特捜0課
私がリムジンから降りて、小さな客室に案内されてしばらくたった。
特にテレビも本もない娯楽が全く存在しない、白い部屋にソファーが二つだけおいてある客室だったけど、私はさして暇はしなかった。
なぜなら、私は今現在この非日常的展開を全力で楽しんでいるからだ!!
「あぁ~。この後何が起きるのかな? やっぱり鳳凰院さんの上司さんとご対面? 超能力者たちを心の底から憎んでいる、クールビューティー上官? おっとりしている態度をとるけど実は仕事ができる食えない上官? それとも、完全頭のネジが外れちゃった天災的上官かしら!?」
どんな人物が出てきても、私得という事実は変わらない! というわけでHEYカモンっ!! 非日常の住人二人目よっ!!
と内心でへんなテンションになりながら私が絶叫を上げたときだった。
「お待たせしました」
「っ!?」
とうとう、待ちに待った二人の目の非日常の住人が姿を現した!!
「私が特捜0課の課長を務めさせてもらっている、柳葉秀男警視正です。後ろの彼女は秘書をしてもらっている由利といいます。下の名前は聞かないで上げてください。教えないのがポリシーなそうなので」
プシュッという空気が抜けるような音と共に開く、近未来的スライドドア。そこをくぐり、部屋に鳳凰院さんを伴い入ってきたのは、まさしく私が望んだとおりの人物だった。
シュッとした細身の体を漆黒のダークスーツによって包み、メタルフレームの細身の眼鏡をかけた男性。しかも、顔立ちは非常に整っており、常に胡散臭い微笑が口元に浮かんでいるというハイスペックな胡散臭い男性上官ぶり!
さらに鳳凰院さんの背後には彼に心酔していると思われる、同じように細身のメタルフレームの眼鏡をかけ、腰まで届く長い黒髪をそのままにしている、有能そうな秘書さんが待機しているっ!!
こ、こんなところで物語の人物のような上官に会えるなんて……私もう死んでもいいかも?
「君が今回の事件に巻き込まれてしまった中田優子さんかな?」
「ひゃい!!」
「「「……………」」」
うぅ~。かんじゃった~。
「は、はい……そうです」
「そうか。今回はすまなかったね」
軽く流してくれたっ!? 意外と紳士的!?
「特捜0課の概要については、一応鳳凰院が話してくれたみたいだね。私の口からもう一度説明してもいいけど……」
「いいえ。結構です」
「そうか、ならば君をここに呼んだ本題に入ろう」
私が今度はできるだけクールに聞こえるようにそっけなく柳葉さんの提案を棄却する。それを聞き、背後にいた秘書っぽい女性がピクリと眉を動かし、あからさまな怒気を垂れ流し始めたが、柳葉さんに目配せされて放出していた怒気を抑え一枚の書類を取り出し、私に説明を開始してくれる。
やっぱりこの人心酔系の秘書さんか!?
「現在あなたに選ばれている選択肢は三つほどあります。一つはこのまま何もかも忘れて普通の生活に戻る」
「……できるんですか?」
一応形式としてそう尋ねてみる私に、柳葉さんは予想通りの答えを返してくれた。
「刻印者の能力は多彩でね。記憶操作の能力者がいるんだよ。いろいろと重宝している」
どんな場面で重宝しているのかは……聞かない方がいいんだろうな……。
「ですがこの場合、申し訳ありませんがあなたが知らないうちに、私たちがあなたを利用する可能性があります」
「つまり、今回君たちを狙ったあいつをおびき寄せる餌として、使うかもしれないってことだね」
「っ!?」
この人サラッととんでもないこと言った!? これを正直ととるべきか、愉快犯ととるべきか悩むところだ。さっきも言ったように、この人の笑顔なんか胡散臭いし……。
「二つ目は今回の事件に関する記憶を保有したまま事件解決のため犯人逮捕に協力する」
「要するに自ら進んで囮になってくれないかな~。ということだね?」
あの……囮にならない選択肢はないんですか?
