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[COORDINATE 0012] The Book of Mienes

# Secret_of_the_Crowns:


* * *


[ ミーネス創世記 ]


世界は、かつて砂と岩のみであった。


天より女神リゼットが降り立ち、

太陽を灯し、大地を割き、海を満たした。


女神は世界に命を満たした。


空に鳥を。

大地に獣を。

海に魚を。


やがて女神は自らに似せた天使を生み、天使とともに人を創った。


女神は自らの写しである人を祝福し、夜空に願いを叶える月を浮かべた。

月は火を生み、風を従え、それはやがて魔法となった。


人は満たされ、女神は安堵し、天へ帰った。


――だが、月は願いを選ばない。


人は力を求め、願いの影は闇となり、魔族と魔物が生まれた。


世界は混乱に沈む。


しかし、願いに溺れぬ者たちがいた。

人は彼らを賢者と呼ぶ。


賢者は世界の中心へと至り、

女神が去ったという世界樹のもとで祈った。

人のためではなく、世界そのもののために。


女神は再びその声に応え、賢者に力を授ける。


神器である。


賢者は魔物を退け、ついに魔王を世界樹の奥へと退け、

封印の結界を張った。


だが闇は完全には滅びぬと悟る。


ゆえに賢者は、女神の力を迷宮に鎮めた。


いつの日か、

それに至る者のために。


世界樹は今も立ち、

星は今も流れている。


* * *



ユーリが熱を帯びた口調で話し終え、ふうと一息ついて紅茶を飲む。


「これが王国に伝わる神書のうち、創生について記された部分です。

この後、その賢者が散り、やがて指導者となる――という流れで続きます」


俺は、ユーリが神話を語った意図を概ね理解した。


「この指導者の子孫が、三大国の統治者――王国で言えば、僕たち王族にあたる…と神話は続きます」


ユーリはそこで言葉を区切り、わずかに肩をすくめる。


「ですが正直に言えば、僕は少し眉唾だと思っています。

創世の神書に国家の正統性まで書き加える必要があるのか、と。…先生、どうされました?」


ユーリはどうも、自分の知識を語り始めると勢いが増すな。

子供らしい可愛いところではある。


「神話の最後、迷宮の話がユーリの言いたかった重要な部分か?」


ユーリは頷いた。


「はい。この迷宮は、三大国の統治者がそれぞれ禁足地として管理しているものです。各国に一つずつ存在します。

他国の詳細までは把握していませんが、王国の迷宮については、過去に踏破した者がいると伝承されています」


「その者は、魔族に比肩するほどの魔法力を手に入れたそうです」


ユーリは「どうですか! この情報は!」と会心の笑顔を浮かべている。

壁際に立つカタリナさんは、青い顔をしつつも辛うじて平静を保ち、職務に踏みとどまっている。


とてもありがたい情報だ。賢者の迷宮。俺が欲しがっていた情報にぴったりだ。

しかし…。重要な問題がある…。

俺は口に入れていた甘いクッキーを飲み込み、紅茶で喉を潤してから言った。


「…まずは有益な話をありがとう。

でも、この創世記自体も結構な機密なんじゃないか?」


「いえ。神話そのものはそこまでではありません。国家運営を担う重役や、国内の女神教の司祭も知っています。

ただ、この『迷宮』が実在し、それを王家が密かに管理しているという点は、正真正銘の国家機密級です。これは絶対に他言しないでください」


「王子。私は何も聞こえておりません」


背後から、カタリナさんの感情を完全に殺した、切実な声が響いた。

よほど聞きたくなかったらしい。


俺は少し眉をしかめ、隣のルナリアと目を合わせる。

彼女もこちらを見つめ返す。透き通る赤い瞳の奥で、星が困ったように揺れていた。

目が合うと、同じように眉を下げ、力なく苦笑する。


「ユーリ。俺たちはな、実は二人だけでリッチを倒したことがある」


