第八話「聖女と魔王」
とんだとばっちりだと思った。
なんて勝手な都合だと憤りを覚えた。
でも、その全てが彼と私を繋いだのかと思うと、私は嬉しくて、そしてそれを嬉しいと思ってしまった自分が憎くて憎くて仕方がなかった。
「だったら、なんでもっと他の道を探さなかったのっ!」
現代だったら、あの手この手で色々な方法を色々な人達と協力して探すことが出来る環境も考え方も持った人が多かったからかもしれないが、世界が違うから、なんて簡単な一言で私は済ませられなかった。
自分達の運命を潔く受け入れるという振りをして愛する人を諦めてしまった二人が許せなかった。
私は、私達は必死で方法を探したというのに、彼らは『そういうものだから』と直ぐに諦めたことが私は大いに許せなかった。
「自分達だけが被害者みたい面するな!」
呆気に取られたように私を見つめる二人は、まるで迷子の様な顔になった。そして白い方は泣き出し、黒い方は怒り狂った。
「ならば……ならばあの時どうすれば良かったんだっ!」
「そんなの知らん!」
「なっ!?」
「最初から愛する人を諦めた奴に私が何か優しい言葉を掛けてあげるかと思ったら大間違いよ! あーもうあったまきた!」
「ユヅキ、お願い彼を責めないで……!」
正直、なんだこの茶番はと思った。今この時二人は出会って、たった一枚の見えない壁に阻まれながらも、それでも二人は向き合っているじゃないか。それで何が満足出来ないというのか。
「こんな風に彼と出会えたのは、貴女の……貴方達のお陰なの」
白い方は涙を流しながら、何故か私に感謝の言葉を述べた。
後で問い詰めた内容でその意味を理解した私だったが、不本意でしかない。完全に二人に嵌められたというか、どちらかというと黒い方の謀略の片棒を知らぬ間に担がされた結果、白い方が便乗して二人はなんとか出会うことが出来たといったところで。
私は完全に巻き込まれた訳で、彼に至っては完全に単なる被害者であって、というか私も完全に被害者であった。
望んでそうなった訳ではない二人もそうだが、私も彼も望んで被害者になった訳ではない。結果として私は永遠に愛していると言える人も見つけた訳だが、だからと言って二人に対して感謝の念を抱く気には微塵もならなかった。いや、もしかしたらほんの少しは抱いたかもしれないが、それはあまりにもちっぽけな自己満足。
でも、目の前で互いの気持ちを幸せそうに確かめ合っている白と黒を見ていたら、私はなんだかもうどうでも良くなってきてしまった。
遅かったけれども彼を救うことが出来たし、心残りではあるけれどアデルの命を守ることが出来た私は、伝えられなかった馬鹿みたいな想いを抱えたまま、もうこのまま消えても良いと思った。もしもを考えた所で仕方がない。それでうじうじと考えてしまうよりも、大切に仕舞い込んだ想いを抱えて消えた方が楽だと思った。
さっきまで怒っていた心は徐々に鎮まり、その代わり妙な充足感に満たされていた私を、
「ちょっと待って、ユヅキにお願いがあるの」
なんて白い方が言うものだから、どんだけ厚かましいんだと再び怒りが沸いてきた。どの面下げて私にお願い事をするんだ、と。
「彼女を、助けて欲しいの——」
白い方が口にした願いは、私の中で小骨のようにつっかえていたもので。私は確かに、これを取り切らないと文字通り成仏なんて出来そうに無いことに気付いてしまった。
彼女の懇願する声が、いつか聞こえたそれに似ていたかもなんて思った時点で、私は決めていた。
ただ——。
「自分たちの関係を考えようとしなかった貴方達に、今を一生懸命生きている人達の関係を壊す権利はない」
冷たく突き放すような言い方をしたのは、二人に分かって欲しかったからだ。愛する者と引き裂かれることがどれほど苦しいのか知っていた癖に、自分達が同じことをしたというその罪深さを。嫉妬に駆られて関係のない人々を自分達の身勝手さに巻き込んだことの業の深さを。
息を呑む哀れな二人を見た私は大きな溜息を吐いた後、二人に向かって催促をしたのであった。
「彼女を救える力、くれるんでしょ?」
見えない壁に阻まれながらも二人でその罪を償おうとしている姿に、私は絆されてしまった。彼と同じ時を過ごした時間はそう長くはなかったのに、いつの間にか彼のお人好しなところが移ってしまったのかもしれない。
こうして、黒い方からは新たな命を、白い方からは新たな力を与えられた私は、彼の居ない世界で再び戦うために、光の海に沈んでいったのであった。
そういえば、私が消える前に白い方が何か言っていた気がするが、何と言っていたのか私には聞こえなかったけど、きっと大したことではないだろう——。
黒い方は魔王で白い方は聖女だと名乗ったせいか、私はその二つが大嫌いである。
「こうして、魔王を封じた一人の少女は聖女となり、世界の平和と秩序を護る存在として称えられる様になりました」
子供でも知っているような聖女伝説を聞かされる退屈な授業のせいで、非常に腹立たしい思いを抱いた私はきっと仮面の下は物凄い顔をしているに違いない。
(こちとら奴等の拗らせ純愛伝説に巻き込まれて殺されて勝手に生き返えさせられた挙句面倒な尻拭いまでさせられる羽目になったんだからっ……!)
