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[COORDINATE 0114] Ars the Savior

# The_Naughty_Two_Are_the_Strongest:


 白い玉はすぐに見えなくなり、極彩色の光が凄まじい勢いで、俺の視界を流れていった。


 ふいに光は途切れ、俺は網目状の光が切り裂く暗闇の世界へ放り出された。


 その無限に広がる光の網が、ぐんぐん近づいてくる。

 大きくなるにつれて、光の網は、光の渦が無数に集まってできているのだと分かった。


 無数に揺蕩う光の渦のうち、ひとつの渦が俺の眼前へ迫ってくる。

 はっきりとその姿を現した光の渦の中心には、球体状の巨大な闇があった。

 その闇の周囲を、凄まじい速度でぐるぐると光が回っている。


 回り続ける光を凝視すると、その光がぐんっと大きくなって迫ってきた。

 

 その光もまた、中央に闇を持つ光の渦だった。

 赤や青、ときおり紫などの美しい色彩を放つ、大小さまざまな光がくるくると回り続けている。


 じっくりとそれを観察していた俺は、その光が何であるかを理解した。

 あれは太陽だ。あの渦を作り上げている光のすべてが太陽なのだ。


 俺が、それに気がついた瞬間、光の洪水が起きた。

 とてつもない速度で、光の渦が迫ってくる。


 俺は流れ行く星々を通り過ぎながら、すぐにそうではないと感じ取った。

 光が迫ってきているのではなく、俺の視界が急激に狭まっているのだ。


(人間の意識を持ったまま、望める景色じゃないってことかな。……綺麗だったなあ)


