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4話 脱獄


乱暴に突き飛ばされ、冷たく湿った石の床に叩きつけられた。鉄格子の扉が閉まる無慈悲な音が、怒りと絶望で満たされた俺の心に追い打ちをかける。

「将軍殺しの大逆人め!」

兵士どもの嘲る声が遠ざかっていく。違う、俺じゃない!師匠を殺したのは…!

暗闇の中、壁に背を預け、膝を抱える。脳裏に焼き付いているのは、敬愛する師、ガルム将軍の最期の姿。ボルグの凶刃、ゼファーの冷酷な宣言、そして俺に向けられた疑いの目。全てが、周到に仕組まれた罠だった。火鉄団…宰相ガイウス…そして、あのゼファーとかいう男。許さない、絶対に。だが、今の俺には何もできない。この独房で、無実の罪を着せられたまま、処刑を待つだけなのか…?

「師匠…カーラ…」

師匠の最後の言葉が耳朶に蘇る。カーラ…あいつは今頃、父上の訃報と、俺が犯人だという偽りの報告を受けているのだろうか。考えただけで、胸が張り裂けそうだ。俺が、あいつを守らなくてはならないのに。

どれくらいの時間が経ったのか。不意に、すぐ近くで声がした。

「よぉ、キール。無様なもんだな。まさか、あのガルム将軍の一番弟子が、師匠殺しの罪でこんな場所に転がってるとは」

その声には聞き覚えがあった。火鉄団の中でも、掴みどころのない男…カイル。なぜ、こんなところに。

「…貴様、何の用だ」 憎しみを込めて睨みつける。

「何の用だと? 見ての通りさ。お前が哀れでね」 カイルは鉄格子の外から、嘲るように言った。「しかし、なんで将軍殺しなんてバカな真似をした?」

「黙れ! 俺じゃないと言っているだろう! 師匠を殺したのは貴様ら火鉄団だ! あのボルグが…! 師匠は、お前たちや宰相にとって邪魔だったんだろう!」 怒りに任せて叫ぶ。

「ふん、実際問題、お前がやったかどうかはどうでもいい」 カイルは肩をすくめた。「どのみち明日の裁判でお前は処刑される。他に都合のいい犯人を用意できなかったんでな。お前が師匠の一番弟子で、現場にいたことが好都合だった、それだけだ」

その言葉に、全身の血が逆流するような怒りを覚えた。だが、カイルは続けた。

「…だが、俺の言うことを聞くなら、ここから出してやることもできる」

「…何?」 思わず顔を上げる。こいつは何を企んでいる?

「俺には俺の目的がある。そのために、少しばかり手を貸してほしいだけさ。どうする? このまま無実の罪で死ぬか、俺の手を取ってここを出るか」

疑念は消えない。こいつも火鉄団の一味のはずだ。だが、このままここで朽ち果てるわけにはいかない。師匠の無念を晴らし、カーラを守るためには、生き延びなければならない。

「…何をすればいい」 絞り出すように答える。

「話が早くて助かる」 カイルの声には、満足げな響きがあった。「隣の牢に、暁の王国から攫われてきたガキ…アキトとか言ったか、そいつがいる。そいつと、もう一人、リョーコというヤツの星霊も一緒だ。その娘は俺が逃がすから、砦の外で合流させる。お前には、あのガキ…アキトと一緒にここを脱出し、首都アイゼンブルクまで案内してもらいたい。その後のことは、そいつらが考えるだろう」

暁王国の…? なぜ、そんな連中と。疑問は尽きないが、今は選択肢がない。

「いいか、まずはヴォルケンの首都アイゼンブルクを目指すんだ。そこから海の王国を経由して、連中の星都アストリアに帰るのが安全だろう。細かい道案内は、お前の方が詳しいはずだ。それから、これが当座の資金だ。首都に入るのにも金がいるからな、無くすなよ」

カイルは鉄格子の隙間から、ずしりと重い革袋を差し入れた。中には相当な額の金貨が入っているようだ。さらに、彼は小さな金属製の道具を俺と、おそらく隣のアキトにも渡した。

「これで鍵を開けろ。俺が合図を送る。それまで息を潜めて待っていろ」

カイルの気配が消える。俺は、託された道具を握りしめた。本当にこいつを信じていいのか? だが、今はこれに賭けるしかない。

隣の牢からも、微かに物音が聞こえる。アキトとかいうガキも、脱出の準備を始めたらしい。

長い、息詰まるような沈黙。そして、壁の向こうから、コツン、と微かな合図が響いた。今だ。

震える指で鍵穴に道具を差し込み、慎重に回す。手応えがあり、重い金属音が響いた。扉が、開いた。

通路に出ると、隣の牢からも同じように扉が開く音がした。現れたのは、まだ少年と言ってもいいような、線の細い黒髪の若者だった。こいつがアキトか。頼りなさそうな見た目だが、その瞳の奥には、強い意志のようなものが感じられた。

「キール、さん…?」

「ああ」 短く応える。「行くぞ」

俺はこの砦の構造を叩き込まれている。裏道も、警備の手薄な場所も知っている。アキトを促し、息を殺して通路を進んだ。カイルが手を回したのか、驚くほど警備は緩かったが、油断はできない。

外へ続く扉の前には、見張りが二人。アキトには気づかれぬよう、背後から素早く近づき、首筋に手刀を打ち込んで意識を奪う。師匠から教わった体術が、こんなところで役に立つとはな…。

重い扉を開けると、冷たい夜気が流れ込んできた。雨は弱まっている。闇の中、二つの人影がこちらへ駆け寄ってきた。

「アキト!」

「リョーコ!」

星霊が、アキトに抱きつく。どうやら、カイルの言っていた娘らしい。無事に合流できたようだ。

「二人とも、感傷に浸るのは後だ。急ぐぞ」 俺は二人を促す。「まずは鉄王国の首都アイゼンブルクを目指す。そこから先は…カイルの言う通り、海の王国を経由して星都へ帰るのが安全だろう。アイゼンブルクまでは、俺が案内する」

なぜ俺が、見ず知らずの異国のガキたちの面倒を見なければならないのか。だが、今は利害が一致している。それに、この二人も、何かのっぴきならない事情を抱えているのかもしれない。

俺は夜の闇へと足を踏み出した。背後には、不安げながらも必死についてくる二つの気配。

アイゼンブルクへ。そして、真実を暴き出す。師匠の仇を討ち、俺の汚名をすすぐ。カーラ、必ずお前の元へ戻る。そして、全てを終わらせる。今はただ、生き延びるために、前へ進むだけだ。



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