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30.小鹿の旗

 馬車が王都に入ると、小窓から外を覗いていたナッソスさんが「店の扉にココの顔が貼ってある!」と声をあげた。

 またお尋ね者の似顔絵のことだろうと思い、嫌な気持ちが胸に渦巻いた。


 ソリティオ様の神殿から王都へ来るために、手配してもらった質素な馬車の中には、私とナッソスさん、ソリティオ様とそして……どうしても付いて来ると言い張って聞かなかった神官様が1人彼の隣に座っていた。


 フォルミオン様は30代の男性で、ソリティオ様が現在暮らされている神殿の神官様だ。ソリティオ様が「お茶を時々一緒にする同僚です」と紹介してくれた時、ナッソスさんの顔が強張って「ああ、ペンダントの()()()、俺たちの命の恩人様」と大きな声で飛びついてお礼を言ったのでびっくりした。


 私は一目見て天使が降臨したのかと言葉が出なかった。フォルミオン様が人間なのかどうか疑うほどにあまりに神々しく美しい方で、流れる銀の髪と紫色のアメジストのような瞳をお持ちだった。けれど強力な白魔法の能力に目覚めた時、引き換えのように視力を失い全盲なのだそうだ。


「ココさんの顔の絵が貼ってあるのですか?」

 フォルミオン様が上品な佇まいで、穏やかな声で聞いた。


「今、店の扉にココのお尋ね者の張り紙がしてあった、でも前に見た時より顔付きがずっと優しい。なんだか宣伝看板みたいに見せてる。あ、あっちにも、こっちにも……おいココ、何かおまえの顔が人気みたいだぞ」


 ナッソスさんが変なことを言う。自分で確かめようと小窓から外を見ると、急に馬車が減速して街道の隅に寄り道を開けた。向こうから王国騎士団の行軍がやって来るのが見えた。


 すれ違っていく騎乗した騎士達を窓越しに見ていると、王国騎士団の見慣れた旗の他に、見たことのない旗を掲げている。


「小鹿だ! 騎士団が小鹿の絵の旗を掲げて行進しているぞ」


 ナッソスさんが告げるその通りのものが私にも見えている。でもどうして『小鹿』なんだろう?

 鹿は普通は黒い瞳なのに、旗の中の小鹿は若草色の瞳をして、頭の角は小さくて可愛らしかった。


 これから王都に潜伏して、ゼノスさんを取り戻す作戦を練るのだ。

 私とナッソスさん、ソリティオ様と白魔法使いのフォルミオン様、たったの4人だけど、私は負ける訳にはいかない。だってゼノスさんを幸せにするのは私なのだ。


 アナタシアとゼノスさんの結婚式は数日後に迫っていた。


                ◇◇◇   ◇◇◇

 

 遂に国を挙げての聖女アナタシアと、勇者ゼノスの結婚式の日を迎えた。

 王宮の最も広い宴の間には、聖女と勇者の結婚の儀を執り行う為、ふんだんに金糸が織り込まれた輝く絹地で飾り立てられ、豪華に着飾った貴族たちで埋め尽くされていた。


 本来は純白のウエディングドレスが習わしであるのに、何故か花嫁のアナタシアは真っ赤なドレスを纏っていた。いったいどれほど高価なのか眩暈がしそうなほどアナタシアは宝石を全身にちりばめている。


 だが、その宝石の美しさに一切引けを取らない彼女はなによりも美しい。

 絶世の美女の名に相応しい妖艶たる美姫が微笑みを振りまいていた。

 真紅の花嫁の隣には、やはり一目見たら心に残って忘れられなくなるような美貌の花婿が立っていた。頬は少し痩せ、暗く冷たい美しさを漂わせている。


 勇者の藍色の瞳に力はなく虚ろな顔をしていた。黒い花婿衣装に合わせたように首輪のような黒いチョーカーをしている。


 婚姻の儀式は進み、お互いの愛を誓いあう、誓約の儀が執り行われようとしていた。

 

 国王・王妃両陛下と王太子殿下がアナタシア聖女とゼノス勇者を間近で見守っている。王の顔は愛娘の美しさに、眉を下げて満足げに緩んでいた。


 大神官が花嫁と花婿に語りかける。

「勇者ゼノスよ、万物の源にして精神の素となる精霊神の御前において永久なる誓をたてよ、アナタシアを唯一の愛とし真心を捧げるならば沈黙をもって答えよ」


 沈黙を続ける勇者を見て大神官は頷き、次にアナタシアの方に体を向けた。


「待たれよ! この婚姻に疑義(ぎぎ)あり!」

 太くよく通る男性の声が会場に響き渡った。


 会場にいる者すべてが、声の主に目をやった。

 騎士の正装をした偉丈夫、王国騎士団のカロロス団長だった。


「神聖な婚礼の儀において疑義とはなにか!」

 大神官が怒りを露わに問うた。


「アナタシア殿下は聖女では無い。勇者ゼノス様の花嫁は、誠の聖女でなければならぬ!」


 場にいる者達がどよめき、一気に騒めいた。しかしその騒々しさを一瞬で凍らせるような、国王の怒声が響いた。

「おぬしアナタシアを聖女ではないと言ったか! 狂ったかカロロス!!」


「狂ってはおりませぬ陛下、ただいま誠の聖女様をお連れ致しました」

 カロロス団長が指示すると、甲冑を身に付けた王国騎士団の騎士が次々と会場に入ってくる。

 

 厳しい試験と鍛錬を耐え抜いた精鋭だけしか入団できない、国で最も強い男だけが集めらた騎士団が、戦場に向かう出で立ちで現れた。続々と入ってきて式場を取り囲み、入口にも整然と列を作って集まっている。今日の式警備していた近衛兵達は完全に圧倒されて後ろずさった。


 最後に、両側に小鹿の旗を掲げた騎士に守られながら、ゼノス勇者パーティーが入ってきた。

 癒し手のココと、道案内のナッソス、大賢者のソリティオ、彼の腕に手を添えて白魔法使いフォルミオンが続いた。


「国王陛下、そしてお集まりの全ての方々に申し上げます。ここにおわしますココ様こそが、誠の聖女でございます!」

 カロロス団長の声が朗々と響き渡る。


 癒し手の白い正装に身を包んだココは、凛としてうつむいていなかった。

 顔を上げ、真っすぐに1人の人を凪いだ目で見つめた。

 憎悪を燃やす恐ろしい目を向ける相手、アナタシアを。


             

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