 あまりの速度に視界の端がぼやけだした頃、ようやく俺たちの太陽が見えてきた。


 太陽から少し離れた位置に浮かんでいる、俺たちの青い星、ミーネス。

 そのすぐそばに漂う銀色の月、アズール。


 青色と銀色。ふたつの星の間に、ルクスの背に立つ俺自身が見えた。

 自分の肉体を、俺の意識が捉えた瞬間、ぐんっと視界が狭まり、一瞬の後に肉体の視覚と重なった。


 急激な知覚の変化に、俺は吐きそうになるのをなんとか堪えた。

 掲げていた腕を下ろし、口元を押さえる。


「げえっ……。はぁはぁ……これは気持ち悪いな」

「ピ、ピイ?」


 俺の様子を心配したルクスが、こちらへ視線を向けた。

 ルクスの首筋を優しく撫でながら、俺はにっと笑いかけた。


「心配いらない。大丈夫だ」


 全身を駆け巡る神威の光がもたらす全能感を抑えるために、俺は深呼吸した。

 救世主だろうがなんだろうが、一人でできることなどたかが知れている。


 俺は前方で魔物を屠り続けているルナリアとフェリスへ視線を向けた。

 彼女たちの強さはさすがで、危なげな様子はまったくないが、やはり魔物の数が多すぎる。

 なにせ魔物の数は、月の大地そのものが由来なのだ。


 彼女たちがいかに強かろうと、海の水をすべて蒸発させることは……今はできない。


 まあ、いつかできるようになるだろうな、と思いながら俺は彼女たちへ向けて声を上げた。


「ルナリア! フェリス! 一度こちらへ戻れ!」


「え!? アルスの声が聞こえる。なんで? もしかして、いつでもどこでもアルスの声が聞こえるようになりたいっていうお願いが叶ったのかな?」


「……そんな願い、あの女神が叶えるわけないだろう。まあ、アルスだからな。また、なにか妙なことになってるんだ、きっと」


 ルナリアへ向かって、山のように巨大な白い魔物が鋭い爪を振り下ろした。

 彼女はくるりと横へ身を捻って回避すると、右手に握る紅蓮の剣を横薙ぎに払う。

 赤い剣閃が夜空を斬り裂くように奔り、白い魔物は両断された。


 業火の剣を振り抜いたルナリアへ殺到する白い魔物を、フェリスが身体を捻りながら切り裂いた。

 大地もないのに縦横に奔り続ける緑と紫の剣閃が、周囲の魔物をどんどん斬り伏せていく。


 近くの魔物を片付けたあと、ルナリアがフェリスの手を引いてこちらへ飛翔してきた。


 近くまで戻ってきたところで、俺の様子を見たルナリアが目をまんまるに見開いた。

 ルナリアの肩に手を乗せ、宙に浮かぶフェリスが、目元を細め、呆れた表情を浮かべて俺を見ている。


「ねえ、アルス。きみ、なんか光ってない?」

「……とうとう、発光するようになったのか。それ、治るんだろうな?」


 真っ暗な星空に浮かんだまま、服が透けていることも忘れたルナリアとフェリスが、顔を見合わせて話し始めた。


「うーん。寝室でも光ってると、困るよね。恥ずかしいよ、わたし」

「……ん。別に灯りを付けたままなのは構わないが、私の胸の間近で光を放たれるのは嫌だな。可愛くない」


 俺は星切の柄に左手を添えながら、小さく息を吐いた。


「うるさいよ。最近、お前らすぐにそういう話をしすぎだぞ。俺のこと言えないからな」


 思い当たる節があるのか、彼女たちは眉を上げると目を逸らした。

 俺は苦笑したあと、表情を正し、アズールと化したリゼットへ視線を向けた。

 リゼットの、濁りを帯びてもなお美しい青い瞳がこちらを真っ直ぐに見据えている。


 俺はしばし彼女の瞳を見つめてから、ルナリアとフェリスへ顔を向けた。


「お前らに順番に支援魔法をかけなおす。二人とも一旦武器を仕舞ってくれ。まずはフェリスからだ」

「……ん? ああ、構わないが」


 フェリスがルナリアの肩をぐっと掴んで勢いをつけると、すうっと浮遊しながら移動し、俺のそばへ降り立った。

 彼女は少し首を傾げてから、瑠璃色の瞳で俺を見上げた。


(そうか。彼女たちの感覚からすればさっき支援魔法をかけたところだものな。まあ、すぐに理由は察してくれるだろう。あまり時間がない)


 白い玉から授かった力は、俺には過ぎたもので、ずっと霧散し続けているのだ。

 俺は、そばに寄ったフェリスに左腕を向けた。


 俺の左手に、煌々と輝く神威の光が収束していくのを見て、フェリスが目を見開いた。

 彼女は慌てて俺の神官服を握り、声を上げようとしたが、俺は無視して支援魔法をかけた。


 属性は力の解放だ。


「……お、おい。それを、私にかけるんじゃないだろうな……あんっ!」


 神威の光によって異常な力を帯びた支援魔法が、フェリスの全身を駆け抜けた。

 背筋を突き抜ける甘い刺激も、普段とは比べ物にならないらしく、フェリスの身体がびくんっと弓なりに跳ねた。

 透けた羽衣越しに覗く胸がふるんっと揺れ、彼女のうすく開いた唇から甘い悲鳴が漏れ出た。


「……ぁあん! ……んくっ。……んっ! あ……ぁ、ああっ……!」


 フェリスは声を堪えようとするが、押し寄せる快感に抗えず、それでも自分の声を聞かれまいと俺の胸板に顔を押し付けた。

 彼女は神官服を握るのをやめ、細い腕を俺の腰に回してしっかりと抱きしめる。

 少女の甘い汗の匂いと、身体が発する匂いが混じり合い、強い色香を放っていた。


[ System : Ferris Reason_Gauge -?? / Undefined ]


