帝院雷輝の心情
「で、結局聞きそびれていましたけど……どうして澪は昨日のことを? あ、ここ第二体育館で授業ではほとんど使いませんので」
「知れたこと。あいつは貴様のようにこちらに入って協力することを選ばず、あくまで知らないうちに事件が解決することを望んだのだ。だからあいつの記憶は消され、あいつはふつうの生活に戻った。それだけの話だ」
「そう……ですか」
一応口実として使ったとはいえ、言っちゃったことは言っちゃったこと。帰った時に鳳凰院さんが学校施設に関して何も知らなかったら「お前一体何しに行ったの?」と、授業さぼったことも併せて担任からお説教がありそうだったので、私は素直に鳳凰院さんに学校案内をしていた。
もっとも、鳳凰院さん曰く「王の力を持つ俺は常に油断しない。いつ戦闘になってもいいように、この学校の見取り図はすでに頭に入っている!!」とのことだったが……。
そんなこんなで別段真剣に学校案内をする必要がなくなった私は、今朝の澪の異常事態に関して鳳凰院さんに話を聞いていた。
「ふん。平民らしい考えではあるな。なぁに、力を持たない人間が異常な力に恐れるのは悪いことではない。その恐れはやがて敬意へと変わる。王の力を持つ俺に対する憧れへと変わるからな」
少なくとも先ほどのバカのような奴は、現れはしないだろう……。と、若干どころかかなり凶悪な青筋を浮かべる鳳凰院さんに、私はあわてて愛想笑いを浮かべる。笑顔引きつってないよね?
「で、でも鳳凰院さん? あなたも怖くはなかったのですか?」
「なに?」
「だって、刻印者の話を聞く限り、鳳凰院さんも私たちと同じ一般の人だったんですよね?」
「……」
そう、刻印者は近年になって突然体に刻印が刻まれ異能の力が使えるようになった人たちを指す。つまり、もともとはただの一般人だった人たちのはず。鳳凰院さんもきっと、私たちと同じ普通の生活を送っていたはず。
それなのに彼はこんな命の危険にさらされる戦場へと身を置いている。それにはきっと、
「…………」
私が望むような超ク――――――――――ルな、かっこいいシリアスで思わず涙を流してしまうような理由が隠れているはずなのよっ!!
「貴様……この空気に持ってきておきながら、なぜそんなに目を輝かせている?」
「え? 目、輝いてます!?」
「あぁ……。ついでに言うとよだれもたれている」
それはゆゆしき事態だと、私はあわててハンカチを取出し口元付近を吹いておいた。
「さぁ、話してください!!」
「いや……なんか凄く嫌なんだが」
このまま言わないとなんかしつこく食い下がられそうだしな……。と、かなり失礼なことを言いながら鳳凰院さんはキリッとした顔になって、語りだした。
「大した事情ではない。俺は突然王になった……それを見込まれて天敵――昨日教えた0課最後の戦闘要員だが――にスカウトされた。そして俺は、そいつを――」
鳳凰院さんはそこで言葉を切ると、
「完膚なきまでに殺し尽くすために、俺はいまだにあの組織に所属している」
ぞっとするような冷たい声で、物騒すぎる自分の目的をつげた。
「っ……」
私はその声のあまりの冷たさに思わず息を飲む。鳳凰院さんの雰囲気があまりに殺伐としていて、物騒だったからだ。
「そんな……どうして? どうしてそんな物騒なことを」
「あいつは俺のすべてを侮辱した……」
さすがにあまりに物騒すぎるので、ちょっとばかし軌道修正してあげようかな~と声をかけた私だったが、帰ってきたのは先ほどと変わらない、彼の能力とは真逆の絶対零度の言葉だった。
「俺が大切にしてきた宝を、俺が守り続けてきた信念を、俺に寄り添い続けてくれた友を……あいつはすべてすべてすべてすべて『張りぼてにも劣る醜い砂上の城だ』を鼻で笑った! 許せん……あの男だけは絶対に許さん!! まぁ、実際にはあいつの顔は常にあいつの属性に変換していたから、本当に男かどうかはよくわからなかったが、些細な問題だ!! とにかく、必ず……次に会ったときは必ず、あいつを、殺すっ!!」
鳳凰院さんの激情に反応したのか、彼の髪が見る見るうちに熱を帯び火の粉を散らし始める。周囲の空気は蜃気楼のように揺らめき、あたり一帯の気温が見る見るうちに上がっていく。
って、いやいやいやいや……あぶないからぁああああああああ!? ちょ、ちょちょちょ、学校燃えちゃう!? 避難訓練に『これは訓練ではありません!!』がついちゃぅううううううう!?
