4・前日譚(※王太子視点)
王宮にある王太子専用の執務室。
王室の優秀な期待の星と呼ばれている私は、うやうやしく差し出された報告書に目を通した。
「やっぱり彼女は最高の女性だ!! ひゃっほう!」
「………………」
「コホン。君の誘いに乗らない女性が、ようやく現れたようだな」
無礼極まりない、思いっきり呆れた視線を投げかけてくるのはレオ・ドフナーレク子息。騎士団に入団して以来、その実力と忠誠心、そして少しばかり女癖の悪さで知られる有名人。
そしてその悪評の全責任は私にある。
「君のこれまでの協力には心から感謝する」
「別に、大したことはしていません」
「そう謙遜するな。私は忠義にはむくいるタイプだよ」
数年前、私は彼に一つの任務を授けた。それは『婚約者候補になった女性を誘惑し、貞節を守れるかどうかを確認する』というものだった。
(だけどまさか、そのせいで彼を苦しめることになっていただなんて)
再び咳払いし、キリッと公式の顔を作った。
「依頼したことが内容だけに、残念ながら公式の場で褒賞をとらせることは出来ない。だが、決して悪いようにはしないしないよ」
「ありがたいお言葉に感謝いたします。なにせ俺はこの数年で、すっかり下半身のゆるい遊び人だと思われいますからね」
「それはごめんね! 本当に!!」
王太子妃選びがここまで長引くこともまた、大きな計算外だった。
「そもそも殿下の求める理想が高すぎるんですよ。お互い完璧な人間などいないのだから最初からふるいにかけすぎず、少しずつ信頼関係を築いていくべきです」
「わかっている。自分が卑怯者だという自覚はあるよ」
事の起こりは、婚約内定していた公爵令嬢が発表直前に辞退を申し出てきたこと。確かに正式な手続きこそ結んでなかったものの、条件面で他に有力な候補はなく、幼いころからお互いに相手と結婚するのだろうと思っていた。長年交流を持っていたし、何一つ問題ないと思っていたのに……。
「婚約するはずだった相手が妊娠していたことは、確かにショックだったとは思いますが」
「…………」
もちろん父親は私ではない。彼女に仕えていた家庭教師だったか誰かがお相手だったらしいけど、こんなことが公になれば王家の面子はズタボロだ。両親である公爵夫妻の必死の頼みもあり、結局は秘密裏に処理された。そんなことがあって、当時の私は女性に対して強い不信感を拭えなかった。
しかしいずれ国王となる身としては生涯独身でいるわけにもいかない。考えに考えた結果、魅力的な男性に言い寄られても靡かないほどの貞操観念の持ち主ならば、少しは信用できるような気がした。
もちろん王子妃候補にあがるような高位貴族の令嬢を騙すのだ。誘惑するのは誰でもいいわけじゃない。本人が魅力的なことはもちろん、王家に対する絶対の忠誠心、決して秘密を洩らさない口のかたさも必要だ。少しでも敵対している家門はもちろん全て除外。
そしてその奇跡のような条件に当てはまったのが、目の前にいる気の毒な青年だった。
無理難題を押しつけた自覚はある。
彼は報酬を受け取らなければならない。しかしその返答は実にそっけないものだった。
「お気になさらないで下さい。報酬はすでに受け取っております」
話を持ち掛けた当初、彼はそんなことは出来ないと断っていた。だが突然、しばらくして一度だけならと引き受けた。
当時幼馴染の令嬢の生家であるチェフラ家の領地で災害が起こり、父親は相当追い詰められていた。運悪くその前年には領地改革のための大きな借金を作ったばかりで、もはや娘を金持ちの嫁として売るしか手がなかっただろう。
父親は子どもには事実をひた隠しにしていたようだ。だが、観察眼にすぐれたレオはそのことに気がついてしまった。そして私の依頼を了承する代わりにチェフラ家への援助を頼んできた。
「あれは一番最初の依頼に対しての報酬だろう? その後についてはまだ未払いのままさ」
「はあ……。そう言われましても王宮騎士としてすでに十分な給金は頂いておりますし、他に欲しいものと言われても特にはありません」
