[COORDINATE 0041] Arrival in Valerion
# My_Fine_Reinsmanship:
月夜の話をした翌日。
空は雲ひとつない快晴で、朝の光は驚くほど澄んでいた。
窓から見るマアト山には、朝の霞がかかっている。
山の朝は少しひんやりとしていたが、陽射しが心地よく温めてくれていて、今日も気持ちのいい旅日和になりそうだった。
二人はすでに出立の準備を終えていて、外を見ている俺を待っていた。
俺は壁に立てかけていた星切を手に取り、帯に差す。振り返って彼女たちに言った。
「よし、じゃあいこうか」
「うん。今日もいい天気だね」
「……ん」
受付で出立する旨を伝えていると、支配人が挨拶に来てくれた。
俺は料理がとても美味しかったこと、お風呂もとても気持ちよく、大満足だったことを伝えて礼を言った。
支配人さんは少し嬉しそうに頷き、深々と頭を下げてくれた。
そして俺にそっと耳打ちする。
(奥様方のお使いいただいた部屋着ですが、お買い上げになりますか? お安くしておきますよ)
(え、じゃあ買います)
支配人さんは俺ににやりと笑うと従業員に指示し、手早く彼女たちの着ていた部屋着を綺麗な布に包んで渡してくれた。
おお、よし。今度、宿での部屋着にこっそりこれを使わせよう。
ちなみに全然安くはなかった。
商人は怖い。
街の外れにある厩舎へ戻るため、俺たちは温泉街の通りをのんびり歩いた。
早朝の温泉街は出歩く人が少ない。
それでも宿々から立ち上る湯気は絶えず、朝日に照らされてやわらかく光っていた。
ルナリアは、少しだけ出ている屋台の匂いに釣られて俺にひと声かけた。
「えへへ。ちょっと買ってくる。すぐ戻るね」
そう言って駆けていく彼女の金糸の髪は、陽光を受けてきらきらと輝いていた。
走るたび、規格外のふくらみが濃紺のバトルドレスを押し上げ、弾むように揺れている。
ルナリアを待っていると、昨日の客引きの幼女が元気に仕事をしているのが目に入った。
こんな早朝に宿を探す人はいないんじゃないかと思ったが、どうやら彼女は帰る客に土産を売りつけているようだった。
幼女は俺に気がついたのか、元気よく手を振ってくる。
俺も手を振り返し、少し微笑んだ。
だが彼女は、すぐに別の客へ愛想よく声をかけに行ってしまった。
土産を買ってくれそうな客には見えなかったのかもしれない。そんなことはないのだが。
「楽しかったな。王国への帰りにまた来ようよ」
「……そうだな。……いや、まだパーティーに加入したわけではない」
フェリスはそう言うと、釣られてしまった自分が恥ずかしいのか、そっぽを向いた。
透き通るような水色の髪が朝の光の下でさらりと揺れ、白い頬や整った目元がよく見える。
もう出立するからだろう。フードは被っていなかった。
よかった。平常どおりだな。
それから少し買い物をはさみつつ、厩舎で愛馬を迎えて、俺たちは温泉街を出立した。
今回の御者当番は俺だ。
最近、俺の手綱さばきもだいぶ板についてきた気がする。
二頭ともしっかりとした足取りで俺の言うことをよく聞いていた。
隣にはルナリアが座っている。
彼女は俺の横で機嫌よく景色を眺めたり、膝の上で地図を広げたりしていた。
毛先がウェーブがかったセミロングの髪は、風に吹かれてなびいていた。
赤い瞳を楽しそうに細めるその横顔は、朝の光の中では戦場での強さが信じられないくらい、旅を満喫している年頃の少女そのものだった。
昨夜の話もあったので、俺は荷台にいるフェリスへ確認しておく。
「ここから首都まで、どれくらいかかるんだ?」
「……ん。もうそう遠くはない。……焦らずとも、あの商人の使いをしながらでも大丈夫だ」
荷台から穏やかなフェリスの声が返ってくる。
振り向くと、フェリスは荷の間に作った空間へ腰を下ろし、遠ざかっていくマアト山を見ていた。
透き通るような真っ直ぐの水色の髪は外套の中に収められていて、昨日のようにうなじは見えなかった。
その返答を聞き、俺は手綱を片手で握ったまま、この先の予定を考えていた。
そのせいで、手綱を握る力が少し緩んでしまう。
