エピローグ
「わしが聞いたのはそこまでだ」
年老いた商人はそう言って話し終えた。
「えっ? そんなところで? その後は?」
ザラ・セレンソンは驚きのあまり、カウンターを乗り越えそうな勢いを見せる。
商人はそんなザラを両手で制する。
「嬢ちゃん落ち着いて。それからどうなったかって?」
商人は辺りを見回す素振りをする。
「それは今この状況を見れば分かるだろう? 人間と魔族は平和協定を結んだんだよ」
「そんな事は知ってます! その後どうやって平和協定を結んだか聞きたいんですッ!」
ザラは怒ってカウンターを叩いた。
「ちょっと嬢ちゃん。だから落ち着いてって。……それはわしだって聞きたかったよ。だがな、その時隣の道具屋の奴が『お前かッ! 俺の女房に手を出しやがったのはッ!』って乗り込んできて……まあ、嬢ちゃんに言うような事じゃないか」
商人はザラを見るとペチリと自分の頭を叩いた。
「取り合えず邪魔が入ってな。一矢はそのまま逃げちまって、最後まで聞けんかったんだ」
ザラは不機嫌そうにカウンターの木目を見詰めた。
そんなザラの様子に商人は必死に言葉を探す。
「そうだ。この村の名物、『一矢印の回復薬』。良かったら隣の道具屋に売ってるぞ」
商人の言葉にザラは何の反応もしない。
「……中々の売れ行きでな、主人が不貞腐れながら売ってくれてる! ナハハハッ、嬢ちゃんも王都に行くなら回復薬位はあった方が安心だろ?」
今度はザラも顔をあげた。
「王都へ?」
「えっ? 違うのかい? ……だって一矢を探してんだろ?」
「はいッ! 探してます! 王都に居るんですか?」
またもザラの勢いに商人は気圧される。
「い、今は居ないらしいがな。王都には一矢と一緒に旅した仲間達が暮らしてるから、たまに帰ってくるらしいぞ。……確か四年前の平和記念祭には出てたらしい」
「よ、四年前……」
ザラは落胆を隠せなかった。
「ま、まぁ当てもなく探すよりはマシだろ? しかし王都に滞在するのも当てがないと厳しいだろうがな」
そこでザラはハッと顔を上げた。
「王都には『一緒に旅した仲間』が居るって言いましたよね? エイミーさんと言う魔族も居るんですか?」
「あ~ッ! エイミーね。確か今は王都に居て、『人魔平和大使』だかで文字通り飛び回ってるって聞いたな」
「母さんが『エイミーって魔族なら力になってくれるかも』って言ってたんです」
「母ちゃんの知り合いか何かかね? ……と言う事は嬢ちゃんも魔族?」
ザラは頷く。
「ワーウルフなんです」
「へ~! ワーウルフ? 人は……いやいや。魔族は見た目によらないねぇ」
商人は顎をさすりながらザラを見る。
「……つう事は嬢ちゃんは本当に一矢の?」
「娘だって……母さんが」
「はぁ~ッ! そうかい! いやぁ、まさかあの兄ちゃんの娘に会えるとはな。長生きはするもんだな!」
商人に好奇の目を向けられ、ザラは恥ずかしくなる。
「あの……父さんとはどういう関係なんですか?」
商人は得意気に笑った。
「わしか? わしは一矢と夢を語り合った仲だよ」
「夢?」
「そう、男の夢についてな。……嬢ちゃんにはまだ早いかな」
ザラは小首をかしげる。商人はザラが何か聞く前に続けた。
「とにかく。夢の途中、近くへ来た時に寄ってくれたんだ。……もしかして、嬢ちゃんは一度も会った事無いのかい?」
ザラは暗い表情で頷く。
「そうか。昔は一矢が何処に行ったかってすぐ噂になってたんだが、今はとんと聞かなくなった。……やっぱり王都で待ってるのが良いんじゃないか?」
「はい。もし父さんと会えなくても、エイミーさんを探してみます」
商人は腕を組んで唸る。
「エイミーに会えれば良いけどな。噂じゃ忙しいらしいからな。……それよりもベティーナ卿に会ったらどうだ?」
笑顔の商人にザラは首をかしげる。
「ベティーナ……卿にですか?」
商人は大きく頷く。
「そう。ベティーナ卿も一矢と旅した仲間で、今は公爵の一人となってんだ。確か王都警備隊本部の教育係をしているって聞いたぞ。あとは何て言ったかな……」
商人は顎をさすりながら考える。
