ルイの父親
『…………』
「へぇ、ルイの故郷は俺と同じ漁業の盛んな街だったんだ」
「うん。って言ってもオレは馬鹿親父に連れられてすぐ街を出たから殆ど思い出なんてないけど」
【エココ村】を出発してから少し、俺はルイの事を色々聞こうと話しかけ、信頼を勝ち取るとまでは行かないまでも、緊張させずに会話が出来る程度までには仲良くなれた。
仲良くなったついでに新たに分かった事実は3つ。
ルイは元々王都からかなり北の方にある港町で生まれたという事。
父親は冒険者らしいが、あまり素行の良い人ではなかったらしく、王都で活動せずに【エココ村】を中心に活動していた所、3か月前に魔物にやられて死んでしまったという事。
そして、最後に教えてもらったのはルイが持つスキル。
「【水魔法】……“バブル”!」
「おぉぉ………どこからどう見てもシャボン玉だ…」
ルイのスキルは【水魔法】。レベルはまだ4と低く、“バブル”の魔法が1種類しかないらしいが、すでにスキルのレベルの上げ方はわかっているようで、早くレベル5にして新たな魔法を手に入れたいのだとか。
バブルの魔法はシャボン玉を作り出す魔法……と言うより、粘性の液体を作り出しそれを操るのが基本の魔法との事。
シャボン玉を生み出しているのは遠くへ魔法を飛ばす為のただの応用技?らしい。
『……………』
「…この魔法じゃ魔物は倒せないし、目に当たれば結構しみるみたいだから人に撃つ場合は目くらましぐらいにはなるんだけど」
「目がしみる?って事はただ粘り気のある水って訳じゃないんだ……ちょっとその魔法を俺の手に撃ってみてくれない?」
「?うん……“バブル”」
―――にゅるり…
「おぉ……結構ぬめり気が強くて気持ちい……あ、やっぱり擦れば泡立つんだね」
ルイに出してもらった粘性のシャボン液?を俺の両手に出してもらい、妙に癖になるぬるぬる感を堪能しつつ、手を擦ればまるで石鹸の様にもこもこと泡が生まれてくる。
「そしてこれを……水筒の水でジャバ―っと流せば…おぉ…!」
「――え!?」
手の泡を洗い流してみれば、特に汚れているように見えなかった俺の手が、まるで泥が付いていたのでは?と思えるほど真っ白の肌に生まれ変わり、泡で洗っていなかった腕の部分と見比べても一目瞭然と言った色の違いが生まれる。
……これは脱色?と言うか若干肌を酸性の液で溶かしてるって感じかな?ルイに酸性を抑えてもらえば普通に石鹸としても使えそうかも?
「ちょ、ちょっと!その手は今の魔法のおかげなの!?……綺麗な白い肌……わ、私にも使わしてもらえないかしら!」
「あ、アーデリアさん?」
俺とルイが実験に夢中になっていたら、少し離れた位置からこちらを伺っていたアーデリアが飛びつくように俺の腕と魔法の発動者であるルイに詰め寄ってきた。
「え、あ、ご。ごめんなさい……この頃冒険者業で手の汚れとか日焼けが気になっていて、つい……」
アーデリアは少し照れ臭そうにしながらも、目線は白くなった俺の両手に向けられており、世界が違えど女性というのは美容関係には目が無いという事なのだろう。
……まぁ美容の美の字も気にして無さそうなフォルンは、現在進行形で馬車に揺られながらうたた寝を決め込んでいるが。
『……………』
「この手は、酸性の液で強めに肌の表面を溶かした結果で白くなっただけっぽいのであまり肌には良くないと思いますよ?多分多用すれば手にシミが出来やすくなったり、乾燥がしやすくなって皮膚がボロボロになる可能性も…」
「あ、あら?そうなの?それは嫌ね…」
「え!?ご、ごめんご主人!大丈夫!?」
「大丈夫だよ、まだ1回しか使ってないし、手が痛む程の酸性はないから」
流石にアーデリアも手がボロボロになるのと引き換えに白い肌が欲しいとは思わなかったのか素直に引き下がってくれるようだ。寧ろアーデリアを止める為に伝えた情報にルイの方が驚いてしまった。
「そうなの?…でもそれならやっぱり、オレのスキルってば、役立たずっぽい…」
「あはは、寧ろ酸性がまだ強すぎるだけで、ある程度酸性を弱めれば美肌効果の石鹸とか洗剤にもなりそうだし、すごくいいスキルだと思うよ」
「石鹸?あの油で作る?」
「そうそう、まぁ石鹸と言っても液体の方だけどね」
この世界には【クリーン】のスキルを持つ者が多くいる影響か、まだ液体石鹸という概念が無く、泡立ちがそれほど良くない石鹸が主流なので、俺の言う液体石鹸がどんなものなのかがルイ達には伝わらないのだ。
だが、何となくニュアンスの様な物は何とか伝わりはしたはずなので、今度ルイと一緒に液体石鹸が作成出来るかどうか試してみるのもいいかもしれない。(クリーンのスキル持ちが居ると言っても俺の知り合いには一人も居ないから、あわよくば自分用の液体石鹸とか作って欲しい)
『…………………』
「もしその液体石鹸?とやらが出来たら私にも試させて欲しいわね。…………それはそうと、いい加減無視するのも疲れたから聞くけど……あれ、放って置いていいの?」
「え?あぁ……あはは、やっぱり触れるべきですよね…」
話の節目にアーデリアがついに我慢が出来なくなったようで、馬車の前方へ目線を送り、こちらに声を掛けてくる。
……そう、馬車が【エココ村】を出発してから、ずぅぅぅぅぅっとこちらの様子をちらちらと伺ってくる男3人組。
