魔族への思い
配給の食事を受け取ると、三人は他の兵士とは少し離れた所に座る。
そしてベティーナは昨日の会議と、今朝のエイミーとの話を二人に聞かせた。
「副部隊長さんも大変だねぇ。でもココまでは順調だな」
「それよりも、一矢殿の傷は大丈夫ですか?」
「まあね。まだ激しい運動は無理だけど」
一矢はベティーナに笑いかける。
そんな一矢にクレアがわざとらしく驚いて見せる。
「えぇッ! 大丈夫ですか? エイミーさんが戻って来たら激しく求められちゃうんじゃないですか?」
「マジで? 俺、早く喰って休むわ!」
「でもでも、良く噛まないと消化に良くないですよ?」
「そ、そう? クッソーッ! ジレンマだ!」
「だったらわたしが半分食べてあげますよ! それなら良く噛んでも時間かかりませんよ?」
「そ、そうか! クレア天才だな!」
「わたし、頭脳派ですから。フフッ」
クレアへ食事を分ける一矢にベティーナが声をかける。
「しかし一矢殿。沢山食べられた方が回復に……」
「ベティーナさん!」
クレアが首を横に振ってベティーナを止める。
「人には時として、知らない方が幸せな事も有るんですよ……」
「は、はあ……」
困惑するベティーナをよそに、一矢は笑顔で食事をゆっくり咀嚼し、クレアは笑顔で頬張る。
『これで、良いのか……な? 』
結局二人の笑顔を前にベティーナは何も言えなかった。
太陽が真上に近付く頃、見張りからハーピーが向かって来ているとベティーナの元へ報告が届いた。
ベティーナはまた門の前へと出迎えに行く。舞い降りたエイミーと対峙すると矢張懐かしさが溢れてくる。
「我等、魔族の答えはイエスだ。こちらから砦及び補給部隊に手は出さない」
「有り難う。コチラもこれ以上森へは干渉しない」
「但し、条件がある。私も魔族の使者として同行させて頂く。停戦を飲むと見せ掛けた時間稼ぎ、と言う事も考えられるからな」
「我等は人間の王都へと向かう。最悪停戦はならず、貴女も捕らえられ処刑される可能性もあるが宜しいのか?」
「構いません。元よりその覚悟です」
ベティーナは緩みそうな唇をキュッと結ぶ。
「了解しました。必ずや善処致します」
ベティーナ達の会話を聞いた砦の兵達はどよめいた。
兵士の一人が副部隊長の元へ走る。
「では準備が出来次第、ココを発ちたいと思います。そちらの準備はいかがですか?」
「こちらの準備は出来てます。いつでも」
エイミーは肩から提げた鞄を見せる。
「これから上の者にも説明しますので、宜しければご一緒に」
エイミーを連れて戻ってきたベティーナの元に、副部隊長が飛んで来た。
「ベティーナ殿! ……これは一体、どう言う事ですか?」
「説明致しますので、何処か場所を」
ベティーナはチラリと見回す。兵達がベティーナ達を注視していた。
「しかし、こいつは魔族ですぞ?」
「私にお任せ下さい。いざとなれば……」
ベティーナは腰に提げた剣の柄に手をかける。
「……了解しました。それでは部隊長のテントで。中隊長達も呼びましょう」
部隊長のテントでベティーナ達が待っていると続々と兵長達が入ってきた。
「ベティーナ殿! 何故魔族がこんな所に?」
テントに入ってくるや否や中隊長が言った。
「我等の監視役含め、魔族の使者として同行されるとの事です」
「まさか……魔族を王都へ招き入れようと言うわけではあるまいな」
驚愕する中隊長に、ベティーナは冷静に答える。
「何か問題でも?」
「ベティーナ殿は正気かッ? 魔族に王都の場所を知らせる事になるではないか」
「彼女の様に魔族には空を飛べる者もいます。調べようと思えばいくらでも調べられるでしょう」
「王都へのスパイ行為が目的かもしれませんぞ!」
「王の暗殺を目的としてるかもしれません」
「それに王都を魔族が歩けば混乱を招きます」
ベティーナは兵長達へ苛立ちを覚え始める。
『何故、この者達はエイミー殿を信用しようとしないのか!』
ベティーナ自身も昔はそうだったと、心を落ち着かせながら口を開く。
