俺に作戦がある」



# COORDINATE 0043 END

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