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綾部貴子6話 言葉を用意している時間



 夕方の空は、まだ明るかった。


 講義を終えて、

 特別な約束もなく、

 並んで歩く。


 それが、私たちの日常になっている。


「百合」


 名前を呼ぶ。


 もう、躊躇はなかった。


「なに、貴子」


 返事も、自然だ。


 駅前に向かう途中、

 人通りの少ない道で、足を緩める。


 私は、今日だと思っていた。


 理由はない。

 きっかけもない。


 ただ、

 言葉を置く準備が整っていた。


「少し、座っていきませんか」


「うん」


 ベンチに腰を下ろす。


 沈黙が落ちる。


 でも、

 埋める必要はなかった。


 ここまで、

 言わなくても一緒にいられた。


 それは、

 私が選ばれていた証拠でもある。


 だから、

 今日の言葉は、

 関係を確かめるためのものじゃない。


 私は、息を整える。


「百合」


「うん?」


「今まで、

 好きだって言わなかった理由」


 百合は、黙って聞いている。


「言えなかったんじゃない」


 はっきり言う。


「言わなかった」


 百合の表情が、少し動く。


「選ばれているってことは、

 最初から、わかってたから」


 視線を逸らさない。


「だから、

 言葉で、

 この関係を閉じたくなかった」


 風が、静かに吹く。


「百合が、

 自分で選んで立っている場所に」


 少し間を置く。


「私の言葉で、

 理由をつけたくなかった」


 百合は、すぐに答えなかった。


 その沈黙を、

 私は待てた。


「……待たされてたって、

 思ってた時もあった」


 百合が、正直に言う。


「でも」


 こちらを見る。


「違ったんだね」


「うん」


 それだけで、

 十分だった。


 私は、最後の言葉を選ぶ。


 これは、

 未来の約束じゃない。


 条件でもない。


 ただ、

 今ここにある気持ちを、

 渡す言葉だ。


「百合が、好きです」


 余計なものは、つけない。


「今の百合が」


 沈黙が落ちる。


 でも、

 怖くはない。


 百合は、少しだけ笑った。


「……ありがとう」


 すぐに答えを返さない。


 それが、百合らしい。


 私は、それを急がない。


 言葉は、

 もう渡した。


 それで、十分だ。


「帰ろっか」


 百合が立ち上がる。


「うん」


 並んで歩く。


 歩幅は、同じ。


 告白をしても、

 距離は変わらない。


 それが、

 いちばん大事なことだった。


 言葉を用意していた時間は、

 今日で終わった。


 これからは、

 言葉を選べる。


 それを、

 一緒にやっていけばいい。


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