ベティーナに会っちゃいました
クレアは宿屋まで馬車を爆走させた。
「どー、どー。素晴らしい走りだったッスよ」
クレアは馬を撫でる。
一矢は転がり落ちるように馬車を降りた。
「ちょっと、大丈夫?」
心配になって入口で待っていたエイミーが駆け寄る。
「人が少なくて、良かった」
一矢はそれだけ言うとその場に倒れこんだ。
エイミーはそんな一矢と何故か満足気なクレアを不思議そうに見比べていると、一頭の馬が駆けてくる。
「そこの馬車! 街中をあんなスピードで走るとは! あっ、一矢殿達でしたか!」
鎧を着たベティーナが馬に乗ってやって来た。
「ふふん、わたしに言わせれば何故全力で走らないのかと問いたいッスね」
誇らしげに胸を張るクレアにベティーナは言葉が出てこない。
「一体どういう事?」
状況を飲み込めないエイミーが二人に聞く。
「エイミー殿」
ベティーナは馬を降りる。
「昨日、もし何か失礼があったのでしたら謝罪させて下さい。申し訳ありませんでした」
「い、良いの。気にしないで」
そう言うエイミーの表情は硬い。
ふと、ベティーナは自分に向けられた視線に気が付いた。
宿屋の入口の所に人間姿のワーウルフと、上着を着たままのスージーが立っている。
その瞳には畏怖の念が込められていた。
「エイミーの言う通り、気にする必要ないさ」
一矢が馬車に掴まりながら立ち上がる。まだ足腰に力が入らないようだ。
「それより警備隊の朝は早いんだな、もう仕事か?」
「えぇ、昨日サーカスで魔族が逃げ出して、大変だったんです。調査が終えて帰る途中だったんですが、そこで物凄いスピードで走る馬車を見付けて追いかけてきたんです」
一矢はジロリとクレアを睨む。
「そうだったんスか? 偶然ッスね~」
しかし当のクレアは悪びれた様子はなかった。
『出来ればベティーナに会う前にすべて片付けたかったけど……』
一矢が後悔しても、こうなってはもう遅い。
「そう言えば皆さんも昨日サーカスに行かれたんですよね? 何か異変などありませんでしたか?」
ワーウルフとスージーは息を飲む。ベティーナはそれを見逃さなかった。
一矢とエイミーはポーカーフェイスを装い、何故かクレアは楽しそうに全員を見渡している。
一矢はチョット考える素振りを見せて答えた。
「特に変わった事は無かったかな。初めてサーカスを見たからハッキリ言えないけど」
「……そうですか」
そう言いながらベティーナはスージーに近付く。
スージーはオドオドと視線をそらし、着ている上着をギュッと掴んだ。
「失礼」
ベティーナはサッとスージーの上着を捲る。
中には赤色の着物姿が覗いた。
一矢はそれを見て胸を撫で下ろした。そこにエイミーが耳打ちする。
「さっき何とか変身出来たのよ」
「すまない。逃げたハーピーと背格好が似ていたもので」
ベティーナはスージーに頭を下げた。
「でも、昨日は安全だって言ってたのに何故?」
一矢は出来るだけ自然に聞いた。
「はい。調べたところワーウルフが檻を壊して、他の魔族も逃がしたようなんです」
そこでエイミーは一矢がワーウルフの檻だけ鍵を使わなかったワケを理解した。
『ワーウルフは自力で逃げたと思わせたかったんだ』
「それは怖いね。俺達も気を付けないと」
「そうですね、案外近くに居るかもですしね。ムフッ!」
クレアはそう言って笑いを堪えた。
『落ち着け俺。多分クレアは嘘をつくのが苦手なんだ。悪気は無いんだ。無いはず!』
一矢はそう思い、怒りを押さえ込んだ。
「そ、それより本部に戻る途中だったんだろ? クレアにはもう手綱は持たせないから安心して」
「はい、それもそうなんですが……」
『ヤバイ、怪しんでいる。でもこれ以上帰るように言えば余計怪しまれるし……どうしよう?』
「ところで皆さんこそ、こんな朝早くからどうされたんです? どこかへ行かれるんですか?」
「あぁ、エイミー達が自分の村に帰る事になってね」
取り敢えず一矢は正直に答えた。
「もしかして、そちらのお二人もお仲間ですか?」
「あぁ、エイミーのね。折角だから皆で帰るんだって」
「そうなんですか。ところで妹さんの形見は見付かりましたか?」
「えっ?」
驚いたのはスージーだった。
『マズイ! スージー達にはその辺の事情は説明してなかった!』
「……もしかして妹さん?」
「あっ、えっと……」
スージーは困ってエイミーを見る。
「これは一体どういう……」
「違うッス! 魔族じゃないッス!」
一矢は思わずクレアの口を塞いだ。
『しまった。口を塞ぐのは逆効果かも』
一矢はベティーナの様子を伺う。
「どういう事ですか? 魔族なんですか? 違うんですか?」
「いやいや、よく見てよ。二人が魔族に見える?」
「魔族を見世物にするのがイケないのよ!」
突然エイミーがベティーナに噛み付いた。
「妹が魔族と言うことは、貴女も魔族だったんですね。人を騙して……何が目的なんですか!」
「勘違いしないでッ! こっちは妹さえ助けられればそれで良いわよ! こんな街にも、もう用はないわ!」
「私が行かせると思いますか? 魔族のスパイかもしれないのに」
ベティーナは剣に手をかける。エイミーも袖の中にあるナイフを掴んだ。
二人の間に緊迫した空気が流れた。