「クレア・ベリーノーズとかベルマークっていうのも一矢の仲間で、王都に居るって聞いたな。何でも王宮魔法団の特別部隊とかなんとか」
そこで商人は再度顔を近付ける。
「あまり知られてはいないんだが、何でもその特別部隊は男しか入れず、ハードな毎日を送ってるって噂よ。昼夜問わず悲鳴が聞こえてくる話しも聞くな」
「ひ、悲鳴ですか……」
ザラの嫌そうな顔を見て、商人は笑った。
「ハッハッハッ! ……やっぱりエイミーかベティーナ卿にした方が良いかもな」
ザラは何かを決心するように頷いた。
「……色々ありがとうございました。私、王都へ行ってみようと思います!」
「おう。気を付けて行きな」
「はい! お爺さんも体に気を付けて下さい!」
ザラは店を飛び出すと、商人に大きく手を振ってから駆けていった。
「爺さんか。……まだまだ若いつもりなんだがな」
商人は頭を掻きながら椅子に座った。
『よっこいしょ。久し振りのお客さんがアイツの娘とはな。頑張って作ってんだな、ハーレム』
商人は遠くを見詰める。脳裏に浮かんだ一矢の姿と自分の若かりし頃の姿がダブる。
「……わしももう一花咲かせてやるかな」
そう呟いた商人は無意識に立ち上がっていた。
「わしだってまだまだハーレムの一つや二つ! 人生に遅すぎるなんて事はないんだ!」
「何の一つや二つだって?」
振り返った商人の目には見慣れた姿が映った。
むっくりした顔、ずんぐりとした腕、そしてでっぷりとしたお腹。
三十年間連れ添った商人の妻だった。
「か、母ちゃん。……いつからそこに?」
「あのお嬢ちゃんを見送った時から居たわよ。それで? あんたはまだくだらない事を考えてんのかい?」
「く、くだらなくない! ロマンなんだよ。男の夢なんだよ!」
商人の妻は鼻で笑う。冷めた目で見られても商人は引き下がらない。
「良いか? 一矢も最初笑われてたんだよ。それが今ではどうだ? 一矢のハーレムに入りたいって奴も居る位だぞ!」
「そりゃあ『世界を平和に導いた英雄』ならね。商人の爺いが言ってたら、それこそ通報もんだわ。警備隊よりも病院にね!」
妻の嘲りは変わらない。
「確かに平和に導いた英雄と卸屋の違いはあるけども。俺だって薬草で世界を平和にしてるからな!」
「ただ道具屋に卸してるだけじゃないさ」
「……確かに世界は言い過ぎた。だが俺の薬草で道具屋も村の奴等も助かってんだろ? この村は平和にしてるって事で良いだろ? じゃあせめてこの村だけでハーレムを」
「このバカッ!」
妻は近くの棚に有った木炭を投げた。
「痛えッ! 何すんだ! うちの商品投げんな……投げないで下さい。ヘヘッ」
顔を赤くして怒る妻に商人は腰が引ける。
「そんなに怒んなよ~。わし、こう見えても分け隔てなくみんな愛せるからね」
「ホント、この色ボケ爺がッ!」
妻は箒を手に取り、商人の背中を叩いた。
「イッテぇーッ! 母ちゃんも言ってたじゃねぇか。『娘が欲しかった』てよ。ちょっと歳食った娘だと思えば、痛えッ! だから叩くなって!」
「馬鹿に付ける薬でも仕入れて来なッ!」
妻は更に箒を振り上げる。
「ひぃーーーッ!」
商人は店から転び出ると村の中を駆け抜けていく。
それを見て、建設中の家の中からリザードマンが顔を出した。
「親方~、今物凄い勢いで爺さんが走って行きましたよ~?」
「卸屋の爺いだろ? 放っておけ。いちいちあの爺いにかまってたらキリ無いぞ。この村で暮らすならな」
「へ~い」
商人は更に半魚人とすれ違う。
「卸屋の旦那? 頼まれてた干物持ってきやしたけど? 旦那~!」
平和協定が結ばれて十六年。人間と魔族は共に暮らしていた。
異世界は本日も晴天なり。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
初めての長編という事で、色々申し訳無い部分も多々あるかと思います。
もしそれでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
本当にありがとうございました。




