最終目標はハーレム、ヒモ暮らし
一矢達は船内に入ると無言で廊下を進む。エイミー達も口を開かない。
一矢は自室の前で立ち止まるとエイミーに向き直る。
「エイミー、ちょっと話しても良いか?」
「……ええ、良いわよ」
「それじゃあ私は先に部屋へ戻ってます。エヘヘ、ごゆっくり~」
クレアが部屋へ入るのを見送り、二人は一矢の部屋へと入った。
一矢は部屋へ入ると窓から外を眺める。
丸く切り取られた世界はどこまでも美しかった。
澄渡った青空。太陽に煌めく波。
ザパンッ
その時一矢は、何かが海に投げ込まれる音を聞いた気がした。
船長が海に投げ込まれるイメージが一矢の脳裏をよぎる。
重い鎧が動かぬ船長の体を海底へと運んでいく。
深い深い、闇の中へと。
『そんなわけない。そんな音聞こえるわけない。……そんな、分かるわけ……』
一矢は固く目を閉じ、頭に浮かんだイメージを追い出そうとする。
「一矢の考えは立派だけど、やっぱりこの世界には合わないのかもね」
エイミーの声で一矢は我に返った。
「……エイミーも俺には敵わないと思うから一緒に来るのか?」
「確かに一矢は私より強いと思うわ。でもね、あたしは自分の意思で一緒に来てるの」
エイミーはそう言いながらベッドに腰掛ける。
「一矢が強くても嫌なら逃げるわよ。あたしには羽があるんだから。そこは負けないわよ?」
冗談めかしてエイミーが言っても一矢は振り返らない。
「エイミーは人間の事……どう思ってるんだ?」
「そうね、魔族で言えば最弱の部類に入るかな。……でも最弱でも怖いと思ってる。特に集団はね」
エイミーは天井を見上げて続ける。
「正直、人間と手を取り合うなんて想像出来ない。……でもね。手を取り合わなくたって、戦う必要は無いのかなって思えてきたの。あんたのお陰でね」
「俺は……」
一矢はエイミーに背を向けたまま言い淀む。
「あんたにしてはシリアル過ぎるわね。バカなんだから、あんまり考え過ぎると熱が出るわよ?」
「俺は女が男の部屋に来るって事はOKのサインだって聞いた事が有るんだけど」
「えっ?」
振り返った一矢は悪戯っぽく笑っていた。
エイミーは自分が腰掛けているベッドを見て、顔を赤くした。
「バ、バッカじゃないのッ! この変態! あたしはもう行くからね!」
エイミーはベッドから立ち上がる。
「……ありがとう」
一矢の言葉にエイミーは微笑んで部屋を出ていった。
『確かに考え過ぎだな』
一矢は自分の頭をかく。
『俺の目標はあくまでハーレム、働かずに養ってもらうんだ! 今はただ、出来る事をやろう』
一矢はそう思ってベッドに横たわる。
その時、エイミーの甘い残り香が一矢の顔を綻ばせた。
エイミーが部屋に戻るとクレアがベッドの上で微笑みながら待っていた。
「どうでした? チュー位したんですか?」
「あんたまで何言ってんのよ! するわけないでしょ!」
エイミーは備え付けの椅子に腰掛ける。
「えぇー、でも彼氏さんが落ち込んでたらそん位するんじゃないですか?」
「そんなんじゃないから!」
クレアはベッドを飛び出し、エイミーの向かいの椅子へ座る。
「でもでも、何か良い感じじゃないです?」
「全ッ然! 仕方なく一緒に旅してるだけだし、それにあたしは魔族で一矢は人間でしょ?」
「キャーッ! 禁断の恋じゃないですか!」
「私の事は良いの! それよりあんたはどうなの? 人間同士じゃない」
「わたしは男性を受けか攻めかにしか見れませんから」
クレアは遠い目をして言った。
「さっきも男になったエイミーさんとベティーナさんが一矢さんを取り合う設定で妄想してました……。やっぱり一矢さんは『受け』ですね」
「……あんたに聞いたあたしがバカだったわ」
その頃、一矢の部屋をベティーナが訪ねていた。
「一矢殿、御気分はどうですか?」
「すこぶるオッケーです! イヤ~、さっきは邪魔しちゃてすいませんでした~」
いつも通り明るい一矢でベティーナはホッとした。ただ少し、わざとらしさも感じる。
「一矢殿が謝る必要はありません。こちらこそ配慮が足りなく、申し訳ありませんでした」
ベティーナは頭を下げる。
「それで今後の事なんですが……このまま王都へ向かおうと思います」
「良いのか? あんなに反対してたのに」
「はい、私達は先程の様に魔族を沢山殺してきました。何の迷いもなく。……しかし一矢殿の言葉で疑問を持ってしまったんです」
一矢は静かにベティーナの話を聞く。
「卑怯かも知れないが判断は上の者に任せようかと思います。……正直私には何が正しいのか分かりません」
「全然卑怯じゃないさ。多分政治的な話になるんだろうし、俺達が出来る事は話し合いの場を作るまでだよ」
ベティーナは真っ直ぐ一矢の目を見る。
「しかしそれすら叶わぬ時は、魔族を王都に入れた罪を問われるかもしれませんよ?」
「それは覚悟は出来ているよ。多分エイミーもね。ベティーナは良いのか? 警備隊隊長なんだし」
ベティーナはハッキリと頷く。
「どんな処罰でも受ける覚悟です。共に行きましょう」
「よし……一緒に添い遂げよう!」
一矢はベティーナに親指を立てて見せる。
「添いッ? バ、馬鹿! そう言う冗談はやめて下さい!」
「ハハッ、赤くなっちゃって。かっわいい」
「なっ! 何を言ってるんですか! ……それでは王都に向かう件、エイミー殿達にも宜しくお伝え下さい!」
耳まで真っ赤にしたベティーナは足早に一矢の部屋を後にする。
一矢はそのままベッドに横になった。
『これで良いよ。小難しい事は俺の仕事じゃ無いし、ベティーナの仕事でも無いもんな。……やっぱり出たとこ勝負か』
一矢は静かに眠りについた。
次の日、エイミーが王都に向かっている事を知り、叩き起こされるまでは。




