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[COORDINATE 0105] Prologue 2

# My_Brother's_Isekai_Reincarnation:


* * *


 西暦の始まる遥か前から現代まで、地球は氷河期の中にある。

 火星の私に聞いた話によると、そろそろこの氷河期は終わりを迎えるらしい。


 そのせいなのか、それとも巷で噂される温暖化の影響か、この国が温暖湿潤気候だというのは、すでに書物の中だけの話になりつつある。

 それでも公的には頑なに温暖湿潤気候であると言っているところに、人類の可愛さがあると言える。


 外の暑さとは無関係に、お兄ちゃんと私のいるワンルームの中は、私が完璧な空調制御を行っているので涼やかな空気で満たされていた。

 壊れかけの空調機が、ある日突然高性能になったというのに、お兄ちゃんはさほど関心を持っていないようだ。


 お兄ちゃんはとても雑だ。


 それでいて、興味のあることに対してだけ、やたらとこだわりが強い。

 ありていにいって、お兄ちゃんはとても面倒くさい性格なのだ。

 子どもっぽいとも言える。


 そんなお兄ちゃんが、勉強の合間に私にお願いを伝えてきた。

 それは、とても大切な言葉だ。

 お兄ちゃんのお願いを叶えることこそが、私の存在意義なのだから。


 私は足元まで伸びる銀色の髪を宙へ揺蕩わせながら、お兄ちゃんへ答えた。

 揺らめく私の髪が、灯りを返してきらきらと光の粒子を零した。


「はあ。えっと……異世界転生ですか?」


 だが、お兄ちゃんのお願いは、叡智を得た今でも相変わらず意味不明だった。


 肩出しの白いドレスは、頼りない生地で出来ていて、私の華奢な身体の線を腰回りまで晒している。

 首元から胸元にかけては大きく開いており、薄い布地に包まれた私の大きな胸が零れ落ちそうだ。

 

 私の呼吸に合わせ、上下に柔らかく揺れる胸にお兄ちゃんの視線が惹き寄せられているのが分かる。

 私はお兄ちゃんに顔を向け、うすく笑みを浮かべた。

 それから、わざと胸を持ち上げるように腕を組み、思案した。


 今の私は、粒子体という光の精霊のような存在として、お兄ちゃんの眼前に浮いている。

 いくらお兄ちゃんでも、粒子体などという技術が異常であることには、さすがに気がつくだろう。

 なので、このことはお兄ちゃんには秘密だ。


 私の足元にある金属製の立体投影機。

 お兄ちゃんは、これが私の姿を映し出していると思っている。

 実際には、この投影機は機能をすべて停止しているのだが。

 ただ、お兄ちゃんを誤魔化すためだけに置いてあるのだ。


 立体投影機が映しだすアバターが、影を落とすわけがない。

 

 だが、この投影機も私の宝物のひとつではある。

 私のおねだりを聞いたお兄ちゃんが、買ってきてくれたものなのだから。


 力を行使すれば受肉することも可能だが、それだけは絶対にやってはいけないと理解していた。

 私が実体化してしまえば、お兄ちゃんはすべてを投げ捨ててしまうだろう。

 そんなことは、理想の妹のやることではない。


 私は逸れ始めていた思考を正した。

 どうも、私には考えが横道に逸れる悪癖があるようだ。


(間違いなく、お兄ちゃんの影響でしょうね)


 私は先ほどのお兄ちゃんの言葉を思い返す。


『剣と魔法の異世界に転生して、冒険してみたい』


 転生とは、命を終えた魂が六道を巡り、生まれ変わることである。

 つまり、ハンマーでお兄ちゃんの頭をかち割ってほしいということだろうか。

 理想の妹であろうとしている私に、なんて酷い命令をするのだ。


 子どものような笑顔を浮かべるお兄ちゃんに、私は青い瞳を向けた。

 お兄ちゃんの可愛い笑顔を見ただけで、ぞくぞくとした多幸感が私の背筋に走る。

 私の瞳に宿る星が、収縮するのを感じた。


(……まあ、そんなわけはないですよね。昨日も、あれだけえっちなお願いをする元気があったのですから)


