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[COORDINATE 0013] The Journey Begins

# A_Brief_Farewell:


* * *


 城門外の街道沿いは、一時的に完全封鎖されている。

 行商人や旅人が行き交うはずの巨大な西門の前に、近衛騎士団が隙間なく整然と立ち並び、堅牢な人壁を築いていた。


 その封鎖線の内側。

 明るい茶色の髪を無造作に整えた冒険者風の十代後半の少年に、艶やかな黒髪を持つ高貴な身なりの少年が、彼の胸元に顔を押し付け、泣きじゃくりながらしがみついている。


 泣いている少年は、この国の第三王子である。

 その姿を街道に晒さぬため、西門は封鎖されていた。


* * *


「ううぅ。先生……。早く戻ってきてくださいね」


 しゃくりあげる声とともに、俺の神官服を握りしめるユーリの小さな手にぎゅっと力がこもる。

 俺は、腰にしがみつくその華奢な背中を片手で優しく抱きしめ、ぽんぽんと軽く叩いてやりながら言った。


「もう泣くなよ、ユーリ。ちゃんと戻ってくるから」


 俺のすぐ後ろでは、ルナリアが手綱を握って立っていた。

 彼女の背後には、こぢんまりとしていながら造りの堅牢な馬車が、新品の艶を残したまま控えていた。

 ルナリアは、ユーリに気を使ってか、珍しく俺と距離を置き、しんみりとした柔らかな表情で見守っていた。


 しばらく俺の服で涙を拭わせてやっていると、見守っていたカタリナさんが静かに声を掛けてきた。


「ユリウス殿下、そろそろお時間です。アルス殿に、お渡ししたいものがあったのではないですか?」


 その声に、ユーリははっとして顔を上げた。

 まだ目尻は赤く濡れているが、刺繍の入った布で涙をこすり、気丈に振る舞おうと背筋を伸ばす。


「そうでした」


 少し離れたところで待機していた近衛騎士が歩み寄り、恭しく一つの細長い包みを差し出した。

 ユーリはそれを受け取ると、両手で大切に抱えるようにして俺の前に立つ。


「先生、これを。勲章や褒賞は、あくまで国王陛下からのものでした。これは、僕個人からのお礼です! きちんと僕自身の歳費から購入しました!」


 別れを惜しむ教え子からの、彼自身からの贈り物。俺は心から感謝の言葉を口にした。


「ありがとう、ユーリ」


 彼の手から、そのずっしりとした重みを受け取る。

 包みの中にあったのは、一振りの日本刀だった。

 脇差よりわずかに長いその刀は、静謐な存在感を放っている。


「銘刀『星切』。王都随一の名工が拵えた刀です。先生の武器が、この前の戦闘でぼろぼろになっていたと思いまして」


 改めて刀を見る。


 漆黒の鞘に収まっていてなお、研ぎ澄まされた凄みが手のひらを通して伝わってくる。

 俺には過分な業物だ。手にするだけで、自然と心が引き締まる。


「ありがとう、ユーリ。大切に使うよ」


 俺は両手で刀を掲げるように持ち、ユーリに深く頭を下げて礼を言った。

 そして、羽織っている黒い神官服の裾を少しめくり、内側に巻かれた帯へ、刃の反りが上を向くように星切をスッと差し込む。

 腰に馴染む確かな重さと、帯を締める感触。


 俺は刀の柄に軽く手を添え、胸を張ってユーリを見下ろした。


「どうだ? 似合ってるか?」

「はい! 先生、とってもかっこいいです!」


 ユーリは、少し鼻声のまま、それでも今日一番の満面の笑みを浮かべて強く頷いた。

 俺はその笑顔を目に焼き付け、彼に背を向ける。


「じゃあ、またな。色々とありがとう。お土産を楽しみにしててくれ」


 振り返らずに数歩進む。背後で、ユーリの気配が小さくなる。


 馬車の傍らでは、ルナリアが静かに手綱を握ったまま待っている。

 新品の艶を残すこぢんまりとした馬車が、陽を受けて鈍く光っていた。

 俺は御者台の縁に手を掛け、踏み板に足をかけた。

 一瞬だけ城門へ視線を向け、それから迷いなく身体を引き上げる。


 革の軋む音とともに腰を落ち着ける。


「行こう、ルナリア」

「うん」


 馬車は静かに動き出した。



# Elysium_Wolf_Ambush:


 俺たちは王都を出立してから、いくつかの村や街を経由し、路銀を稼ぎながら旅を続けていた。

 その道中、俺たちはエリシウム平原の街道で、大規模な魔物の群れに襲われる。


「ルナリア! その集団はお前に任せる。蹴散らせ!」


 俺は背後の馬と馬車を庇うように立ち塞がり、星切を抜き放つ。

 星切が、その存在感ある鋼の刀身に陽光を反射してぎらりと輝く。


 周囲を取り囲んでいるのは、蒼く光る双眸を持つ巨大な狼たち。地を這うような低い唸り声を上げ、平原一帯に生息するという、エリシウムウルフだ。


 手近な一体の大きな狼が、低い姿勢からバネのように跳躍して飛びかかってくる。

 俺は冷静にその巨体へ向けて刃を切り上げる……が、浅い。

 狼は空中で身をよじって致命傷を避け、距離を取った。鼻先に滲んだ血を舐め、蒼い目でこちらを睨みつけたまま、低い唸り声を上げ続けている。


 強い。


 魔物は下級であっても、その辺のごろつきとは根本的に違う。当然のことを、俺は改めて認識した。


「わかった! アルスは絶対に無理しないでよっ!」