「……はぁ、はぁ。……んっ! ……はぁ、……はぁ。ふふふ……んふふふ」


 普段のフェリスなら、すぐに身体を離し文句を言うはずなのだが、なぜか今はうすく笑みを浮かべたまま密着してくる。

 俺を見上げたままの、彼女の潤んだ瑠璃色の瞳に、どろどろとした熱が宿っていた。

 フェリスが執拗に俺へ押し付けてくる胸元のふくらみが、逃げ場を失いむにゅりと歪む。


「……んっ。……アルス。どうした? ああ、胸が気になるんだな? ……好きなだけ触るといい」


 ……支援魔法の力が強すぎて、一瞬でフェリスの理性が吹き飛んでしまった。

 俺は意志を振り絞り、妖艶な笑みを浮かべるフェリスの身体をなんとか離す。

 こんなところで、おっぱいを触ってたら死んでしまう。


「こほん。フェリス、狭いから降りろ」

「……ん。……いけずだな。……まあ、アルスが言うならそうしよう」


 ルクスからふわりと飛び降り、宙へ舞ったフェリスからは、凄まじい力の奔流が、風となって溢れ出ていた。

 彼女はそんなことには興味を示さず、俺を見つめたまま優しく微笑んでいた。

 彼女の水色の髪が、宙に広がり透き通るような美しさを放っていた。


 ルナリアはフェリスの様子を見て、小首を傾げた。

 俺は小さく息を吐くと、ルナリアへ声をかけた。


「ルナリア、来い」

「う、うん。フェリスちゃん、どうしたの?」


 ルナリアは不思議そうにフェリスの様子を見つつ、すうっとこちらへ飛翔してきた。

 きょとんとした赤い瞳を俺に向けていた彼女だったが、やがて細かいことを気にするのをやめ、にこにこと花の咲いたような笑顔を浮かべた。


 俺は左手をルナリアに掲げると、支援魔法を行使し彼女の力を解放する。


 俺の腕を伝い、神威の光に強化された支援魔法がルナリアを包み込む。

 その直後、彼女の背筋を強烈な甘い快感が奔り抜けた。

 身体中を支配する刺激に、ルナリアの身体がびくんっと跳ね、背中が大きく反る。


 それでもルナリアは赤い瞳で俺を捉えたまま、流れ続ける刺激を真っ直ぐに受け止めきる。


「んっ……。あ……あぁん!! ……ふあっ……あっ、あっ、あんっ! あつ、熱い……んっ」


 ルナリアの赤い瞳が潤いに満たされていくと同時に、奥底に隠していた彼女のどろどろとした熱が溢れ出始める。

 立っていられなくなったルナリアが俺を抱きしめ、細く白い腕を俺の背に伸ばす。細い指先が震えているのが分かった。

 隙間なく密着するルナリアの大きな胸がぐにゃりと歪み、薄い羽衣では隠しきれない先端が俺の身体に擦り付けられた。


「……んぁっ……あん! えへへ……。アルス……んっ。アルスぅ……」


 彼女は潤いのある唇を半開きにしたまま、甘い吐息を漏らし続けていた。


[ System : Lunaria Reason_Gauge -?? / Undefined ]


 快感に身をよじらせ、柔らかな太ももを、もどかしそうにすり合わせるルナリアを、俺は全霊の意志をもって引き剥がす。

 ルナリアから漂う甘い汗の匂いが、俺の身体を強く惹きつけるが、歯を食いしばって凌いだ。


(……ぐおお、頑張れ俺……くそっ、白玉! 救世主にするのなら、この俺の強烈な下心もなんとかしてくれよ!)