そう思った私の内心に気付いたのか、
「申し訳ないけど、あの手の殺しを楽しんでいる猟奇殺人犯は、狙った獲物を確実に殺しに来るから、べつに僕たちが囮に使わなくても君は狙われると思うよ?」
「……」
サラッととんでもない真実を言われた……。要するにもう私に平穏はないってことなんですねわかります。
確かに非日常には憧れていたけど、私がやりたかったのは超能力を使ったクールな戦闘であって、猟奇殺人犯に狙われる薄幸な美少女じゃなかったのに。
「最後の一つ。ここで事件が解決するまで保護を受けること」
「要するにここで引きこもりニートライフってわけだね。ネットもゲームも一応暇つぶしのために完備しているから、退屈はしないと思うけど……」
うん。非日常って言っても命あってのものだねだしね~。と、私は割とあっさりと一般人的思想に流されてその選択肢に飛びつこうとするが、
「しびれを切らしたあいつが、君をあきらめて他の人を狙う可能性が無きにしも非ずなんだよね~。そうなってくると、僕らもランダムで選ばれる被害者を全員助けられる自信はないし。下手をすると君以外の誰かが死ぬかもね~」
「……」
「あぁ、なんてかわいそうな名前も知らない誰かっ!」
卑怯くせぇ!! この人ホントに卑怯くせぇ!! そんなこと言われたら私、最後の選択肢選べないじゃん!?
「お、囮をするなら誰か護衛についてくれるんですよね?」
「おぉ!? 引き受けてくれるのかい!?」
私はこの時、組織に無理やりいうことを聞かされた主人公の気持ちを味わっていた。要するに、この目の前の眼鏡をぶん殴りたいと思っていた。
「当然最高の護衛をつけてあげるさ! 一般人を危険に巻き込むわけだしね」
「とりあえず面識のある鳳凰院に、しばらくの護衛を務めてさせます。護衛といってもあくまであなたは囮ですので、かなりの頻度で離れて、蔭ながら守るという形になりそうですが」
ニヘラと笑いながら、大げさな手振りで安全を保障する柳葉さん。それを補足するかのように、秘書の人も後ろで待機していた鳳凰院さんを一瞥した。
「というわけだ? やれるな」
「ふっ、俺を誰だと思っている? 本来なら護衛など下賤な輩がやる仕事をとするのは業腹だが、かまわん。許してやろう」
秘書さんの確認に、鳳凰院さんは逆立った髪を書き上げながら秘書さんを見下すような笑みを返す。その自信にあふれた笑みを見て私はほんの少しだけ安堵の息を漏らした。
「一応現地の方にも、もう一人うちの局員を派遣している。本来なら休暇中で仕事が頼めない人なんだけど、いざとなったら助けてくれるだろう」
だから君は安心して囮をするといい。と、黒い笑みで高校生相手にとんでもないことを告げる柳葉さんに、私は若干顔をひきつらせた。
…†…†…………†…†…
「ふん。柳葉め……。おせっかいなことをしおって。あの程度の輩、俺一人で十分だと言っているだろうに」
「すごい自信ですね」
「当然だ。俺は王の力を持つ男だからな」
天の磐内部を闊歩する鳳凰院さんに追従しながら、私はその中で働く人々の姿を見て、もう感動の嵐だった。
念力的な力を操り書類整理をしている人や、見えないほどの速度でキーボードをタイプし、何らかの指示を送り出しているオペレーター。違う部屋では、弾丸のような速度で走り回る剣士さんと、煙草をふかした二丁拳銃のおじさんが不敵な笑みを浮かべながら模擬戦をしており、なかなか白熱したバトルを繰り広げてくれている。
まさしく非日常!! そこには私があこがれてやまなかった小説の世界が広がっていて……。
「ところで鳳凰院さん、今度あっち!! あっち見て見ませんか!?」
「……俺はお前を家まで送るためについているのであって、観光案内するためではないぞ?」
といいつつもしっかりと連れて行ってくれる鳳凰院さん。もっともその中には「機密事項」とやらがあり入れない部屋もいくつかあったが、それでも私にとってはかなり有意義な時間を過ごすことができた。
「すごいんですね……。普通で考えたら信じられないような技術もたくさんありますし」「当然だ。何せ普通ではない俺たちが協力してやっているのだ。多少の技術の発展ぐらい起こってもらわないと困る」