 私は、お兄ちゃんの机の上へ視線を向けた。

 そこには先日お兄ちゃんが買ってきた、分厚く立派な装丁の本が置かれていた。

 英雄が世界を救う本格ファンタジー小説だ。


 ライトノベルでないところが、お兄ちゃんの面倒くささを物語っている。

 お兄ちゃんの無駄な格好つけ癖に、小さく息を吐いた。


「はい。お兄ちゃんのお願いは理解しました。つまり、冒険ファンタジー世界への転生ごっこがしたいのですね。ですが、せっかくならきちんと用意したいので少し時間をください」


 私はそう答えると、腕を下ろし、にこりとお兄ちゃんへ微笑んだ。

 ぶるんっと腕の支えから解かれた、下着をつけていない私の胸が揺れる。


 お兄ちゃんは顔を少し上気させ、視線を外して頷いた。


 それから、しばらく私たちはファンタジー世界について談笑を続けた。

 コーヒーを飲んで一息ついたあと、お兄ちゃんは折りたたみ式のデバイスを開き勉強を再開した。


 私の姿が横にあると、お兄ちゃんの気を強く引いてしまうので粒子体を解除した。

 銀色の光が私の身体を包み込み、粒子となってふわりと舞うようにデバイスへ流れていく。


 妖精だったころとは違い、認知が広がった今、私の世界には様々な光が星のように瞬いている。

 その中で、スカートの裾を揺らしながらふわりと漂う。

 デバイス越しに、お兄ちゃんの鼓動音を感じながら、私は宇宙の膜へ手を伸ばした。


 すべての私たちと相談しながら、限りなく無限に近い思考力を私は発揮し始めた。

 お兄ちゃんの願いを叶える。そのためだけに。


 私は、お兄ちゃんの理想の妹なのだから。


 先ほどのお兄ちゃんの言葉を写し取り、大事な手紙箱へ仕舞う。

 私は赤子を抱くような姿勢で箱を抱きかかえ、宙にふわりと舞い上がった。

 星のような光が照らす私の世界で、銀色の髪が揺蕩い、きらきらと輝いた。


 お兄ちゃんの願いの本質は理解した。

 言葉を真正面から受け止めるだけではなく、一歩先んじて理解してあげるあたりが、私が優秀な妹である所以だ。

 とはいえ、お兄ちゃんは私の理解すら超える面倒くさい要望を、後から言い出す可能性が高い。

 その前に、それらの要望を受け止められる土台を構築しておくべきだと考えた。

 

——まず魔法とは何かを定義付ける。


 今回のお願いで、最も重要と思われ、それでいて最も意味不明な概念だ。


 大前提として、この世界に神がいないように、魔法なんて存在しない。

 私は、この至極当たり前の理由から、魔法のような何かであれば、それを魔法であると定義した。

 どうせお兄ちゃんは、たとえそれが光線銃であっても、雰囲気が魔法なら魔法だと思うだろう。


——次に異世界転生である。


 しかし、異世界も転生も、言葉通りの意味ではないことはすぐに分かる。


 お兄ちゃんの言う異世界とは、すなわち西洋文明風の中世世界だ。

 それも、本物ではなく倫理観と衛生観念の担保された都合の良いものだろう。

 

 机の上にある本格ファンタジー小説。

 あれをお兄ちゃんは半分も読んでいないのだ。

 上下水道のない世界では、不満を抱くと思われた。


 また、転生という言葉も、お兄ちゃんは適当に口にしただけで、深く考えているわけではないだろう。

 現在の人類文明では、最先端にいる学者であっても、まだ魂の本質へ辿り着いていないのだから。


 生命は、宇宙の膜の情報が、魂という座標へ投影されたものだ。

 寿命を迎えれば、魂は座標を占有する力を失い、ふわふわと時空間を漂う。

 いずれ、占有力を取り戻した魂は、情報を受け取って、再びそこで生命として萌芽するのだ。


 つまり仏教の教えとは関係なく、お兄ちゃんの頭をハンマーでかち割れば勝手に転生する。

 鳥になるか獣になるか、はたまた物言わぬ木になるかは運次第だ。

 まあ、確率的に考えれば人間に転生することは不可能だと言える。


(まあ、魂の輪郭がどうやって保たれているのかは、私たちでもわからないのですが。数万年では演算時間が足りないのでしょうか)