それを聞き、ユーリは感嘆し、壁際に徹していたはずのカタリナさんはぎょっと目を見開いた。


「ハイ・アンデッドを、たった二人で!? あのリッチの大魔法を、どうやって耐えたのですか!?」


――ルナリアが愛の力で耐えた。


「さらに、砦を占拠していたオーガの群れを五体まとめて倒したこともある。これも二人でだ」


「ば、馬鹿な…っ」


カタリナさんは思わず身を乗り出し、今にもテーブルに手をつきそうな勢いで食いついてくる。

あ、いい匂い…。


「オーガは、熟練した騎士であっても、一体につき三人は必要です。いったいどんな戦術を…」


――ルナリアが一撃で屠った。


「けどなあ、ユーリ。実は俺たち…Bランク級以上の迷宮を、一度も踏破したことがないんだよ」


「……え?」


規格外の武勇伝からの、あまりにも情けない事実。

ユーリは完全に思考が停止したのか、口を半開きにしてぽかんとしていた。



# Need_a_Scout:



「なるほど。貴公らは探索スキルが皆無なのか…」


カタリナさんはすでに壁と同化するのを完全に忘れ、呆れ半分、納得半分の顔で普通にお茶会の会話に参加してきていた。


「そうなんですよ。俺たち、攻撃と回復しかできないんですよね。だから迷宮に入ると、不意打ちは受け放題ですし、トラップも踏み放題です」


俺が答えると、隣でルナリアが不満そうに可愛らしい唇を尖らせた。

その抗議の動きに合わせて、少しウェーブのかかった綺麗な金糸の髪がはらりと揺れ、ネイビーブルーのドレスの肩先に滑り落ちる。


「トラップ踏み放題なのは、きみが宝箱を見つけたら何も考えずにすぐ開けに行くからだよ。せめて、わたしに先に行かせればいいのに」


「馬鹿言うな。お前がトラップにはまって動けなくなったら、俺が魔物にぼこぼこにされるだろ」


俺たちのあまりにも間の抜けたやり取りを聞いて、対面のユーリは頭を抱えるようにして悩んでいた。

こいつの中での俺は、たぶん実物より二割増しくらいだ。

迷宮の存在を伝えれば、後は実力でなんとかすると思っていたのだろう。


「…他の方をパーティーに入れたりはしないのですか?」


ユーリは言葉を選びながら、至極真っ当な提案をしてくる。


「先生の能力は秘匿が必要かもしれませんが、口の堅い信頼できるスカウトもいるでしょう?」


うーん。

もちろん、俺だってそれを考えたことがないわけではない。


「まず、ユーリに説明しておくとだな。冒険者パーティーってのは、基本的には同年代で組むことが多いんだ」


隣に座るルナリアへと視線を移す。

少しウェーブのかかった金色の髪。ふわりと甘い石鹸の香りが漂った。


「となると、まず男は無理だ」


まだ幼いユーリは俺の視線の意味にピンときていないようだったが、カタリナさんはすぐに察したらしい。


「ああ。ルナリア殿の目を惹く容姿や、貴公ら二人のやり取りを常に目の前で見せつけられてはいたたまれないだろう。

遠からず、嫉妬でアルス殿が刺されるかもしれないな」


ユーリは、なるほど、勉強になるなあと頷いている。


ルナリアは、布擦れの音を立てながら内股気味に身をよじり、もじもじとしながら熱っぽい上目遣いで俺を見つめてきている。

…これは褒められて照れているんじゃないな。なんだろう。ガチで思考の順番が理解できない…。


俺はルナリアの視線をあえて無視し、話を戻した。


「…さらに言えば、同年代の女性冒険者も、あまりうちのパーティーに入ろうとはしないんだ。

過去に何度か臨時で組んだことはあるが…なぜか、いつも正式な加入には至らない」


カタリナさんが、やれやれと上品なため息をつきながら続ける。


「アルス殿は聡明な御仁だが、女性心理の機微についてはまだまだだな。

女性の冒険者が定着しない理由は…。まあこれはアルス殿は知らなくてよい」


はて? カタリナさんの言わんとしている意味が、俺には全く理解できなかった。

だが、同じ女性であるルナリアにはその真意が伝わったらしい。


「そうだよ。なんでもかんでも、わたしのせいにしないでほしいな。