私の驚きの色が含まれている言葉に、鳳凰院さんは「何をいまさら」といわんばかりの顔で鼻を鳴らし、私の驚きを一蹴した。
「そういえば30人近い刻印者がいるって言ってましたよね? ほかにどんな人がいるんですか?」
「基本的には先ほど覗いた事務関連の場所にいた大した刻印の能力を持たんものが大半だそうだ。俺のように前線に出てムシケラどもを狩れるほど強力な能力を持つものは今のところ五人しか所属していない」
「ご、五人だけ!?」
あまりの少なさに私が絶句すると、鳳凰院さんは得意げな顔で肩を竦め、
「ふん。当然であろう。どいつもこいつも俺に劣る三流能力ではあるが、人殺しをいとわない、ムシケラにしては兇悪な性質をもつムシケラと戦うのだぞ? それに対抗できる人材がそう何人もいてたまるか」
そう言った後、鳳凰院さんは先ほど私が覗いていた、剣士さんと二丁拳銃さんが戦っていた場所を示した。
「先ほど模擬戦場で戦っていたのがそのうちの二人。《神速剣鬼》と《死刑判決》。ともに武装召喚系の能力者で、俺の一段下にあたる特別捜査官だ」
「あとの三人は?」
「ふん。二人は現在ほかの地域にて、別のムシケラの捕縛にあたっている。ここでは《忘恩の姫君》と《碧眼の騎手》などと呼ばれているな」
「最後の一人は?」
「……………………………………」
結局最後の最後まで言われなかった人がいるのに気づいていた私は、興味本位でしつこく鳳凰院さんに食い下がる。が、鳳凰院さんは若干苦虫をかみつぶしたような顔になりしばらく黙りこんだ後。
「《雷鎚の帝王》と呼ばれる能力者で……三年ほどの長期休暇を取って学生生活をしている。先ほど柳葉が言っていた、現地に派遣されている刻印者というのがそいつだ。そして」
そこで言葉を切った後、明らかに怒りがにじみ出た声で小さく一言、
「俺の天敵でもある」
…†…†…………†…†…
優子と別れて数時間ほど経過した。
優子が乗ったリムジンとは違う黒い救急車に乗せられた私――北野澪は、中で右手に十字架の入れ墨をした優しげな笑みを浮かべているお医者さんに治療を受けていた。
どうやら、この人もあの非常識なバトルを繰り広げていた鳳凰院とかいう人のお仲間のようで、手をかざすだけで私の体についたすり傷や切り傷……そして、足を見事に使用不能にしてくれた、ナイフの一撃によって切れたアキレス腱を見事に修復してくれた。
だけど、
「すませんね……。これだけ傷がひどいと私の能力ではちょっと、元通りというわけには」
「……そうですか」
あれだけ滅茶苦茶にアキレス腱を切られたんだ、ある程度私が覚悟していたようにやはり後遺症が残るらしい。
普段の生活には支障がない程度になるだろうが、それでも今までのように合気道を続けていくことはかなり難しいとのことだった。
「おつらい……でしょうね」
「長いこと続けてきたやつですからね……。正直つらくないというとウソになりますけど。大丈夫ですよ。まだ元気な四肢が三つも残っていますし」
気を使ってくれるお医者さんに、私は無理やり笑みを浮かべながら空元気を発揮してみる。はたから見ればむなしいだけなのかもしれないが、それでも私のために先ほどからいろいろ治療を施してくれているこの人に悲しい顔はしてほしくなかった。
「あと、このことについては優子には内緒にしておいてもらえませんか? あの子絶対責任を感じると思うから」
「わかっています。でも、タイミングを見て早めに言っておいた方がいいですよ? こういったことは周りへの対応の方に気を付けた方がいいです」
「はい……わかっています」
優子から借りたライトノベルでも、そういったことは隠し通せたためしがない。ばれたときは大抵ろくでもない事件が起こって、主人公は大いなる苦悩に悩みもだえている。
「まったく、なんで普通の女子高生の私が、こんな気を使わないといけないのやら……」
本当なら普通に家に帰ってお風呂に入っている時間だ。
そう予想した私は救急車内部に設置された時計を眺めてみる。
時刻はすでに深夜0時を回っている。私の場合は合気道部の朝練があるからかなり早くに寝ているため、お風呂どころか就寝している時間だった。
明日の授業……居眠りしないで聞けるかしら?