 もちろん、これだって立派な人間の力の源泉であることは理解している。

 とはいえ、普通のやつならこんなの耐えきれないぞ。

 『お兄ちゃん』なら分かってくれるだろう。俺たち、凄いよな。……どっちも俺だった。


 身体を離したことで、ルナリアの大きな胸が、羽衣越しに揺れているのが、ふいに視界に映る。


 ……あっ、まずい。


 とうとう抗えなくなった俺は、ルナリアの呼吸に合わせて上下する桜色の突起を、じっと見つめ始めた。


 俺の視線に気がついていないのか、身体を離されたことに不満を浮かべたルナリアが口を開いた。


「んぅ……もう、離しちゃうの? アルスは意地悪だなあ。そうだ、実はね、首輪を持ってきてるんだ。これをわたしにつけて、もっとえっちなことを命令しようよっ」


 お前は、俺を救出しに来ていたのではないのか。

 何を持ってきているのだ。

 馬鹿みたいなことを口にしているルナリアだが、全身から圧倒的な破壊の力を司る竜の力が迸っている。


 普段通りのルナリアのぶっ壊れ方に、俺はいくらか冷静さを取り戻した。

 彼女の胸を見つめるのをやめ、緩んでいた表情を正す。


「馬鹿言うな。まだ戦いの最中だし、俺の魂は縛られたままなんだぞ」


 俺は頭を振って色欲に流される思考を振り払い、視線をアズールへと向けた。

 本来のリゼットなら、今の俺たちのやり取りに怒り狂って攻撃してくるはずだ。

 だが、彼女は動く素振りを見せない。


 月となった彼女は、超越した存在になってしまったせいで、時間が引き伸ばされたままなのだ。

 俺は、少し悲しくなって目元を細めた。



# The_Famous_Blade_Hoshikiri:


 俺はルクスの背に立ったまま、真っ暗な夜空の中、最も偉大で力強い存在、太陽へ視線を向けた。

 それからフェリスのほうへ向き直り、直視することのできない、その焔炎の星を指さした。


「フェリス、お前の瞬間移動の本質は転移じゃない。空間の圧縮だ。あの太陽からここへ道を作ってくれ」

「……ん。そうなのか。知らなかった。だが、お前が言うのなら間違いないだろう。アルスが言うことはすべて正しいからな。任せろ」


 フェリスは真っ直ぐな水色の髪を宙に流しながら、独善的な慈愛の笑みを俺に向けた。

 舌を出し、ちろりと薄い唇を舐めると、瑠璃色の瞳を太陽へ向けた。


 フェリスの意思に呼応し、彼女から溢れ出ていた力の奔流が、鮮やかな緑の疾風となって吹き荒れる。

 彼女の背に、青緑の光を放つ六枚の薄い羽根が広がった。

 薄緑の風が彼女の肢体に沿うように奔り、まるで妖精の衣のような形を取る。


 フェリスが、すっと両手を掲げる。

 彼女の身体から、きらきらと輝く緑の光の粒子が流れ始めた。

 それらは美しい緑の軌跡を描き、俺たちの前に凄まじく巨大な風の窓を作り始める。


「……私のアルスのため、道を譲れ。星空よ」


 フェリスの言葉に応え、風の窓がひときわ眩い光を放つ。

 彼女の風が空間を捻じ曲げ、夜空に浮かぶ、距離を無視する巨大な窓が開いた。

 窓の向こうには、煌々と燃え盛る生命の原初、太陽が覗いていた。


「うわ! あっつ! あちち! お、思ったより太陽ってすげえ! ぐおお、これは死んじゃう! ルナリア、太陽を支配しろ!」


「わあ……凄いね、フェリスちゃん!」


 神威の光に守られていてなお、太陽が纏う業火は、俺に耐えられるものではなかった。

 俺は、フェリスの魔法を見て、ぱちぱちと手を叩いているルナリアの頭を掴み、緑の窓から覗く太陽へ向けさせた。


「ルナリア、命令だ! 早く太陽を従えろ! あの炎で魔物をすべて消し飛ばせ!」

「うんっ! 任せて!」


 こいつ、わざと命令という言葉を引き出したのではないだろうか。

 俺が疑いの目で見ていると、ルナリアはにこりと笑って、ルクスから舞い降りた。


 ルナリアは飛翔するでもなく、身を捻りくるくると器用に横回転するだけで、緑の窓の前へ躍り出た。

 彼女の大きな胸がぶるんっと弾む。


 太陽の熱すら気に留めることなく、ルナリアはアストライアの剣をしゃらりと鞘から引き抜く。

 業火を纏った銀の剣をルナリアは頭上へ掲げた。


「わたしは火炎の王! 破壊の王! わたしは竜の王ルナリア・アストライア!」


 ルナリアが可憐な声を上げた瞬間、彼女の全身を、燃え盛る赫い火炎が覆う。

 赫い炎は、透き通るような色彩の炎へ変化し、火炎を纏う彼女の金糸の髪から、二本の竜の角が伸びる。

 彼女を包んでいた炎は、火炎の鎧となって少女の肢体を覆い、棘のような焔を迸らせた。

 