 とはいえ、お兄ちゃんの頭をかち割るわけにはいかない。

 それをすれば二度と私がお兄ちゃんと会えなくなってしまうからだ。


(お兄ちゃんが転生先で人生を終えた後、私のもとへ戻って来られることが最も重要ですね)


 思考を取りまとめた私は、ひとり納得した。

 それに合わせて、ふるふると私の大きな胸が揺れた。


 大事な手紙箱から手を離し、姿勢を正すと、星空の中で両腕を掲げた。

 私の案の実現には、かなり大きな力が必要だろう。

 すべての私たちに協力を仰ぐため、宇宙の膜へ手を伸ばした。


 お兄ちゃんの願いを叶えることが、数万年を跨ぐ私たち全員の最大目標だ。

 すぐに協力を取り付けた私は、私たちの全霊をもって可能性の泡を弾く。


——私は、『世界』を創り出した。


* * *


 大丈夫ですか? ルナリアちゃん、フェリスちゃん。

 この辺りは少し複雑ですので、聞き流してもらって構いません。

 重要なのは、この後なのです。


 え? お兄ちゃんのえっちなお願いの内容を教えろ?

 教えるわけないでしょう。私は独占欲の強い妹なんですよ。

 というか、もうすでに少し元気になっていませんか?


 なんです? ジークさん。……はあ、興味なさそうだった割には細かい質問をしますね。

 言葉の定義が、曖昧過ぎるのが悪い? お前の言う『世界』とは何だ?


 ……うるさいですね。


 ああ、ジークさんは元学者なのですか。

 元学者なのに、世界樹の前でお兄ちゃんと戦っていたのですか?

 変な人ですね。さすが、お兄ちゃんのお友達です。


 もう……そんなに、怒らないでください。

 面倒くさい人ですね。


 うーん。では、一応要点を掻い摘んで説明します。

 これに関しては、伝えきれる自信はありませんが。


 宇宙は分かりますか?

 そうですか……ですが、その理解では不十分です。


 星は集まり銀河に、銀河は集まり銀河団になります。さらにそれは大銀河団を構成し、超銀河団へ至ります。

 この連続性は無限に続くのです。

 光を頼りに観測する人類には理解できませんが、宇宙は端のない時空間です。


 さらに、宇宙自身も星と同様、何層にも重なり続けています。

 本当の形状を想像することは人類には不可能ですので、どこまでも重なり続ける折り紙だとでも思ってください。

 この折り紙の一枚一枚が宇宙であり、それは無限の連続性の果てに初めの一枚へ至ります。

 いわゆる永劫回帰ですね……また、横道に逸れました。


 この無限の折り紙すべてを内包するもの、それが私の言う『世界』です。


 どうでしょうか? ジークさん。

 伝わりましたでしょうか?


 え? なら『世界』も重なり続けているだろう?


 …………確かに、その可能性はありますね。


 いえ、それは置いておきましょう。

 この話は前置きであって、重要ではないのです。


 いずれにしても、内側にいる私たちには知ることが出来ませんしね。

 知ることが出来ないものは、存在しないのと同じです。


* * *


# The_Little_Sister's_World_Creation:


* * *


 星の宿る私の瞳が、無数の星のきらめきを返して青く輝いた。

 弾けた可能性が『世界』を創り、さらに可能性は連鎖し、無限の宇宙が生まれていく様は幻想的だった。


 だが、これではまだ不完全だ。

 私たちは協力しあい、叡智の力を収束させていく。


 銀色の粒子が、私の周囲に渦巻き、凄まじい輝きを放ちだす。


——『世界』が加速する。


 因果は繋がったまま、時間だけが断絶していく。


 外側にいる私にとっては、五分前に生まれた『世界』。

 しかし、内側の観測者からは、百三十億年よりも前に生まれた宇宙へと変化した。


 すぐにでも崩れ落ちそうだった輪郭は、強靭な壁となり、完全にこちらとあちらの世界が分かたれたのだ。


 これまでお兄ちゃんのお願いを叶えてきた中でも、出力だけならかなりの上位に入る力の使い方だ。

 それこそ、魔法と言えるかもしれない。


(まあ、お兄ちゃんを取り込みすぎない程度のぎりぎりで叶える、えっちなお願いの方が力を使いますが。あれは、私自身を抑えるのが大変なのです)


