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異世界転移しちゃいました

 野村(のむら)一矢(かずや)は今日もオンラインゲームをして過ごしている。

 レベルはマックス、全てのクエスト・ダンジョンもクリアし、仲間同士のチャットに時間を費やしていた。


『また親が早く就職しろって言い始めた。何か言い訳考えないと』


 一矢は仲間に向けたグループチャットで語りかける。


『大器晩成型なんでちょっと待って、で良いじゃん』

『今充電中だからは?』

『働きたくないからって言ってやれ』

『社会のせいにしよう!』

『諦めて働く。次回アブデートが入った時に辞める!』


『全部一回やったわw めっちゃ怒られたww』


 時間はあっという間に過ぎていき、一矢はメンバーに挨拶をしてパソコンの電源を落とした。


 着替えも歯磨きもせずにそのままベッドへ潜り込むと、一矢はジッと天井を見詰めた。


「はぁ、異世界行ったら好き放題してやるのにな……」


 一矢はため息を付く。ふと天井の隅にシミがあるのを見付けた。


『あれ? あんなシミ、有ったっけ? ……なんか人の顔みたいだな』


 一矢はそう思いながらシミを何気無く眺める。


『異世界……。勇者も良いけど魔王も良いな。成り上がり系にするか? ……成り上がりだと?』


 一矢は自分で自分の考えに驚いた。


『俺は何に成り上がるつもりだ? 要職に就くって事か? 王様とか? 俺は異世界まで行って働く気なのか?』


 一矢は自分自身に問い質した。だが、すぐに首を振った。


『……ハーレムでヒモ暮らしにしよ』


 一矢は自分の妄想に自ら笑いながら眠りについた。

 だから天井のシミが笑う様に動いても、一矢は気付かなかった。





 背中に伝わるヒヤリとした感覚に一矢は目を覚ました。


 一矢の目の前には見慣れない光景が広がっている。

 壁も床も天井も、全てがレンガ造り。ドーム状になっており、扉も窓も見当たらない。


『こっ、これはもしかして異世界転移? いやいや、そんなまさか。……まさか……ねぇ』


 一矢が混乱から立ち直れずにいると、何処からともなく声が聞こえてきた。


『……異世界に行きたいか?……』

「えっ?」


『えっ? こっちが、えっ? イヤイヤイヤ、無いわ〜。今まさにビッグチャンス掴もうとしてんのにそれは無いわ〜。もう一回いくぞ? 異世界に行きたいかーーー!!』

「……お、おう……」


 突然の出来事と謎の声のテンションの高さに戸惑いながらも、一矢はそう答えた。


『……ならば力を選べ……』


 ガチャガチャと騒々しく、金属音が響き渡る。

 一矢が見回すと壁一面に色々な武器が立て掛けられていた。


 そして背後から不穏な音が聞こえてくる。


 シュロロロロ……


 一矢が振り向くと自分の顔ほどの目が二つ、大きな口の先から小さな舌がチロチロ出ている。


 それは大蛇だった。


 大蛇は鎌首をもたげて一矢に近付いてくるが一矢は動けなかった。


 だが大蛇は容赦なく一矢に襲い掛かる。

 大蛇の噛み付きを一矢はギリギリの所でかわした。


 大蛇は改めて一矢に照準を合わせると、今度は連続で襲いかかってくる。


「うわぁ、ひぃ! イヤッ!」


 一矢は悲鳴をあげながらかわしていく。


 そこで一矢は気が付いた。


『あれ? ……こいつ、大した事無いぞ』


 大蛇の攻撃は落ち着いて観察すれば簡単にかわせるものだった。


『これならイケるかも……』


 一矢は大蛇の攻撃をかわしつつ、思いっきり横っ面をぶん殴った。

 大蛇は面白い程吹っ飛び、壁に激突した。


「よっしゃーー!」


 一矢がガッツポーズを取ると再び声が聞こえてきた。


 『……良かろう。お主の力は『拳』じゃな……』

「えっ? 拳?」


 一矢は辺りを確認する。


 大蛇がピクピクと痙攣している周り、立て掛けてあった武器が散乱していた。


「力……そうか! 武器を選べって事か!」


『……それではその()を持って旅立つが良い……』

「ちょ、ちょっと待った! 今っ! 今選ぶから待って!」


 一矢はもう一度数々の武器を確認する。


『……やっぱりここは王道に剣か。でも槍も格好良いな。いや、格好良さならあっちの矛だか檄だかも捨てがたい。パワー重視で斧も良いかな……あっ!』


 そこで一矢は一つの武器に目を奪われた。

 ベルト付きのホルスターに納まった拳銃、しかも西部劇に出てきそうなリボルバータイプ。


「うーーーん……」


 一矢は考える。


『助けて~~!』

 逃げる村娘。追いかけるゴブリン。そこに登場する俺!

 目にも止まらぬ早業でゴブリン達を撃ち抜く俺!