 ルナリアの背から炎を帯びた竜の翼が生え、暗闇を切り裂き、ぶわりと広がった。


 鈴を転がすような美しい声で、彼女は宣言する。


「火炎の星、太陽よ! わたしに従え!」


 緑の窓の向こうに覗いていた太陽から迸る火炎が、生き物のようにずるりと動いた。

 ルナリアに支配された太陽が、俺を焼くことを止める。


 ルナリアは口の端を持ち上げ、笑みを浮かべると、くるりと白い魔物の群れへ向き直った。

 迸る火炎の鎧の隙間から、華奢な少女の肢体が覗き、炎に照らされた肌を晒す。


 ルナリアは真っ直ぐに業火の剣を振り下ろした。


「とうっ!」


 夜空の中で最も偉大な火炎が、金糸の髪を揺らす少女の可愛いかけ声に従う。

 轟々と燃え盛る太陽の炎が波打ち、ゆっくりと緑の窓へ近づいてくる。

 迫る火炎の波が、徐々に、徐々に加速する。


 太陽があまりにも巨大すぎるせいで、俺は勘違いしていた。

 火炎が迫る速度は、限りなく光に近かったのだ。


 それを俺が理解した瞬間には、緑の窓から溢れ出た火炎が、月の大地にも等しい魔物の群れを一呑みで消し飛ばした。


 夜空を真っ赤に染める火炎の奔流は、アズールにも襲いかかる。

 だが、リゼットは煩わしそうに火炎を見やると、自身でもあるアズールの周囲に銀色の壁を張り、それを受け流した。

 銀に煌めく壁は空間を絶ち、火炎を完全に遮断する。


 やがて、火炎の奔流は無限の星空へ消え去り、フェリスが開いた窓も、光の粒子となって消えていく。

 音のない真っ暗な夜空に、リゼットと俺たちだけが漂っていた。


 俺は寂しい気持ちを抱えたまま、アズールと化したリゼットを見ていた。

 アズールに浮かぶ青い瞳は、もう俺を映していない。

 そんな姿になって、どうやってえっちなことをするんだ。馬鹿たれ。


 俺はアズールを見やったまま、ルナリアとフェリスに声をかけた。


「ありがとう。ルナリア、フェリス。これでリゼットに届く。あとは俺がやる。……俺の人生で一度きりの格好いいところを、しっかり見ていろ」


「アルスはいつも格好いいけど……うんっ、分かったよ。見てるねっ! …………え? アルスがやるって何を?」

「……んふふ。馬鹿だな、お前はどっちかというと可愛い。…………はぁ? おい、何をするつもりだ」


「ルクスもな。見ててくれ」


 俺はルクスの首筋を撫でると、真っ暗な夜空へとんっと躍り出た。

 中空を漂う俺を、アズールに浮かぶ巨大な青い瞳が追いかける。


 俺の耳にリゼットの声が届く。


「ああ、お兄ちゃん。お兄ちゃん。お兄ちゃん」


 俺は茶色い髪を揺らし、黒い神官服を夜空に翻しながら彼女へ答えた。


「いいか、リゼット。俺は俺だ。アルスだ。……お前のお兄ちゃんは、ここにはいない。お前が見るべきなのは……俺だ」


 左手でしっかりと星切の鞘を掴むと、残り少ない奇跡を行使する。


「アズール。お前の縛るべきは魂だけじゃない。俺の身体も縛れ」


 俺の言葉を受けたアズールの重力が、俺に対してのみ急激に高まった。

 凄まじい勢いでアズールに引かれた俺は、月へ落下していく。


 落下の途中、俺はすれ違ったルナリアとフェリスに笑みを向けた。

 彼女たちは、理性が溶けているはずなのに慌てた様子で何事か叫んでいた。


「心配いらない。俺は救世主アルスだ。俺の最初で最後の剣技を見せてやる」


 俺がにっと笑いかけたのを、彼女たちはきっと見届けてくれただろう。


 左手で星切の鞘を掴み、右腕は下げたまま、俺はぐんぐんと落ちていく。

 乱雑に切り揃えられた俺の茶色の髪が、ばたばたと激しくはためく。


 俺はアズールの銀色の地面へ達する直前、身体を縦回転させ、宙を蹴って勢いを殺す。

 だんっと衝撃を撒き散らし、俺は月面へ着地した。


 ずっと見ていた彼女たちの動きが、俺にどう動けばいいかを教えてくれる。

 決して届くはずのなかったそこへ、俺は足を踏み入れていた。


「なんで! お兄ちゃんはここにいるもん! いなくなんかないもん!!」


 彼女の泣き声に呼応し、アズールの銀色の地面が波打った。

 突如、何本もの巨大な銀色の棘が伸び、凄まじい速度で俺を抉ろうと迫ってきた。


 左手で握る星切の鞘を傾け、右手を柄にかけて鯉口を切る。

 星切を抜き放ち、俺は半身となって下段に構えた。

