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25.助けてくれ

 もうすぐ夜明けになる頃、俺は手足を拘束している鎖を切った。


 閉じ込められている部屋の窓には鉄格子がはまっていたが、押し開いてねじ切った。勇者の証があるのだ、驚異的な力はまだ使うことができた。


 窓から出て、外壁から飛び降り、王国騎士団の本部と宿舎がある自分がかつて居た場所に向かった。

 夜明けの薄い光の中で、騎士団の鍛錬場で1人剣を振るう男がいた。


「カロロス様」

 彼が誰よりも早くここに来て厳しい鍛錬を己に課し、けして怠らないことを知っていた。鍛え抜かれた筋肉に包まれたこの国で1番強い男は、呼び声に動きを止めた。正面に立った俺に気付くと、見たくない物だと言いたげに、嫌悪を隠すこともなく目を逸らした。


 俺が何も言わずに黙ったまま立っていると、とうとう困ったのかこちらを見て吐き捨てるように言った。

「勇者様が私になにか御用で?」


「カロロス様、どうして来てくれなかった」

 彼の眉根がぎゅっと寄り、怒った顔で答えた。


「聖女様の御心に従ったまで、私が行かずとも勇者様は魔王を倒した。私は必要なかったということだ」


「聖女の御心なんて嘘だ。あなたは俺を見捨てた。自分が勇者に選ばれなかった腹いせに、俺を1人にして放り出した。どうしてなんですカロロス様、俺はずっと待っていた。あなただけは来てくれると信じていたのに!」


 俺の大声に、何事かと何人かの騎士たちが鍛錬場に入ってきたが、俺の姿を見てそれ以上は近づいてこなかった。すぐに騎士団員たちが集められぐるりと取り囲むようにして俺の様子をうかがっている。


「聖女様がお選びになったのはおまえだ、1人で魔王を倒したんだ。恐れ入った、お見事でございましたゼノス殿」

 苛々と嫌味っぽくカロロス様は言って、その場を去ろうとした。


「あんたが欲しかった勇者の証がどんなものか見せてやる!」

 俺は叫ぶと上着を脱ぎ棄てて上半身を見せた。


 一瞬で間合いを詰めると、カロロス様の首をつかんで軽々と持ち上げた。死なないぎりぎりの力で締め上げて、反撃できないようにした。


「勇者の証で俺は最強になった。だが不死身じゃない、傷を負わない訳じゃない、怪我をしたら痛みはいままでと何も変わらない。想像してみろよ、腹を裂かれて、腸が飛び出してくるのを片手で押さえながら、剣を振るって1人で魔獣と戦い続けるのを! いつも思ってた、カロロス様がここにいてくれたらと! 騎士団の皆がたった1匹でいいから魔獣を倒してくれたらと! 誰か俺と一緒に戦ってくれと! あんたに分るか、たった1人にされた俺の気持ちが!」


 彼の体を放り投げると尻もちを付いて咳き込んだ。奥歯を噛みしめて睨みつけてきたが、彼は反撃はせずに見上げてくるだけだった。


「何度も死にかけた。それを救ってくれたのは癒し手のココだ。彼女は力が弱くて、全力を出すと衰弱して気を失った。それでも俺を癒し続けた。俺が血みどろになって痛みにのたうっている時、聖女アナタシアが何をしてくれた。安全な場所にいただけだ。あんたもそうだ、騎士団の皆もだ、何にもしないで寝てただけだ。それが、聖女アナタシア様のお陰だと? ふざけるなよ、戦ったのは俺だ、そして魔獣の前に飛び出して死ぬ覚悟で救ってくれたのはココだ!」

 

 怒りを吐き出そうとするのに、虚しさが体を支配してもう立っていられなくなった。地に手を着いて四つ這いになった。泣きそうになりながら必死に耐えて訴えた。


「助けてくれよカロロス様。この勇者の証は俺の寿命を食っている。この強さは俺の命と引き換えなんだ。それなのに、あの聖女は勇者の証を解除してくれない。結婚しなければ解かないと言う」


