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終末的日常論  作者: 杉下 徹
四章  類
51/54

4-12

 話がしたかった。

 特に、話したい事柄があったわけではない。ただ、話をする、というその事自体が、俺の求めていた事で。

「どうしたの? 志保が私を呼び出すなんて、珍しいね」

「話が、したかったんだ」

 曇り空の下、おそらく授業中だったにもかかわらず、呼び出しに応えて屋上へと顔を出してくれた白羽に、そのままの気持ちを伝える。

「話って? ……何か、あったの?」

 今の世界の状況では、唐突に呼び出された白羽が不安そうな表情を浮かべるのも、無理のない事だろう。どうにかその懸念を晴らそうと、笑みを浮かべて首を振る。

「いや、そういうわけじゃない。本当にただ、白羽と話したかっただけなんだ」

「そうなの? それなら良かった、のかな?」

 簡単過ぎるくらいに表情を明るくした白羽に、純粋に安堵する。

「授業中に悪かったな。空いた時間にでも来てくれれば、と思ったんだけど」

「そうだったの? でも、別にいいよ。志保が喜んでくれるなら、授業くらい」

「悪い子だな、白羽は」

「志保に言われても、何とも思わないもん」

 優しい子だ、と思う。

 俺にとって天才が彼方であるように、俺にとっての善人といえば、きっと白羽だったのだろう。人間は皆が自分の為に行動する、その理屈に当て嵌めてさえ、きっと白羽は他人の為に動いてしまう。

 他人の感情の機微にこそ、白羽は喜び、そして悲しんでしまうから。

「それで、何を話したいの?」

「何、っていうのは無いんだ。話をする、って事自体がしたい、って言うのかな」

「そうなんだ。じゃあ、私がしたい話でもいい?」

「ああ、むしろその方がいいな」

 実のところ、白羽を目の前にしても、話す内容は一切決まっていなかった。口を開けば何かしらは出てくるだろうが、白羽の方に話題があるならそれに越した事はない。

「知ってた? お兄ちゃん、高所恐怖症だったって」

「……えっ?」

 それは、深刻でも重要でもない何気ない世間話で。あくまで世間話として、白羽の口にした事実は俺を驚かせた。

「やっぱり、知らなかったんだ」

「ああ、知らなかった。というか、驚いた」

「昔から、お兄ちゃん高いところだけはダメでね。飛行機に乗った時なんか、飛んでる間はずっと寝てるって言って、結局飛んでから下りるまで本当に寝てたりしたんだよ」

 欠点、というにはあまりに小さくくだらない彼方の一面。

「本当は、秘密にしててって頼まれてたんだけど……言っちゃった」

「言うなって言われると、言いたくなるよな」

「そんな事無いよ。まぁ、志保には前から言いたかったけど」

「どっちだよ」

 自然と、笑みが溢れる。

「それなら、俺も遥香の秘密を言おう」

「人の秘密を勝手に言うのは、良くないよ」

「お前が言うな、って言うのも馬鹿らしいな。口止めされてるわけでもないし、大丈夫だ」

「それなら、まぁ、いいのかな?」

 何でもない会話を交わす。そんな簡単な、それでいて何より求めていた事が、何の意外性もなく、ただ楽しい。

「遥香は、うさぎの抱き枕を抱いて寝てる」

「……うん? それって、秘密なの?」

「その枕の名前が、白羽なんだ」

「えっ!? それは、えっと、どういう意味なのかな?」

「嘘だ」

「えっ……えぇーっ、志保ぉ」

 まだ、笑える。

 俺も、そして白羽もまだ笑える。特別な奇跡など無くとも、終わりかけた世界の上であっても、俺達はまだ笑っていられる。それだけで、きっと俺には十分なのだ。

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