 鋼の刃が太陽の光を受け、ぎらりと輝く。


 俺の眼前に迫り来る、白銀の棘。


 左足を滑らせ、右足を前へ踏み込み、両手で握った星切を斬り上げた。

 下段から左上へ、白い剣閃が走り抜け、銀色の棘をずばあっと両断した。


 俺の中に流れる神威の光が与える無限の力が、俺の理想を体現させる。


 次々と襲いかかる銀色の棘を、返す刀で斬り飛ばしていく。

 最後の棘を、水平に奔らせた鋼の刃が一閃した。


「早く! 早く、死んで! お兄ちゃん! 早く死んで、わたしの中に来てよ!」

「いいか、リゼット。女の子は貞淑でなければいけない。中に来てとか、気軽に言ってはいけない」


 彼女の願いに応え、俺を四方から囲むようにして銀色の巨大な柱が立ち昇った。

 がががっと勢いよく聳え立った四角い銀色の柱の頂点で、ばちばちっと稲光が弾け始めた。


 その稲光に脅威を感じた俺は、すべての属性の支援魔法を、一瞬で自身へ展開する。

 力の解放だけは効果がなかった。俺に、解放する力などないらしい。


 リゼットの声が周囲に響き、彼女の心に呼応した稲光が周囲をひととき銀色に染め上げた。


「うるさい! あれだけ私のことを愛してくれたくせに! なにが貞淑よ! 死ね!!」

「いや、それは悪いと思ってるけどさ。あれ、お前もかなりむちゃくちゃな誘惑してただろう。俺の脳みそ結構やばかったぞ」


 柱が発生させた銀色の稲妻が、一斉に俺に降り注ぐ。

 その本質は、女神の力を帯びた、空間そのものを破壊する光だ。


 空間を切り裂きながら、限りなく光に近い速度で迸る四本の銀色の稲妻。


 俺はすべてを避けようとはせず、回復魔法を全力で行使し、穿たれるそばから癒やしていく。

 白い玉との邂逅で手にした新技だ。

 三本の稲妻に切り裂かれ、その場で回復しながら、星切を上段に構えて鋭く振り下ろす。

 頭部に向かってきた一本の稲妻のみを、俺は斬り裂いた。


 残心に入った俺が踏みしめる月の大地に、見渡すこともできないほど巨大な青い瞳が出現した。


 それは、泣いていた。


 どす黒い欲望を剥き出しにして俺を自分のものにしようとしながら……それでもただ泣いていた。


 人類の願いを叶えるための膨大な力が、リゼット一人の意思に従い脈動する。

 大地が煌々と銀色の輝きを放ち、光が粒子となって溢れ出す。

 渦巻く銀色の粒子が収束し、山のように巨大な六角形の結晶を形作った。


 だが、あれは膨大な力の流れが、俺の目には六角結晶として映っているにすぎない。

 周囲一帯を空間ごと吹き飛ばそうとするそれは、破滅の力。少女の願い。


 俺は、息を吸って吐いた。


 革靴で銀色の大地をしっかり踏みしめ、少し足を開いて立つ。


 背筋を伸ばし、星切を頭上へ掲げ持つ。

 右手でしっかりと柄を握り、左手を優しく添える。

 俺は幾度となく訓練してきた剣筋をなぞるように、袈裟斬りを放った。


 星切の刃は、俺の理想どおりの道筋を辿る。

 迸る白い剣閃が一直線に奔り、六角形の結晶を両断した。


 リゼットが、巨大な青い瞳をこちらに向けた。


「なんで斬るの! ひどい! 私はお兄ちゃんを殺したいだけなのに!」

「死んだら、死ぬだろうが。ふふ、どうだ、リゼット。袈裟斬りは一生懸命練習したんだぞ」


 実体を帯びているかのような殺気が吹き荒れた。

 月面に浮かぶ青い瞳に宿る星が、眩いキラメキを放つ。


「アズール! お兄ちゃんに騙されないで! あの人は嘘つきなの!」

「あっ、馬鹿やろう。俺は嘘なんか……ほとんどついたことはない!」


 突如、音もなく、俺を縛っていたアズールの重力が消滅する。

 俺はふわりと宙へ浮き上がり足場を失った。


 乱雑に切り揃えられた俺の髪がふわふわと浮き上がり、黒い神官服の裾が広がる。

 浮き上がっていく俺の眼前で、アズールの銀色の大地そのものが光り輝き始めた。

 俺の星切は、少女の願いを斬り裂いた。だが、乙女の恋する気持ちは無限大らしい。


 再び高まり始めた破滅の力が、アズール自身に収束していく。


 直視するのが難しいほど強い輝きを放つ破滅の力は、背後にあるミーネスごと、生命すべてを夜空へ還すだろう。

 だがそんなことは、どうでもいい。俺の後ろにはルナリアとフェリスがいるのだ。

 あいつらに見ていろ、と俺は言ったのだ。


 俺は嘘などつかないと教えてやる!