リリアナ嬢の縁談を阻止するために命令に従ったレオだったが、ほどなくして彼女が婚約したという知らせが入った。一時は声もかけられないほど落ち込んでいた彼だったが、もうとっくに振っ切っていると思ったのに。
候補の令嬢に声をかけるという役目を頼み続けたのも、そのうちの誰かが彼の心を射止めるかもしれないという目論みもあった。彼女達はいずれも美貌も知性も教養も、すべてが標準以上の淑女ばかりだったのだから。
(なのにまさか、婚約者までいる女性を何年も想い続けているなんて)
つい最近その事実を知った私が、どれほど罪悪感を感じたかわかるだろうか。
「……とにかくこれでお役御免になるわけだし、やっとお前も自分の恋愛に集中できるというものだね」
私は素知らぬ顔で話を続ける。
「自分の恋愛ですか。ピンときませんね」
「リリアナ・オードラン令嬢はどうなんだ」
「何故彼女の名前を出すのです?」
それまでどこか上の空だったレオが、ピクリと反応する。
「……そもそも、彼女にはすでにボリスという婚約者がいますから」
直接話したことはないが、彼のことは虫が好かなかった。しかしオードラン家にはなんの益もないのに婚約を結ぶということは、リリアナがよほど彼に入れ込んでいるのだろう。あんな男がいいなんて、本当に趣味が悪い。そう思っていた。
「その男の事だけどね。どうやら婚約者の立場をいいことに、彼女の家門の力を乱用しているようだ」
「!」
「そのうえ、裏では誰彼構わず手を出しているみたい。リリアナ嬢は生真面目な性格みたいだから、婚約者の裏切りを知ったら相当傷つくだろうね」
普段は飄々として余裕たっぷりな笑みを浮かべている彼が、うってかわって落ち着かなさを滲ませる。そのことに気がつくのは彼との付き合いが長いからで、たいていの人間はうまく隠された本心に気がつかないだろう。
悲しいかな器用で気の回る性格は、彼自身の幸せにはあまり貢献していない。
(……だからまあ、世話になった私が一肌脱ぐしかないよね?)
一つ頷き、用意していたプレゼントの箱を手に取った。
「話は変わるけど、今度の夜会では君に勲章を贈らせてもらいたい」
「勲章を? しかし、王太子妃候補の件は内密で……」
「表向きはなんだっていい、適当な理由を作っておくよ。とにかく王太子である僕から送ったものを身に着けていれば、君がどれだけ将来有望か周囲に知らしめることが出来るだろう?」
前もって考えておいた理由を話すと、彼は納得したように頷いた。
「その勲章の色に合わせて、ボタンを作らせておいたから受け取ってくれ」
「ボタン? そんなものはどうでも……」
「ガチャガチャした色使いは私の美意識に反する。よろしくね、当日の衣装に付け替えておいてくれよ。絶対だ」
念押しすると、訝し気な顔をしながらも了承する。
うん、これでよしっと。
レオは部屋を退出しようとした間際、ふと何気ない調子で声を掛けてきた。
「ああ、それから殿下の婚約者殿には、全てお話していますので」
「えっ!?」
「さすがに伴侶となられる方に嘘をついたまま話を進めることは出来ません。不誠実すぎますから」
「そ、それはそうだけど……! 心の準備とか、色々、ねえ!?」
彼は優雅に一礼すると部屋を出た。
普段は従順な騎士の、小さな裏切りに苦笑を漏らす。
「はあ、やられた。……そりゃまあ、どっかのタイミングで言わなきゃいけないとは思っていたけどね……。次に会う時が怖いなあ」
誰もいなくなった部屋で、チェフラ子爵令嬢について思案した。ずいぶん後でわかったことだが、彼女はどうやらレオが一度だけと受けた最初の依頼の現場を見てしまったらしい。となればその直後に突然成立した婚約について、どこまで影響を及ぼしたのだろうか。
(ありえないとは思うけど……。もしも彼女が、まだ少しでもレオに好意を持ってくれていたのなら)
もしかしたら、昔の魔法使いが作った、悪戯のような魔法が役に立つかもしれない。
「レオ、君の幸運を祈るよ」
私は本心からそう呟いた。
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