最終話 二人で生きていこう
目的の村へと続く道は穏やかな上り坂で、緑の草原が両側に広がる。登り切った先には丘があり、休憩にちょうど良さそうな木立が見えた。
「あそこで一休みして、クッキーを食べましょう!」
隣を歩くゼノスさんに、丘を指さしながら伝えると「いいね」と彼は私の頭をポンポンとした。
「ナッソスさん、いつもの魔道具でお湯を沸かしてください」
ソリティア様の腕に手を添えながら歩くフォルミオン様が、元気な声を出した。
「フォルミオンは先ほど立ち寄った町で、茶葉を買っていたね。さっそく淹れてくれるのかな?」
ソリティオ様が茶葉の話を振ると、フォルミオン様の紫の瞳が興奮に輝いて、子供の様にはしゃいで話し出す。
「パラド産の茶葉にバラの香が入っているんです珍しいでしょう、それから……」
彼はお茶の話をし出すと止まらない。ソリティオ様は相槌を打つ声だけ聞くとそっけないけれど、フォルミオン様を見る目はいつも優しい。
私達はゼノス勇者パーティの仲間とフォルミオン様の5人で旅を続けている。
ナッソスさんの命名によると、『聖女ココの仲間たち』なのだそうだ。
結婚式の翌朝、ゼノスさんの胸から『勇者の証』が消えた。私と愛し合ったことで聖女の力が作用して魔法が解けたのだろうとソリティオ様は仰った。村人も、騎士の皆さんも、奇跡だと大喜びして宴会がさらに続いた。
精霊様の加護のおかげで、私は愛する人を救うことができたのだ。だからこれからは聖女として、人々のために尽くして生きていきたいと感謝の気持ちで思った。
王太子様に魔王討伐の褒美として、私は『旅する聖女』となることを願った。
今までの聖女のように王都の神殿で務めることもできる。けれど私たった一人でできることは存外少ない。私に癒しの力を求める人は大勢いるけれど、全ての人達に応えることなどできない、そうなると必然的に、権力ある貴族や裕福な者たちが私の力を独占する。
だから私は王都に縛られたくない。
私から会いに行こう、身分や貧富にとらわれず本当に私の力を必要としている人たちの所へ。
「ココらしくていいね」と、聖女になることをずっと心配していたゼノスさんが笑って賛成してくれた。そして彼はこれからずっと側にいて守ってくれる。
勇者ゼノスを護衛騎士として、聖女ココは国中を旅して周る。
ナッソスさんの村の人達にまた帰って来ることを約束して、盛大に見送られ出発した。
隣の頼もしい騎士様であり、私の旦那様を見ると、ぼーっとして空を見ている。
一緒にいる時間が長くなり分かってきたのだけど、彼はぼーっとしている時、頭のなかで色々と思いめぐらしているのだ。今は絶対クッキーのことを考えているに違いない。
私がふふっと笑うと「やっぱりナッツが入っているのはいいよね」とぼーっとしたままつぶやいた。
のんびり、休憩ばかりしながら、ゆっくり進んでいく旅。
目的の村に着いたら、1年程暮らすつもりだ。それぞれの場所で数カ月から数年とゆっくり滞在する計画なので、旅する聖女といっても、カメのような歩みになる。
「ゼノスの故郷には、良い釣り場はあるのか?」
ナッソスさんは何種類もの釣り竿を背負っている。彼が振り返ると、竿が一斉に揺れた。私が1番初めの滞在先に選んだのは、ゼノスさんの故郷の村だ。
「ナッソスなんで付いてきたんだよ、釣りだけしたいなら帰れ」
「だって楽しそうじゃん、国中を旅して周るなんてさ。ご当地の色んな魚に出会える」
「だから目的は釣りじゃない」
もともと私とゼノスさんの二人で出発するつもりだったのに、こんな調子でナッソスさんが付いてきてしまった。
「ソリティオ様も旅をするご苦労をわざわざ選ばなくても……」
ゼノスさんの言葉に、ソリティオ様は「ご心配なく」と静かに返す。
新しく即位されたソリティオ様の甥にあたる王様は、ソリティオ様に陛下の補佐を望まれている。今更国政に関わりたくないと、ソリティオさまは王様から逃げてきたのだ。そしてなぜか、ソリティオ様にフォルミオン様がくっついてきた。
「来るなといくら追い払っても、一緒に行くといって聞かないのです」とのこと。
「俺たち新婚なのに……どうしよう俺の故郷の家に5人で住むことになったら。嫌だ二人きりになる時間が減ってしまう」
ゼノスさんがブツブツ言うと、ナッソスさんが心配するなと彼の背中を勢いよく叩いた。
「大丈夫だ、ゼノスがココにしたいことは全て俺の頭の中に入っている。邪魔はしない」
「なっ、何だよそれ、俺のしたいこと……そんなことおまえが知る訳ないだろうが」
「何でも知ってる。それならおまえがココにしたいことを、1つ言ってやろう」
「え? ココの前でやめろ、あー言うな!!」
ゼノスさんが耳まで真っ赤になってナッソスさんを止めようとした。
「ゼノスがココに毎日したいのはな、ドーナッツを食わせることだ」
「わあ、嬉しいなあ」
喜ぶ私の隣で、ゼノスさんががくっと頭を落し、肩で息をして「うぐぐ」と変な声をだした。
ナッソスさんがゼノスさんの肩を抱き、耳元で何かヒソヒソと伝えている。ゼノスさんが弾かれるように、直立すると目を丸くして「ななな、なんでそれを……」と苦し気に身をよじった。
「ナッソス様、どうぞ俺の家に住んでください。そのかわり……」
「よかろう、住んでやってもいいぞ。だいじょーぶ、俺は口が堅い」
そのまま二人は吹き出し、頭を小突いてふざけ合っている。フォルミオン様はお茶の話しに増々熱が入って、ソリティオ様が呆れている。優しい風が吹いて、草原の緑がそよぐ、私は胸いっぱいに息を吸い込んだ。みんなと一緒ならココはココのままでいられるのだ。
これから聖女として生きていく。弱虫の私はきっと困ってしまうこと、怖くて隠れてしまいたくなることがあるかもしれない、でも私を支えてくれる仲間がいるからきっと大丈夫。
そして……
私がゼノスさんの手に自分の手を重ねると、力強く握ってくれた。藍色の瞳が私を見つめる。
「ドーナッツ楽しみです!」
「約束の半分こだ」
二人で顔を近づけて、声を出して笑い合った。
聖女は勇者と結婚した。私たちは手を繋いで二人で生きていこう。
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いつかココとゼノスの後日談や、ソリティオとフォルミオンの出会いの話を書きたいです。