 勇者の証が、勇者の寿命と引き換えであることを知った騎士団員が騒然とした。「ゼノスこのままだと死ぬのか?」と同期の騎士が駆け寄ってきて肩に触れた。


「そうだ、魔王を倒した褒美がこれだ。俺は勇者の証を解いてもらえずに、安全な場所でのうのうと寝ていただけの聖女と結婚させられる。俺が愛しているのはココなんだ。それなのに、どうしてこんな仕打ちをうけなければならんいんだ。助けてくれよカロロス様、俺はあなたを尊敬していた。誇り高く精神も剣技も誰よりも強いあなたは俺の憧れだったんだ!」


 叫びは泣き声になった。けれどカロロス様は何も答えてくれなかった。ゆっくり立ち上がると、哀れむような目で言った。

「すべては聖女様がおまえのために祈ってくださったから魔王を倒せたのだろう? 結婚できるならこれ以上の栄誉はないはずだ」


「カロロス様目を覚ましてくれ、皆もそうだ。癒し手ココの姿を見ただろう? 彼女は聖女が力を使う度に幻影として現れた精霊様と瓜二つだ。彼女は精霊ではない、生身の人間なんだ。聖女アナタシア様が力を使うと、どうしてココの姿を見るのか考えて欲しい。真実を見てくれ、本当はココが……」


「ゼノス!」

 言いかけたとき、後ろから鋭い呼び声がした。

 長い黄金の髪を揺らして、アナタシアが走って来る。俺の隣に来ると膝を付いて、労わるように肩を抱いた。まるでさっきまで寝床にいたかのような夜着の上にショールを巻いただけの姿に、騎士団員たちは目のやり場に困ってうろたえた。


 俺は彼女を振り払って、距離をとった。カロロス様が慌てて上着を脱いで掛けようとしたが、彼女は断った。

「ゼノスどうしたの? 目を覚ましたら隣にいないからびっくりしたわ。あなた魔王討伐で疲れているのよ、夢と現実が分からなくなったのね」


 まるで俺と一緒に寝ていたかのような物言いに驚く。「俺はあんたなんかと寝ていない、いい加減なことを言うな」と思わず声を荒げてしまった。聖女様になんという物言い、無礼ではないかと副団長が俺を咎めた。


 かばうようにアナタシアが間に入った。

「皆さん、この通りゼノスは精神的に疲弊しています。休養が必要なんです。私達は恋人同士だからつい気安くなって彼は私に甘えてしまうの。でも大丈夫私が付いていますから」


 アナタシアが指示すると、俺は彼女が連れてきた衛兵に取り囲まれた。アナタシアが耳元でささやく。

「良い子にしていないと、ココの無事が約束できないといったでしょう?」


 俺に選択肢は無かった。悲しみのまま立ち上がりアナタシアに従った。去る前にもう一度カロロス様を見た。彼は合わせた視線を、すぐに逸らしてしまった。


 カロロス様はまた俺を見捨てた。


 沈痛な思いで抵抗しなかった。部屋に連れ戻されてされるがままに手足を鎖で繋がれた。こんなものすぐに切れるのにと呆れていると、黒いローブを着た男が部屋の後ろに控えているのが見えて、とても嫌な予感がした。


「こんなに聞き分けの無い子だとは思わなかった。でも良く鳴く子犬は可愛いわ」

 アナタシアは俺の頬を、ほっそりとした美しい手で撫でた。


「大丈夫よ、子犬の好きな餌をたくさん食べさせてあげる。きっとすぐに私がご主人様だって理解できるようになるわ。ああ本当に綺麗な顔」

 うっとりと俺を見つめてアナタシアがうふふと笑う。彼女が指示すると、黒いローブの男が近づいてくる。彼は黒魔法使いだ。手に何か持っている。


 首輪?


「まずは餌の前に、首輪をつけてあげる。私の可愛い子犬ちゃん」

 アナタシアの言葉が耳に入ったが、首輪が()められると意味を理解する前に俺は意識を失った。

 

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