『……………………』
「……一応聞くんだけど、ルイはあの3人と面識があったりする?」
「え?うーん……わかんない?多分知らない」
ルイがちらりとゲルト達の方を向けば、さっと視線を外す様子にどう見てもルイの事を意識しているゲルト達3人組。
てっきりルイは見た事くらいはあるのかもと思って聞けば覚えはないらしい。
という事はルイの事を一方的に見知っている可能性か、もしくは……。
「……ショタ好き…?」
「「「違うわッ!!」」」
「ブフッ!!」
つい思った事を口に出してしまえば聞き耳を立てていたゲルト達に聞こえたのか、身を乗り出して否定の声を上げてくる。
アーデリアも何か琴線に触れたのか笑いを押し殺すように馬車の端っこで肩を揺らして座り込んでいる。
「違うんですか?ならどうして…」
「んぐッ………はぁぁ…変に気にしない様にしていたが、俺達に隠し事なんか出来っこなかったか」
「ぶっちゃけ、俺達もなんだかんだ言って割り切れてない部分もあるんだし、全部ゲロった方が早いわな」
「申し訳ない…」
流石に馬車の中の空気を悪くしていた自覚があるのか、ゲルト達3人は申し訳なさそうにしながら、事情を話そうと決意したのか3人で頷き合い、口を開く。
「俺達は……元々ザラードク……その子の父親と冒険者パーティを組んでいたんだよ」
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冒険者ザラードク、彼は10代で冒険者になってそれなりの功績をあげる事に成功した言わば中堅冒険者だった。
スキルの【剛力】で魔物を薙ぎ払い、熟練した経験で窮地を脱してきた彼だが、一つだけ致命的な欠点が存在した。
……いや、一つ所ではないか。
「王都ではセクハラまがいのナンパで苦情が入り、魔物討伐の報酬が入れば全部ギャンブルと酒、それと風俗店へ行くザ・ダメ男……俺達も最初は大目に見てたが、報酬の金をちょろまかそうとして来たらへんで我慢の限界が来てな……喧嘩別れの様な形でパーティを解散したんだ」
「うぐぅぅ……身内の大恥さらしぃ……」
「あはは……」
ゲルト達の話を聞き、元々父親の良い噂を聞いていなかったルイも、流石に実際に父親の被害者から経験談を聞くのは初めてだったらしく、顔を真っ赤にして羞恥に悶えていた。
「まぁ金銭面では信用も何も無かった奴だが、性格は面白い男だったからなんだかんだ許してはいるんだ。金と女さえ絡まなければいい奴だったからな」
「……あの馬鹿親父がいい奴…?そんな事初めて聞いた」
どれだけザラードクとやらは信用が無かったのか……実の息子であるルイの耳に一度も良い噂が入らないとかある意味奇跡の様な…。
「……そんな奴も地元で子供が出来て結婚すれば大人しくなると思ったら……子供1人残して死んじまうと来たもんだ。どうしようもない馬鹿なやつさ」
「…それでルイの事を見てザラードクさん?の事を思い出してたんですね……なら最初にそう話してくれればよかったんじゃ…」
「――いや、ザラードクの事だから、自身の子供を担保に借金をしてるんじゃないかと不安になってな……コナー君が借金の肩代わりをするのではと恐々としていた」
「「うんうん」」
「え、そっちですか!?てっきり昔を懐かしんでとかそういった心温まる感じの話しかと思ったのに!………え!?借金あるの…?」
想像と全く違う方向に話が言ったせいで一瞬理解が遅れたが、ルイってば実は借金持ち?
というかゲルト達もその可能性があったならもっと先に話してくれても良かったのでは?いや、借金があるから助けないとかじゃないけど、流石に無条件で借金の肩代わりはしたくないんだけど…。
「えと、借金とかは一応無いはず……あれば親父が死んでからの3か月でなんの音沙汰もないのは変だし」
「そ、そうだよね……というかゲルトさん達は少しデリカシーが無さすぎますって!一応この子の父親なんですからもっと言葉は選んでくださいよ!」
話している雰囲気的に悪気が無いのは伝わるが、ルイ自身がどう捉えるかで変わる問題でもあるのでもう少し言葉を選んで欲しい。
まぁルイ本人も『馬鹿親父の事なんてゴミとしか思ってないから気にしないで』ときょとん顔で言っているので、問題は無いのかもしれないが。
ゲルトも「すまんすまん」とルイに謝罪を済ませ、やっと馬車の中は平和の空気に戻る。
「――さて、色々と話も済んだし、そろそろ魔物の出る樹海だ。気を引き締め直してさっさと王都に帰ろうか」
「寧ろさっきまで気を張りすぎててちょいと疲れたんだが…」
「俺達の自業自得……仕事はしなきゃな」
馬車の前方に見える樹海を視界に収めつつ武器を取り出し立ち上がるゲルト達を俺とルイは真面目な顔で見送る。
「私は馬車の護衛をしつつ、索敵を担当しますわ」
「頼む」
アーデリアも気合を入れなおした様子で配置につく。
「……ご主人ご主人」
「ん?どうしたのルイ」
「あの人は起こさないの?」
「ルイ……アレは見ちゃいけない人だから…ルイはあんな大人になっちゃダメだからね」
『すぴー……ぐがッ……すぴー……』
すでに夢の中に旅立っているフォルンを指さすルイに、俺は優しく【見て見ぬふり】を教え込むのだった。