「彼女を私の刃が届く範囲へと常に置いておきます。それにハーピーには変身能力も有ると聞きます」
そこでベティーナはエイミーを振り返る。エイミーが人間の姿へと変身すると兵長達は驚きの声をあげた。
「これなら要らぬ混乱を避ける事が出来ます。どうか御許可を」
沈黙の中、一人の中隊長が問いかけた。
「何故それほどまでに危険を侵そうとするのでしょう。……下手をすれば貴女も処罰は避けられませんぞ?」
ベティーナは毅然として答える。
「単に平和を目指すゆえ。今のままですと戦争は長引きます。平和的に終戦出きるのならば多少のリスクは覚悟の上です」
「そこまで魔族に肩入れするとは。何か良からぬ事を考えていないか、勘繰ってしまいますな。……例えば魔族を利用し反乱を企てているとか」
この中隊長の意見は他の中隊長も驚いた。
「お主! それはベティーナ殿に失礼ではないか! 先の戦いでもベティーナ殿達が居なければどうなっていたか」
「私はそれも怪しんでいるのだ。そもそも何故、こんな変虚の地まで応援に駆けつけたのか? ベティーナ殿の担当は海を渡った向こう側ではないか!」
だがベティーナは狼狽えない。それも事前に予想していたからだ。
「それについては説明させて頂いた方が宜しいでしょうか」
「是非!」
異を唱えた兵長がベティーナを促した。
ベティーナはクレアに魔獣退治、海賊退治と手伝って貰った事。
クレアが王宮魔法団を目指している事。
王都では本作戦の為入団試験が難しいと言う噂を聞いた事。
そして一矢の提案で魔法団員にスカウトされるのを期待し、義勇兵として参加しようとなった事
二人に恩を感じ、ベティーナも同行した事を説明した。
一矢の思惑とエイミーの事は伏せていても、話しに十分筋が通ているはずと、ベティーナには自信があった。
その証拠に中隊長達にそれ以上異を唱えるものは居ない。
「当初の予定通り、私の独断でと言う事で良いのです」
副部隊長が静かに立ち上がった。
「……ベティーナ殿。報告書をお返し頂いても宜しいか?」
「勿論です。皆さんにはご迷惑をお掛けしないように致します」
ベティーナが副部隊長に昨日受け取った書簡を返す。
「何か誤解をされていますな。報告書に魔族が同行する旨を追記させて頂くだけです」
それを聞いて、中隊長の一人が勢い良く立ち上がる。
「何だと! 副部隊長殿! それはどう言う事か?」
報告書を書く副部隊長はそんな罵声に動じない。
「義勇兵のベティーナ殿にそこまで責務を押し付けるつもりはない。正規部隊の我々が担うべきものだろう」
「しかしッ! 下手をすれば我々にも類が及ぶぞ!」
「ならば私個人の嘆願書と言う事なら宜しかろう! ここまで尽力頂いたベティーナ殿をこのまま送り出すのか? もし部隊長殿が御存命ならば、そんな事はしないはずだ」
「……上が問題を起こせば、部下の兵達も巻き沿いになる。部隊長ならその辺もわきまえるハズ。……だが、個人の事にとやかく言うつもりはない」
「中隊長殿の言う事は至極もっともな話し。……ベティーナ殿、私の嘆願書などお役には立てぬかもしれませんが、宜しく頼みます」
「これ程の御厚意、感謝しきれません。きっと良い返事を頂いてまいります」
ベティーナは副部隊長に頭を下げる。
「ベティーナ殿。私からも一つ宜しいか?」
一人の中隊長が手を挙げた。
「私もベティーナ殿の力にはなれそうもないが、私は魔法団員の分団長をしています。クレア殿に魔法団への推薦状を御用意致します。少なくとも試験を受ける事は出来る筈です」
「有り難うございます! クレア殿もきっと喜ぶでしょう」
二通になった書簡を携え、ベティーナとエイミーはテントを後にした。
だが砦の中に魔族が居ては空気が張り詰めてしまう。
早々に出発しようとするが、昼食前の出発にクレアが反対する。
「待って下さい! こういう時は焦った方が敗けです! 先ずはご飯を食べて、お代わりしてからですね……」
副隊長の計らいで二人前の弁当を用意する事で渋々クレアは納得した。
そしてベティーナの手綱で一矢達の馬車は王都へ向かって出発した。




