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「こういうのは、いい機会だ、って言うんですかね? それとも、間が悪い、って言うべきなんでしょうか」
「俺なら、いい機会だ、と思う事にするな」
「それなら、私もそういう事にします」
口ではそう言いながらも、隣を歩く遥香の横顔はどこかバツが悪そうに見えた。
「……どう思いました? 私の、羽を見て」
だからと言って、そこに触れないわけにもいかない。
男達をその異様さだけで追い払った白の翼は、間違いなくトリックなどではなく、つまりそれは遥香という存在の核心にも迫るものだろう。如何に身に降りかかった危機を回避する為とは言え、準備もなく俺に見せたかったとは思えない。
「綺麗だと思った、って言ったら嘘に聞こえるか?」
「嘘というより、口説いてるっぽく聞こえますね」
「そうか。たしかに、足を褒めてるようなものなのか」
「あははっ、そうかもです」
ほんの少し笑いを零し、遥香はすぐに表情を戻す。
「先輩は、驚いてないんですか?」
「いや、十分驚いた」
「あんまり、そうは見えませんけど」
「驚きっていうのは、一瞬のものだからな」
そう、実際に遥香の背から伸びる翼を見た時、俺は驚いていた。そんな事が起きるなど予想もしていなかったし、そもそも俺の常識では、人は翼を生やせない。
「それに、実際に目の前で見たからだろうな。信じられない、とかそういう類の混乱が無い分、落ち着いてはいる」
そう、その驚きは俺の常識に早過ぎるくらいに順応していた。
「それなら、やっぱりいい機会だったのかもしれませんね」
そこで少しだけ表情を明るくして、遥香は続ける。
「そろそろ私の家に着きますから、詳しい話はそれからでいいですか? その方が、多分わかりやすいと思いますし」
「ああ、好きなように話してくれ」
それからしばらく、互いに無言で歩く。あえて考えようとしなくても、頭に浮かぶのは遥香の翼の事、そしてその翼と【無】やその周りに散見している白い羽との関係についての仮説が組み立てられていく。そんな事をしても、無駄だというのに。
「……綺麗だと思った、っていうのは、本当ですか?」
ふと、独り言のように細い声で、前を向いたままの遥香がそんな事を呟いた。
「残念な事に、本当だ」
「そうですか」
短い感想。表情も、感情の変化を感じるほどには変わらない。
「着きました、ここです。ボロいですけど、良ければ入っていってください」
遥香が指差した先のそれは、真新しいとまでは言えないものの、いたって普通のマンションだった。少なくとも外から見る限りでは、ボロいとは感じない。遥香に着いて階段を一階上り、『望月』と書かれた表札の貼られた部屋の前に辿り着いても、その印象は変わらなかった。
「どうぞ、あんまり居心地は良くないと思いますけど」
しかし、再度の念押しに首を捻りながら扉の中に入ると、すぐに遥香の言わんとしている事がわかった。
「……これは?」
「見ての通り、【無】です。邪魔なんですよね、こんな場所にあって」
玄関から廊下の先、リビングのちょうど中ほど、異質な存在感をもってそこに存在しているのは、遥香の言う通り、間違いなく【無】だった。
「とりあえず、私の部屋で話しましょう。私も、家ではほとんど部屋にいますから」
そそくさと部屋へと案内した後、飲み物を取ってくるなどと行って出て行った遥香を見送り、それとなく部屋を見回す。
白い壁にはポスターや絵などが飾られるでもなく、机などの家具も木製の特に変哲もないもの。ベッドカバーこそ赤と派手だが、特に少女趣味といった感じでもなく、それらしいものは申し訳程度に枕元に置かれたうさぎの抱き枕くらい。前に女の子らしい部屋がどう、などと言っていたのは、どうやらその場限りの冗談だったらしい。
「おまたせしました。もてなしにはあれですけど、良ければお菓子をどうぞ」
「ありがたくいただこう」
やがて戻ってきた遥香の持った盆の上に乗っていたものも、飲み物はコーラ、菓子はポテトチップスという少女らしさの無いセットだった。
「……さて、と。何から話すのがいいですかねぇ」
思考を独り言にして口に出し、遥香が一口コーラを啜る。
「まぁ、話は最初が肝心と言いますし、単刀直入に言いますか」
そして一つ息を吐き、覚悟を決めたように俺の目を見つめた。
「私は、神様なんですよ」