「鳳凰院さん、力が漏れ出ていますよ」
「っ!?」
お、お、落ち着け私! こういう時こそビークゥウウウウウウウウウウウウウル!! お前ならできる、常日頃から異次元異常事態のシュミューション(澪風に言うなら妄想)をしていた私はこんなところで動じない!! 怒り狂った鳳凰院さんを刺激しない、それでいてかっこよく聞こえる諌め方を私は知っている!!
「あなたは王の力を持っているのでしょう? だったら、いつかきっとその人にも勝てるはずです。王とはいつだって、頂点で君臨するものなんですから。そうしたらその人だって、あなたが守ってきたものを馬鹿にしたりすることは無くなりますよ」
「……」
鳳凰院さんはしばらくの間毒気を抜かれたような顔で私を見つめていましたが。
「ふっ……平民風情が随分な口をきく」
と、若干『アレ失敗しちゃった!?』と不安になるセリフを吐いた後、
「だが、王の力を持つこの俺を慰めようとしたその忠義……大義であるぞ」
と、どこか満足げな笑みと共に炎をおさめた鳳凰院さんに褒められてしまった。
なにこれ? フラグ?
…†…†…………†…†…
「優子の様子がなんか変なのよ……」
「あの、それは分かったけどなんで出会って数日の俺にそんなこと話すんだよ?」
昼休み。俺――帝院雷輝はほかの男子たちと固まってすわり一緒に昼食をとろうとしたんだが、突然背後に立っていた北野澪の「ちょっと話があるんだけど、ついてきてくれない?」発言によって教室中の話題をかっさらいつつ拉致監禁され、屋上へと無理やり引っ張ってこられた。
春になったとはいえ、少し肌寒い程度には、気温が低い今日のこの頃……。正直言ってこんなところで飯を食べるのは勘弁してほしいんだが、残念なことに彼女いない歴=年齢の俺は、女子のおねがいを断るなどという高度な技術を要する行いができなかったため、こうして泣く泣く屋上までついてきてしまった。
とはいえ、年頃の女子と二人っきりである。これで燃えない男子はどうかしている!! だから、俺は「こ、告白!? 告白なのか!? いや、でもやっぱりいきなりすぎるだろ? もしされたら丁重に保留するために『お友達から始めませんか?』がファイナルアンサァアアアアアアア!!」と、へんな風にテンションが上がっていたのだが、
「いつもへんなのはわかっているんだけど、今日はなんか地に足がついた、変な感じがするというか……」
「お前、それ聞き方によっては、中田が真正の変態になったって風に聞こえるぞ……」
出された話題がこれだった……。俺の期待返してよ……。と、内心で両手両膝をつく体制をとりながら愚痴を漏らす俺。
とはいえ、やはりわざわざ俺を相談相手に選んだということは、それなりの理由があるはずだと考え直し、とりあえず真剣に話を聞いてあげることにする。
「なんというか、いつもはなんか『こんな世界があったらいいな~』といわんばかりのフワッフワッした戯言ばっかり吐いているんだけど、今日はなんか違っていて……」
「あぁ。今朝見てたぞ? ホントなんか事件に巻き込まれた顔していたよな~」
俺はそう言いつつ、今朝方あくび交じりに登校した際に見た光景を思い出していた。
昨日は大変だったね~的なことを言って、北野に首を傾げられる中田。それに心底驚いた様子で「何も覚えていないのか!?」と詰問する中田。その後現れた鳳凰院と、なにやら中二臭いことを話し始めた中田……。
なんというか……うん。あれだな……
「鳳凰院というご同類を得て、とうとうご真剣にこじらせちゃったんじゃ?」
「あぁ~。やっぱりそういう結論になるわよね……」
というか、それ以外に普通の答えが見つからんし……。
「それとも割とマジで事件に巻き込まれたか、だな。お前ほんとに覚えてないの? どっかに頭ぶつけたとかで一瞬記憶が飛んでるとか?」
「そんなに強く頭ぶつけたら、たんこぶの一つでもできているでしょうが。でも、あいにくとそんなたんこぶは、私の頭には確認できていないわ」
ですよね~。それにたんこぶなんてできていたら、俺としては逆に反応に困るし……。