『キャー! ありがとうございます! 凄いお強いんですね!』

『ふっ。こっちのマグナムも凄いぜ?』

『ドキッ!』

 そして森の中に消える二人。


 一矢の妄想終わり。


「ええいっ! 完璧ッ!」


 一矢は拳銃に向かって走り出した。


 だが丁度その時、ガクリと大蛇も力尽きる。


 周りの床も壁も一気に崩れ、一矢もろとも闇の中へと落ちていった。


「俺の、マグナム計画がぁぁっ!」


 闇は一矢の叫び声までも呑み込んでいく。





 一矢は気が付くと森の中に寝そべっていた。

 自分の両手を確認するもやはり何も持っていない。


『〈ワンショット・マスター、一矢の冒険〉はおわた』


 失意のもと、一矢は再び目を閉じた。


 どれ位そうしていただろか。一矢に近付く足音が聞こえる。


「もし、大丈夫ですかな?」


 老人の声が聞こえる。


「もし……」


「気にしないで下さい。女の子に話しかけられるのが王道なので、それを待っているだけですから」

「良く仰ってる事が分かりませんが……ほれ、リサリーや。お前も声をかけてあげなさい」


 それを聞いて一矢は飛び起きる。

 薪を背負った老人の後ろから、十にも満たない少女が一矢を見ていた。


『……確かに女の子だけど、求めてたのと違う!』


 地に両手を付けてガックリとうなだれる一矢に、リサリーは恐る恐る声を掛けた。


「お兄ちゃん……大丈夫?」

「お兄ちゃん!?」


 一矢は食い入るようにリサリーを見詰めた。

 リサリーは一矢の視線から逃れるように、老人の影へと隠れる。


『お兄ちゃん……良い響きだ』


 一矢はその余韻を噛み締めるように目を閉じる。そして、すっくと立った一矢は天を仰いだ。


『〈お兄ちゃんのハーレム物語〉始めてやるか!』


 決意を新にした一矢は拳を固く握りしめている。

 そんな一矢の様子を老人とリサリーは心配そうに見詰めた。


「あの、頭でもぶつけられましたか? ワシの家はすぐソコなので良ければ休んで行かれませんか?」

「行きましょう! そこで物語は始まるのですね? 大丈夫です。分かってますよ!」

「……はぁ」


 困惑気味に歩き出す老人をよそに一矢は意気揚々とついていく。

 リサリーはそんな一矢を警戒し、家に着くまで老人から離れようとしなかった。


 老人の家は木造の簡素な山小屋で家の脇には沢山の薪が積み上げられている。

 老人は入口の所に背負っていた薪を降ろすと二人を小屋の中へと招き入れた。

 小屋の中には土間や囲炉裏等があり古い日本家屋の様な造りだ。


「……ココにはお二人で住んでいるんですか?」


 一矢は中を見渡しながら尋ねる。お世辞にも広いとは言い難い。


「本当はワシ一人なんじゃが、最近この先にある村へ魔族が来るようになって。それでこの子を匿っておるんじゃ」


 その話を聞いてリサリーは暗い表情を見せる。逆に一矢は生き生きとした表現だ。


「魔族! なるほど、テンプレ通りですね! 分かりました。ヤりましょう!」

「ヤる? それは一体どういう……」

「もう、分かってますから。その魔族達を追っ払えば良いんですよね!」

「お兄ちゃん、魔族をやっつけてくれるの?」


 リサリーは顔を輝かせる。


「コレ、そんな事一人では無理な話じゃよ。それに魔族達ならそのうち去って行くはずじゃ」

「いえいえ、私に任せなさい! こんな最初のクエスト位、ちゃちゃっと片付けてやりますよ。それで村は何処なんですか?」


 一矢の自信に老人も戸惑う。


『この若者は魔族と戦った事があるのでは。有名な旅人さんなのかもしらん』


 もしそうなら、自分なんかが引き留めるのも悪いのではとも思い始めていた。


「村はココから真っ直ぐの所にあるので迷う事はないと思うのじゃが。……しかし、本当に大丈夫ですかのう?」

「無論です! 必ずや村を、女性たちを開放致しましょう!」


 心配そうな老人に見送られて一矢は鼻唄まじりに出発した。





 獣道を進む事十分程度で村に着いた。見たところ村の裏手側に出てきたらしい。

 近くに居た村人が一矢に気が付くと駆け寄ってきた。


「あんた旅の人かい? 悪い事は言わねぇ。今、魔族が来てんだ。さっさと逃げた方が良いよ」

「大丈夫。私はそのために来たのですから!」


 ポカンと口を開けた村人を置き去りにしてどんどん村の中に進んで行った。


 一矢が村の中心部であろう広場に着くと、そこには明らかに今までの人達とは違う者が居た。

 鱗に覆われた体に鎧を着ており、鎧の下から一矢の胴体程もある尾が覗いている。顔も爬虫類に近い。


『こいつらが魔族か』


 村人達から巻き上げただろう食糧品の所でトカゲタイプの魔族、リザードマンが二体で笑っていた。


『……チョット強そうかな。まぁ最初のクエストだし、二体だし、イケるよ。よし、イッちゃうか!』


 一矢はリザードマン達に向かって大声を張り上げた。


「この醜い魔族ども! 異世界ヒーロー、一矢様が直々にブッ飛ばしてやる! 覚悟しろよ!」


 リザードマン達は驚きの表情を見せる。だがすぐに近くの武器を手に取り、敵がい心を剥き出しにした。

 一矢はそれでも尚、余裕の笑みを称えたまま。リザードマン達に近付いていく。


 すると周りの家々からもリザードマンが次々と出てきた。


 四、五、六……十、十一、十二、十三。


 家の中で金目の物を奪ってきたらしい。中には酒瓶を脇に抱えている者も居た。

 一矢は既にその歩みを止めていた。笑みは消え、今にも逃げ出しそうなへっぴり腰になっていた。


『アレ? ナンカ、オモッテタノトチガウ……』

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