 俺の指示で群れの中心部へ突っ込んだルナリアは、火炎を纏う銀色の剣を軽やかに振るっていた。

 後方から死角を狙って跳躍した狼がいたが、彼女が振り向きざまに放った炎の槍に空中で貫かれ、一瞬で消し炭へと変わる。


 彼女の燃え盛る剣が、踊るように滑らかな赤い円を描く。

 周囲を取り囲もうとした狼たちが、その一振りですべて両断され、吹き飛ばされていく。

 毛先がウェーブのかかった金糸の髪が太陽の光を反射して美しく輝いていた。


 ひと際大きく、毛並みのいい狼とその取り巻きが、ルナリアを警戒するかのように唸りながら距離を保ち、隙を窺っている。


 あれが、群れのボスだな。


 ルナリアはボスの集団に視線を固定し、右手に剣を握ったまま水平に走る。

 距離を保ちながら空いた左手をボスの集団へ向けた。


「――ファイアブラスト!」


 彼女の掌から放たれた業火が、狼の集団の中央に着弾する。

 炎の塊が大地を焦がす轟音が響き、熱波が俺のいる場所まで届く。

逃げ遅れた数匹が一瞬にして炭化して崩れ落ちた。


 ルナリアは立ち止まることなく、そのまま炎の立ち上る集団へ躊躇なく走り込む。


「あっちは余裕そうだな。……俺はこっちに集中するか」


 こいつらは素早い。俺ではいずれ躱しきれなくなる。

 俺は距離を取りつつ、自分に防御属性の支援魔法をかける。

 僅かに体が白く発光し、内側から力が溢れ出すような熱と高揚感を感じた。


 こちらでは数体の狼が俺を扇状に囲み、そのうち二体が連携して一気に間合いを詰めてきた。

 俺を狩ってボスに合流するつもりだな。


 最初の一体が大きく跳躍し、牙を剥き出しにして飛びかかる。

 突撃を半身で躱し、すれ違いざまに横薙ぎに斬りつける。


 肉を断つ手応えとともに、その狼は絶命して地に伏した。星切、すごい。

 だが、刀を振り抜き、体勢が崩れた瞬間、残りの一匹が喉笛めがけて飛びかかってくる。


「くっ……!」


 振り抜いた勢いで地面を転がり、致命傷を避ける。

 しかし狼は連続して追い討ちをかけてくる。体重を乗せた噛みつきが左腕に食い込み、布が裂けた。熱い血と、骨が軋む激痛が脳を焼く。


[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 / Phase Overheat Reached ]


 少し離れた場所から、ルナリアの炎がさらに強まったのを感じる。

 俺は痛みを堪え、左腕に食らいついた狼の眉間を刀の柄で思い切り殴りつけ、強引に引き剥がして距離を取る。

 負傷して動きが鈍ったのを理解した残りの狼が、一斉に飛びかかろうと筋肉を収縮させた。


 だが、俺は慌てることはなかった。


 少し前に、ボス狼の凄絶な断末魔が聞こえていたからだ。


「――ファイアランス!!」


 俺に飛びかかろうとしていた二体の狼を、魔法の槍が薙ぎ払うように貫通し、瞬時に肉片へと変えた。


 逆光の中、陽光を受けて輝くルナリアが、右手で剣を握り、駆け寄ってくる。

 その瞬間、彼女と視線が交差する。宝石のような赤い瞳の奥で、星型の瞳孔が俺の姿を捉えた。

 一瞬だけ柔らかさを湛えたその視線は、やがて冷徹な剣士のものへと変わる。


 ルナリアは両手で剣を握り直し、水平に構え直し、残りの狼たちへ無言で突っ込んでいった。

 炎の赤い剣閃が、左から右へと軌跡を描く。

 彼女は地を蹴って跳び、業火の剣を振り下ろした。剣閃が上から下へ奔り抜ける。

 炎がわずかに遅れて追いかけた。


 幾つもの狼の断末魔が響くと、辺りには再び平原の静けさが戻った。


 ……ふう、片付いたか。


 馬が無事でよかった。唸り声が聞こえた瞬間、すぐに防御結界を張っておいたのは正解だった。

 回復魔法があればすぐ治せるとはいえ、狼に噛まれたりしたら可哀想だしな。


 それにしても、大規模な群れだった。


 後で毛皮と牙をドロップ品として回収しておかないとな。

 俺が自分の左腕に回復魔法をかけ、傷口が塞がるのを確かめながら、興奮して嘶く馬の首筋を撫でてなだめていると、背後から、ふわりと甘い石鹸の匂いが近づいてきた。


「ルナリア、よくやった。ドロップ品を集めよう」


 剣を収めたはずの彼女へ視線を向ける。

 だが、そこにいたルナリアは、いつもの凛とした魔法剣士ではなかった。


「……うんっ。……ねえ、……きみ。怪我は、ない?」


 甘ったるく、焦点の定まらない声。

 彼女は歩幅を測り損ねたかのように、無防備な距離まで踏み込む。


「……あれ、腕……怪我しちゃったの? 血の匂いがする……」


 赤い瞳は、左腕の袖口に張り付いた血に釘付けだ。


「ごめんね……。痛かったでしょ? 怖かったでしょ?」


 指が微かに触れるたび、彼女の喉を震わせる呼吸が深まる。

 薄い生地の下で、豊かな胸が重みを伴って上下するのを間近に感じる。


「あとで、わたしが綺麗に……舐めて……癒やしてあげる……ね」


 圧倒的な暴力で戦場を制した魔法剣士は、少し理性を削られていた。


 蕩けた瞳で俺を見つめる彼女……今日中に次の街まで辿り着けるかどうかは俺次第だ。



# COORDINATE 0013 END

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