まぁ、それが成功した暁には晴れて自由の身となり、転生の定番であり憧れのスローライフを手に入れて今度こそ天寿を全うしようと思っているし、そう約束させた。確かに、彼に対してとは異なる心残りがあったため、やってやるかと思ったのは事実であるが、だからと言ってそれがこの世界の根源に関わるなんて思ってもいなかった。そんな大事なことを任されたとなるとご褒美はたんまり貰わないと、前の私と、ついでに最初の私も納得出来ない。まぁ、全部私なんだけど。
「今は、ウィノラ様が聖女となり、この世界を守ってくださっていることは皆さんご存知ですよね」
知ってるも何も、顔見知りであった。アデルの側に居た少女。当時はまだ14、15歳くらいだったろうか。麗しい淡い金色の髪と紫苑の瞳を持った、優しそうな女の子。何度か話したことはあるが、大人しそうな顔の奥に何かを隠した神秘的なその人は、今はもう30歳になっていることが驚きである。
それも当然である。私がこの世界に再びの生を与えられて15年——いや、もうすぐ16年経とうとしている。
「週末の建国記念日は、午前はセレモニーに出席し、午後は学園主催の記念パーティが開催されます。 夜会用の正装を持って来ていない方はご実家から送ってもらっておいてください」
うっかり忘れていた。建国記念日のことではなく、一年生は強制的にセレモニーから学園主催の所謂貴族の夜会のようなものに参加しなくてはならないことをである。
(まぁでも、いつもの時間辺りなら抜けられるかな?)
当日の流れを話す教師の話をぼんやりと聞きながら、ふと聞き捨てならない言葉を私の耳がしっかりと拾ってしまった。
「なお、記念パーティに出席する際は、パートナーを同伴することが一年生への課題となっておりますので、そのつもりで準備しておいてください。 ただし、学園関係者以外は血縁者であっても入場不可であることを忘れないように」
(げっ、最悪だわ……)
それは、パートナーを探さなくてはならないからではない。同じ学園にいる以上、私のパートナーは半強制的に婚約者であるあの馬鹿男だと決まっているからである。アレは三年生でありこの二年間をどうしたかは全く興味がないため知らないが、流石に婚約者である私が入学した以上は他の女性をパートナーに選ぶなんてこと、常識的に考えたらしないはず——。
(いや、そうとは限らない、何せあいつは馬鹿だからっ!)
急に雲行きが怪しくなってきた。もしかしたら、学園は平等であるから、とかなんとか適当なことを抜かして私の同伴を拒否する可能性がある。そういう悪知恵は持ち合わせている男である。そうなった場合、こんな悪評だらけの仮面をつけた冷徹な悪役令嬢のパートナーになってくれるような存在など果たしているのだろうか。
(もしかして、意外とピンチなのでは……?)
別に、この課題をクリアできなかったからといって落第する訳ではないが、成績に響いてしまうわけで、彼の様な清く正しく美しくを学園生活で全うしたい私に困難が立ちはだかったのである。
まぁ、既に『清く』も『正しく』も、ついでに前の私のままの顔だから『美しく』も出来ないことは百も承知であるが、せめて成績だけでも彼に恥じないものにしたい。例えそれが、こんなどうでも良い些細なものであったとしても。
(仮に断られたとして……いや、なんか断られる気がしてきた、うん、絶対あの馬鹿なら断るわな)
アレの憎々しい顔を思い浮かべならが、頭の中でそいつの顔をぶん殴った後に、私は心の内で大きな溜息を吐いた。こう言う時、嫌われ役を演じることを選んだことは厄介である。
文字通りの同伴問題の抜け穴を探すために教師の言葉を思い出した後、私は閃いた。
(あ、シュヴァに頼めばいいじゃん)
なにせ彼は王宮魔術師である。つまり、国の人間であり、学園を運営する組織の一員である。ついでに言えば、優秀な生徒をスカウトする立場でもあるため、学園関係者というには十分である。
(知り合った言い訳なんてどうとでもなるし、入場時のチェックとパートナーとのダンスさえとっととこなしてしまえば問題ないわね!)
魔力が高いことも知らしめた私は、その噂を聞いて王宮魔術師が見に来た際に知り合ったというシチュエーションを勝手に頭の中で組み立てる。これならいけると確信した私は、再び思考の海に身を投げる。
(セレモニーってことは、アデルやウィノラ様は勿論、シーベット辺境伯やあの人も来るんだろうなぁ)
彼の父親であり私が恩を仇で返してしまった内の一人であるシーベット辺境伯に率直な気持ちとして会いたくないのだが、もう一人、顔を合わせたくない人が居る。
(フュンフさん、どうしてるだろう……)
最後に会った時の顔が忘れられない。
当然私を恨んでいるのは分かっているが、その後にその人は気づいてくれただろうか。もしそうであったなら、私はその人の事もまた救えたのかもしれない僅かに安堵の息を漏らすことが出来るのだが、前の私の、今世での扱いを見るとやっぱり無理だったのだろう。
それでも、大多数の意見ではなく、フュンフ本人の顔を直接見て判断したい気持ちは大きかった。
(会いたいな……)
彼に瓜二つの彼に出会ってしまったせいか、私は以前よりも遥かに、あの懐かしい日々をどうしても思い出してしまうのであった。