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32.私にできること

 騎士が首を振った。

「できません。私は小鹿の精霊様に救っていただいたのです。王女様ではございません」


 周りにいる騎士達も、口々に「小鹿の精霊様」と言い出した。


「わたしくしも、癒し手ココ様のお姿を聖女の光の中に見ました」


「ココ様が誠の小鹿」


 騎士たちの言葉に混じって、貴族達の中からも声が上がり始めた。


「私も見ました。この癒し手様にそっくりの女性が現れるのを!」


「私も病を治して頂きました」「私は怪我を……」

「小鹿様に!」

「ココ様に!!」


 いつしか王国騎士団の騎士たちが『小鹿、小鹿』と繰り返しながら、小鹿の旗を上下に振り、腕を振り上げる。それに賛同して一緒に小鹿と掛け声をする貴族達も出てきた。


 空気を引き裂き、耳を覆いたくなるような甲高い悲鳴が響き渡った。

 アナタシアが、ユラリと頭を上げ、憎悪に顔を引きつらせながら低い声で怒鳴った。


「お黙りなさい!! 下賤の者達よ、(まなこ)を開いてよく見るがいい。おまえ達の前にいるその女がどれほど醜いかを。人間には角など生えぬ、角があるのは魔物だけだ。この女は魔王の子だ! 騙されてはならぬ。醜い、ああ醜い、こんな醜い物が聖女であるはずがない」


「これは精霊様から授かった証。私の誇りです、無礼は許しません!」


 お腹に力を入れて言い返すと、一瞬だけアナタシアは身を引いた。だが火にさらなる油を注いだかのごとく怒りが燃え上がり、背中がビリビリする程の殺意を放った。


「皆の者、私を見なさい。そしてこの角付きと比べるのです。どちらが美しいのかを、己の眼で確かめるのです。聖女に相応しい美しさを備えた人間は誰なのか! さあ美しいのはどちらですか!」


「アナタシア様こそが美しい」

「そうだ私は幻影など見たことがない」

「いままで聖女だったのはアナタシア様だ」


 特に爵位の高い当主達からアナタシアへの賛辞が叫ばれ始めた。

「お兄様、幻影で姿をみせるなど怪しい力は魔物のなせる技。どうかこの女をお調べください。どちらが聖女の力を奪っていたのか、黒魔法使いにじっくりと探らせましょう」


 王太子はしばらく考えていたが、ゆっくりと口を開いた。

「私は目の前で、この癒し手の聖なる力を見た。しかし、アナタシアが2年間聖女をしてきたのも事実だ。ならば早計に決断せず、よく調べてから結論をだそう。カロロスよ忠義の漢であるおまえが偽りを申すとは思えない、だからこそ真偽を確かめる、よいな」


 アナタシアが「怖いわ」と弱々と呟いて、震えて見せた。

「お兄様、調べるなどと生ぬるいことを言っていたら、この女の邪気にやられてしまいます。今すぐ拘束して牢に入れてください」


 国王陛下が王太子に勝手なことをするなと怒鳴りつけた。

「偽っているのはその女だ、調べる必要はない、癒し手ココを聖女を騙った罪で捕らえよ」

 

 聖女の力を見せてさえ、アナタシアには勝てないのかとうつむきそうになった時、ソリティオ様の声が朗々と響いた。


「邪悪な気が満ちている」

 今まで何も語らず、静かに佇んでいた大賢者ソリティオ様と、白魔法使いフォルミオン様が前に歩を進めた。


「フォルミオンよ、私はこの場に満ちる邪気にもう耐えられない。そなたの白魔法で浄化して欲しい」


 長い銀髪を肩からサラサラと流して、フォルミオン様は優雅にお辞儀をした。

「承知いたしました。ソリティオ様の御心のままに」


 彼は優しく微笑んだ後、右手の2本の指で空に術式を描き、誓詞を唱える。小さな黄色い玉が生まれ、空中でみるみる大きくなり、すぐに直視できないほどに眩く輝いた。


 パンっと放射線状に光が走り抜け、広間全てに広がった。

 清々しく、心地よい風のようなものが体の中を通り過ぎ、浄化されていくのが分る。うっとりと身をまかせ安心感に目を閉じた。


「ウグ、ウグ……ギャー!!」

 絶叫の後、何かが燃える異臭がし始めた。


 目を開けると、アナタシアが両手で顔を覆い、悲鳴を上げて苦しみに身をよじっている。


「イヤー熱い、ヤメテェ、熱い、熱い、ギャー!!」

 彼女の体が茶色くなっていく、まるで水分が抜けていくように、手足は枯れ枝のように細くなる、振り乱す頭から、豪奢な金髪が束で抜け落ち、頭皮が見え始め、まばらに残った毛は全て白髪へと変色した。


 体が燃えているかのように煙を上げて異臭をまき散らす。アナタシアは助けてと周りの者に縋ろうとするが、異常な姿に皆身を引いて、彼女の手を取る者はいなかった。


「聖なる光が、邪悪な物を浄化したのだ。アナタシアよ、聖女の力を盗んだ黒魔術は、王家で禁呪とされている生贄を必要とする邪悪な呪い。人を殺めた血塗られた腕輪で、己の欲のままに力を使い続けたのだ。おまえは邪悪な気に取り込まれたのだ」


 苦しみに喚き体をかきむしるアナタシアの姿に、冷酷な声でソリティオ様が告げたが、彼女には何も届いていない、ギャー、ギャーと叫び続けた。


 ようやくアナタシアの体から煙が止まった。彼女は震える手を見ている。

「何……なんで私の手がこんな老婆みたいになってるの?」


 頬に手を当てて、骸骨に皮が張り付いただけの、老いた顔をさする。そのまま髪に触れると、残り少ない白髪の束がごそりと抜けた。美貌の片りんはどこにもない、茶色い肌の乾いた老婆が、不釣り合いな赤いドレスの中に入っている。