女性の冒険者が定着しないのは、わたしのせいじゃないからね」


胸を張り、少し得意げな表情を浮かべるルナリア。

俺は女性心理を理解できず、首を傾げていた。


ユーリはすでに別のことを考えていたらしく話を切り出す。


「エルフ族の冒険者を加えるのはどうですか?」


ユーリの唐突な提案は、俺にはいまいちピンとこなかった。


「わたしは、きみと二人でも踏破できると思うけど」


ルナリアが可愛い唇を尖らせて口を挟む。


できないよ。

落とし穴に落ちるとマジで痛いんだぞ。

頭から落ちたら即死だ。あえて足の複雑骨折で済ませるのが生き延びるコツなんだ。


ユーリは真剣な表情で続ける。


「神書にある『賢者の迷宮』の難易度は測定不能、いわゆるSランク級らしいです。

先生やルナリアさんの戦闘力なら問題ないでしょうが、同行するスカウト職にも同水準の力が求められます。

その点、エルフ族ならお二人の厳しいパーティー参加条件を満たす可能性が高いと思います」


俺たちも厳しいだろうが…世界樹へ至る踏破者を『伝承』と呼ぶくらいだ。

そのくらいの難易度は想像していた。

しかし、エルフってなんだろう? 族ってことは、部族名か何かなのか?


「で、そのエルフってのは一体なんなんだ?」


俺の素朴な疑問に、ユーリに代わってカタリナさんが冷静な声で補足してくれる。


「殿下。我が国はエルフ族を国民として認めていないため、王都に彼らの姿はありません。

国全体を見渡しても、滞在している者は相当少ないはずです。

よって、アルス殿がご存知ないのも無理からぬことでしょう」


「エルフ族というのは、獣族などと同じく、我々人族とは根本的に異なる個性を持つ人種です」


俺は獣族も知らないが、これも部族名なんだろうか。


カタリナさんは隣のユーリをちらりと見て、少し言葉を選びながら続けた。


「詳細は省きますが、エルフ族は総じて容姿端麗で、長く尖った耳を持つのが特徴です。

そして種族全体として、魔法適性を一切持ちません。これは獣族も同様です。

人族のように、魔法を使える英雄に頼るという可能性すらないのです。

そのため彼らは、生き延びるために、種族全体で感覚や身体能力を磨き上げてきました」


なるほど。

魔法という逃げ道がないからこそ、種族全体で技能を研ぎ澄ませてきたわけか。

それなら優秀な斥候技能を持つスカウトもいそうだ。


「確かにエルフ族なら、アルス殿たちの特殊なニーズに合致している。

彼ら彼女らは、人族から性的対象として見られることを蛇蝎の如く嫌う傾向にあります。

ですから、お二人のその…近い距離感は、むしろ安心材料となるでしょう」


カタリナさんは一瞬、ルナリアの胸元へ視線を落とした。


「また…種族全体の体型的特徴を見ても、アルス殿の女性の好みからは大きく外れているでしょう。合流するのが女性のエルフであっても、ルナリア殿が警戒する必要はありません」


少し意地悪で、それでいてどこか優しい笑み。

ルナリアは明後日の方を向いた。


ふむ。カタリナさんが言うならそうなんだろう。

美人女騎士だしな。


「でも、そのエルフって国内にはほとんどいないんですよね?

どこに行けば会えるんですか?」


カタリナさんは俺に視線を戻す。


「隣の共和国では、エルフの冒険者や獣族の商人などが多く受け入れられ、活躍している。まずは共和国を目指すのがよいだろう」


遥か遠くの共和国まで行き、凄腕のエルフを見つけ、そこからまた王都の迷宮へ戻る…か。

世界をまたぐ大冒険だ。少し楽しみになってきた。


俺はルナリアに視線を向ける。

話が一段落したからか、俺と二人で賢者の迷宮をどう攻略するかを、熱心にユーリへ説明している。現実味はあまりない。


報奨金の大部分を使えば、馬車は買えるか……。

俺はカタリナさんに、馬車を買いたいと相談し、店や馬の選び方を教わることにした。



# COORDINATE 0012 END

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