第11話 付き合っている、という実感
綾部と付き合っている。
そう口に出すと、まだ少しだけ違和感がある。
事実なのに、言葉が先に行ってしまう感じがした。
朝、駅までの道を一緒に歩く。
肩が触れそうな距離。
手は、つないでいない。
綾部は私の隣を歩きながら、時々こちらを見る。
視線が合うと、小さく笑う。
「先輩」
「なに?」
「今日は、講義終わったら少し話せます?」
「うん」
それだけのやり取り。
特別なことは何もない。
それなのに、胸の奥が落ち着かない。
付き合う前と、何が変わったのだろう。
考えてみる。
連絡が増えた。
帰り道を合わせるようになった。
名前を呼ばれる声が、少し近くなった。
どれも確かに変化だ。
でも、決定的な実感にはならない。
講義が終わり、キャンパスの端にあるベンチに座る。
綾部は、いつも通りの距離に腰を下ろした。
「寒くないですか」
「大丈夫」
上着の袖を引く、その仕草が自然すぎて、
私は一瞬だけ戸惑う。
――慣れている。
そう思ってしまう。
「先輩」
綾部が、少しだけ真剣な声を出す。
「無理、してないですか」
胸が跳ねた。
「どうして?」
「付き合うって、決めてから」
言葉を選んでいるのがわかる。
「先輩、ずっと気を張ってる気がして」
図星だった。
私は視線を落とす。
「……してないよ」
そう言ったけれど、
自分の声が少し硬いのがわかった。
綾部は、それ以上踏み込まなかった。
それが、やさしさだとわかる。
でも、そのやさしさが、少し怖い。
夜、部屋に戻る。
鏡の前に立つ。
兄と同じ長さの髪。
同じ色。
綾部は、これを見ているのだろうか。
それとも、私を見ているのだろうか。
答えは、もう聞いている。
それでも、考えてしまう。
ベッドに腰を下ろし、スマホを見る。
綾部からのメッセージ。
《今日はありがとう。おやすみなさい》
短い文。
でも、逃げ道はない。
付き合っている、という事実だけが、
静かにそこにある。
私は画面を閉じ、息を吐いた。
選ばれたあとも、
不安は消えない。
それでも、
戻らないと決めた。
今は、それだけでいい。