「い、嫌よ、私の美しさが……こんなこと、許されないの。私は誰よりも美しいの……」

 血走った目が私を捕らえた。よろよろと近づいてくる。ゼノスさんが肩を抱いたまま、私を守るように後ろに下がらせた。


「ココ……ねえあなたの力でぇ……」


 彼女が亡霊のようにユラユラしながら迫って来るが、足が折れたようにガクリと膝を付き、四つ這いになった。毛の抜け落ちたただれた頭を持ち上げて、なおも這いずるように骨と皮の手を伸ばす。


「ココ助けてよう、あんたの聖女の力で私を治して。あんたならできるでしょう? ねえ、ココの力で治してって言ってるの、聞こえてるの? あんたの力は私の為にあるの、私の物なの、ねえ、早くしな、治せっていってるだろうがぁ!」


「嫌よ、アナタシア、あなたは私から奪い続けてきた。もう何1つ与える物は無い」

 私の拒絶を見て、老婆のような顔が許しを乞うように愛想笑いを浮かべる。私の足首に掛けようとした手をゼノスさんが足で払いのけた。

「おとうさまあ、おかあさまあ、たすけてぇ。ココが私を治してくれないのぉ」


 呆然とした顔で国王陛下が歩いて来る、よろめくようにアナタシアの側にへたり込むと、彼女の肩を抱きかかえた。

「アナタシア……なんて姿に……美しいおまえがどうしてこんな……」

 国王陛下が顔を上げると恐ろしい顔で私に命じた。


「アナタシアを救うのだ。先ほどの癒しの力で聖女を……」


 ソリティオ様が悲し気に大きく首を振った。


「ここまで見てもアナタシアの罪が分らぬのか! フォルミオンの聖なる光をここにいる全ての者が浴びた、焼かれたのはただ1人アナタシアだ。邪悪な罪に手を染めて自ら地獄に落ちたのだ。それが分らぬならば、もはやおまえに王たる資格は無い」


 王太子が悲痛な表情で「アナタシアを拘束せよ」と命じた。

 近衛兵がアナタシアの腕を背にまわし、強引に立たせると、彼女は枯れた枝のような体をばたつかせ抵抗しながら、叫び声を上げ続ける。


「ココォ、治してよぉ、私の顔治してちょうだい。そうしたらゼノスはあげるから、ね、いい考えでしょ、あんたの力ならすぐに治せるから、ねえココ、あんたが聖女だって認めてやるからぁ、それでいいでしょ? 私の顔を戻せぇ、戻せよぉー」

 叫びながら彼女は近衛兵に引きずるように連れて行かれた。


 国王陛下が「やめろ」と叫んだが誰も命に従わない、王太子が目くばせすると、支えるように王は両脇を近衛兵に抱えられ身動きが取れなくなった。


「私はここに宣言する。国王陛下は正常な判断ができない状態になられた。よって私が国王補佐をこれより務める。陛下には療養していただく」

 王太子の言葉に否を唱える者は誰もいなかった。国王は「アナタシア、アナタシアを救うのじゃ、あの子が聖女なのじゃ」と叫びながら近衛兵士に抱えられて出て行った。


 王太子が私とゼノスさんの前に立つと、いきなり膝を折って礼をした。王族が自分に跪いたことに気付き、驚きにゼノスさんの影に隠れそうになったけれど、彼が手を握ってくれた。


「聖女ココ様、長きに渡りアナタシアが聖女と偽り力を盗み続けていたことを認め謝罪いたします。あなた様こそが誠の聖女、どうかこれからは聖女としてこの国を救ってくださいませんか?」


 ゼノスさんが握ってくれている手に力が込められた。

 『ココは聖女になんてならなくていいんだ。ココとゼノスのままで隠れて生きて行こう』

 あの日の約束が思い出される。


 聖女として生きていくならば、私は大勢の人の前に立ち責任を負うことになる。そんなこと私にできるだろうか?


 そんな自分になりたいのだろうか。


「王太子様、私に何ができるか分かりませんが聖女として生きていこうと思います。私は弱い人間です、聖女などとても務まりません。でもそんな私にどうしてこの力が授けられたのか、その意味を問いながら私は聖女として成すべきことを探していきます」


 王太子様が立ち上がると、高らかに宣言した。

「今この時より我が国の聖女はココ様となった」


 会場を埋め尽くす歓声と拍手の中、王国騎士団が小鹿の旗を掲げ「小鹿」と連呼した。

 歓喜に盛り上がる中でゼノスさんが寂し気に目を伏せた。

 今度は私が強く手を握り返した。

 彼の視線が心配だと問うてくる。「大丈夫、あなたが一緒だから」私は安心させたくて微笑んだ。


 私はもう独りぼっちじゃない。

 大好きなゼノスさんと、そしてナッソスさん、ソリティオ様、ペンダントを通して私達を守り続けてくれたフォルミオン様、そして村のみんな。支えてくれる人達がいるからきっと大丈夫。


 後ろでナッソスさんがコソコソと何か言ってくる、めったに見られない真剣な顔だ。

「ココ、今が絶好の機会だ。もらい損ねた褒美の金をもらっておけ。4倍はふっかけろ」


 私はにやりとして頷いた。


「王太子殿下、お願いがございます。ゼノスさんと私に、魔王討伐を成しとげた褒美を与えてください」


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