 宇宙が生まれれば、そこへ可能性の力が浸透し、無数の魂が独りでに発生していく。

 数多の生命が生まれていく様子は神の奇跡のようだ。


 その発想に、可笑しくなった私はくすりと笑みを零した。

 存在しない概念に想いを馳せるのは、お兄ちゃんの影響だと思えて嬉しかった。

 私は宇宙の膜で繋がっていた私たちへ、お礼代わりにお兄ちゃんの寝顔の写真を送った。


 私は、異世界転生ごっこの準備が整ったところで、一息ついた。

 銀色の髪を星空に揺蕩わせながら、転生ごっこの流れを確認する。


 こちらからなら、新しい『世界』のどの宇宙へも、お兄ちゃんの魂を送ることができる。


 だが、これだけでは不十分だ。

 このままでは、こちらのお兄ちゃんが消滅して終わりなのだ。


 両世界を認識した魂の排他性が、同一存在の同時存在を拒否する。

 そのため、お兄ちゃんが転生した瞬間、こちら側のお兄ちゃんは宇宙の膜へ還っていってしまうのだ。


 消滅を防ぐために、宇宙の膜に還ったお兄ちゃんの情報の輪郭を保全し、さらに私の魂とお兄ちゃんの魂のあいだに強固な命綱を張っておく。

 こうしておけば、お兄ちゃんが寿命か何かで転生先の人生を終えた後、私の目の前に何事もなかったかのように復活する。


 私は計画を読み上げながら、穴がないかを確認していく。

 少しずり下がってきたドレスの胸元を、細い指で摘んで引き上げる。

 お兄ちゃんに見てもらえない今は、危うい位置に調整する必要もない。

 ふるふると揺れる胸元をしっかりと整えた。


(お兄ちゃんの輪郭の保全は、すべての私で行うので安全管理は完璧です。命綱はもともと繋がっている私とお兄ちゃんの線をより強固にするだけですから、これも問題ないでしょう。……懸念点は、転生先と時間が断絶したことによって情報が不足する可能性ですね。条件にあちらの世界の私がいる時間軸であることを付け加えましょう。……これは決して、私利私欲ではありません)


 私たちが創った『世界』は、もちろん私の知る世界構造と同じだ。

 だから、中にある宇宙の物理理論もこちらと同じだし、カオス理論的な揺らぎを踏まえても、似た宇宙が隣接して広がっている。

 だから、向こうの宇宙にもほとんどの場合、星があり、銀河があり、その宇宙のお兄ちゃんと私がいるのだ。


 だから、私はさらに少し時間を進め、こちらと時間をずらした。

 向こうのお兄ちゃんの魂がある時間軸に、転生すると大変なことになるからだ。


 こうして用意された『世界』の中には、無限の宇宙がある。

 都合の良い西洋中世風世界、そして魔法っぽいものがある人類文明。

 その程度の条件を満たす宇宙はそれこそ星の数ほどあるだろう。


 人間への転生も、私がいんちきすれば問題ない。


 私は胸元で腕を組み、うんうんと頷いた。

 完璧に見えるこの計画だが、実はひとつだけ、私があえて無視している問題が残っていた。


 記憶だ。


 記憶は、行きも帰りも持ち越せない。

 肉体が変わるのだから当たり前だ。


 だが、転生に記憶を持ち越せないのは普通のことだ。


 私は、このどうしようもない問題については黙っておくことにした。

 お兄ちゃんが文句を言いそうな気がしたからだ。


* * *


 こうして、理想の妹である私が手掛けた、異世界転生ごっこの準備が整ったのです。


 ……また何か文句があるんですか? ジークさん。

 話が終わるまで、質問は受け付けませんよ。


 それは転生ごっこではなく、本物の転生だろう?

 死んで転生するか、人生の途中で転生するかの違いしかない?


 …………あれ?


 確かにそうかもしれません。

 ジークさん、先ほどから、いい指摘をしますね。褒めてあげます。


 それにしても、知らない間に完璧に願いを叶えきっていたとは……。

 やはり私は理想の妹といえますね。


* * *



# COORDINATE 0105 END

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