24.美しくさえあれば
聖女アナタシアに連れていかれた場所は、豪華な調度が並ぶただの部屋で、奥には天蓋付のベッドが見えた。
勇者の証を受ける時は、儀式の間のような場所で行われたのだ、ここは魔法解除の場に相応しいとは思えなかった。
アナタシアに何度もココの居場所を問うたが返事は無い。部屋に入ると同行してきた侍女も護衛も下がらせて、彼女は俺と二人きりになろうとした。急いで部屋を出ようとすると扉が開かない、外から鍵をかけられた。
アナタシアは自分の頬に手を当てて癒しの力で傷を治した。
癒しの力を使っている、もしやココにまた腕輪をつけたのか?
「ココに何をした!」
「ココが私を傷つけたのです、勇者様あなたはあの子に騙されている。凶暴な本性を知らないのです」
涙をこぼす姿は、儚げな少女のようだ。男なら駆け寄って守ってあげたくなるような弱々しい雰囲気を彼女は一瞬で作り出した。
「ココから聖女の力を盗んでおいて、さらに彼女を侮辱する。俺たちはもうあんたが聖女でないことは知っているんだ。ココはどこにいる彼女に会わせろ」
アナタシアはしばらく悲し気に泣いて、いかにココが酷い人間であるかを次々と口にした。けれどこちらがそれに全く取り合わないと分かると、涙をすっと引っ込めて、観察するような目でこちらを眺めてきた。
あまりの態度の急変に、冷たい汗が流れた。まるで毒蛇が舌を出しながらこっちにスルリと身を滑らせてくるようだった。
「ココにいけないことをしたのはあなたの方でしょう? 私の大事な腕輪を外してしまった。そのせいで私は自分の力が使えなくなったの。ひどく迷惑していたのよ」
「自分の力だと? 聖女の力はココのものだ」
アナタシアは意外なことを聞いたかのように目を見開いた。
「あんな醜い役立たずが持っていていい力のはずないでしょう? あの力は私に使われるために存在しているの。私が聖女であることが正しいの。あんな角付きが聖女だったら世の理に反している。私をよく見て、美しい私とココ、どちらが聖女なのか、全ての人間が私と答える。そうでしょう?」
力を盗んでいる感覚すら無いこの女が恐ろしかった。絶世の美貌でさも当然のことだと言い切きられると不思議な力で思考が引っ張られ、彼女が正しいようにさえ感じてくる。
「この世の全ての力は私のものなの。私はそれにふさわしい選ばれた人間。だって私が誰よりも美しいのだもの、だから私は王女として生まれ、聖女の力ももっている、それが正しいことなの」
彼女の手が伸びてきて、俺の頬を撫でた。すぐ身を引いて避けたが、背が扉に当たって追いつめられた。少女の幼さを僅かに残しつつも、妖艶な色気を放つ絶世の美女。確かに彼女以上に美しい女を見たことが無い、されど気味が悪かった。これは美しい皮を被った醜悪なものだ。
「ねえゼノス。勇者の証を解除してほしいのでしょう? さあこっちに来て。ベッドで私を愛してちょうだい、そうしたらご褒美に証を解いてあげるから……」
彼女の真っ赤な唇が迫ってくる、背中を悪寒がすごい速さで駆けあがってきて、無意識に両手で体を押した。彼女はよろめくと心底驚いた顔をして「私を拒絶するなんて、あなた頭がどうかしている」と真顔で言った。
「俺はただの平民だ。勇者だって名誉だけで権力がある訳でもない。なんで俺に執着するんだ、あんたは王女だ、男なんていくらだって手に入るだろう?」
アナタシアは可笑しそうに高らかに笑い声をあげた。
「あなた全然分かってない。この世で最も美しい私には、最も美しい伴侶が相応しいの。ゼノスはどんな男よりも美しい。権力なんて美さえあればいくらだって手に入るの。私の夫になったら教えてあげる、あなたの美貌でご褒美を撒けば、どんな女も喜んであなたに傅く」
彼女がまたじりじりと迫って来る。アナタシアは俺の顔が欲しいのだ。美しいと皆がはやし立てる、俺のこの顔に張り付いている皮が欲しいのだ。
恐ろしい、美さえあれは何でも手に入り、それが正しいことだと疑いも無く信じている。そうして彼女の美貌に群がって、操られている男しかいないこの城で、俺はいったいどうやってこの女から勇者の証を解かせ、逃げ出せばいいのだ。
「俺の勇者の証を解け、この国の王女ならば、国のために戦った勇者との約束を果たせ」
「ああ可愛いそうなゼノス、すっかり頭がおかしくなってる。国のために何かをするのではなくて、国が私のために何かをするの。本当にお馬鹿さん。でも大丈夫よ、美しいあなたが正しくあれるように私が導いてあげる。私を抱きなさい、そうしたらご褒美がもらえるの」
アナタシアがくすくす笑う。
「あなたもしかして女を知らないの? その顔をもっているのに本当の馬鹿なのね。どうやって奴隷をつくるのか私が見せてあげる。きっとゼノスも気に入るわ、奴隷がどんどん増えてく快感はたまらない。私達は最高のパートナーになれるわ、この国の全てが私達のために働くのは楽しそうでしょう?」
うっとりとする優しい顔で、彼女がしなだれかかってきた。嫌な記憶がよみがえる。幼い俺を力ずくで組み敷こうとした、女達の迫って来る肉感。俺のことなど見ていないこの顔だけが欲しいのだ。
「俺に触るな!」
怒鳴りつけてアナタシアを押し返し、振り返って扉を蹴った。勇者の力で安々と扉は吹き飛ぶように壊れて開いた。
出ていこうとする背にアナタシアが余裕の雰囲気で「あなたは逃げられない」と言った。
振り返ると彼女が馬鹿にしたように笑っている。
「私から逃げたら勇者の証は解けないのよゼノス。それにココがどうなってもいいの? 良い子にしていないと、あの醜い女を殺してしまうかも、だってあれはあまりに汚いでしょう?」
立ち去りたいのにできるはずもなかった。拳を握りしめて怒りに震えた。
アナタシアは廊下に控えていた護衛に指示して、俺を別の部屋に入れた。今度はご丁寧に両手を鎖で拘束した。
「どう立ち回るのが正しいのか、しばらく1人でよく考えなさい。だってどう考えてもあんな醜い女と結婚したいなんて気が狂ってる。私の顔を見ていたらきっと正気に戻れる。可哀想なゼノス、魔王討伐で頭がどうかしてしまったのね」
ココを人質に取られては、俺はどうすることもできない、大人しく閉じ込められるしかなかった。