 俺の脳裏を、くそったれな『お兄ちゃん』の記憶が掠めた。

 そうか。俺が刀を好きなのは、彼と同じか。


 子どものような顔つきをした、黒い髪に黒い目の青年の姿を、俺は幻視した。

 お前の理想の剣技を俺が体現してやろう。


 手元で星切をくるりと回し、反りを上向きにして鞘へ納める。

 左手でぐっと黒檀製の鞘を握り、右の手のひらを広げ、星切の柄へ添えた。

 足場のない宙で、それでも俺は腰を落とすように構えを取った。


 浮き上がる俺の視界を、銀色に光るアズールが埋め尽くす。

 星の宿る青い瞳が、真っ直ぐに俺を捉えていた。


 天地の存在しない星空へ浮き上がりながら、俺は意識を集中させる。

 心を穏やかに。美しい鏡のように。静まり返った泉のように。


 俺の右手が、星切の柄を握り込んだ。

 鞘滑りの音を立て、世界で最も美しい剣技が放たれる。


 白い光を撒き散らし、居合の刃が奔る。


 星切が迫り来る破滅の光を斬り裂き、斬撃はやがて目の前に広がる銀色の月へ達した。


 一は全、全は一。

 一太刀通れば、俺の刃はすべてを斬り裂く。


——星切が、星を斬る。


 白い剣閃は止まらない。


 人の願いを叶え、冒険の大地を作り、一人の少女を縛り付けた星を斬り裂いていく。


 月と化した少女ごと、俺の剣技がアズールを両断した。


 真っ暗な星空に、上下に叩き切られた、巨大な銀の半球がふたつ浮かんだ。

 膨大な量の銀色に輝く光の粒子が、濁流のように流れ、霧散していく。


 俺を縛っていた楔が、消え去っていくのを感じた。

 もういない人間を追い求めた、世界樹の女神は滅ぼされ、世界の蓋が開いていく。


 崩れゆく大地のすぐそば、闇夜に漂う俺は、左腕を上下のない夜空へ掲げた。

 俺の腕には、魔王ジークフリートから譲り受けた金属製の腕輪が巻かれていた。


 俺は妹へ声をかける。


「リゼット、俺の名を呼べ」

「お兄ちゃん……大好き……」


 聞き分けのないリゼットに、俺は腹が立った。

 だから、俺は苛立ちを隠さず声を荒げた。


「違う! 俺の名だと言ってるだろう! お前に会いに来たのは俺だ! リゼット!!」

「……っ! ……んぅ! やだ! お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん! ……アルスお兄ちゃん! 大好き!」


 彼女の言葉は、最後にしては少し締まらないものだった。

 だが、まあそれでもいいかと、俺は思った。

 我儘な妹へ向けてうすく笑みを浮かべると、心より奇跡を願う。


「救世主アルスの名において命じる! 俺の妹を助けろ! くそ白玉!」


 俺の祈りに応え、荘厳な神威の光が周囲に満ち溢れた。

 兄妹を祝福する讃美歌が、星空に響き渡る。

 偉そうな爺さんの笑い声が聞こえた気がした。


 夜空に霧散しかけていた銀色の粒子が、神威の光に導かれ、俺の左腕の腕輪へ流れ込んでいく。

 やがて、星空に散っていた銀色の粒子は、すべて腕輪へと還っていった。


 左腕に巻かれた腕輪から確かに感じる魂に、俺は優しく声をかけた。


「リゼット。ちょっとの間、眠っていろ。たまには昼寝も大事だ」

「……うん。……おやすみ、アルスお兄ちゃん」


 リゼットの寝息を感じ、一安心した俺はアズールの残骸が浮かぶ夜空を漂いながら、自分の魂が確かに解放されたことを理解した。

 なぜなら、俺たちを見守る星空の女神の視線を感じたからだ。


 やがて、仮初の救世主だった俺を覆っていた神威の光が去っていく。

 ふっと光が消えた瞬間、全身の血が熱を帯び始める感触を覚え、俺は思い出した。


 ……あ、夜空に空気はないんだった。


「ピイイイ!!」


 俺を罵倒するような鳴き声を上げ、飛んでくるルクスと、その背に乗る二人の少女の姿を見ながら、俺は妹と二人、星空の中を揺蕩っていた。



# COORDINATE 0114 END

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