しかし、ブルーとブラウンは歩調を乱さず、整然と前へ進んでいた。
あれ? と不思議に思い、俺はさらに力を抜いてみる。
それでも愛馬たちの毅然とした歩みは変わらなかった。
俺はちらりとルナリアを見る。
視線に気づいた彼女は俺の方を向き、こてんと小首をかしげて優しい笑みを向けてきた。
これは俺の御者の腕とは関係ないな。
ルナリアが御者台にいるから、二頭とも毅然と歩いているだけだ。
もうそんなに近いのか。もう少しガストンさんの依頼をこなしておきたいな。
そう思って、隣のルナリアに尋ねた。
「ルナリア、途中で寄れそうな街は何個くらいある? あといくつか、商会の依頼をこなしておきたい」
「ちょっと待ってね」
ルナリアは地図を膝の上で広げる。
白く細い指先で街道をたどりながら、彼女は真面目な顔になった。
「商会支部のある街は、道中で寄れそうな所だと二つかな」
「もうそんなに近いのか。じゃあ、そろそろ首都へ到着だな。長かったような、早かったような」
ルナリアが暖かな陽光を浴びながら言った。
「楽しかったね」
俺は馬の進む先を見ながら、そうだなと答えた。
ルナリアはそう言って、ふと思い出したように横に置いていた荷物を探る。
「あ、二人ともお饅頭食べる? 屋台で買っておいたんだよね」
「おお、いいね。温泉の饅頭だから温泉饅頭だな」
「ふふ。確かにそうだね。はい、どうぞ。フェリスちゃんも食べるでしょ?」
「……ん。もらおう」
ルナリアは俺の口元へ饅頭を差し出してから、荷台のフェリスに手渡していた。
――俺たちの馬車は、のんびりと街道を進んだ。
いくつかの街を経由しつつ、商会支部のある場所にも予定通り立ち寄る。
どちらの街にも、武装請負業の依頼で滞っている案件があった。
ただ、俺たちも予定が押していたので、それぞれの街で一番難易度の高い依頼をひとつずつ受注した。
最初の街の依頼は、上級魔物の討伐だった。
俺はもちろん、他の二人にも魔族戦での反省点があったらしい。
だからこそ、基本を思い出すように戦った。
油断せず、フェリスの罠で動きを縛り、俺が支援をかけ、ルナリアが攻撃する。
なかなか手ごわかったのだが、丁寧に戦闘を行ったおかげで連携は崩れず、問題なく討伐を完了した。
ふたつめの街の依頼は、第二級迷宮の攻略だった。
達成すればルナリアにとっては初めての迷宮踏破である。
迷宮攻略中、フェリスがいつも以上に饒舌になるのを見て、ルナリアはにこにこしていた。
主までの道中は、二人だった昔とは違い、フェリスの索敵と罠解除があれば簡単なものだった。
そして、たどり着いた第二級迷宮の主はルナリアが瞬殺した。
――そうして、とうとう俺たちは首都ヴァレリオンへ到着した。
# Reunion_with_the_Young_Soldier:
ヴァレリオン共和国は、工業と交易で成り立つ商業国家だ。
街の外縁からして広く、道も太い。行き交う荷車の数は多く、その多くが商会の紋章を掲げていた。
俺はまず、外縁の一時預かりの厩舎へ馬車を預けに行く。
主要街道から外れた、厩舎へ向かう小道ですら、雑多な店が軒を連ねていた。
街へ来た外部の人間に向けて、路上でものを売る子供たちがそこかしこにいた。
物売りの子供たちは、多種多様な種族が入り混じっていた。
子供は何族だなんだは関係ないようで、俺は少し嬉しくなる。
だが、買うかどうかとは話が別だ。
一人からものを買えば、もみくちゃにされるのは目に見えている。
俺は毅然とした顔のまま通りを抜けた。
中央の主要街道へ出る。
まずは宿屋を探さなければならないからだ。
ルナリアが俺の隣を歩き、フェリスは俺たちの後ろから付いてきていた。
主要街道は圧巻だった。
通りには露店だけでなく、大きな商館や倉庫まで立ち並び、人の流れは絶えない。
どうやって道を横断するのだろうか。
そう思って見ていると、みんな馬車の間を縫うようにして渡っていた。
共和国に来てから、すっかり見慣れた製鉄所の煙突が遠くに目に入った。
「製鉄所は離れた場所にあるんだな」
「これだけ人の流れが多いと、鍛冶場と一緒に別の場所に集まってあるのかな?」