と、優子が聞けば「……澪ってさ、割と私よりも図太いよね?」と言われかねないのんきな心配を私がしていた時だった。
「はぁ……こんな時にあの子がいれば」
「あの子?」
突然お医者さんが漏らした変な言葉に私は首をかしげた。
「あぁ、いえ。あなたの後遺症を何とかできそうな人を知っているので、その人がいれば治療は完璧なのにと思いまして……」
「そんな人がいるんですか? リハビリの達人的な?」
「いえいえ、そんな常識的な子じゃありませんよ。おっと、さっきに私が言ったことは本人には内緒にしておいてください。常識的じゃないなんて、あの子が一番嫌がる評価ですから」
後遺症で私が落ち込んでいると思ったのか、若干おどけた様子で私に両手を合わせる医師に私は苦笑をうかべた。
「何のことだかは分かりませんが、とりあえず了解しました。あなたが言ったことは忘れます」
「それはありがたい」
そう言いあって私とお医者さんが笑いあった時だった、
「ちわ~す。後始末屋で~す」
突然救急車の扉が開き、一人の少年が車内へと侵入してきた。
「え?」
「なっ!?」
救急車の扉は、病人を安全に運ぶためめったなことでは開かないようにできている。内側からも鍵がかかっており、こちらから鍵を開けない限り絶対に開かない構造になっているはずだった。
だというのに少年は「鍵? え、あったのそんなの?」といわんばかりにあっさりと救急車への侵入を果たしてしまっていた。
だが、それ以上に私が驚いたのは、
「あ、あんた!?」
「あぁ~こんばんは。とりあえず変な因縁つけられる前に」
少年の顔を見て驚きの声を上げる私。でも、そんな私の態度を無視して少年は右手にはめた手袋を取り外し、
「っ!?」
あの殺人犯と同じ、鉄槌のような文様の入れ墨が刻まれた手を晒す。そして、
「んじゃまぁ」
いつの間にか出現していた長柄の戦鎚を振り上げ、
「ぽーんとね」
先ほどアキレス腱の治療を終えて、麻酔が効いて動けない私の足へと容赦なく振り下ろしてきたっ!!
…†…†…………†…†…
はい。大体後始末は終わりました。これで今回の戦闘の痕跡はきれいさっぱり無くなったはずですよ?
ご苦労様? いまさら何言ってるんですか……その程度の言葉で俺が許すとでも思っているんですか?
怒っているのか? なに当然なこと聞いているんですか。怒っているに決まっています。
せっかくもぎ取った休暇返上して働かされて……この恨み晴らさずおくべきか……。
って、え? 休暇の延長を認める?
ど、ど、どれくらい!? え……1日……。
……………………………………。
ほほう、3日ですか。まだ予想していたよりも短いですね……もう一声言ってくれないと、ねぇ。ちょっと怒りのあまり暴れちゃうぞって……え? 1週間? いやでもな~。
って、由利さん? こんばんは。まだ課長に付き合っていたんですか? ご苦労様です。
え? なに? 課長が泣きついてきて鬱陶しいからいいかげん苛めるのはやめろ? 何やってんですか、あの人は……。
あぁ、はい。結果報告ですね?
現場の方は起こった事象ごと抜き取っておいたので、もう綺麗サッパリですよ。表の警察が全力を挙げて調べても、絶対何もわからないことを保証しておきます。
あと、アレに負傷させられた北野とかいう女子高生ですが、消して(・・・)もいいでうか? 一応天の磐に呼ばれたから泳がせておいたんですが。
はい、はい。そっち(・・・)は適当にやっておけ……ですか。じゃぁ消しますね?
それが終わったら休暇に戻りますからね。
今度事件が起きても絶対呼ばないでくださいね? じゃ