初めての行商と老害
「はいはい!鶏卵はひと箱銀貨2枚、豚と鳥の肉は1キロで大銅貨5枚から、ヤギと牛の乳はそれぞれ大銅貨3枚と大銅貨7枚だ!さぁ売った売った!」
『今回豚はよく育ったんだ!少しばかり値上げしてくれてもいいんじゃないかー?』
『鶏卵が高いのね…どうしようかしら?ウチで食べる分も持って来ようかしら?』
『おぉーい!チーズは買い取ってくれねぇのか?』
――中央広場に集まる人、人、人。
畜産物を売り出す為に村中からほぼすべての村人たちが集まっているらしく、こんな小さな町にこんなに人がいたのかと驚くほど中央広場は賑わっている。
御者のおっさんに後で聞いたが、月に数度の行商は村の娯楽にもつながっている為、売り買いする気が無い人間もただ騒ぎたいだけで集まっているようで、見た目的には大いに賑わっているように見えるらしい。
もちろん、村の貴重な収入源であり、村では取れない野菜や王都の服や小物を買う数少ない機会なので比率的には買い物をしている人間の方が多いらしいが。
「なぁあんちゃん、あんたも行商の人なんだろ?この燻製肉やチーズば買い取ってくれよ」
「え?あ、いや、俺はただの見学で…」
「?ここにいるんだから商人にはちげぇねんだろ?ならほら」
…確かに俺は商人見習いではあるんだけど……これどうしよう?御者のおっさんに話を聞きに行こうにも人の壁で近寄れないし、声を掛けられる状態でもない。
「ほら、樽一杯のチーズと燻製肉だ!うめぇぞ?」
「わ、めっちゃ燻製の良い匂い……それにチーズも美味しそう……ゴクリ…」
本来ならこの行商はおっさんが手配したものなので、勝手に商売をするのはダメだとは思うが、これだけの大人数をさばくのは骨だし、個人的にこの長旅で使えそうな保存食の燻製肉とチーズは買っておきたい。
もし、御者のおっさんに文句を言われたらそのまま同じ値段で売り渡せばいいだけなのだし、思い切って買っておこうかな?
「……えと、キロ単位で値段を決めさせてもらってるんで……チーズは―――」
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「毎度ありがとうございましたー!……ふぅ…」
「よ!お疲れさん」
「あ、お疲れ様です!」
チーズや燻製肉、その他にも生の鶏や豚、牛の大き目のブロック肉を御者のおっさんと同じ金額で買い取り、大体30分くらいしただろうか?買い物をしていた村人たちは目的を終えたのか中央広場からどんどんと姿を消していき、中央広場に残っているのは俺と御者のおっさん、それと特に用事が無さそうにぶらついている村人たちが数名だけ。おっさんの方も行商が上手く行ってご満悦なのかホクホク顔で俺に話しかけてくる。
「元々商人の坊主だとは思っていたが、あれだけの物を買い取るだけの資金があるなんて予想外だったぜ?軽く金貨数枚は使っただろ?」
「はい、一応蓄えはありましたので……って、すみません!勝手に行商の真似事みたいな事をしちゃって。一応そちらの買い取り額と同じ値段で設定してたので必要であれば同じ値段で譲りますけど」
「ん?いや、それはお前が王都に持ち込んで売ればいい。専門で卸してる所よりは安いだろうが倍近い値段にはなるだろう」
「…いいんですか?」
「本来なら渡しはしねぇが、未来の同業者への選別よ。商売ってのは人と人の繋がりが大事なんでな」
”将来、倍にして返せよ”とガハハと笑うおっさんに釣られ、俺も笑顔を浮かべて「ありがとうございます」と礼を伝える。
俺は、5年近くブルスの街で商人見習いをしていたが、実際に行商やら商売やらに関わっては来なかった。もちろん物価の判別と値段の付け方、物の良し悪し、商売に使う文字や数字の計算方法などはしこたま仕込まれはしたが、やはり他の街に向かう為の【馬】を持たない俺に行商の知識は必要ないとあまり教えられて来なかった。
だから今回の行商を見る機会はとても参考になったし、実際に畜産物を買い入れるのはいい経験になった。