ルナリアの胸元が濃紺のバトルドレスの胸元は、歩くたびにぷるんと揺れていた。
俺は周囲を見ながら進む。
道路沿いには延々と露店が並んでいるが、大通りの脇にある建物はほとんどが大きな商館のものだった。
看板のない建物は、その商館の倉庫だろう。
「なるほど。人通りの多いここには、交易に関係した商館が並んでいるんだな」
「あ、あれガストン商会の看板じゃないかな? 挨拶していく?」
俺はちょうどいいので商会へ行き、名前を告げて、おすすめの宿屋を聞くことにした。
ここまでの道中の出来事でガストン商会では俺たちの名前が通っており、従業員さんは丁寧に教えてくれた。
首都ヴァレリオンは、さすがに法典が行き届いていて、最高級宿でもなければ人族限定ということはないらしい。
俺はいくつか教えてもらった中から、それなりに高い宿を選んだ。
馬車を移動させて、部屋で荷物を降ろす。
広い小綺麗な部屋の壁には時計があった。
時間という考え方は、女神リゼットがこの世界を作った時に、魔法とともに人類へもたらされたという伝承がある。
伝承が本当かどうかは知らない。ただ、その影響で時計の製作は教国にしか許されていない。
時計を見て、まだ昼前なのを確認した。
「まだ昼前か。食事前に本庁へ行くとするか」
「……ん。そうだな。ルナリア、我慢できるか?」
「もう、フェリスちゃんまで、わたしを食いしん坊みたいに言うのはやめてよ」
口を尖らせるルナリアに、フェリスが薄く笑いながら謝っていた。
宿を出た俺たちは、警らの人へ事情を伝えた。
はきはきとした軍人らしい男が、遠くに見える大きな真四角の建物を指さす。
「共和国本庁は、あちらに見える建物になります」
「ありがとうございます。……お、おお。でかいですね」
街のどこからでも目立つので迷うことはないでしょうと、警らの人は誇らしそうに言った。
巨大な真四角の建物は全体が灰色で、継ぎ目がまるで見えない。
見たことのない建物だった。石造りのように見えるが、違うんだろうか。
正直、見た目は格好いいとは言えない。ただ、妙な威圧感があった。機能だけで築かれたような無骨さが、かえって共和国らしい。
案内してくれた警らの人の言うとおりだった。
そもそも主要道路そのものが、あの建物を中心に伸びているように見える。
四角い建物へ向かう道中、一度も小道へ入ることはなく、主要道路を進むだけですぐにそこへたどり着いた。
俺たちは巨大で重厚な戸を開けて中に入った。
「たのもー!」
すぐ後ろでルナリアがくすくす笑っていた。
中へ入ると、王都の冒険者ギルド本部をもっと実務的にしたような内装だった。
華やかさはない。だが、そのぶん人の動きがきびきびしていて、書類や連絡のための場所としてはずっと整って見える。
何より人が多かった。
案内板を見て、俺たちは武装請負業関連の受付窓口へ向かう。
整然と整理されたカウンターで、手際よく業務をこなしている女性へ声をかけた。
「すみません。俺はアルスと言います。国軍のクロードさんから、到着したらこちらで報告するように言われて来ました」
「アルス様でいらっしゃいますね。恐れ入りますが、どちらのクロード様でしょうか」
ああ、そうか。
クロードさんは何人もいるよな。ええと、なんだったか。
「……クロード・ダントン閣下。先日のノワール砦奪還に関する件だ」
後ろからフェリスが静かに補足してくれた。
受付の女性は分厚い書類をめくり、書面に目を通す。
そして、わずかに眉根を寄せた後、俺たちへしばらく待つよう告げてきた。
俺たちはカウンター前で、三人で軽く話しながら待つことにした。
しばらくすると、奥で受付の人とやり取りしていた背広姿の年配の男性がこちらへやってくる。
「アルス様、お待たせして申し訳ございません。国軍より、丁重にご案内するよう申し付かっております。先ほど国軍へも連絡を入れておりますので、このまま少々お待ちいただけますでしょうか」
「大丈夫ですよ。まだ食事をしていないんですが、少し席を外してもいいですか?」