「結論としては、割と真剣に病気がひどい感じに発展してしまったと?」
「多分原因はあの鳳凰院とかいう転校生ね。見るからに優子が好きそうなオーラを出しまくっているわ」
「俺様中二キャラ?」
「いまどき日本人が赤毛な時点でアウトだと思う……。どうせ名乗るなら苗字、ウィーズ○ーにしておきなさいよ。それなら赤毛でも許容範囲よ」
「いくらなんでもあのバリバリ日本人の顔立ちで、その苗字はないと思う……。というかいまどき自然な髪染めなんていくらでもあるだろ? 赤毛に染めることなんて割と簡単だぞ?」
「あんな毒々しい、赤色の髪が普通の人類に出せてたまるか」
北野の抗議の声に俺は思わず納得してしまう……。いや、まぁ、確かにあれ赤すぎるわな。うん。俺も初めて見たときは、いやそれ逆にかっこ悪い云々通り越して気持ち悪いだろって思ったし……。
だれだ、いま人のこと言えないだろとか言ったやつ!?
「まぁ、こじらせちゃったもんは仕方ないんじゃね? ちょっと長めの一過性の風邪みたいなもんだし、現実知るまで生暖かい視線で見守ってやるしかないって」
「……まるで見てきたかのような的確な対処ね」
「……学生なら大なり小なり通る道だろ?」
これ以上は聞くなという思いをできるだけこめて、余計なことに気付きそうになった北野にくぎを刺しておく。
もっとも勘がいい北野はその言葉で大体察したのか、無言で俺の肩に手をポンと置いて、
「黒歴史って……あると辛いわよね」
「わかってくれるか同類よ……」
「その言い方は中二臭いわね……」
「やべぇ……俺もう生きていける自信が」
「そこまで中二が嫌いなの!?」
「当然だろうがァアアアアアアアアアアアア!!」
何言ったんだこいつ!? 中二卒業生で、中二が好きなやつがどこにいるんだよっ!?
「いいかっ! あんなものは人生の汚点だ!! 人生の悪いところに詰めて凝縮したガンだ!! そんなことを平然としているやつらがいれば、避けて通るのが自然だろうがっ!!」
「いや……さすがにそれは嫌いすぎでしょ。というかあなた」
高二病な方だったのね……。と、北野がサラッとはいたセリフは俺のガラスのハートにひびを入れた……。
高二病=中二病発症者が陥りやすくなる病気。いわゆる《中二》と呼ばれる行為を蛇蝎のごとく嫌いになる。
「ん……じゃ、そういうことで。ここ、クソ寒いからあんまり長居したくねーし」
甚大な被害を受けた俺はちょっと泣きそうになりながら、会話の間にちょくちょく箸を伸ばしていたためいつの間にかなくなっていた弁当を片付けていく。
ちょっとこの気温の中長居しすぎたせいか、体の震えが止まらん……。だれか~あったかいココアかなんか持ってきて!?
「ちょっとまって」
「……まだ何か?」
俺もうちょっと、お前との会話にグロッキー気味なんだけど……と、いつの間にか俺の制服の裾を握っていた北野によって、避難活動を停止された俺は、ものすごく嫌そうな顔を作りつつ北野を睨みつけてやった。
「確かにあの子の状態は一過性の風邪みたいなものよ? ええ、それは認めるわ」
けどねぇ。と、そこで北野は言葉を切り、伏せていた顔を上げて一言、
「それを除いて考えると、友人が変な男にひっかかって、危険な道に全力疾走しているという、聞き方を変えれば割と危険な状態だという事実に変わりはないの」
「……」
いや、さすがにそれは邪推しすぎじゃ……。
「もし万が一あの子が『ここに異世界の扉があるんだ!!』とかいわえれて、へんなところに連れ込まれでもしたら……」
「お前の鳳凰院に対する評価がすごく気になるんだが……」
確かに中二だけどさすがにそこまでひどい奴ではない……と思うんだが。
「甘いわね! 思春期の男子と女子は、薄暗いところで二人っきりになるだけでも、過ちを犯すのには十分なのよ!?」
「なわけあるか!? どんだけ今の学生の倫理観が低いと思ってるんだよ!?」
「そういう私もいま、絶賛貞操の危機にさらされているわ!!」
「ちょっとお話が必要なようだなぁ、北野さぁあああああああああああああああああん!?」
てんめぇ……俺がそんなことすると思っていたのかっ!?