行商一本で今後生計を立てていく気はないが、独り立ちした後に何度かは行商をしたいなとは思う。
「よし、そろそろゲルト達も集まってくるだろう。…お前もその荷物は早く馬車に積み込んどけ、一応俺が買ったのとは離して置いとけよ」
「あ、ありがとうございます…でも大丈夫です……“ゲート”」
荷物を入れる為、村人たちから買い取った畜産物が置いてある場所のすぐ横に【アイテムボックス】の入り口である“ゲート”を開く。
元々、いつでも逃げ込める安全な【アイテムボックス】の事を伝える気は無かったが、荷物をただ入れる事の出来る【アイテムボックス】を隠す必要はないので、パパっと荷物を入れてしまう。
「おいおい…お前【アイテムボックス】持ちか?商人として最高の当りスキルじゃねぇか」
「あはは…でも時間停止とか自動収納は付いてないんでちょっと微妙なんですよね」
「あぁ、なるほど…確かにそう言われればそうか……だが、荷物の重さを気にしなくていいだけ羨ましいがな」
おっさんに苦笑いを返しつつ、荷物を入れ終わりゲルト達が来るのを待つことにするが……何やら広場の向こうから一人の老人が歩いて来るのが目に入る。
「…すまない、もう一つ売りたい物があるのじゃが…まだ時間はあるかのう?」
「ん?そろそろ村を出ようと思っていたが、まだ護衛の冒険者達がまだなんでね、延長営業は大丈夫だが……何を売るってんだ?村長」
「村長さん…?」
どうやらこの老人がこの【エココ村】の村長さんらしく、御者のおっさんは不思議そうな顔を浮かべて村長に尋ねる。
「あんたは村の顔役として家畜は飼ってないはずだろ?売るもんなんてあるのか?」
「ふぉっふぉっふぉ……ちいとばかり厄介な物を飼っていてな、さっさと売り払いたかったんじゃよ……おぉい」
……あ……。
「すまんのぉ、出来るだけ汚れを落としといた方がいいとは思ったんじゃが、水は貴重じゃからの……安値でも構わんからこの奴隷を買ってほしいんじゃ」
「…………」
村長の呼び声と共に大人の男が小さい子供……先程“奴隷落ち”と呼ばれていたボサボサの髪をした子供が腕を縄で縛った状態で連れて来られ、あっけらかんと『この奴隷を買ってくれ』と言い放つ。
ボサボサ髪の少年もすでに売られる事に関しては承知の上なのか、特に話に関心を持っていない様子で無表情で地面を見つめて終始無言を貫いている。
「おいおい…流石に奴隷の売買は専門外なんだが……第一その子の親とか所有権の問題はクリア出来てるのか?」
「問題ない。これの父親は3か月前に魔物にやられて死んでおるから正式にこれの所有権はこの【エココ村】にある。わしらも流石に法を犯して国に睨まれたくはないんじゃ、きちんと合法じゃよ」
合法……これが合法になるのかと少しだけ気分が悪くなる。
出来る事ならこの老人に文句の一つでも言ってやりたいが、俺の立場はあくまで御者のおっさんのおまけ。見当違いな事でも言えばおっさんに迷惑が掛かる可能性もあるのだしとひとまず静観するしかない。
「あぁー……つってもなぁ?俺は奴隷商館に伝手なんぞないし、正規の値段なんぞ俺は知らねぇんだが」
「じゃが、さっさとこれを売らねば、無駄に食料が減ってしまう。餓死させてしまったらわしらに責がくるじゃろ?出来る事なら多少安くても厄介払いしたいんじゃよ」
……静観…静観……
「しかしなぁ……奴隷を一度でも扱えばそういう印象ってのは付いて回るもんだ……出来れば俺以外の行商に頼んでくれねぇか?」
「そ、それは困る……次の行商までこれの面倒を見なければいかんのじゃろ?村の皆も早く追い出せと言ってるのじゃ。出来ればこれを早く……」
「俺がッ!!!この子を買います!!!」
……いや、うん……こんな小さな子供を厄介者だとか物だとかって言える世界とかこっちが願い下げかな。……と言うかじじい“これこれこれこれ”うっさいわ。
俺の思いの外デカい声にビビった様子の村長に胸がすく思いをしながら、ふんす!と鼻息荒くドヤ顔を晒す俺だった。