「もちろんです。でしたら、本庁の食堂はいかがでしょうか。ご自由にご利用いただけます」
俺たちは案内された食堂で食事を取りながら、しばらく待つことにした。
食事を終え、見たことのない色の茶を飲んでいると、入口の方から見覚えのある少年兵が慌ただしく駆け寄ってくる。
「お久しぶりです! アルス様! お待ちしてました!」
くすんだ灰色の髪を揺らしながらその少年兵は元気よく敬礼してくる。
リュックだった。
あの時とは軍装が変わっていて、肩の飾りが少し豪華になっている。階級か何かが上がったのだろう。
「おお、リュックじゃないか。元気だったか?」
「はい! ルナリア様もフェリス様もお元気そうでなによりです」
ルナリアは笑って手を振り、フェリスも小さく頷いた。
リュックは嬉しそうに言葉を続けた。
「クロード閣下も現在首都に滞在していらっしゃいますので、後でお伝えしておきますね。是非、食事でもしましょう!」
「いいね。というか、その格好を見ると出世したんだな。おめでとう。あの時は頑張ったもんな」
「ありがとうございます。皆さんのお陰ですよ」
「しかし、わざわざ会いに来てくれるなんて、出世して暇になったのか?」
俺の軽口に、リュックは少しむっとしたような顔になった。
「違いますよ! めちゃくちゃ忙しい合間を縫って来たんです! というのも、クロード閣下より厳命が降りてるんですよ。勇者候補審査に関しては、あの時の部隊の誰かが補佐せよとのことです」
「そうなのか。皆忙しいだろうにありがたいな。なんでなんだろう?」
俺に促されて着席したリュックに、ルナリアがお茶を淹れる。
リュックはそれに礼を言いつつ、俺を見て少し声を潜めた。
「ありがとうございます。なぜって……。アルス様たちの戦果報告書が荒唐無稽だからですよ。あの時の部隊の者でなければ余計な詮索をしかねません」
「おお、なるほど。さすが指揮官を任せられる将だなあ。細やかな気配りだ」
リュックは茶に口をつけながら続けた。
「アルス様たちは商会経由で上級魔物を何度か討伐しており、実績もあったので書面審査はすでに通過しています。あとは統領閣下との面談を行っていただけば完了です。日程の調整がありますので、利用している宿を教えてください。クロード閣下からお声もかかるでしょうしね」
「宿は南瓜の看板があった所だ。名前はなんだったかな」
リュックは、そばかすの残る年若い顔に笑顔を浮かべて答えた。
「なるほど、大丈夫です。わかりました。良い所に泊まってますね。遊びに行ってもいいですか?」
「もちろん。どうせ、しばらくは待機しないといけないんだろ? 依頼も受注できないし、街にいるからな」
リュックは茶を飲み干して立ち上がり、俺たちに会釈すると告げた。
「助かります! 数日中にはご連絡を入れますので、すみませんがしばらく首都でお待ちください!」
そうだ、ついでに聞いておこう。
俺は去ろうとするリュックを呼び止めた。
「ちょっといいかな。教えてほしいんだけど、墓地ってどこにある? 墓参りに行きたいんだ」
「墓地は複数ありますが、どういった方のお墓参りですか?」
俺が返すより先に、フェリスが短く答えた。
「……リナルドという、エルフ族の墓があると聞いた」
「ああ、剣聖様のお墓ですね。でしたら、戦霊碑のある区画の西にあります。私がご案内しましょうか?」
少し考えてから、俺は首を振った。
「うーん、いや、俺たちだけで行くよ。お前も忙しいみたいだしな。迷ったらその辺の人に聞く。……フェリス、どうする? このまま向かうか?」
フェリスは茶に口をつけてから、平坦な口調で答えた。
「……お前たちがいいなら、そうしたい」
「よし。じゃあ行くか」
そうして俺たちは、本庁を後にした。
整然と区画分けされた道路を、外縁側へ向かって歩く。途中、通行人に道を尋ねながら進み、小高い丘を登っていく。やがて丘の向こうに、白く塗装された鉄柵が見えてきた。
その先には、その柵で囲われた広い霊園があり、綺麗に整備された園内では、植えられた樹木や花々が秋の風に吹かれてさわさわと揺れていた。
# COORDINATE 0041 END