「というわけで、しばらくあの子と鳳凰院のことを監視します。いいですね?」
「え? なに? なんで俺が、デフォルトで巻き込まれるみたいな感じになってんの?」
「え? いまさら何言っているの? 巻き込むために呼んだんだから当然でしょ?」
「サラッと言ったなぁおい!?」
ちくしょう! 数分前の俺を全力で殴りに行きたい!! 何が告白だよ!? かなり精巧に作られた罠だったよ!!
だが待つんだ俺。考えろ、考えるんだ……。きっと、このめんどくさい中二事情から逃れることができる方法があるはずだ。
「だ、だいたい俺こっち来てからそんなに時間経ってないし、中田ともそんなに仲良くなったわけじゃないし、俺がついて行ってもあんまり意味……。というか、割とマジでなんで俺を巻き込む。俺以外に適材な人いるだろ? あいつの親族とか? お前らの幼馴染とか?」
途中で気が付いたんだが、何も転校してからそんなに経っていない俺を巻き込む必要なくね? 理論的に考えて……って、あぁ!? だめだ!? この言い回し中二臭い!!
「なに突然へこんでいるの?」
「気にするな……。いまだに俺の奥底に眠る暗黒の歴史と戦っているんだ」
「……。鎮まれっ!! 鎮まるんだ僕の黒歴史ィイイイイイイイ!」
「やめろぉおおおおおおおおおお!?」
わかっているよ!? さっきの言い回しも割と酷かったって自覚しているよ!? だからそんな傷口に塩を塗るようなまねしないで!?
「お前もう何なの? こんな平凡な俺を苛めて何が楽しいの?」
「そのビジュアルで平凡とおっしゃいますか。鏡見てみ?」
「ほっとけ!! 見た目のことに関してはほんと自覚しているから言うな!! で、実際のところなんで俺巻き込むの?」
「え? あぁ、それはひどく簡単な理由だね、ワトソン君」
「唐突に何? 俺はそのネタにどう返せばいいの?」
突然某有名な助手に話しかけるような口調に変わった北野に、俺は白けた視線を向けつつその理由に聞き耳を立てた。
「ぶっちゃけ、あの子あなたの中二ビジュアルかなり気に入っていたから、いざとなったらあなたの話なら聞いてくれるかなって……」
「……………………」
結局このビジュアルが元凶なのかよ……。
中二病が収まって以来、何度も何度も恨んできた俺のビジュアルを、俺は再び恨みなおした……。
「で、もちろん付き合ってくれるわよね?」
そんな風に落ち込む俺に対して、北野はさも当然と言わんばかりの顔で最終確認をとってきた。
どうやら俺が大人しく屋上についてきたのを見て、このまま押せばあっさり言うことを聞くとでも思っているらしい。
確かに俺はヘタレだ。彼女いない歴=年齢で笑っちゃうほどの女性に免疫がなく、普通に話せるのはうちの姉一人……という、割と悲しい男子生徒だったりする。先ほども言ったように女子のお願いを断るなんて、高度な技術が必要なスキルは持ち合わせていない。
だから俺は何のためらいもなく、なんの気負いもなく、何の遠慮もなく、
「だが、断る」
「…………………」
あっさりと断ってやりましたともええ。だってお前……そんなことよりも中二事態に巻き込まれる方が俺としては耐えられんわけですし? というか、あっさり友達を尾行することを決めたりするんじゃないですよ? それこそ中二思考だろ北野ォ……。